魔槍使いの半英霊   作:保志白金

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魔槍使いと謎の少女

「お願い、やっちゃって!」

 

「喰らえッ!」

 

 両者の禁 手(バランス・ブレイカー)は互いに激しくぶつかり合い、彼女の天馬(ペガサス)が一体砕け散るたびにレンの蛇龍(ヒュドラ)の首は一本ずつ失われていった。

 

「これでは埒が明かない。……ならば、来い、ゲイ・ボルグ!」

 

 レンはその間にゲイ・ボルグを自分の元に呼び出し、彼女の元へ急接近しようとする。

 

「来て、ミストルティン。出番だよ!」

 

 しかし、彼女もレンがゲイ・ボルグを呼ぶとほぼ同時にミストルティンと呼称している薄翠色の聖槍を左手に出現させて、レンの動きを牽制した。それを見たレンは急ブレーキをかけて立ち止まり、ついさっきの彼女の話で出てきた引っ掛かりについて彼女に訊ねる。

 

「……そういえばお前、さっき俺のことを助けるとかなんとか言ってたが、それはいったいどういう意味だ?少なくとも俺の知りうる記憶の中で、俺の知り合いには聖槍使いの女なんていないものでね」

 

「……はぁ、さっきから私のことを「お前」って呼んでるけど、ちゃんと私には「リン」っていう名前があるの。だから、次はーー」

 

「答える気がないのなら用はない、この場で葬るだけだ。なにせ俺には急ぐ必要があるらしいからな」

 

 彼女から真っ先に返ってきたものはため息だったため、質問に答えるつもりがないと即刻決め付けた。そして、レンはわざわざ質問するために中断していた攻撃を再開させる。

 

(この女を下にいる一誠達の元へ行かせるわけには絶対にいかない。少なくともあの霧が発生したということは、ゲオルクは下にいるだろうし、本当にオーフィスが狙いなのだとすればリーダーである曹操に加えて龍殺し(ドラゴン・スレイヤー)に特化した秘密兵器を用意してきているだろう)

 

 この時、レンはリンのことを無視して下にも行くことができた。レンの速さをもってすれば振り切ることぐらいわけない。しかし、それを行動に移すことは決してなかった。いくらリンが英雄派の構成員でないと言い張っているとはいえ、それが一誠達に攻撃を加えない理由にはならないからだ。

 

(しかし、俺だってあの聖槍に関しては細心の注意を払わないとな。……あの聖槍から放たれている、俺に向けられた絶対的な殺意。あれだけは……)

 

「考えても無駄だよ。だって、私はここにいる誰よりも強いんだから!」

 

「……ッ!」

 

 レンがミストルティンに気をとられていると、その隙を見逃さずにリンが動きを見せた。いままで守りに徹していたはずの彼女が、ミストルティンを構えながら複数体の天馬と共に攻勢に出たのである。レンは蛇龍を操り自分の身の周りを固めて完全な防御態勢を敷くが、

 

「走って、電光!」

 

 それは一瞬にして砕け散った。リンの持つミストルティンから一直線に放たれた翠色のイナズマによって、いとも容易く。

 

「……う~ん、やっぱり加減が難しいな。ねぇ、ちゃんと言うこと聞いてよ、ミストルティン」

 

 幸いなことに、そのイナズマがレンの体に直撃することはなかったのだが、レンに息をつかせる暇を与えるほどリンは甘くなかった。

 

「ま、結果は変わらないから別にいいんだけどね」

 

 レンの前、後ろ、上空ーー全方位に既に配置してある天馬を一斉に特攻させたのだ。

 

(これら全てを捌ききれるレベルの蛇龍を創り出す暇はない。かといって、この密集した軍勢を俺の脚で抜けようとすれば、今度こそ彼女がさっき放ったイナズマに狙い撃ちされる可能性が出てくる。だとすれば、全てを斬り伏せるだけの話だ)

 

 レンは足をその場で止めたまま、ゲイ・ボルグを全方位に振り回して次々と飛んでくる天馬を突き、斬り裂き、一体ずつ確実に数を減らしていった。

 

「けっこう粘るんだね。だけど、それはまだまだ甘いよ、レン()()()()()♪」

 

『ーーレンお兄ちゃんーー』

 

「……なッ?」

 

 リンの口から出たその一言によって、激しく動揺の色を見せてしまったレン。それはレンの記憶にないはずのものなのだが、どこか懐かしく、どこか愛おしい、そんな奇妙な感覚に陥ってしまったのである。

 

 そして、集中力が瞬間的ではあるが、僅かに欠けてしまったことで反応が遅れた。地面から来る次の攻撃に。

 

「フフフ、もらったよ!」

 

 天馬がコンクリートを突き破った際に発生した余波がそのまま白い粉塵を撒き散らし、両者共に互いの姿を視認できていない。だが、リンにとっては確かな手応えがあった。レンと天馬の距離、配置した数、レンの目の向き、そして攻撃したタイミング。どれをとっても彼女の思惑通りでそこまでは全てが計算通りだった。

 

「……うん。あとは、おじさんのところにお兄ちゃんを連れていけばーー」

 

「何勝手なことを言っている?残念ながら俺はまだ健在だよ。しっかりと、この通りな!」

 

 白い粉塵が晴れて、紅いマントのような何かを右手に纏わせたレンの姿を確認する直前のその時までは。

 

「嘘?今ので仕留めたと思ったんだけど、これは計算が狂っちゃったなぁ。……でも、流石だよお兄ちゃん」

 

「やめろ、そう呼ばれるのはなぜか知らないが不愉快になる。……俺の記憶にない遠い過去で何があったにしても、俺にとっての今の家族はただ一人、俺に全てをくれた師匠だけだ」

 

 レンは声高らかに吼えて、頭の中で戦況を確認して整理、それから一気に思考をクールダウンさせる。

 

 向かってきたもの全てを粉砕し終えたレンは、一跳びでリンの懐に潜り込み、ゲイ・ボルグによる鋭い突きを放つ。それでこの戦いを終わらせる。ーーそうする算段だったのだが、レンはその場で構えを解いて自分の体を制止させた。

 

(いや、ダメだ。これが現状における最良の策ではないな。……だったら)

 

 一撃でリンとの勝負を決着させたいレンなのだが、その手段がなかなか見つからない。ふざけているようにしか見えない目の前にいるリンなのだが、実際には隙がどこにも見当たらず、動きが制限されていた。

 

 レンの頭の中では膨大な量の手札が一本の線で次々と繋がっていくといったイメージが広がっていて、言うなれば複雑な電子回路を組み上げるような作業を凄まじい演算速度で延々と繰り返している。しかし、今のレンはその肝心な回路を完成させることができないでいた。

 

「あれ、どうしたのかな?お兄ちゃんは急いでいたんじゃなかったっけ?」

 

 リンはまるでふざけているような態度でレンのことを煽ってくるが、レンは目を瞑っておりそれに全く動じない。

 

(禁手で創った蛇龍を囮にして、さらに幻覚魔法も絡めていけば……しかし、これも無理があるか)

 

「へぇ、無視するんだ。でも、遠慮はしないよ!」

 

 構えが解かれていて完全な棒立ち、かつ話しかけてもピクリともしないレンを見て、リンは攻める絶好の機会だと即断定。リンはミストルティンを左手でしっかりと握ってから、レンの背後へと一瞬の内に回り込んだ。

 

 目の前からリンの姿が消えても、一向に後ろを振り向く素振りすら見せないレンだったが、ゲイ・ボルグがギリギリ届く範囲内にリンが足を踏み入れた瞬間、爆発的な反応をおこし、思考に回していた意識を一気に呼び覚ました。微妙に遠かった相手との間合い、まだ不明な点が多く動きを読むことが困難なリンの行動パターン。この二つが最大の不安要素として残り、大きな足枷となっていたのだが、一辺にそれらが取り払われたことでレンの脳内の回路がカチリとはまり、今度こそ電気が走った。

 

(勝機はここだ。ここしかない!)

 

 リンの突きをまさしくここしかない、という絶妙なタイミングで射線上から逸らした。……と同時に空いている左手に魔槍を創り出し、無駄のない動きで逆にカウンターを仕掛ける。

 

「……ッ!」

 

 レンのそれはリンの虚を突いた完璧な一撃だったが、それでも彼女は脇腹を少し掠めるだけでことを済ませた。ただ、まさかこの不意打ちを返されるとは思ってもみなかったのか、リンは先程のように言葉を出すことができず、後退しながら絶句していた。

 

「チッ、こいつをかわすか」

 

 レンは舌打ちをひとつ鳴らして悔しそうに呟くが、そこまでというほどは気にしていない様子。なぜなら、レンの攻めはまだ終わっていないのだから。

 

「……それだったら、さっきのお返しだ!」

 

 レンは右手を右半身ごと後ろに大きく引いて溜めを作り、よく狙いを定める。そして、レンが目を見開かせると同時に右腕を全力で振りきり、ゲイ・ボルグから紅い一閃を放った。

 

「もう一回お願い、ミストルティン!」

 

 リンは蛇龍を貫いた時と同じ要領で、再度突きを放ち、レンの攻撃に相殺させるようにして翠のイナズマを紅い閃光にぶつけた。それぞれの槍から繰り出された濃密なオーラは拮抗して、ぶつかったその場で余波を放出しながら互いに進行を止めるが、決してそれらが互角というわけではなかった。紅い閃光が極々僅かな距離ではあるものの、徐々に翠のそれを推していった。

 

「ハァァッ!」

 

 ついにはレンの一撃がリンのそれを消し飛ばし、そのまま本来狙っていたリンの心臓目掛けて一直線で突き進んでいく。リンはそれを目の当たりにして、さっきから歪めていた口角をさらに歪める。しかし、それは少なくとも自分の死を覚悟しての表情ではなかった。

 

「アイギス!」

 

 彼女がそう叫ぶと、鏡のような反射物が埋め込まれた六角形の平たい物体が二人の間に割って入ってきた。紅い閃光はアイギスと呼ばれるそれにぶつかると、一瞬だけ動きを止めてから、あらぬ方向へと弾き飛ばされてしまった。

 

「……これまた厄介な盾を持っているようで、やれやれだな」

 

「まさか、ミストルティンだけじゃなく、アイギスまで使うとは思っても見なかったよ。本当に強いんだね、お兄ちゃんは」

 

 口でこそそのようなことを言っているが、彼女の口元からは先程見せていた余裕の笑みはもはや消え去り、悔しさを全面に滲ませていることを物語っていた。

 

 二人の間合いがまたしても離れ、射程範囲外となったことで結局振り出しに戻った。ただし今度は、ミストルティンと聖槍で創り出す天馬に加えて、新たにアイギスという盾も考慮しなければならなくなったため、状況はレンにとってより悪い方向へと傾きだしていた。

 

 戦意を剥き出しにして今にも襲い掛かってきそうな雰囲気を醸し出しているリンだったが、彼女の耳元に突然小型の魔方陣が出現して、注意がそちらに向いた。

 

「え、何ですか?……今、お兄ちゃんと戦っている真っ最中なんですけど」

 

「……?」

 

 その魔方陣はどうやら通信用のものだったらしく、リンはここにはいない他の何者かと話し始めた。レンは話の内容こそ聞き取れなかったものの、なにやらもめているということは理解していた。

 

「…………は?今すぐ帰れだって?だから、まだいいところって言ってるじゃないですか!あと少しの間だけでいいから。……くっ、それを言われたら、仕方がありませんね」

 

 リンは会話していた相手に渋々承諾をすると、耳元の魔方陣がすぐに消失する。それから少しも間を置かずに転移用魔方陣の展開を直ちに始めた。

 

「それじゃあ私は帰るから。まぁ残念だけど、この勝負はお預けってことで」

 

「……どういうことだ?お前の目的は俺じゃなかったのか?」

 

「うん、()の目的はそうだよ。……でもね、()()の本当の目的は別にあるんだ」

 

「誰がみすみす逃がすかよ、待て!」

 

 レンは神速で接近し、リンの心臓を抉る勢いでゲイ・ボルグの突きを打ち込むが、またしてもアイギスがレンの攻撃を阻んだ。そして、リンはそこから一言も発することなくここから離脱した。結局、リンは最後まで自分の身を包んでいたローブを取り払うことはなく、レンが彼女の顔の全体像を見ることは叶わなかった。

 

「本当の目的、だと?」

 

 リンが言い残した最後の言葉にレンは引っ掛かりを覚えたが、短周期の激しい震動を下から感じて、すぐに頭を切り替えた。

 

「いや、今はそんなことを考えている場合じゃあない。とにかく急いで下に向かわないと!」

 

 レンはゲイ・ボルグを真下に投擲して、何十枚もある天井や床を一辺に突き破ると、そのポッカリと空いた穴に躊躇うことなく飛び込んでいった。

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