Day to Zero : RTA   作:正気 零

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第3話 アノミーの向かう先

 

 

 

 ほりえももは優しい人だ。楠木しおりは世界が壊れたその日の終わるとき思った。

 

 

 

 

 

 昔から人の顔色を見ていた。引っ込み思案で得意なこともない子供時代、相手の思うとおりに動くことこそが楠木しおりのたった一つの生き方で過ごし方で、うまくやる方法だった。

 

 薬局で働いているときもそのようなもので、薬学やそれらの知識は突出していたけれどそれだけ。いつも通りに雑務をこなし、特に使い道のない知識を増やすだけ。きっとこのまま平凡に人生はたたまれると達観していた気持ちは、同僚の叫び声で砕かれた。

 

 突如として肉をかみちぎらんと噛みつく人々。一人ではないその恐慌に固まった。パニック映画でこんなシーンもあったと考えていた頭は、再びの同僚の叫び声で再起動する。声は絶叫といえるもので、同時に湿っぽい音を散らしていた。赤色が薬局の白をそめる。何かを噛みちぎる湿った音に混ざって、商品の落ちる軽い音がした。

 とっさに身を翻してバックヤードに走った。振り返る寸前に縋るような眼を見たことも、忘れた。

 

 騒がしかった外は日が沈むことに連動したように静まり返る。叫ぶ人がいなくなったのか、人をかむ狂人がいなくなったのか。どちらにせよ、バックヤードにはしおりただ一人。

 もしかしたら避難しようとバックヤードを叩いた人も居たかもしれない。

 耳を両手でふさぎ目を力いっぱいに瞑っていなければ、分かったかも。

 

 とりあえず外を見よう。立ち上がって外につながるドアを見る。特になにも変わらない様子に息を吐いて、もう一度見た。

 

 目が合った。

 

 わからない。気のせいかもしれないけれど、うつろな目が見つめた気がして息が詰まる。ひゅっ、っと息が詰まって、ふらりと揺れた。

 そういえば私はいつもどんくさい。

 バランスを取ろうと反射的に物をつかみ、それがドサドサと音を立てて落ちる。私の読書本たち。

 

 ゆらりとゆれた姿は、ゆっくりと音のほうへ向かう。

 

「はっ、おえ、…な、なにあれ……ッ」

 

 外がだめなら店のほうから出よう! おとなしく待つ選択をはじいて、店のほうへ。転びそうになりながら扉へ。不注意にも安全確認をせず扉を開けた。

 

 くらがりに同僚が立っていた。

 

「あ、あの。無事だったんですね、よかった…!」

 

 後ろ姿しか見えないけれど、強気な同僚だからきっと。

 何歩か近づいて、嫌なものが見える。見ないようにしたものが目に入る。赤い。

 

 振り返った同僚は首から鮮血をながし、しかしそれを気にも留めていない。

 

「あ、あは…あ、あの」

 

 言葉は同僚の動作で途切れる。しおりに狙いを定めたように真っすぐ見据えて、血と涎を垂らした口をカクカクとしながら歩きだした。

 

「いや…」

 

 小さな声が漏れる。目が緩む。視界はこみ上げてくる液体でぼやぼやだ。

 大きく踏み出された分、小さく後退して。とうとう我慢聞かずにしおりは叫んだ。

 

「いやぁあああ!!!」

 

 先ほどと同じように、バックヤードへ飛び込んで。扉を背中で抑えると、振動が体を揺らす。ドスドスと重い音が扉をきしませて、。

 

「いや、ぅそ。ぉえ……、はっ、はっはっあ。はっはっ」

 

 息を吸えなくなったのはすぐ後で。扉の前でしゃがみこんだ。

 

 耳と目をふさいでも、音は消えやしない。背中を振動が揺らして、軋む音は体を伝ってダイレクトに聞こえる。その裏で心臓が頻繁に鳴り、呼吸はいつまでも落ち着かない。

 

 きっとこの扉が破られて、死ぬ。しおりは正しく予感して、どうしようもなく悲しくなり吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 撃鉄の音がつんざく。空気を割いた音と、何かが倒れる音。

 何の音か理解が追い付かない。しおりはいまだ扉の前で膝を抱いている。力いっぱいにふさいだ耳に嫌に足音が響いた。

 

 そして扉がけられる。舌打ち。なにか布ずれの音がして、再び。

 

 とうとうその時が来た。

 いやだ。

 くらがり、地面を探るように手を泳がせて四つん這いになりながらでも逃げる。揺れる扉から逃げる。

 さっきから空気が吸えなくて白ばんだ頭。手はするりと空をきって、地面に横倒れになった。

 

「ぃゃ、ぉえ、あはっ。はっはっはっ、えぉえ…ぐ」

 

 頭を抱える。

 視界の端にブーツが映って、恐怖と酸欠で死にそうな頭がずきずきと痛む。

 

 はあ、と頭上からため息が聞こえた気がして。

 

 暖かくなった。

 背中をなでられて、耳元で小さく声が聞こえる。大丈夫だよとささやく声が、頭にすとんと落ちた。背中に回った腕が優しく落ち着けてくれる。背中を撫でる手が、呼吸に合わせるみたいにゆっくり上下する。乱れていた呼吸が、背中を撫でる動きに引っ張られるみたいに少しずつ揃っていく。頬にちくちくと、その人のかみが刺さったけれど心地よくて、腕を回した。

 

 

 

 

 

 

 名残惜しくも、背中にあった腕は離れていく。しゃがみこんでいたその人は立ってぱしぱしと服をはたいた。肩に嘔吐のあとをつけてしまったことが恥ずかしくなり、顔を見づらい。

 見上げると、チクチクとした髪を一本後ろにまとめて、コートを羽織った仏教面の人がいた。目が合うと少し困ったように眉を寄せて、ごまかすように笑った。

 胸の奥がぎゅっとなる。

 

「あの……」

 

 すでに背を向けたその人に尋ねる。知りたかったから。

 

「どうして、なんで助けてくれたの?」

 

 すこし沈黙。もしかしたら私の緊張も相まってそう感じただけかもしれないけれど、勇気を振り絞った。知りたい。

 

「…放っておけなかった」

 

 その言葉にまた目が緩む。口元もなんだかへんで、うつむきながらも立ち上がってその人の袖口をつかんだ。顔が熱い。

 そのまま涙が止まるまでその人はそこにいてくれた。どうしようもなくうれしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 名前はほりえももというらしい。互いに自己紹介を済ませて、いまだ顔を見るのが恥ずかしい気持ちを抱えていると気づいた。ほりえさん隈がすごい。尋ねると不眠症だと言っていた。

 咄嗟に倉庫に走り、目的のものを見つけて差し出すとありがとうと喜んでくれた。

 

 

 

 楠木しおりは思った。ほりえももさんはすごく優しい人だ。

 

 

 

 そう思った。そう思ったからこそ、楠木しおりはわからない。怖くて動けなくなって、足を引っ張っている状況で。

 

「疲れているでしょう。これを飲んで。背負うから」

 

 薬を渡されて私は迷いなくそれを飲んだ。少しだけ疑う気持ちがあったけれど、それで死んでしまえるのならそれもいいやと思った。

 

 すぐに薬は効いて、瞼が重くなる。すこし浮遊感。ほりえさんが背負ってくれた。コートから少し汗のにおいがして、それが親の背中のように感じて、そのまま眠った。

 

 

 

 次に起きたのは、温かさが消えた時。背中から降ろされて、どこかに置かれたようだ。まだ眠い頭にほりえさんの声がする。鼻先に消毒液と、血なまぐささが香った。

 

 

「体育館に行こう」

 

 

 ほかの人の声が否定的な呼吸をした。

 

「さっきあげたパンが最後の食料。このままここにいても餓死する」

 

 菓子パンを半分だけ食べた男子生徒が、残りを見つめたまま唾を飲む。

 

「でも外は奴らが…」

 

 理路整然と言った感じに並べられる現実。

 

「ここで待つよりマシなはず。私も体育館に避難しようとここに来たわけだし」

 

 ほりえさんの言葉でここが学校なのだと察した。そろそろ起きてもいいかもしれない。頭も起きてきたし、なにより置いて行かれたくない。ふわふわとしながら体を起こそうとしたところで。

 

「だからこそ体育館に」

 

 金属と金属が強くぶつかり合った音が言葉を吹き飛ばす。叫び声と怯えたような声。そして何かを訴えるように絶叫が続く。胸に抱いた手が震える。怖い。

 

「いい加減にしろ!!!」

 

 バットをベッドフレームにたたきつけた彼女は言う。

 

「なんなんだアンタ! そとは今あいつらがいるんだ! みんなアンタみたく外で動けるわけじゃねえ! 動くにしても時間ってもんが……ッ なによりお前は信用なんねえ! 行くなら人を巻き込むんじゃねえ!!」

 

 ハア、ハア。と肩で息をしながら主張を終えたようだ。ほりえさんは残念そうに言う。

 

「あいつらは音を聞く。今の声は駄目だ」

 

 外からきたただ一人の生存者。実際この場でそのルールを知る人物はただ一人で。息をのんだ。叫んだ少女もその言葉にハッとしたように口を押える。

 

「…俺は体育館に行く」

 

 一人の男子生徒がつぶやいた。

 

「あんたの話じゃ今から此処にアイツら集まってくるんだろ? こんなところにいられっかよ」

 

 その意見に続くように声が上がった。私も行く。僕も行くと。なんでと納得いかない声がした。答えを聞かせるように、一人が言った。

 

 

「人殺しと同じこんなところにいられるか!」

 

 

 ガリガリガリとバットが地面をこすり、歯をかみしめた音がしおりにまで聞こえる。

 

「てめえら……! あの人がどんな気持ちで……!」

 

「やめて」

 

 汚れた白衣を身に着けて、隈が濃い人が短く止める。意見を挟ませることなく、告げた。

 

「ごめんなさい。……気を付けて行ってきてね」

 

 苦しそうににこりとして、それきりその人は俯いた。

 それを見ることなく、体育館に向かう人たちは去っていく。

 

「私も、ごめん。この人が起きるまでは此処にいたいから」

 

 じわりと安心した。まだほりえさんは私を待ってる。

 カタンと閉まった扉。体育館へ向かういくつかの足音。それきり音が消えた。

 

 起きどきを失った私は考える。

 ほりえさんはなんで助けてくれるんだろう。

 

「てめえ……」

 

 薄目の視界の先、襟首をつかまれたほりえさんが壁に押し付けられる。やめて。

 

「なんでお前が行かねえんだ……ッ お前が言い出して、お前はいろいろ知ってんだろッ」

 

 ほりえさんは目を閉じる。

 

「あいつらが死んじまったらお前のせいだっ お前があんなこと言わなけりゃッ」

 

 荒げそうになる声を押し殺しているのか、彼女の目端に涙が浮かんでいる。

 そして彼らが死んでしまうことにほりえさんの責任はないと思った。

 

 抵抗しないほりえさんに力なく襟首を離し、白衣の人のもとへ。先生と呼ばれる彼女はどうやら保健室の養護教諭らしかった。

 

 そんな彼女の肩を叩き何かをあげている。

 

「無理にでも寝たほうがいい。これあげる」

 

 私がもらった睡眠薬だ。ほりえさんだって、寝たほうがいいのに。

 

「もう、出ていけ。……顔も見たくねえ…」

 

 かすめるように薬を受け取って、そう言う。

 

 ほりえさんは寝たふりをする私を先ほどのように背負って、出た。

 

 

 

 少し廊下を歩く。そろそろ起きようかなと薄目で見ると嗤っていた。

 ほりえさんが嗤ってる。クスクスと笑ってる。得体のしれないものが上手くいったとイタズラを喜ぶように。

 それが怖くて、背中から離れる。起きたねと優し気に気遣う顔を無視して、歩いた。

 

 今のはなに?

 

 どういう意味?

 

 そんな距離のないところに、まだ新しい血だまりが靴を汚す。その主を探して、見つけた時今までないくらいに考え事が浮かんで、消えた。

 

 ほりえさんは私を必要とする理由がない。今この状況はただの情で片づけていいところではない。ギブアンドテイクがないのなら私なら捨てる。

 なら彼女は私に何を見ている。なにをすればいい。

 保健室でのことはなに。思えば彼らの意見の方向を決めたのはほりえさんじゃないか。ほりえさんだったら叫ぶ彼女の口をふさぐくらい出来たはず。彼女を不利にしたかった? だいたい食料を中途半端に与えたのはなぜ? 一人で食べるのなら乗り越えられたはず。なのにパンを与えて、不足をわざわざ実感させて。

 すごく優しいとするなら今さっきの顔はなに? なんであんなに怖かったの? これからどうすればいい?

 

 立ち止まる私の横に並び、視界の先。惨状を見て彼女はつぶやいた。

 

「あーあ」

 

 わからない。

 

 死体よりも、その横で困ったように笑うほりえさんのほうが怖かった。

 あんなにやさしかった人の反応? 怖い。わからない。

 

「大丈夫? 背負うよ?」

 

 にこりとして提案するほりえさん。

 

「だ、大丈夫…」

 

 うなずいて歩き出す背中見て、不安がこみ上げる。一人は怖い。

 だからだろうか。怖いのに、足は自然とほりえさんの後ろへ向いていた。

 

 ただ一つ、きっとこの人の近くなら大丈夫。まだ私を見ている、見てくれている間は大丈夫。わからないけれど、恐いところもあるけれど。

 

 それでも私は、この人と一緒にいたいよ。

 

 そうして、楠木しおりは、ほりえももが完全にわからなくなった。

 

 

 







 ホモ子ちゃんの行動がそれらしく見えるのは特性人たらしの効果。
 実況より盛られているのはフレーバーテキストに起こされなかった部分。



 名前:楠木 しおり(走者通称:ヤク屋姉貴)

 特性:薬物作成。
 さまざまな薬、薬品の制作ができる。あくまで知識由来。開発は不可。

 出現場所:住宅街ドラックストア。日数により状態変化。初日から10日ほどは気弱。1か月ほどで住宅街の主となる。終末に適応し仲良くなると気前がいい姉貴になる。走者の名づけ由来はここ。

 序盤資源事情を大幅に改善できる。
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