あっホシノ!イライラしてるなら……はいっ!殴っていいよ!   作:広々瀬

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主人公はカスです


今日を『最推しの供給過多で死にかけた記念日』とする!

 

 

 夕暮れが街を茜色に染め上げる。

 アビドス自治区はあいも変わらず静かだった。かつて多くの生徒で賑わっていたであろう駅前も、今では砂に半ば呑まれている。色褪せた看板。動くことのない信号機。風が吹くたびに巻き上がる砂塵。

 

 その無人の駅のベンチに、小鳥遊ホシノは一人で座っていた。

 

 

「…………はぁ」

 

 

 手の中には缶コーヒー。とっくにぬるくなったそれを捨てる気にもならず、ただ指先で転がしている。

 

 ユメ先輩が死んでから1週間が経った。

 たった1週間。されど1週間。ユメ先輩がほんとうにいなくなったことを実感するには、充分すぎるほどの時間だった。

 校舎に行っても、もうユメ先輩はいない。騒がしい声も、無茶苦茶な夢物語も、笑いながら明日のことを話す姿も、全部無くなってしまった。

 

 

「……ッ」

 

 

 奥歯を噛む。

 

 視線を落とした先。膝の上には1枚の写真が置かれていた。

 黒服から渡された映像を印刷したものだ。画質は粗く、砂嵐みたいにノイズも酷い。

 

 けれど、その少女の顔だけは焼き付くように脳に残っていた。

 

 知らない女だ。少なくとも、アビリティでは見たことはない顔。

 ユメ先輩が失踪する前日に接触し、おそらくユメ先輩と最後に会った人物。

 

 ユメ先輩を……ユメ先輩が、死ぬ原因となったかもしれない女。

 

 

「…………」

 

 

 ホシノは、缶コーヒーを握りつぶした。

 べこん、と安っぽい音をたてて、生温い液体が指先を濡らし、ぽたぽたと地面に落ちる。

 

 

「……見つけたら、どうしようか」

 

 

 独り言だ。

 その問いに答える人はおらず、ホシノ当人もその答えを持ち合わせていない。

 あの女に対する憎しみはある。だが、それは正しいものなのかは、正直わからない。冷静に考えると、あの女とユメ先輩の死が関係している確証は無い。

 たまたまあの場所で会っただけかもしれないし、ユメ先輩が泣いていたのは……私のせい、かもしれない。

 

 

「違う」

 

 

 あの女だ。あの女のせいだ。

 そうやって自分に言い聞かせる。そうでもしないと、おかしくなってしまいそうだったから。

 

 その時だった。

 

 コツン、と静寂の中に突如足音が響き渡る。

 

 その来訪者を見て、ホシノは反射的に銃に手を伸ばした。

 

 

 夕焼けに染まるホーム。巻き上がる砂の向こう側に、一人の少女が立っていた。

 

 黒いブレザー。砂で汚れたスカート。血のように真っ赤な髪。

 

 脳に焼き付いたその顔が、今ホシノの目の前にあった。

 

 

「……は」

 

 

 乾いた笑みが溢れる。加速する心臓の鼓動を自覚しながら、その女の一挙手一投足に注意を払う。

 

 その女は私を見つけると、にへらと笑って、困ったように頬を掻いた。

 

 

「いやぁ、その」

 

 

 気まずそうに笑いながら。けれどその声はどこか嬉しそうで。

 

 

「探されてるぽかったから、自分から来ちゃった」

 

「────ッ!!」

 

 

 瞬間。

 

 ホシノが地を蹴り、一気に二人の距離はゼロになる。瞬きをする間もなく銃を引き抜き、その女の眉間に銃口を突きつけた。

 

 

「お前が」

 

 

 声は震えていた。

 怒りで、憎しみで、なにより恐怖で。

 

 

「お前がユメ先輩を殺したのか」

 

「………………」

 

 

 女はホシノの問いに答えることはなく、ただじっとホシノを見つめていた。

 

 その視線が、気に食わなかった。

 こちらを見透かしたようなその目が、気に食わなかった。

 

 

「答えろッ!!」

 

 

 ガンッ!! と銃床をその女の右肩に叩きつける。

 

 力の加減などしなかった。感情のままに振るった力は、一人の少女を吹き飛ばすことなど容易だった。

 

 女は砂の上に転がり、痛みに顔を歪めながらも笑った。

 

 

「っは……容赦ないなぁ」

 

 

 その笑みが、気に食わなかった。

 

 

「笑うな」

 

「…………」

 

「笑うなッ!!!!」

 

 

 ホシノの怒号が無人の駅に響く。

 呼吸は荒く、銃を握る手も震えている。

 

 そんなホシノを見て、少女は本当に嬉しそうに目を細めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホシノだ。

 

 笑うなだって? そんなの無理に決まってるッ!!! だってあのホシノが目の前にいるんだ!! 嬉しくて嬉しくて嬉しくて、今にもどうにかなっちゃいそうなのに! 震えるこの身体を抑えるのに今も必死なのに!!

 今すぐに君を抱きしめて慰めたいけど、そんなことで君の心の傷は癒せないことはわかってる。だからこそ、その傷を僕が無かったことにするッ!! ホシノはユメ先輩を殺してなんかない。殺したのは僕で、ホシノは僕を殺すことで復讐を果たす。

 

 君の罪すらも、僕のものだ。

 君を想っています。

 君を愛しています。

 君に幸せになってほしい。

 君が君自分を大切にしてほしい。

 

 そのために僕はなんだってする。黒服の敵でも、先生の敵でも、世界の敵でも、何にでもなろう。

 

 そして最後に、僕の好きな『小鳥遊ホシノ』になって、幸せになってください。

 

 

 まずはその一歩として。

 

 

「梔子ユメは、僕が殺した」

 

 

 瞬間、目の前にホシノの顔があった。

 

 可愛い!! ガンギマってるオッドアイが綺麗すぎる!! え、まつ毛やばい。めちゃくちゃふさふさだよ。てか御尊顔近すぎる……! ちょっといい匂いもするし。これ柔軟剤とかシャンプーとか特定できたりしないかな。なんなら教えてほしい。しかも肌がツヤツヤすぎるッ!! なんなの?  君砂漠の中あれだけ歩き回ってその肌の潤い具合なの本当にキヴォトス最高の神秘すぎる。もはやホシノの肌艶がアビドスのオアシスと言っても過言ではないよね。砂でちょっとくすんでてもそれぐらい白いってことは通常時はもっと白いってこと? それはもはや透き通っているのではなかろうか。流石ブルーアーカイブ。青春だけじゃなくこんなところまで透き通っているとは思いもしなかった。あと髪。髪がやばいわ。やっぱりピンク髪って至高だよね。魅惑的で美しい。元日本人としてはやっぱり桜を連想させるその桃色を美しく感じるんだよなぁ。なんか視覚的にもいい匂いがしてくるし。それに髪の毛一本一本がふわふわしてる。なんかこう、猫っ毛っていうの? 触ったら絶対さらさらしてるやつだ。いや触らないけど。触ったら終わる。色んな意味で終わる。社会的にも倫理的にも。そんで近いし。ほんとに近い。たぶん5センチとかそれぐらいの距離に顔がある。荒い息も感じるし、鼻先が触れ合っちゃいそうだ。あーもう、マジで可愛すぎる。視界いっぱいがホシノだ。

 なんか胸がドキドキしてきたし、視界の端も黒くなってきた。いくら僕がホシノ最推しとはいえ……いや、だからこそ推しの過剰摂取に耐えられなかったのか……! これは盲点だった。あーなんか、息もしずらいな。いや息したくないんだけどね。いっぱい歯磨きしてきたけど臭かったらショックだし。……ん? あぁ、これ、そうか。

 

 

 首を絞められてるのか。

 

 

「ぁ……はっ…………ぅ……♡」

 

 

 やばいよこれ。ホシノに触られてる!!! まだ保ってくれよ僕の意識ッ!! あと最低でも1分はホシノのスベスベの手を実感していたい!

 

 かろうじて動く左腕を、僕の首を絞めるホシノの手に添えた。柔らかいホシノの手の甲を感じながら、指先に力を込める。

 

 くらりと視界が歪む。もう、ほとんど意識が……

 

 

「ぇ……へ…………」

 

 

 ────気持ちいい。

 

 

「……ッ」

 

「あがっ、ごほっ……げほっ……」

 

 

 ホシノの手の感触が消えた。

 僕の身体が生きるために酸素を取り込む。吸って、吸って、吸って。吐き出さないから咳込んで、気持ちよさが引っ込んで苦しさが込み上げてくる。

 勝手に流れてくる涙をてきとうに拭って、『どうして』の意を込めてホシノに視線を向ける。

 

 ホシノは、汚物を見るような目で僕を見ていた。所謂ドン引きというやつだ。

 

 

「……なんだよ、お前」

 

「お前、じゃ、なくて……僕にも、名前、がっ……あるんだけどなぁ」

 

 

 未だに落ち着かない呼吸を必死に抑えて、なとかホシノに言葉を返す。

 ホシノはひどく苛立った様子で舌打ちをして、銃口を僕に向けながら口を開いた。

 

 

「言え」

 

「……そんなに僕の名前、知りたいんだ」

 

 

 バンッ────!!

 

 

「次はない」

 

 

 銃弾が、僕の顔を掠めた。生温かい液体が、僕の頬を滴り落ちる。

 焼けるような痛みが、僕をさらに興奮させた。

 

 

「ユメっていいます。よろしくね、ホシノ」

 

「……ふざけてるのか?」

 

「失礼な。親から貰った大切な名前だよ。ふざけてなんかないさ」

 

「ッ……」

 

 

 あぁ、あぁッ……!! やっぱりホシノは最高だよ!! その歪んだ表情!! 梔子ユメの敵だとしても向けてしまう優しさに僕は感動しているッ!!! どれだけ憎んでいても、そういうところでブレーキがかかっちゃう君が大好きだよぉ!!

 

 でもごめん。

 

 

「ま、嘘だけどね」

 

「──────は」

 

「いやぁ、いきなり本名名乗るのもどうかと思ってね。ネットリテラシー? ってやつですよ」

 

 

 ギリギリと、歯を砕かんばかりに噛み締めているのが離れていてもわかる。

 怒った顔もまた可愛いんだなこれが。ゲームでは見れなかった色んな表情を見れて僕はもう大大大興奮ですよ。

 

 

「僕のことはサンって呼んでよ」

 

 

 別にその名に意味はない。前世の名前なんか覚えていないし、別にそれで呼んで欲しいとも思わない。ネームドキャラと被らない名前ならなんでもいいんだよね。

 まぁ強いて言うなら、さん付けされたくないし。サンさんとは言えないでしょ。

 

 

「……お前は何だ。何のために私のところに来た」

 

「僕はただのホシノのファンだよ。今日はね、ホシノが僕のことを探してるのを見かけたから、嬉しくて会いに来ちゃった」

 

「…………なんなんだよ、お前」

 

 

 ホシノの声に、明確な困惑が混じる。

 だってそりゃそうだろう。自分の大切な人を殺したと自称するやつが、自分のファンだと言い張るんだから。ホシノからすればたまったもんじゃない。

 

 

「君のファンだよ。できれば握手してほしい」

 

「…………なら、ユメ先輩を殺したのは────」

 

 

「それは違う」

 

 

 何やら危ない思考をしていたぽかったので、ホシノの言葉を遮る。

 僕の目的はあくまでも『ホシノに自責の念を抱かせないこと』だ。……まぁ、その過程でちょっと私欲は満たさせてもらうけど。

 梔子ユメが死んだのは僕が原因で、その僕を殺すことで前を向く。それが僕の描く未来で、一番手のかかることがない簡単なプランだ。それがダメでもまだ作はあるけど、できればこのプランでいきたいんだよね。

 

 

「誰でもよかったんだ。……まぁ、好奇心ってやつかな」

 

 

 うん。僕はバカだな。

 

 もっとそれっぽい理由考えてきたらよかった。いやね? 会って2秒で殺しに来ると思ってたからさ、なんか首絞めキャンセル入ったのがそもそも予定外というかなんというか……ええい、ままよ!

 とにかく僕の動機(仮)とホシノが繋がらなかったらなんでもよいのだ!

 

 

「……じゃあ、あの日ユメ先輩と何を話した」

 

「あの日……あぁ、あの日ね。教えたげるっ。『お前は役立たず』『アビドスが復興できないのはお前のせい』『愚図でノロマでマヌケな生徒会長』『連邦生徒会に見捨てられた廃校』『アビドスの──「黙れ」…………ふふ」

 

 

 僕のアドリブ悪口ガトリングはそれなりに効いたようだ。僕でも感じるほどの殺気が張り詰めている。

 

 だからこそ──最後の一押しでご褒美が貰えるんだよね。

 

 

「先輩との借金返済ごっこは楽しかった?」

 

「──────死ね」

 

 

 最後に鉛玉を視界に捉えて、僕の意識は闇の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 乾いた銃声が、夕暮れの駅に響いた。

 サンの身体が、どさりと後ろへ倒れる。まるで糸の切れた人形みたいに、力なく砂の上へ崩れ落ちた。

 

 

「…………ハッ」

 

 

 ホシノは、荒く息を吐いた。

 呼吸がうまくできない。 心臓がうるさい。 手が震える。

 明確な殺意を持って、確かに撃った。

 

 自分の力は把握している。サンの力量も……だいたいはわかる。サンは、弱い。

 だけどいくら弱いとはいえ、サンもヘイローを持つキヴォトスの人間だ。いくらホシノだとしても、銃弾1発でキヴォトスの人間を殺すことはできない。

 

 ならば、何度も引き金を引けばいい。

 殺したいのなら、ナイフで出血でもさせればいい。

 ユメ先輩を殺したのなら、こいつも砂漠に放置すればいい。

 

 

「……ッ」

 

 

 奥歯を噛み締める。

 

 目の前に倒れているのは、ユメ先輩を殺したと名乗る女。 ユメ先輩を侮辱した女。 最後には、あの時間すら嘲笑うような言葉を吐いた女だ。

 

 自分の中で憎悪を膨れ上がらせる。決意を固めるように、迷いを隠すように。

 

 今ならできる。

 私ならできる。

 

 簡単だ。

 簡単なはずなのに。

 

 

「…………なんなんだよ」

 

 

 掠れた声が喉から漏れ出る。

 自分に向けた言葉だった。自分自身に、失望した言葉だった。

 

 どうして撃ち切れなかった。どうして躊躇った。どうしてまだ、こいつを生かしている。

 

 自分でも答えがわからない疑問が頭を埋め尽くす。私ならできたという実感が、さらに現状の惨めさを増す要因となった。

 

 沈んでいく夕陽が、倒れたサンを赤く照らしている。その髪も。頬についた血も。薄く上下する胸も。全部がやけに生々しかった。

 

 

「……ほんと、気持ち悪い」

 

 

 気色の悪い笑みを浮かべるこの女も。

 こんな状況になってもなお、引き金を引き切れない私も。

 

 冷たい風が吹く。巻き上がった砂が、サンの頬へさらさらと降り積もった。

 もう少し砂漠の方へ運んでしまえば、長くても数日後にはたぶん死ぬ。

 

 それこそ、ユメ先輩のように。

 

 アビドスの夜は冷えるし、加えて失血もしている。野良の不良や便利屋崩れに見つかる可能性だってあるし、砂嵐でも来れば終わりだ。早ければ明日には死んでいるだろう。

 

 

「…………」

 

 

 それでいいじゃないか。

 こいつはユメ先輩を殺した犯人だ。自分でもそう言ってただろう。

 

 なら、死んで当然だ。死ぬべきなんだ。

 

 ユメ先輩を殺したやつは────

 

 

「…………」

 

 

 こいつでないと困るのだ。

 

 

「…………クソ」

 

 

 ホシノは悪態をつきながらサンの腕を掴んだ。驚くほど細いその腕は、ホシノが少し力を込めれば折れてしまうだろう。

 

 そうだ。いつでも殺せる。

 なら、まだその時ではない。

 

 殺すのは全てを吐かせてからだ。

 

 

「……はぁ」

 

 

 ホシノはサンの身体を抱え上げた。ずしり、と重みが腕にかかる。

 確かに生きている重さだった。あの日のユメ先輩と違って。

 

 

「……重」

 

 

 砂の上を歩く。

 その背中を、月明かりが照らしていた。

 

 

 





首絞めってえっちだ……
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