少年は愛したい   作:よヨ余

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少年は話したい

「うおらぁ!生徒総会お疲れェい!」

 

「&明日から夏休みー!いえーい!!」

 

 白銀は資料を投げ捨てた。まあ、お疲れだったから仕方がないだろう。大変だったのは知っている。

 オレは投げ捨てられた資料が地面に落ちる前に全て拾った。そして、白銀の机に置いておく。

 

 まあオレがここにいるのは、いつものごとく遊びに来たからだ。

 

「サンキュな。…しかし、これで心置きなく夏休みを謳歌できるってもんだな」

 

「そうですね……」

 

四宮はなんか予定立ててたりするのか?」

 

 ん?

 

「少し買い物に出たり位ですかね…大きな予定は無いです…会長はバイト三昧ですか?」

 

 んん?

 

「いや、思ったよりシフト調整に難航してな。結構暇な時間が多い」

 

 んんん?

 

「なんかしたいよな――」

 

「何かしたいですね――」

 

 んんんん?

 

「なあ藤原書記」

 

「ねえ藤原さん」

 

飽きねえなお前ら

 

 

 夏休みの予定!!

 

 愛華の知らないところで一度論じられたものの、結局保留(ペンディング)になっていた旅行問題!

 これが立ち消えか実行か。その判断が今この瞬間に懸かっていた!!

 

 夏休みに数多く行われるイベント――

 

 それを男女混合のグループで行えるかどうかはスタートダッシュに全てが懸かっている!

 

 最初に男女で出かけることで「次はどこ行く?」「行くならまたみんなで」と発展性が生まれる!

 

 一方スタートダッシュに失敗すれば男女混合の心理的ハードルは上がり、男子は男子と、女子は女子とのグループで夏休みを過ごすことになる!

 

 

 これに失敗すれば灰色の夏休み!!

 

 

 当然のごとく男女混合での旅行などない!海で水着もバーベキューもない!

 

 夏祭りで鼻緒が切れて女子を背負うことなどない。夏休みの課題を一緒にやることも、合宿も混浴も、肝試しも、花火の音でかき消される愛の言葉などない。

 臨時バイトでの恋も、ポロリも人工呼吸も、田舎に帰ったら幼馴染との再会などない。

 タイムリープも異世界召喚も、天体観測で流れ星に願うことも、ひと夏の大冒険もある筈がない!

 

 現実!それが現実なのである!!

 

 それでも限りなくゼロに近い希望を信じるのならば、夏休み最初の予定は異性と組む必要がある!!

 

 

(って、考えなんだろうな)

 

 オレは確信に近いものを持って流れを見守った。藤原に頼ったのも、彼女を起点として話を広げるためなんだろうな。

 

「藤原書記…やっぱり夏はパーッと羽根を広げたいもんだよな」

 

「そうですね!やっぱり夏は普段出来ない事をしたいですものね。旅行とか最高です!」

 

 白銀ちょっと上機嫌になったな。なんでこんな分かりやすいのに皆わかってねぇの?

 

「旅行な――……やっぱ都会の喧騒から解放される時間ってのは必要だよな」

 

「はい!私も明日から一週間ほどハワイ行ってきますよ~!」

 

(ブッハ!!)

 

 オレ大丈夫だよな?笑いこらえてるよな?バレてないよな?

 

 白銀が多分「は――!?ざっけんなてめぇ!!」とか思ってやがる。おもしれぇ。

 

「藤原書記…海外もいいがやっぱり国内も良いよな。夏は色々イベントも多いし」

 

 あ、白銀がちょっと食い下がった。

 

「何言ってるんですか!受験は2年の夏が天王山ですよ!遊びにうつつを抜かしてる暇なんてありません!!」

 

 こいつマジで白銀たちの思考と反対の行動をするよな。

 

「お前旅行 行く癖にそれ言うか…?」

 

「だからこそ遊びと勉学のメリハリはちゃんと付けるんです!」

 

 ド正論だがダウト。勉強しないに一票。その上旅行に行くのはハワイだけではない。多分エジプトとかドバイとか行ったりする。

 

 焦る白銀だが、かぐや様はその点藤原に対して一歩優れている。こういう時はでいる方が良い結果になるのだとその身にまとっている覇気を除去した。

 

 だが、この場にはもう一人の人材がいる。

 

「でも――一度位は何か思い出作りしたいですよね」

 

「珍しいな。石上がそんなふうに思うなんて」

 

「いや…僕は1年ですけど会長は2年。来年は受験勉強でそれ所じゃないのかもしれない。会長とゆっくり遊べるのは今年だけかもしれませんから……」

 

 白銀は石上のこの言葉を聞いて何か心変わりがあったのだろう。少なくとも、夏休みは男女の縛りなどないことに気付いたはずだ。

 

「行こうぜ石上……夏の終わりには大きな祭りがある。たこ焼きくらいなら奢ってやる。早坂も――」

 

「夏祭り…!?いいですね!行きましょう行きましょう!!」

 

「食い付くんかーい」

 

 思わずツッコんじまったじゃねぇか。天王山どこ行った。

 

「良いですよね~。わたあめ!射的!打ち上げ花火!」

 

 藤原が夏休みの要素を一個ずつ挙げていく。その中の花火と言う単語にかぐや様が反応した。多分一緒に行きたいんだろうな。この人ロマンチストの気があるし。

 

「祭りは8月20日だったな。スケジュールは開けておこう」

 

「そうですね、私も……」

 

 お、かぐや様が自分から素直に話の輪に入っていった。無の心も崩れている。

 

「あ…駄目です。そのあたりトマト祭りでスペインでした……」

 

「何回旅行に行くんだ?オメェ」

 

 オレは思わずツッコんでしまった。まさか本当にダウトだとは思わなかった。

 

「えっ、まさか行っちゃうんですか?私だけ除け者にしてみんなで夏祭りとかそんな酷い事するんですか…?」

 

「……う」

 

「……まぁ」

 

(どの口で言ってんだこの子)

 

 オレはもはや感服の域に達してしまった。やっぱりこの子自分に甘い性格してるよな。いい性格してるわ。

 

「え、普通に行きますけど」

 

 流石は石上!今日はちゃんと正しいぞ!

 

 空気はちょっと冷えたが、必要処置だ。これに関しては藤原が悪い…いや、誰も悪くはないか。予定は仕方ないし。

 

 まあその後に難癖付けるのはちょっとあれだけど。

 

「藤原先輩だってトマト祭りじゃないですか。そっちは楽しんでくるのに僕等には行くなってのはあんまりじゃ……」

 

 あ、マズイ。ここまで正論言われると……

 

「わぁあぁん!!石上くんひっどおおぉぉおぉい!」

 

 あー、泣いちゃった。でもまあ、生徒会メンバーと楽しめないのは藤原からしたら悲しいよなぁ……。

 

「ばかぁ!冷血人間!前髪長すぎ!石上くんなんてたこ焼きで舌火傷しちゃえば良いんです!!」

 

 言い過ぎだ。

 

 藤原の言葉のナイフが石上に3回くらい突き刺さった。

 

 藤原は走って帰ってしまう。泣きながら。

 

「またやってしまった……」

 

 「泣くほどのこと?」としょんぼりする石上が帰ろうとするが、白銀とかぐや様が石上の肩に手を置いた。

 

「いや石上」

 

「今日は正しいです」

 

「そうだぞー」

 

 石上のフォローをする二人にオレは続いた。

 

 すると、白銀から嬉しい誘いが来る。

 

「お前も来るか?8月20日」

 

「あ~…予定がなけりゃ行ったんだけどな……生徒会組で楽しんでくれ。夏明けに感想聞くよ」

 

「そっか」

 

「んじゃ、オレも帰るわ。またな」

 

「おう」

 

「またです」

 

 かぐや様は手を振る程度に留めていた。まあどうせかぐや様には会うからな。

 

 

 

 

 

 夏!それは恋の季節である!

 

 これでもかと肌を焦がす太陽の悪戯か

 

 アスファルトに揺蕩う陽炎の幻惑か

 

 少年少女の心を裸にし、男女の関係を次のステップへと(いざな)う!

 

 そんな夏休みが幕を開け――半月が過ぎた!!

 

 その間、かぐや様と白銀の間には特に何もなかった!!

 

 

「どうして?」

 

「それはね、かぐや様がすべての予定を会長に誘われる前提で立ててるからだよ」

 

「それ多分白銀もだよな……てかなんで愛はそれを知っているの?」

 

「なんで早坂は主人のノートを悪びれもせずに勝手に見るの?」

 

 愛が答えを言うまでもなくかぐや様が答えてくれた。愛とかぐや様の絆があるからこそ許されることだな。もしオレがやったら首が飛んでる。

 

「もう自分から誘えばいいじゃないですか。それだけでこの無味乾燥な夏休みから解放されますよ」

 

「何バカなことを言ってるのよ!それじゃまるで私が会長と遊びたいみたいじゃない!!」

 

「「ぐうの音も出ないほどその通りじゃないですか」」

 

「愛華まで!?」

 

 思わずオレまでもが反応してしまった。かぐや様は意外そうにするが、そんなことはないだろう。

 

「そもそもですね」

 

 愛がかぐや様に言いたいことがあるようだ。

 

「かぐや様が白銀会長を誘ったり、白銀会長がかぐや様を誘ったりしていたら、私はその護衛の意味を含めて愛華とデート出来たんですよ?」

 

「愛さん?」

 

「そのデートの中で、私は愛華にキッスさせたり手をつないで一緒に買い物したり、カップル割で映画とか見れたはずなんですよ?」

 

「愛ちゃん?」

 

「えっ!?二人ってもうカップルなの!?」

 

 そこじゃない。そしてもうってなんだ。

 

「明日は書記ちゃんたちとショッピングに行くからその時にはデートできますが……正直私は6回はデートしたかったですよ」

 

「可愛い可愛い愛ちゃん?」

 

「可愛いって何ですか恥ずかしい……」

 

 オレが可愛いって言ったらまさかの顎を手で押されて拒否られたんですけど。めっちゃ顔赤いし。可愛い。

 

「惚気ですか……?」

 

「「かぐや様にだけは言われたくない」」

 

「なんでぇ!?」

 

 オレたちの夏休みは、大体こんなもんだ。

 

 とっても楽しい、いい夏休みだ。

 

 

 

 

 

 後日。

 

「コレとかどうです?」

 

「んっ……」

 

「おお!お似合いです!」

 

 オレたちはかぐや様の御召し物を一緒に選んでいた。もちろんオレがいるという事は小物類を選んでいる。

 

 かぐや様はとても期待した笑みを浮かべている。初めての友達とのショッピングなのだから当然であろう。

 

「私たちも外行き用の服を……もう選んでるのね」

 

「だってオレも楽しみなんだもん……愛も着替えてきな。オレがあとは引き継ぐから」

 

 愛はかぐや様の御召し物を選んでいた関係で未だ着替えを済ましていなかった。なのでオレは愛に着替えるように言う。

 

 愛がこの言葉を聞いて扉を開こうとする。だが、その前に扉は開かれた。

 

 ――そこにいたのは、二人の使用人だった。堅物と強者(つわもの)だ。

 

 かぐや様の顔は、絶望で染められてしまった。

 

 急遽、オレたちは雁庵様に呼ばれて京都の本邸に向かっていた。

 

「まあ、彼女たちは多分延期にしてくれるでしょうね。夏休みにはいくことはできないかもしれませんが、明日の夏祭りもあります。楽しみが伸びたと、気楽に考えましょう」

 

「ええ、そうね……」

 

 オレはかぐや様をフォローしたつもりだったが、効果はあまり及ぼさなかったようだ。かぐや様は未だに落ち込んでいた。夏祭りに関しては楽しみにしているようだが、やはり直前で奪われてしまった分、悲しみは多いんだろう。

 

 

 そして、オレは運転している堅物の使用人の耳が、この情報を捉え、よく思っていないことを確認した。

 

 

 京都本邸にはかなり時間をかけて着いた。

 

 オレと愛、かぐや様は正座して待機していた。

 

 待機すること十と数分。雁庵様が縁側を歩いていた。すぐそばに雁庵様がいる。だが、雁庵様がこちらに――かぐや様に――視線を向けることはなかった。

 

「お……お父様……っ」

 

 言葉に込めるのは、諦観と、期待。かぐや様が長年ずっと求めていたものだ。

 

 

「ああ、いたのか」

 

 

「――っ」

 

 

「ご苦労」

 

 

 だから、その言葉は正しく絶望となる。

 

 雁庵様はそのまま歩いて行ってしまった。ミシ…ミシ…と、床が軋む音が聞こえる。

 

「こんな場所まで呼び出してそれだけですか」

 

 愛はキレていた。

 

「くたばれクソ爺」

 

 愛の言葉は不敬もいいところだった。もし聞かれれば、愛の首が飛んでいただろう。

 

 だが、オレにはそれを咎めることが出来ない。オレも少なからずキレているし、思うところはあるのだ。

 

 

 何故、父親がいるというのに愛されることがないのだろうか。

 何故、親愛という最初に与えられる愛情を与えられないのだろうか。

 何故、父親が父親の責務を果たさないのだろうか。

 

 

 疑問だ。解消されることのない疑問かもしれない。

 

 だが、それなら。

 

 解消してやろうじゃないか。

 

 オレは、かぐや様の傍でそっと支えている愛に、声をかけた。

 

「オレは今日は帰らないかもしれない。明日には帰る。悪いが、任されてくれるか」

 

「う、うん…」

 

 オレは、早歩きで雁庵を追った。

 

 

 

 

 

「四宮雁庵」

 

 オレの言葉に過剰に反応したのは雁庵の御付きの方だった。勝手を働いたオレを取り押さえようと動く。

 

「やめとけ」

 

 それを止めたのは、他でもない雁庵だった。彼が止めなかったらオレは容赦なく御付きをのしただろう。オレにも事情があるからあまり暴力的になることはないが、それでも作戦は実行困難になったはずだ。

 

 オレは、雁庵に感謝した。

 

「小僧、早坂の人間だな?俺に何の用だ。勝手してただで済む……」

 

「ちげぇよ。オレは早坂じゃない」

 

 オレは雁庵の言葉を遮って言う。敬語も完全になくした。深層心理での敬意も今はない。この後の彼の行動次第だ。

 

「あ?」

 

 雁庵は、その言葉を聞いてオレに興味を持ったようだった。

 

 オレと雁庵の面識はない。だが、それは雁庵だけの認識だ。

 

 オレと雁庵は、確実に会っている。

 

「……はっ、面白いやつだな」

 

 「こっちに来い」といって、雁庵はオレを一室に招いた。

 

 空き部屋だ。使い道のない畳の一室。

 

「護衛をつけるか?」

 

「いらん。お前は対話をしに来たのだろう」

 

 ……見ず知らずのオレのことをこうもわかってやれるのに、なぜかぐや様のことをわかってやれないのか。親(として)バカだな。

 

「雁庵様!?ですが……」

 

「いらんと言っている」

 

「主人の意思くらい汲めよ」

 

「貴様ぁ!」

 

 使用人が逆上し、オレの胸倉をつかんだ。

 

 オレは反射的に腕が動きかけるが、雁庵の言葉によって咄嗟に止める。

 

「うるせぇ」

 

 この言葉は、護衛の拒絶に等しかった。

 

 使用人も引き際は弁えている。今この瞬間、雁庵はオレを対等に扱ったのだと感じたようだ。優秀ではある。そうでないと四宮家当主の使用人などやれないから当然と言えば当然か。

 

 オレはドカリと胡坐をかいて座る。そして机に肘をついた。雁庵は机を挟んでオレの向かいに座る。オレの後に座ったので、何も知らない人が見ればどちらが偉いのかわからないかもな。

 

「で、何の話だ?」

 

「四宮かぐやという女について、そして、オレという人間について」

 

 雁庵は「長くなりそうだ……」と言って姿勢を楽にする。オレに対して威厳を気にする必要などないと考えたのだろう。こちらとしてもご老体に無理をさせるつもりはない。そこの良識はまだある。

 

「話せ」

 

 オレは、この話の目的を話す。その前に事前の前提として質問をした。

 

「四宮かぐやについてどう思っていますか?」

 

「敬語はつけるんだな。今更怖気ついたか?」

 

「今思えば、オレは雁庵様をあまり知っていないなと。せめて知ってから敬語を抜こうと思いました。多分すぐに抜きますね」

 

「生意気な小僧だ」

 

「で、どうなんです?」

 

「――どうも何も、俺の娘だ。それ以外にないだろう」

 

「じゃあ、もう一つ聞かせてくれますか」

 

 「なんだ」と目で訴えたので、オレはすぐに質問した。

 

 

「四宮かぐやを、愛しているのですか?」

 

 

 何を、と思うだろう。

 

 だが、この質問の返答によってオレの作戦の成否が変わるかもしれない。そう思うほどにオレは真剣だ。

 

 

 

「どう……なんだろうな」

 

 

 

 雁庵()の言葉は、本来なら激怒に値するのかもしれない。親としての責務を全うしろと、方々から石や卵が投げつけられるかもしれない。

 

 だが、それはオレの求めている言葉だった。

 

 だが、足りない。もう一つだけ聞きたかった。多分これで全部聞ける。

 

 

「愛することは出来ませんか?」

 

 

「……どうなんだろうな」

 

 

 ああ、よかった。

 

 なら、大丈夫だ。

 

 オレは胡坐を解き、正座した。そして、挟んでいる机から少しだけ体を出して雁庵様に頭を下げる。

 

「先ほどは無礼を働き、申し訳ございませんでした。四宮 雁庵様」

 

「……どういうつもりだ」

 

「オレ……いえ、私は、心の底では雁庵様のことを見限っていたんです。かぐや様のことを愛せない人なのだと。父親の顔をしたおぞましいナニカなのだと」

 

 「esysdompyoyompupimo」という言葉は飲み込んだ。言う必要のない言葉だ。

 

「それは正しいだろう。現に、俺はかぐやに何もしていない」

 

「そんなことはありません。雁庵様は『どうなんだろうな』とおっしゃったではありませんか」

 

「それがどうした」

 

 雁庵様はオレの考えが心底わからないと、疑問で表情を染めた。

 

 

「本当のおぞましいナニカは、『愛せる』と、平然と宣うのですよ」

 

 

 オレは少しだけ感情的になる。やはり未熟だな。淡々と機械的に話すつもりだったのに。

 

「お前……」

 

「……失礼、お忘れください」

 

 オレは自分の口元を塞ぎ、これ以上このことは申しませんよと示した。雁庵様もそれは察してくれたようで、気になったようだが追及はやめてくれた。

 

「オレの作戦も、達成できそうです」

 

「作戦…?」

 

「こちらの話ですよ。あの子、明日にはご学友と夏祭りに行くのです」

 

「かぐやに、友達がいるのか」

 

 そうか、それも知らなかったのか。となると、かぐや様が求めていることも知らないな。

 

「かぐや様が雁庵様に何を求めていらっしゃるか、ご存じですか?」

 

「…何だ」

 

「あの子は、父親に『おやすみ』を言われたことがありません。『いってらっしゃい』を言われたことがありません。『よくやった』を言われたことがありません。『愛してる』を言われたことがありません」

 

「……」

 

「あの子が求めているのは、何も特別なものではありません。ただの、ただの一般的な父親の愛情なのです」

 

「……そうか」

 

 雁庵様はオレの言葉を聞いて、すべきことが分かったようだ。

 

 だが、彼の中で話はまだ終わっていない。

 

「小僧、名乗れ」

 

 雁庵様はオレにそう言った。先程オレは「早坂じゃない」と言ったからだろう。オレも、そのつもりで言った。

 

 

「愛染 愛華」

 

 

 雁庵様は、オレを見た後に空を仰ぐ。

 

 先ほど面識があると言ったが、正直曖昧だ。オレはかぐや様程ではないにせよ、瞬間記憶力に優れている。それでも曖昧だった。

 

「愛染……か」

 

 愛染は、総合商社を経営する由緒正しき家系だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。四宮財閥のお得意様でもあるし、ライバル会社の一つでもある。

 

()()。俺からも質問させてもらうぞ」

 

「何なりと」

 

 雁庵様はオレを認めたのか、小僧と言わず、オレの名を呼んだ。

 

 何を質問されるのかはわからなかったため、少しだけ身構えた。

 

「――かぐやが好きなのか?」

 

「―――は?」

 

 オレは思わず素のリアクションを取ってしまったが、仕方ないだろう。だってそんなことはありえないのだから。もちろん、かぐや様に魅力がないわけではないが。

 

「違いますよ。あの子にはもっとふさわしい相手がいます」

 

 オレは彼のことを思い出し、少しだけ笑った。

 

「『四宮 かぐやに告らせよう』と考える頭のおかしい奴ですよ。かぐや様も、同じく告らせようと考えてるんですけどね」

 

混沌としているな」

 

「でしょう?オレ達――主に愛が苦労しているんですよ」

 

「愛……ああ、早坂の」

 

「ええ、オレとしてはどちらかと言うと彼女のためにやってますね。もちろん、一番はオレのためですけど」

 

「自分のため…か。何故?」

 

 雁庵様はちょっと踏み込んできてくれた。

 

 多分これは、オレの深層心理を言葉にするのに役に立つ。彼にそんな意図はないだろうが、勝手に利用させてもらおう。

 

「――オレ、愛と夏祭りに行きたいんです」

 

 雁庵様は固まってしまった。オレが少し顔を赤らめて俯いていったからビビったのだろうか。気まずい沈黙が漂う。

 

 早く解放されたくてうずうずするが、オレから動くのは違うだろう。

 

「――フハッ」

 

 沈黙を破ったのは、雁庵様の笑い声だった。

 

「そうか!惚れた女のためにか!」

 

「――ッチがいます」

 

 やばい、『ち』の部分で声が裏返ってしまったから余計にそう聞こえるようになってしまった。

 

 雁庵様オレの言葉信じてねぇ……!二ヤついてんじゃねぇ……!

 

「フフッ…まあいい。俺も、父としての責務を全うするとしようか」

 

 「ついてきなさい」と、雁庵様はオレに言った。

 

(おかしいな。さっきまでは一人の大人を相手にするようなものだったのに、今は子供を相手にする時の態度だ)

 

 オレは少し不満に思いつつも、雁庵様についていった。

 

 

 

 

 

 愛とかぐや様のところに行くと、二人は先ほどの堅物の使用人に何か話を受けているところだった。

 

 見れば、かぐや様はかなりしょんぼりとしている。……絶望している、の方が正しいか。

 

 やっぱりな。オレが車で夏祭りの話をした時からこうなると思っていた。もしオレが発言していなかったら当日の行く直前に止められてしまっただろう。そうなるといくらオレでも対処は難しい。

 

 ま、白銀なら何とかしただろうが。

 

 ともかく、オレが雁庵様にお話をするのも、そのお話の隙に使用人がかぐや様の夏祭りを阻止するのも既定路線だった。

 

「かぐや」

 

 雁庵様はかぐや様とお話をする。後は彼が何とかするはずだ。

 

 オレたちがいるのは無粋だろう。

 

 オレは愛に手招きをして小声で話し始めた。

 

「何したの?」

 

「雁庵様を説得」

 

 愛はオレを信じられないようなものを見る目で見た。

 

「ちゃんとした父親の愛を受け取れないのは悲しいからな……ああ、早坂家には迷惑をかけてないから大丈夫」

 

「そういう事じゃなくて……」

 

 愛は額に手を当てて「やれやれ……」と言わんばかりに頭を振った。

 

 だが、かぐや様の笑顔を見て、考えを改めたようだ。……考えることをやめた、と言う方が正しいか。

 

「……ありがとう」

 

「オレは別にかぐや様のためでも、お前のためにやったわけでもない。他でもない自分自身のために行動したよ」

 

「……なんでこんなことしたんですか?」

 

 オレは愛にスマホの画面を見せる。

 スマホに映っているのは、夏祭りの電子パンフレットだった。

 

 オレは、ちょっと声を詰まらせて一言だけ言った。

 

「――デートしようぜ」

 

 

 

 

 

 翌日。オレは夏祭りの待ち合わせをしていた。

 

 ――なんてことはなく、普通に家の前から一緒に行った。

 

「似合ってんじゃん」

 

「……うるさい」

 

「照れてんのー?」

 

「うるさい……!」

 

 オレのからかいに愛は顔を赤らめた。オレとしちゃ風邪ひいてた時の仕返しのつもりだったのだが、思ったよりも効果てきめんでビビってる。

 

 まあ、愛の浴衣が似合ってるのは本当だったんだけど。

 

 待ち合わせはしなくてよかったかもしれない。愛は絶対ナンパされただろうし、それ止めるにしても暴力を振るいたくない。デートが台無しになってしまう。

 

 あと、この姿はちゃんと長く見ておきたい。

 

「ん……」

 

 愛がオレの袖にちょこんと指を挟んだ。

 

 その仕草もぐっとくるが、デートと言えばやはりこれだろう。

 

 オレは愛の手を自分の手でつかんだ。ちゃんと掌を合わせる。

 

「なっ……」

 

「嫌?」

 

 オレは愛に目を合わせてそう言う。

 

「嫌じゃ…ない……よ」

 

 愛は顔を俯かせ、オレと視線を外してそう言った。とても可愛らしい。

 

 思えば、愛はオレがデートを申し込んでから少しだけ様子がおかしい。どこか浮つき、喜んだ様子だ。

 

 普段の彼女ならこの程度で取り乱すことはない。からかいでポッキーゲームを申し込むような人間だ。もちろん軽い女というわけではないが、それでもこんなに純情ではないと思っていた。

 

(ほんとに可愛い奴)

 

 オレは再度認識する。

 

「かぐや様のこともちゃんと見守りつつ楽しもうか。使用人もいるけど、一応ね」

 

「うん……」

 

 オレたちは、屋台を楽しむ。

 

 愛がヨーヨー釣りで荒稼ぎした。

 オレが射的で荒稼ぎした。

 

 そうして楽しんでいると、ちょっとしたアクシデントも起きるものだ。

 

 偶然生徒会組とバッティングしてしまい、少しだけ時間を共にした。かぐや様のために会うつもりはなかったのだが、藤原(対象F)に見つかりやがった。

 

「白銀、ちゃんと四宮のことお守りするんだぞ~?」

 

「分かってる」

 

 少しだけ茶化したが、問題はないな。石上もいるし、そもそも二人は腕っぷしが弱いわけではない。

 

「愛華先輩、デートっすか?」

 

「お、よくわかったね。お前たちの誘いを断ったのもそのせいさ」

 

「ははは、末永く爆発してくださいね」

 

「お前それオレ以外に言うなよ。特に付き合ってるような奴には」

 

「え、付き合ってないんですか?」

 

「ねぇよ」

 

 石上はオレの言葉を疑ったが、愛に連れられてしまったので特に弁明もせずに別れる。

 

「元気そうだったな」

 

「うん…本当に」

 

 愛は心底嬉しそうに言う。

 オレも嬉しい。かぐや様のこともそうだが、愛が嬉しく思っているのが嬉しかった。

 

 時刻を見ると、そろそろ花火の時間になるところだった。

 

「ちょっと、オレについてきてくれる?」

 

「?」

 

 キョトンとする愛の手を引いて、オレは山を登り始めた。

 

 山、と言ってもちょっとした丘のようなものだ。

 

「わあ……!」

 

 山頂に登ると下の様子がよく見える。かぐや様の御姿もだ。白銀に口元を拭かれて顔を赤らめている。随分と可愛らしい。

 

 愛は見える景色に感嘆の声を上げている。その表情も可愛らしく、年相応だ。やはり、愛には笑顔が似合う。

 

「よく知ってたね、こんなところ!」

 

「前に来たことがあるんだ。その時もこんな祭りをやっていた」

 

 前に来たときは、逃げてきて一人ぼっちだった時だ。疲れたオレは誰もいない山で休憩していた。その時に花火を見たのだ。とてもきれいだった。

 

 だから、愛にもこの景色を見せたかった。辛い思い出の中での清らかな思い出を、愛でもっとキレイにしてほしかった。

 

 オレは、そんな自分勝手な理由で愛をここに連れてきた。

 

 だが、喜んでくれたのならよかった。

 

 オレたちは一つだけぽつんとあるベンチに座る。

 

 そして、花火の時を待った。まだ少しだけ時間がある。

 

 久しぶりに何の気がかりもなく話すことが出来る時間だ。本来ならデート中にすべきではないのだろうが、オレは今くらいしか話す気になれないだろう。

 

「少しだけ、嫌な話をさせてくれ」

 

 愛は疑問に思いながらも快諾してくれた。

 

「愛は昨日言ったよね。なんでこんなことしたんですかって」

 

「うん」

 

 オレは愛の方を見ずに言う。

 

「オレはね、愛してるを知りたいんだ。人を愛する。人に恋する。その行為を知りたい」

 

「……」

 

「ああ、いや。違うな。その行為自体は知っているんだ……オレが知りたいのは、『その行為がどんな感情を生み出すのか』だ」

 

「愛華……」

 

「白銀とかぐや様を見れば、分かると思った。オレは人を愛することが出来ないから。人に恋するが…できないから」

 

 オレは一呼吸置く。

 

「……どうして、出来ないの?」

 

「人は演じないと愛してもらえない」

 

 愛は、この言葉を良く知っていた。

 

「愛の言葉だ。オレもそう思う」

 

 だが、愛はオレに本当の姿を見せてもらった。オレはそれを受け入れている。

 

「愛。オレはな」

 

 オレは、吐くつもりのなかった言葉を吐いた。

 

 

「愛されたくないんだよ」

 

 

 愛はオレに目を向けた。

 

 

「愛されるのはとても怖い。愛することも、怖い」

 

「だから、人に恋するもオレにはわからない」

 

「オレが、オレじゃなくなるのが怖くて、踏み出せない」

 

「その理由も、今は話せない。話したくない」

 

「今のオレと愛の関係を、あまり壊したくない」

 

 

 オレは早坂 愛に本当のオレを見せていない。教えていない。話していない。

 

 早坂 愛華は、ウソと虚像で覆われたおぞましいナニカだ。

 

 だが――オレは、心のどこかで知ってほしいと思っている。その上で、オレを受け入れてほしいと。

 

「身の上話をした日、覚えてるか」

 

「…うん」

 

「その時に、返答は少しだけ待ってくれと言った。……少しだけ、追加させてくれるか」

 

 愛はオレの言葉に、もしかして返答が来るのか、と期待したが、オレの次の言葉でそれがないと知り少しだけ落胆した。

 

「……なぁに?」

 

 愛は甘い声で言う。まったく強欲な人だ、と声が聞こえてくるような錯覚を覚えた。

 

 

「オレがすべてを晒すまで、待っててくれ」

 

 

 オレは愛の体を自分の体に寄せてそう言った。

 

 愛は、オレの肩に頭をのせてリラックスする。

 

「……喜んで」

 

 愛の言葉の後、狙いすましたかのように花火が上がる。花火は夜空を彩り、オレたちを魅了した。

 

 

 

 

 

 この日、オレたちの関係は確実に変わった。

 

 それがいいのか悪いのかはわからない。

 

 だが、せめてこの瞬間だけは――何にも侵されないように。

 

 オレは、静かにそう願った。

 




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