一話のあとがきに書いた愛華の身長を3㎝下方修正しました。
そして、作者名を変更しました。
羽衣 月 → よヨ余
評価感想よろしくお願いします!
愛華は愛が家を出た後、少しだけ前のことを思い出していた。
それは、とある日の、心理テストよりも前の出来事だった。
愛が、愛華を「愛したい」と初めて思った出来事である。
愛と愛華はいつもと同じように雑談に興じている。
だが、その毛色は普段と違っていた。
「罰ゲームか…」
「何にしようかな~」
愛と愛華は、雑談の際に生徒会でやっていたゲームをやってみたりする。その時にやったのはNGワードゲームだ。もちろん、藤原の発案である。
普段の雑談に混ぜただけなので、特別なものではないが。
ちなみに、愛華のワードは愛。その上、最初に彼が口にしたのは「愛、今日は何飲む?」と言うもの。
即ドーンだった。クソザコ。RTAでもやっているのかていうくらいには早かった。
敗者に対する罰は、勝者のお願いを聞くというもの。もちろん叶えられる範囲ではあるが。
愛は、これを機に何をしてもらおうか考えた。女装をさせるのもいいし、膝枕してもらうとか、手土産の制限を撤廃してもらうとかでもいい。やってもらいたいことはたくさんあった。
愛は少しだけ逡巡し、命令を下した。
「――あなたの過去について教えてください」
「―――っ……」
愛華は、その質問に顔をこわばらせた。愛はその顔を見て質問を撤回することが頭をよぎるが、それはしない。愛は愛華に恋をしているのだから、愛華のすべてを知りたいと考えるのだ。
愛華は愛の発言が本気であると気づいた。メイドモードの口調になっているが、それはそのモードだからと言うわけではなく、真剣に聞きたいと思っているからなのだ。
観念したようにため息をつき、ココアを飲む。その時のココアはくどく、飲んでから顔をしかめた。
「分かった、話すよ」
そして少年は言葉を紡ぎ始める。
「――これは、とある家族の物語」
オレは身の上話をした。
「昔々、あるところに幸せな家族がいました」
この導入に、愛は少しだけ怪訝そうにした。普段のオレとは全く違う話し方をするからだろう。
「若社長の父に、父を支え、子供たちに愛情を注ぐ母。そして、二人の子供がいました。
その子供は男女一人ずつ。姉と弟でした」
「姉はアメジストのような瞳をしており、町の人々に可愛がられます。姉が生まれた夫婦は町の中でとても有名でした」
「そこはビル群が並ぶ都市部ではなく郊外でしたが、だからこそ温かみにあふれるいいところでした。そこに住んだ人々は、この街を自慢に思っています」
愛は真剣に話を聞いていた。
「夫婦が住む家では、必ずと言っていいほど夜にパーティーが開かれます」
「その内容は様々です」
「ある日は、恋人ができた」
「ある日は、店の売り上げが過去最高だった」
「ある日は、子供の歯が抜けた」
「その程度の理由でパーティーを開けるほど夫婦は裕福で、町の人たちに愛されています」
「そんな夫婦に、とある男の子が生まれました」
愛の耳が、ピクッと動いたように見えた。この男の子が、オレだと判断したのだろう。それは正しい。
「男の子は純白の白い髪をしており、肌の色も生まれつき色白でした」
「町の石屋さんと宝石屋さんは、『この子はアレキサンドライトの瞳をしている』『いやいや、ペリドットだろう」と言う言葉を交わしました。夫婦の新しい家族という情報は朗報だったので、町の人たちはみーんな喜びの声を上げます」
「今日は宴だ。」
「シャンパンを開けよう」
「バーのお酒をすべてサービス致します」
「そんな声が聞こえてきました。夫婦も幸せそうです」
オレは少しだけ口角を上げた。愛も、そんなオレの表情を見て嬉しそうにする。
「姉も、弟と言う存在に心を躍らせていました。姉はこの時7歳ほどだったので、小さい子ができるとお姉さん面をしたくなってしまうのです」
「姉と弟はとても賢く、姉は中学生段階で大学レベルにまで、弟に至っては小学3年生で恒等式を知っていました」
今の言葉に愛は信じられないようなものを見る目を向けた。いくら四宮の教育を受けていた愛でも信じられなかったのだろう。愛でも、同じ年齢の時はオレほどではなかったはずだ。
「弟が街を歩けば、近所のおばさまたちは喝采し、アメちゃんを手渡します」
「弟が花屋を見れば、お兄さんがお花をくれました。弟にセレクションさせ、両親のプレゼントにさせました」
「弟は、そのお花を父と母に渡します」
オレは、その花の名前を最後に言おうと決めた。
「もちろん、両親は喜びをあらわにしました。愛する息子からのプレゼントなのです。喜ばないはずがありません」
「幸せで、愛に満ち溢れた日々。」
少しだけ溜めた。次が節目だ。
「――残念ながら、現実は理不尽です」
愛が、急に変わった流れに疑問を覚える。
オレはそれを知りながらも、配慮せずに言葉を続けた。
「幸福な人の影には、必ず不幸な人もいます。その不特定多数の人知れない呪いが形になったように、それは家族を――出張で一時的に父を手放していた家族を――襲いました」
「それは、事件でした。幸せな町で起こってしまった事件です」
「商店街で、不可解なことが起こったのです」
愛は一層耳を傾けた。この先の話を一言たりとも聞き逃さないように。
「まず、墓石屋が売り上げを急激に上げました」
「次に、八百屋、魚屋、肉屋、パン屋の値段が高騰します」
「そのまた次に、雑貨屋の値段が上昇しました」
「もちろん、住民たちは困惑します。なぜこのようなことが起こったのか、不思議に思います。
その理由を突き止めようとしましたが、なかなか見つかりません」
愛は結末を待つ。が、残念ながら、それは序章に過ぎない。
「畳みかけるように、住民たちにもう一つの困難が立ちはだかります」
「飲食店で食中毒が発生したのです」
「バタバタと多くの人が倒れます。その飲食店は町一番の人気を誇っていたので、より多くの人が被害にあいました」
「町の人は、外部の人間からテロ行為をされているのだと考えます。一番にそう思えるほど、町の人の絆は深く、強かったのです」
「調査を始めました。もうこれ以上被害者を出さないために、町を守るために調査を進めます」
「調査を進めていると、気付きたくない事実に気付いてしまうものです。なぜなら、この世は理不尽に塗れているのですから」
「推理の果てに行きついたのは、幸せな家族の父親でした」
愛は、瞠目した。そして、身の上話を求めたことをひどく後悔する。
だが、よくよく考えればまだ推理であって、決まったわけではないと思ったのだろう。少し狼狽したものの、すぐに調子を取り戻した。
「彼は総合商社の社長で、世界中の企業に携わっています。もちろん、町の店全てに携わっています。思えば、誰よりも疑わしく、誰よりも簡単に町を陥れることが出来る存在でした。その上、彼は一時的に出張に出ると言って行方がしれません。家族も、町の人も、誰も知りませんでした」
「ですが、町の人たちはそれを認めたくはありません。当然です。だって、あの人は誰よりもこの街に尽くしていたのですから」
「彼を信じるために調査を進めた結果、分かったことがありました」
「食中毒の原因は、毒物でした」
「残念ながら、町の人に薬学に精通した人はいません。せいぜいが、推理ドラマを見た際に得られる氷山の一角にも満たない知識です」
「吹き付けられたのか、混ぜられたのか、塗られたのか、それは誰にもわかりませんでしたが、そこには、悪意を以て毒が盛られたという事実。そして、町の人にとってはそれだけで十分だったのです」
「警察を呼び、調査をしてもらいました。被害者の状況や、店の経営状況。ある時は、お店の提携先まで、主に飲食店の中心を調べました」
「警察は、すぐに犯人を見つけました」
「見つけた方法はとても簡単で、単に監視カメラを見ただけです。それを町の人が聞いたときは、まさに目から鱗。いえ、本来の彼らなら気づけたのでしょう。ですが、町の人に被害が及んでいるという非日常、緊急事態に判断能力と思考能力が狂っていたのです。致し方ありませんでした」
「ですが、その映像を見て『見なければよかった』と思いました」
「そこに映っていたのは、幸せな家族の父親でした」
先ほど取り戻した調子が、
「後頭部と背丈、姿勢くらいしか見える要素はありません。当然です。それは暗い深夜の出来事だったのですから。ですが、それは他人の空似と言うわけにもいきませんでした。完全に幸せな家族の父親そのものだったからです」
「幸せな家族は、迫害され始めました。それは妻が奥様間での井戸端会議で外れ者にされるだけでなく、姉と弟にも牙を剥き始めます」
愛は、オレに手を伸ばした。その手は行き場がなく、空中を漂っている。
「姉は、お気に入りのキーホルダーを盗まれました。姉が懸命に探しているのを見て、クスクスと陰湿に笑います。なぜなら、その子は犯罪者の娘なのですから。いじめっ子の中には、その子の父親や母親が傷ついている人もいます。幸せな家族の父親がいない今、身近な姉に矛先が向くのは仕方がありません。まだ思春期の、未熟な存在なのですから」
「ですが、その姉も思春期真っ只中の未熟な存在なのです」
「キーホルダーを失くされただけでなく、弟に手を出すなどの脅しは後を絶ちませんでした」
「下駄箱には炭酸がパンパンの状態で入っており、下駄箱を開けた瞬間にそれが噴き出します。それをもろにかぶった姉は笑われながら動画を撮られました」
「テストではカンニングを疑われます。もちろん姉はやっていないので否定しますが、教師でさえカンニングだと断定しました」
「だぁれも彼女の味方をしません」
「だって彼女は嫌われたから」
「だって彼女は犯罪者の娘だから」
「だって、一人の人間に石を投げつけるのは、とっても楽で、楽しいから」
「彼女は心を壊します。仕方がないでしょう。だって、彼女は未熟だから」
「中学生の彼女が高校生に犯され、その痴態を弟に見られたとあっては、心が壊れて死にたくなるでしょう」
愛は歯の根が合わないようだった。少しだけカチカチと音が聞こえる。震えていた。
オレは安心させるために、愛を抱きしめる。
少しだけ安心したようで、オレに体重を預けてくれた。オレはそれがたまらなく嬉しい。
「いや、いや!やめて!!」
記憶の中の姉の言葉を、姉の口調と声色を真似て言った。
「このような彼女の言葉に連中は耳を貸さず、男はカメラを回します。そして、男の象徴を見せました。男の人数は、一人ではありませんでした」
「少なくとも3人。カメラ役と実行役、そして弟を拘束する役です。ローテーションして役割交代をし、順番に中学生の発達途上の体を楽しみます」
次の言葉は、自然と抑揚が無くなっていた。
「……今思い出しても、おぞましく、吐き気がします。その光景を見せつけられ、瞳を閉じることすらできなかった弟は、一体全体どのような思いだったのでしょうか」
愛はさあっ、と血の気が引いた顔をする。
「姉は、犯された後、暴力を振るわれます。どろどろの液体で汚された彼女はうつろな目でそれを受け入れます。…いいや、それは違いました。何もできなかったから、受け入れたように見えただけです」
「暴力を振るう人が増えました。高校生だけだったのが、同年代の男子、女子。年下も居ました。本来なら子供の火遊びを止める立場である大人でさえも、彼女を痛めつけ、体を楽しみました」
「女性は、同じ女性が犯されているというのに、クスクスと下賤な笑みを浮かべます。男性に道具を提供する人もいました」
「弟は、それを見て自分の無力さを呪います。弟は年齢を考えられたのか、そういう目にあうことはありませんでした」
愛は、少しだけ安心したように脱力した。
「……いいえ、それは違います」
「これは後で判明したことなのですが、姉は弟を守っていたのです」
「私はあなたたちの言うことを何でも聞くから、弟にだけは手を出さないで」
これも、姉を真似た。だが、それは完ぺきではなく、少しだけ震えてしまった。それを愛に見透かされる。
「これが、姉の言です。町の人々は意外にも素直にそれを守ります。きっと、すぐに壊してしまおう、だったり、いつ泣き言をいうのか楽しみだという考えがあったのでしょう」
「ですが、なかなか彼女は折れません」
「だから、身も心も粉々にしてしまおうと、町の人々が考えた計画が、
「それは正しく働きます。彼女の心はもうズタボロ。弟がどれだけ謝罪を口にしようと、守ってくれてありがとうと口にしようとも、彼女の心は変わりません」
「翌日、姉は自ら首をくくって死にました」
「―――」
愛から声にならない声が漏れた。今は愛を抱きしめているので、彼女の口から洩れる音がはっきりと聞こえる。その代わりに表情は見えないが。
「それに悲しむ暇もなく、父親が帰ってきます」
「町の人は、一応尋ねました。本当にやったのかと。もう姉が死んでいるので手遅れに近しいのですが、町の人達はとても醜悪です。私は悪くないと責任転嫁をし、純粋な町民を装って父親に迫りました」
「父親は、やっていないと答えます」
「そして、姉の状態を事後報告され、絶望とともに怒りが襲ってきました」
「彼は若くして商社を立ち上げ、世界をまたいで仕事をするほど優秀な人物です。弁護士の伝手などたくさん持っていますし、探偵の伝手も多いです。警察が事情聴取のために家を訪れましたが、牽制することに成功します」
「家族は、一人の犠牲を以て地獄を乗り越えました」
愛から、涙がこぼれる。それはオレの肩口を濡らした。
「―――そこは新しい地獄の始まりでした」
「カメラを持った知らない人が、家の前を陣取り始めました」
「そう、メディアです。一部の過激な人の間では、マスゴミという蔑称を付けられている者も存在しますね。彼らは、それに恥じないほどの所業を犯します」
「まず、個人名が暴かれました。顔写真もばらまかれ、電話番号も世間に出回ります」
「その結果、家族はどこに行っても白い眼を向けられ、いかなる時もいたずら電話を掛けられるようになりました。化粧によってどんなに姿かたちを変えても、メディアは目聡くその容姿を更新して報道します」
愛は、そこで違和感に気付いた。だが、それを指摘する暇を与えられず、オレの話を聞き続ける。
「父親は、名誉毀損だと訴え出ました。私はやっていないと、誰かが私をはめたのだと。しかし、誰も彼も父親に耳を貸す人はいませんでした。メディアも同様です」
「父親は仕事を失くし、前ほどの稼ぎはなくなりました。何とか貯金や投資で食いつないでいますが、10年もすれば無くなってしまうでしょう。そのころには弟は成人しているでしょうが、予備校や塾、趣味などの人生を充実させるようなことはできません。父にとってそれは耐えがたいものでした」
「母親もやつれてきました。井戸端会議に毎回出席させられます。欠席しようとしても家まで来てしまうのです。そして手を引かれて無理やり参加させられ嫌味という言葉の暴力。それに精神をすり減らしてきました。なまじ裕福な家庭に生まれたので、このような仕打ちを受けたことがなかったのです」
「弟は、今度はお前の番だと言わんばかりに陰湿で劣悪ないじめを受けました。年齢を考えると姉が受けた仕打ちにも並ぶかもしれません」
愛の瞳から、もう一度涙がこぼれた。
「あんなにやさしかった町の人たちは、人が変わったように責め立てます。石を投げつけ、殴ります。顎を蹴り上げ、泥水をすすらせます。弟が泣きわめこうと、それは変わりません」
「なぜなら、楽しいから。そして、もし罪悪感からいじめに加担することをやめたら、次は自分が標的になってしまうから」
「孵卵臭のするゴミ箱の中に、30分ほど放り込まれました」
「誰かの嘔吐物の混ぜ物を飲まされました」
「道を歩けば、犬の糞を投げられました」
愛はすすり始めた。先程までは静かに涙だけを流していたが、決壊してしまったのだろう。
「ごめんなさい…ごめんなさい……!」と、愛は謝った。決して軽い気持ちで過去話を聞いたわけではないだろうが、それでも聞き方を間違えた、いや、聞くこと自体を間違えたと思ったのだろう。NGワードの罰ゲームとして聞くことではなかった。彼女は自身の行動を呪った。
「これだけではありませんが、このようないじめで一か月が経ちました」
「家族は、引っ越しを決意します」
「今思えば、それは遅すぎる判断かもしれません。ですが、弟が受けている仕打ちを父親が知ったのはちょうどこの時期だったのです。父親はその情報を知ってからすぐに判断を下しました。なぜなら父は、家族を愛しているから」
「引っ越しをして、ある程度の平穏がやってきます。幸せとは程遠いものですが、地獄ではありませんでした」
「メディアと言うある種のヒットマンは変わらず関わりに来ました」
「昼も夜もカメラのフラッシュが焚かれます。20を超えるマイクが束を作って、銃のように突きつけられます」
「何も言うことはないのですか。死者も出たんだぞ。ご遺族の方に申し訳ないと思わないのか。なぜこんなことをしたんだ。人の心はないのか。私たちはお前たちを逃がさない。本当のことを言ってくれ」
「一日中、そんな言葉が聞こえてきます。もちろん、本当に四六時中言われているわけではありません。聞こえてきた言葉は、不快な幻聴です。それが常態的に聞こえるほどに精神が壊れていたのです」
愛はオレの背中に腕を回し、彼女の方からも抱きしめてくれる。
とくりと、心の中で何かが響いたが、オレは一旦それを無視して身の上話に集中した。
「弟は転向した先でも、メディアに追われました。登校中も、下校中も、業間休みの時でさえカメラの視線が視界に入ります。そのレンズが反射した先にも、カメラがありました」
「弟は友達もできず、独りぼっちでした。転校先の生徒も事件のことは知っていました。1か月程度では騒動は鳴りを潜めません。カメラを不快に思い、弟をいじめ、遠ざけました。弟は転校先でもいじめられているのです」
愛はオレを抱きしめる力を少しだけ強めた。まるでオレの存在を確かめるように。オレが今この世に存在することを確かめるように。
「半年後、事件に進展が見られました。真犯人が見つかったのです」
オレは愛を抱きしめる手を離す。愛はまだこうしていたかったようだが、少しだけ無理に離した。愛は寂しそうで、こちらを悼むような視線を向ける。
オレは愛と視線を合わせ、話を続けた。
「真犯人は、父親を逆恨みしたライバル会社の社長でした。わざわざ整形して父親の姿を真似、父親がいないタイミングを見計らって犯行に及んだのです。真犯人はすぐに捕まりました」
「しかし、幸せな家族が受けた被害に対して、損害賠償の類は何もありませんでした」
「父親は改めてメディアを訴えます。名誉毀損だと。私は、不当な介入をしたメディアや、警察と戦っていくと」
オレのこの言葉は、少しだけ熱を帯びていた。
「しかし、ここでも現実は理不尽に牙を剥きます」
「父親は、持病を患っていました。それが牙を剥き、訴え出た父親の体を急激に襲います」
愛は、もう一度オレの体を求めた。人肌のぬくもりを求めた。
愛から抱きしめられ、オレはされるがまま。淡々と言葉を紡いだ。
「父親は、志半ばで母親と弟を置いて黄泉へと旅立ちます。一足先に姉と再会を果たしました」
オレを抱きしめる力が強くなる。愛の泣き声が部屋に響いていた。
「父親と言う大黒柱を失った家族は、金に目がくらんだ悪人に追われます。その中には、引っ越しをする前の町の人もいました。どこからか居場所を嗅ぎ付けて特定したのです」
「相続をする暇はありませんでした。家族は父親の金を共有資産として定めていたため、母親が使います」
愛がオレの頭に手を置いた。手を規則的に動かし、オレの頭を撫でる。それはとても心地良く、ずっとこうしていたいと思えるものだったが、オレは気にせずに話を続けた。
「母親が襲われました。父親の遺産を狙う金の亡者に指を切断され、詰められ、資産を渡すように言われました。彼女は、言うとおりにしてしまいます。あの町で受けた仕打ちを凌ぐために、自分が我慢することを覚えてしまったのです」
愛はオレの服の背中部分を掴んだ。オレの服にその形に添うようなしわができる。
「母親も死にました。もうこれで、家族は一人だけです。もはや家族とも言えなくなりました」
愛の頭がオレの胸に押し付けられる。彼女は震えていた。彼女の手は今度はオレの胸に当たっており、服のしわは前面にも現れた。
「弟はまだ母親の死を知らなかったので、唯一の肉親の帰りを待ちます。なかなか帰って来ないので不安に思っていると、インターホンが鳴りました」
愛は、この先の事実を聞きたくないようだった。
でも、オレは聞いてほしい。
「インターホンを鳴らした人間は、母親を殺した人物でした。その本人がそう言っていたので間違いありません。その人は、弟にも手を伸ばします。その手に持ったナイフとともに」
ぐうっ、と愛が呻いた。この話を受け入れる準備をしているようだった。
「弟は命の危機を感じ、家を飛び出します。当時の弟は今では想像できないほど小さかったので、悪人の間をすり抜けて逃走を開始しました。もちろん悪人も追いかけます。しかし、弟は足が速く、体力も常人を優に凌駕していたので、すぐに逃げられます。悪人は弟をあきらめました」
愛は、想像と違った結末に安堵した。もちろん安堵できないほどの不幸があることは承知の上だろう。自惚れでなければ、オレがこれ以上嫌な思いをしなかったことを喜んでいるのか。
「弟は、体裁も、体力も、何もかもを投げ捨てて駆けました。頼れる家族はもういません。見知らぬ人も、犯罪者の息子だとレッテルを貼っているので弟を迫害します。……やがて、弟は摩耗します」
「すべてを失って絶望した弟は、やがて体力が尽きました。全く食事をしていなかった影響もあって今にも死にそうです。流石に8日も食わずに走り続けているとどんなに天才でも果ててしまいます。誰だって人間なのですから」
愛は今までで一番オレを抱きしめる。体のほとんどを密着させている。当たる場所が違えばキスをしてしまうほどには近い。
「しかし、運命は収束します。不幸が続いたら、幸運が訪れるものなのです」
愛は顔を上げた。
オレも、下に視線を向けて愛と視線を合わせる。
そして柔和な笑みを浮かべて締めに入る。
「とある少女でした。弟に手を差し伸べ、自らの家へと招きます。弟はそれを疑いましたが、気力がなかったのでそれを受け入れます」
「弟は、その家で好待遇を受けました。親はいませんと言う弟の言葉を聞いて施設に出すことも考えましたが、弟はそれを拒みました。久しぶりに感じた温かみに縋りたかったのです」
愛は、ここで違和感に確信をもった。
「こうして、幸せな家族は消えてしまいましたとさ。おしまい」
愛華は、身の上話を終えた。
抱きしめる愛を優しく離し、愛の瞳をじっと見る。
「――ッ…ごめんなさい……!」
愛はすぐに謝罪した。話の途中に何回もその言葉は口にしていたが、愛華は初めてそれを受け止めた。
「オレはそれを求めていない。罰ゲームではあったとしても、話す話さないはオレが決めることだ。オレは拒否することもできたが、しなかった。きっと、お前に聞いてほしかったんだろうさ」
愛華は淡々と事実だけを告げた。
だが、愛は謝り続ける。
(……どうしたものか)
愛華は別に、愛に悲しんでほしかったわけではない。苦しんでほしかったわけでもない。
どうすればいいだろうか。
少しだけ考え、解を見つけた。
冷蔵庫からあるものを取り出し、フォークを刺して一口サイズに取り分ける。
「愛、あーん」
「なに…あ――ムグッ」
愛は、「なに…あーんって……」と言おうとしたが、「あ」の部分で愛華が常識外れの反射神経でフォークを口に入れた。
フォークが刺さったものは、ケーキだった。愛華は自作のショートケーキ愛に半ば無理やりに食べさせたのだ。もちろん、安全には配慮している。
鳩が豆鉄砲をくらったような呆けた顔をしている愛を見て、愛華は本音をポツリと零した。
「かっわい」
にへらっと笑う彼を見て、愛は表情を羞恥に染める。
文句を言ってやりたくなったのでその顔を改めてじっと見るが、その意に反してこちらも本音をポツリと零した。
「好きです」
愛も、愛華も、互いに顔を驚愕に染める。
愛は、自分が放った言葉に対して。
愛華は、dpmplpypnshslomlofrstiが故に。
「……そっか、ありがと」
「――っ」
またもやにへらっと笑う愛華に顔を赤らめた。
しかし、愛は理解している。この言葉は返答ではないと。
「返答は待ってくれ」
追い打ちをかけるように愛華は言葉を口にした。愛はそれに少しだけ落胆したが、予想していたのでダメージは少ない。
「うん、分かってる。だから、だから――離れないで。――嫌わないで」
「――うん、もちろん」
愛華は愛の頭を撫でる。愛は、それがとても嬉しく思う。彼のこういうところが好きなのだ。
その後も少しだけ堪能していると、そろそろ時間がやってくる。
「今日はもう帰りなさい。嫌な話をして悪かった」
「ううん、もとはと言えば私のせいだから――ごめ……大丈夫だよ」
ごめん、と言おうとした瞬間に愛華から冷ややかな視線を向けられたので、愛はすぐに言葉を取り繕った。
「おやすみ、また明日」
「ああ、おやすみ、また明日」
おやすみの挨拶をしてから、愛は扉を閉めた。
私は、愛華の家から帰って自室に戻ったすぐ後に、パソコンで調べ物をした。
「……ない」
やっぱり、と思った。
「報道なんて、されていない」
私は戦慄し、愛華の家の方を見た。
「貴方は――いったい――」
オレは、愛が言った言葉を反芻していた。
「あぐっ…!」
胸が苦しくなる。頭が締め付けられるように痛い。張り裂けそうだ。
「はっ……ハッ……」
過呼吸をしたので、時間をかけて呼吸を取り戻す。
「オレは…オレは……!」
オレは、早坂愛に恋をしている?
「オレは彼女を――オレは!」
オレは彼女を――愛せない。
「ああ、そういえば」
「花の名前を言っていませんでしたね」
「弟は当時センスが欠片もありませんでした」
「あげた花の名前は」
「小さな、鬼灯と、犬鬼灯です」
矛盾、誤字あったら報告よろしくです!
追記(5/16)
タイトルと文章中の文字化けモドキは、単純な暗号みたいなものです。解いてみると面白いかも?
ヒントは文中にあります!