ステイゴールドになったけど   作:灯火011

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世は情けにも満ちている。

 翌朝、ふかふかの布団で目を覚まし、居間へと顔を出すと、そこには見知らぬ男が一人、家主の女性と茶飲み話に花を咲かせていた。

 

「おっ、起きたか嬢ちゃん」

 

 男はボクを見るなり、ホッと息をついた。聞けばなんと、彼は昨日会津の食堂の親父さんが言っていた「只見の知り合い」だという。

 

「昨日、会津のオヤジから『そっちに気のいいウマ娘が向かったからよろしく頼む』って電話があってな。だが夜になっても来ねえし、道中なんかあったんじゃねえかと心配して探しに来たんだ」

 

 どうやら、朝早くから軽トラを走らせて道沿いの集落を探して回ってくれていたらしい。

 

 田舎のネットワークというか、親父さんたちの強固な繋がりには本当に驚かされる。前世のバイク仲間でも、ここまで手回しが良いことはそうそうなかった。

 

「いやはや……ご心配をおかけしてすまないね」

 

「無事ならいいんだ。ほら、乗んな。うちでメシ食わせてやる」

 

 結局、断る隙も与えられないまま、ボクは彼が乗ってきた軽トラの助手席に収まり、本来の目的地だった只見へとあっさり運ばれることになった。自分の足で向かうつもりだったけれど、まあ、たまには四輪の旅も悪くない。

 

 そして到着した彼の店で振る舞われたのは、なんと朝食代わりの「羊肉」だった。

 

 どうやらこの只見で作られたという鉄板に火が入り、豪快に肉と野菜が並べられていく。ジュージューという食欲をそそる音と、醤油ベースの甘辛いタレが焦げる匂いが、静かな朝の店内に充満した。

 

 前世のおじさんの胃袋なら「朝から焼き肉かい」と確実に尻込みするところだが、不思議なことに、今のウマ娘の身体はその暴力的な匂いに歓喜していた。

 

 焼きたての肉をタレにくぐらせ、ホカホカの白米と一緒に勢いよく掻き込む。

 

「……美味いね」

 

 羊特有の風味は不思議と嫌味がなく、むしろそれが強烈な旨味となって口の中に広がる。鉄板で熱された脂の甘みと、タレの塩気。そして、それらを受け止める白米。この組み合わせは反則的だった。箸が止まる気配はない。ボクは無心で肉を焼き、あっという間におひつのご飯を空にしてしまった。

 

「いい食いっぷりだ。会津のオヤジが言ってた通りだな」

 

 豪快に笑う彼に、ボクは満足げに息をつきながらお茶をすすった。

 

 けれど、これだけ世話になって、美味しい肉まで腹一杯ご馳走になって、ただ「ごちそうさま」で済ませて立ち去るような図太さは、ボクには持ち合わせていない。

 

「さて。腹もすっかり膨れたし、少し運動させてもらおうかな」

 

 ボクはお礼にと、店の裏手にある薪割りから、業者から届いた重い食材ケースや酒瓶の箱の運び込みといった力仕事を一手に請け負うことにした。

 

 おじさんの魂が「腰を痛めるぞ」と警告を出してきても、この身体には関係ない。細腕のウマ娘が、大の男でも苦労するような荷物を軽々と肩に担ぎ、鼻歌交じりに次々と運んでいくのを見て、店の人間たちはすっかり目を丸くしていた。

 

「いやあ、助かった。ウマ娘ってのは本当にすげえ力なんだな」

 

「美味しいお肉のエネルギーが、そのまま出力されただけさ」

 

 感心する彼らを尻目に、ボクは軽く汗をかいた身体を伸ばす。

 

 美味しいものを食べて、少しだけ人の役に立ち、適度に身体を動かす。本当に、面白いくらいに悪くない旅の朝だね。

 

 

 ひと汗かいて一息ついたボクに、店の男たちは労いの言葉と一緒に冷たいお茶を淹れてくれた。

 

「いやあ、本当に助かった。で、嬢ちゃんはこれからどうするんだ?」

 

「そうだね。ここからなら、峠を越えて新潟の海の方へ抜けてみようかと思っているよ」

 

 ボクがそう答えると、男は「なるほど」と頷き、指を一本立てた。

 

「じゃあ、海沿いに出たら寺泊の『魚のアメ横』……いわゆる市場通りには行っておけよ。美味い海鮮が山ほど並んでるからな。肉の後は魚ってのも悪くねえだろう」

 

「寺泊の市場通りだね。オッケー。近くに行ったら必ず寄るよ」

 

 美味しい情報のお土産まで貰ってしまった。ボクは軽く手を挙げて男たちに別れを告げると、只見の町を後にして再び走り出した。

 

 只見から県境を越え、新潟へと向かう山道。前世の記憶にあるエンジン音の代わりに、自分の規則正しい足音と呼吸だけが周囲の静寂に響き渡る。ウマ娘の強靭な脚と無尽蔵の体力にかかれば、険しい峠道であっても、少し起伏の激しい気持ちの良い散歩道でしかない。

 

 深い緑と、遠くに見える険しい山肌。その雄大な景色を楽しみながら快調に風を切っていると、ふとボクの脳裏に一つの地名が浮かび上がった。

 

「ああ、そういえば……新潟には金物の街もあったね」

 

 前世のボクは、機械と鉄を愛するバイク乗りだった。だから、精巧に作られた工具や金属製品にはちょっとした思い入れがある。燕三条の美しいスパナやレンチ、キャンプで使うチタン製のクッカーやバーナー。機能美を極めたそういう道具たちを眺めるのは、おじさんの魂をひどく刺激する。

 

 この軽くて力強い身体で走るのも最高だけれど、職人の手によって鍛え上げられた金属の冷たい感触も、また別の魅力がある。

 

「美味しい魚を食べて、美しい金物を眺める。うん……そっちも見てみるかー」

 

 予定なんて、あってないようなものだ。気が向けば立ち寄ればいいし、そのまま走り抜けてもいい。すべてはボクの自由だ。

 

 ボクは気楽な独り言を風に溶かしながら、ペースを上げる。

 

 木々の隙間から差し込む陽光を浴びながら、ボクはただ無心に、目の前に広がる新しい景色の中へと駆け込んでいった。

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