仮面系ファミリア 作:たつたやき
清楚でおしとやかな女神になろう。
処女神ヘスティアはそう思った。
かねてから憧れていた下界に降りてきてからしばらく経ったが、ヘスティアにはまだ眷族というものがいない。勧誘はしているがことごとく断られ続けている。
悲しいことに見向きもされない。
ゴミクズを見るような目を向けられることもあった。
これは
現在は非常に深刻な状況であった。
なぜなら下界においては働かざる者食うべからず。養ってくれる眷族がいなければ餓死しろ
「ボク……ん゛ン゛っ!
ヘスティアは鏡の
清楚で慎しみ深い女神を目指すのなら、髪の毛は大人しめに下げて、服装も落ち着いたものにしなければ。ちょっとめくったら見えちゃうような胸元とか絶対ダメだ。ヘスティアは
なるほど。悔しいがたしかに。今になってみると的を得た意見だったのだなとシミジミする。金がないから高い服は買えないが、上にローブを羽織るだけでも大分と印象は違って見える。それで髪を下ろせば清楚な黒髪ロング女神の出来上がり。よっしゃこれでいこうとヘスティアは決めた。
「一人称は『わたくし』。口調はアストレアに寄せていこう。なんてったって
ヘスティアは微笑を浮かべた。汚らしい鏡の中で微笑むのは
「このままだと餓死してしまうから、早く養ってくれる人を探さないと! この際あれだ! 頭のおかしい子じゃなければなんだっていいや! なんだっていいわ!」
意気込んで隠し部屋を出ていく小さな女神。彼女は家を借りる金もないので遺棄された廃教会に住み着いていた。もちろん
鍛冶の女神ヘファイストス。彼女の家でグータラさせてもらっていた頃は本当に幸せだったのだが、ある日いきなり鬼の形相で追い出されてしまった。金ならいくらでもあるだろうに、全くもって酷い女である。
「ん゛ンッ! さあそうと決まれば勧誘勧誘! デメテルのように色っぽくー、アストレアのように淑やかにー、あとはフレイヤも混ぜとこうかな……」
女神力が高い女達の長所を良いとこ取りして混ぜれば、きっと信仰してもらえるような女神になれる。ヘスティアはそう考えていた。
大間違いであった。その思考回路は酷く浅はか。たとえるなら、美味しいものをまとめて鍋にぶち込めばもっと美味しくなる、みたいな考えと同じようなものであった。上手くいくはずがない。そう、普通なら大失敗に終わりそうな彼女の試みは、意外な結末を得ることになる。
「そこの
ヘスティアは見た。
寂れた裏路地に向かっていく少年の背中を。その瞬間にアイツは獲物だとビビッときたので、不敵な笑みを浮かべて勧誘してあげると
「か、神様に、話しかけられた……しかもバカにされてる感じじゃないし、変態でも……なさそう!?」
白髪の少年は涙を流して喜び始めた。
なんでもオラリオには来たばかりで、どの神にも相手にして貰えず絶望していたらしい。彼は冒険者志望だったが、冒険者としてダンジョンに潜るには神との契約が必要だ。もっと言うと契約して【ファミリア】に入るのが手っ取り早い。【ファミリア】とは主神と眷族達の集まりである。
「ワタクシは変態ではないわ。さあ、かまどで楽しくオシャベリしましょう」
「かまど……?」
「ワタクシはかまどの女神、ヘスティア。歓迎するわ、ルル」
「ベルです。ベル・クラネルです」
ヘスティアは速やかに少年──ベルを協会に連れ帰った。口調も板に付いてきたしいい感じ。ヘスティアは高まってきた。以前のぽんこつ女神とはこれでおさらば。これからは新たな自分と新たな眷族とともに、輝かしい未来に向かって歩んでいくのだ!
それはそうと協会にかまどはない。寒けりゃボロ布団で暖を取るしかない。悲しい現実だった。
「それでは契約をするわ。脱ぎなさい」
「!?」
フッと微笑んでやると、ベルは真っ赤になって後ずさった。どうやら悩殺寸前のようだ。なんて扱いやすいのだろうか。もっと早くこのキャラにしておけば良かったとヘスティアは悔やんだ。
「パンツではないわ。上着上着。恩恵を刻むから。早く刻ませる、刻ませなさいそら早く」
さて、善は急げ。
ここからは時間の勝負だ。悩殺されて平常心を失っている間にたたみかけ、とっとと恩恵を刻んでしまわなければならない。やっぱり検討しますとか言われたら困るから。こういうのは考えさせちゃいけないのである。スピード勝負だ。
「ええと、その前に……冒険者になったら出会いとかありますかね……へへ」
少年は何やらニヤけた後、謎にキリッとした顔に変わった。意味のわからん急変であった。
「実は、僕、強くなってハーレ……英雄みたいになってちやほ……一人でも多くの女の人を幸せにしてあげたいんです! 幸せにしたいんです!」
ベルは勢いで言い切ったが、ヘスティアには手に取るようにわかった。ハーレムって言いかけたし、チヤホヤされたい願望もあるようだ。処女神からすると印象は悪いが、ここは背に腹は変えられない。男の子だし仕方がないと割り切るべきだろう。
それに、正直なのは悪いことでは無い。神は人間を見ると何となしに人となりがわかる。わからない場合もあるが、そういった相手は決まって食えない性格をしている。その点ベルは信用できそうだ。女好きなのは確定してしまったが、そこは養ってくれるなら目を瞑ろう。ヘスティアは何よりご飯が大切だ。
「だから、出会いとか……ありますかね。冒険者になって頑張ったら」
「うん、
だから、わけわからん勢いだけの言葉をまくしてたててその気にさせて、何としてでもさっさと恩恵を刻んでやる。刻ませろ早く! ヘスティアは目を見開いて少年に迫った。
「さあ、脱ぎなさい! 脱げっ!」
「イヤ自分で脱ぎますからっ、なんで襲いかかってくるんですか!?」
人間が神の眷族になるためには、背中に神の血を注いでもらうことが必要。
だからベルは脱がなきゃいけない。
ヘスティアは脱がせなければいけない。
そして、眷族になるということはその神の【ファミリア】に加入するということ。【ファミリア】は色々あって、ダンジョン探索を主な生業とする探索系、医療・製薬系、商業系、治安維持系、ギャンブル系、暗黒系、暗殺系などなど。
「暗黒系と暗殺系って一体……」
「ワタクシが分類したん、ンン゛ッ! ワタクシが分類したの。そういうのもありそうだと思って」
「実在してるのかはわからないんですね……」
そこら辺の説明も交えつつ、ヘスティアは自分の指から浮き出た血の雫を一滴。ベルの背中へと押し付け、晴れて【ヘスティア・ファミリア】が誕生した。
念願が叶った瞬間だった。団員がいないと【ファミリア】として認められない。これで胸を張ってギルドに遊びに行けるとヘスティアは歓喜した。給付金とかの制度があるか、明日にでも聞きに行ってみようと思う。ほら、創設すると補助金が貰えたりする嬉しい制度。オラリオにあるのかは知らないが、聞いてみる分にはタダである。
◎
祝、【ヘスティア・ファミリア】
主神は
眷族は誰でもいいから女の子を幸せにしたい少年、ベル・クラネル! とにかく可愛ければなんでもいいと思っている節が見受けられる、女好き!
なお、ヘスティアはベルに頑張ってもらうために、相手が良ければ
(まあ、英雄みたいになれそうかって言うと答えは間違いなくノーだし……心配はないだろ。心配はないわね! 気を揉む必要ナッシング!)
なお、内心はこれであった。
ベルは探索系【ファミリア】からことごとく
はじめての眷族なこともあって可愛く思っているのはたしかだが、ぶっちゃけ究極の武人とかにはなれそうもないし、死なない程度に頑張って貰えればヘスティアはそれで満足だ。だって、それでご飯は食べられるのだから。
「ベルクン、なにかあった?」
「ありませんよ?」
ご飯さえ食べられれば、それでいい。
多くは望まないとドッシリ構えていたヘスティアだったが、【ファミリア】結成から1ヶ月後。事態が急速に動き出すことになる。
「ほんとに? ほんとかしら? 本当なのかしら!」
「本当ったら本当ですよ! なんなんですかもうっ」
ヘスティアはベルの背中を凝視する。
刻んだ恩恵が淡い光を放っており、
イメージしやすいところで言うと、力とか敏捷とか耐久とか。通常はAからIまでの九段階評価で、数値はIが0から99。Hが100から199といった感じで上がっていく。これを基本アビリティの熟練度という。
「あー、そう……うーん。困った!」
「なんで!?」
Lv.はみんな1からスタート。こちらはひとつ上げるだけでも年単位で時間がかかるもので、その分の見返りは非常に大きい。一度レベルアップ──ランクアップしただけでアホみたいに強くなる。まあ、その一度の機会も得られない者も多いのだが。
「困ったわ! ワタクシ、困った!」
「だからどうして!?」
それから、魔法とスキル。
魔法は文字通り不思議な力が使えるようになる。個人が持つことのできる魔法は最高でも三つ。消去不可。ヒューマンは発現しにくく、エルフはその逆という特徴があったりする。エルフは元より魔法種族だ。
スキルに関しては魔法とはまた違っていて、本人の本質であったり強い望みが色濃く反映されるだからまあ、
「うぅーん」
「なにかあるなら言ってください、怖いです!」
結論、ベルにスキルが発現した。
現在の【ステイタス】も含めて、内容は以下の通りである。
ベル・クラネル
Lv.1
力 : H137 耐久 : I66 器用 : H123 敏捷 : G212 魔力: I0
❮魔法❯
【】
❮スキル❯
【
・
・発動条件『
・特性『早熟』を付与。
・特性『高揚』を付与。
・特性『超持続』を付与。
・特定条件下において効果範囲拡大。
────────────オイオイオイオイ。
いやほんとオイオイって感じだよなぁ、とヘスティアは悩んだ。
ぶっちゃけた話をすると、
情熱的行動とはどの程度情熱的ならいいのか。お姫様抱っこしながらモンスターを倒せばいいのか、ダンジョンの中心で愛を叫べば良いのか、具体的なところが全くわからん。
また、早熟とはいかに。高揚とか持続とかは何となくわかるが──ハイになって戦い続けられるバーサーカー的な感じだろうとは思うが──いかんせん不明点が多すぎだ。こんなスキルは聞いたことがないから、ほぼ間違いなく稀少スキルの類だとは思うが。
「え、なんで黙ってるんですかヘスティア様……」
「うん、なんでもないわ。なんでもないから早くご飯を作ってよ。ワタクシお腹がすいたわ」
「えぇ……うそぉ?」
現時点では説明できることは
ヘスティアはそのように結論すると、経過観察しつつそのうち教えることにした。そのうちだ。なお、教えない方がいいと判断した場合は闇に葬る。
「ワタクシはお腹が、お腹が、お腹が!」
「わかりました。わかりましたからお腹の肉を摘むのやめてもらっていいですか……」
この時点で【ファミリア】設立から一ヶ月。
ベルはまだ主神の本性に気づいていない。最近は気になる異性がコロコロ変わっていて、エルフもいいけどやっぱりヒューマンも素敵でかと思えばエルフでもおっぱいの大きい人はいる。オラリオすげえとか思っている。神も眷族もどーしよーもない【ファミリア】になりつつあった。