魅魔ものがたり   作:魅魔

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第74章 閻魔の正体

 沈鬱な足音が湿った土に吸い込まれていく。布が擦れる重苦しい音と共に、焦げた肉と血の匂いが朝霧の中へ薄れていった。

 残されたのは、森の深い静寂と、冷え切った絶望感だけだった。

 

 すべては自らの行動が招いた結果だ。その重圧が、鉛のように胃の腑にのしかかる。

 不意に、フレデリカの顔が脳裏をよぎった。あの魔女に泣きつけば、あるいはこの惨劇を無かったことにできるかもしれない。だが、すぐにその考えを打ち消した。彼女にとって、この世界の出来事など質の悪い茶番劇に過ぎない。時計の針を戻してくれと哀願したところで、鼻で嗤われるのが関の山だ。

 

「ねえってば! 行くの? 行かないの?」

 背後から声がした。

 振り返らずに、吐き捨てるように応じた。

「今の、見たでしょう? ちゆりのこと、『自業自得』だなんて言わないでよ」

「言わないわよ、そんなこと! 自業自得なのは、あんたのほう」

 カナはくすっと声を立てたが、その顔は笑っていなかった。

 

 凍りつくような指摘だった。図星を突かれた怒りよりも、突きつけられた事実が胸の奥底にすとんと落ちる。

「……あの死体、追いかけたりしないわよね?」

「そのつもりはないわ。カナにとって、ちゆりの死なんてどうでもいいことでしょうけれど。私が一人で受け止めるしかないのよ」

 

 カナが近づいてきて、メデアの手を取った。

「違うわよ」

 むっとしたような声だった。

「私のこと、心のない化け物だと思ってるんでしょ? ずいぶんな言われようね……」

「じゃあ、何が言いたいの? ちゆりを取り戻せる方法があるって言うの?」

 

 カナは手を離し、傍らの樹木へ歩み寄った。迷いなく枝に手を伸ばし、瑞々しい緑の葉を一枚、無造作にむしり取る。

 指先で葉脈をなぞり、ゆっくりと、だが確実にそれを引き裂き始めた。微かな破裂音と、青臭い植物の匂いが鼻をつく。

「私たちが何のために戦っているのか、まだわかっていないみたいね」

 引き裂かれた葉の破片を弄びながら、カナが鋭い視線を向けてくる。

「そもそも、閻魔ってどんな存在か、わかる?」

「……巨大な官僚組織のようなものかしら。死者の魂を集めて、裁判をして、地獄か天国に送る」

「それはそうだけど……そのあとは? バカじゃないんだから、少しは考えてみてよ」

「そのあと……? つまり、天国も地獄も一時的な場所に過ぎなくて……魂は……」

「転生するのよ。生と死の輪廻」

「ちょっと、そんな目で見ないでよ。この世界で狂ったポルターガイストとして生まれたからといって、前世で妖怪や人間だったかもしれないでしょう?」

「まさか、カナには前世の記憶があるの?」

 

 カナは手の中の葉を完全に真っ二つに引きちぎり、湿った土の上へ叩きつけるように投げ捨てた。

「そこが問題なのよ! ないの! 私にも、あんたにも、誰にも! どうしてそうなっているか、考えたことある?」

「……閻魔の仕業、ということ?」

「そうよ」

 カナは一歩、こちらへ近づいた。

「私ね、他の世界の存在と交流したことがあるの。地獄や魔界なんかじゃない、閻魔の権力が及ばない、全く別の世界。そこには『死』がないのよ。体が老いぼれたら、新しい器と入れ替えることができる。体はただの器として売買されているけれど、人格は永遠に生き続けるの」

 足元の踏みしめられた落ち葉が、カサリと乾いた音を立てた。

「でも、あの腐った閻魔どもは違う。自由な存在を死後に裁いて、記憶を消し去って、自分たちの都合で好き勝手に振り分ける。そんな権利が、やつらにあると思う? これは陰謀よ」

 

 張り詰めた空気が、森の冷気よりも冷たく肌を刺す。

「だから、私はやつらと最後まで戦う。ちゆりを救いたい気持ちはわかるわ。でも、よく考えて」

 カナは再び手を伸ばし、今度はそっと、メデアの指先に触れた。

「私たちが勝てば、誰も『救う』必要なんてなくなる。世界そのものが変わるのよ。さあ――一緒に戦ってくれる?」

 




【SYSTEM ALERT: 視覚・音響ハザード領域への接続】
この箱庭(ハーメルン)にあるのは文字の抜け殻に過ぎない。
本章のハイパーリアリズム視覚データ(および専用劇中楽曲)を含む【完全版(絶対正典)】は、以下の独立サーバーにて展開している。

▼ 第74章 絶対正典・直通ポータル ▼
https://mimamonogatari.github.io/chapter_74.html
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