Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia   作:ローレンシウ

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第百話 Devil's castle

 なんとしても、今夜の襲撃が起きる前にこの街のデヴィルだけはすべて排除してしまわなくてはならない。

 

 ボックの死体がデヴィルのことを口にした時点で、ディーキンはそう心に誓っていた。

 デヴィルの存在は、襲撃の危険度を飛躍的に増大させる。

 アンリエッタ王女らに事情を伝えてこの街の治安を強化してもらう際にも、まず間違いなく障害となるだろう。

 

 それだけでなく、襲撃を後ろで指揮しているであろうデヴィルに自分や仲間たちの戦うところを見られてしまう可能性がある、ということが実にまずい。

 

 もしも奴らが、自分がフェイルーンの呪文を使うところや、ルイズがこちらの系統魔法には無い謎の爆発などを扱うところを見たとしたら、一体何が起こるか?

 疑いようも無く、連中はその意味にすぐに気が付くだろう。

 つまり、異世界の存在を召喚できる『虚無』の使い手がそこにいるのだということを。

 彼ら自身、タバサの父が古代のマジックアイテムを用いることで発動させた『虚無』の魔法でこの世界へやってきたはずだからだ。

 こちらの世界では『虚無』以外のメイジは異世界からの召喚術を使えず、そのようなものが存在することすら知らないということを、未だに連中がつきとめていないなどとはまず考えにくい。

 

 ただ、おそらく彼らはまだ、『虚無』の使い手を見つけてはいない……。

 あるいは見つけていたとしても、その使い手はまだ異世界からの召喚をいつでも行なえるような呪文を習得していない、とディーキンは考えている。

 

 もしも彼らが既にそのような術者を見つけて手駒にしてしまっており、いくらでもバートルから仲間を呼び寄せられるような状態になっているとしたら、おそらくもっと大々的に活動してハルケギニアの大部分を掌握しにかかっていることだろう。

 この世界には大勢のメイジがおり、フェイルーンより技術的に進歩している面や、より広範に魔法が用いられている分野も多々ある。

 だから必ずしも戦力的にフェイルーンの人間より劣るということはないだろうが、しかしこちらでは『虚無』に分類されたのであろう多くの呪文の知識が失われていることもまた確かだ。

 その点が、既にその事を把握していると思われるデヴィルたちと戦う上では致命的になる。

 したがって、デヴィルはまだ今のところ、十分な数の仲間をいつでもバートルから呼び寄せられるというような状態にはなっていないと考えられるのだ。

 同様の理由で、バートルへの恒久的なポータルを築けるような能力を持つデヴィルもまだこの世界には来ていないはずである。

 もっとも、デヴィルの強欲さと計算高さとを考えれば、可能であっても手柄を独占したいがために故郷の仲間たちを呼ぶことを渋っているのだという可能性もあるが……。

 

 なんにせよ、一体どれだけの数がいてどこに本拠を構えているのかもまだわかっていないうちからデヴィルに目をつけられたのではたまらない。

 自分はまだなんとかできるかもしれないが、デヴィルの手口に疎い仲間たちの身が非常に危うくなる。

 特に『虚無』の使い手であるルイズは、それと知られてしまえばどんな手段を使ってでも確保するべき対象として四六時中狙われるようなことにもなりかねないのだ。

 今のところルイズはまだ異世界へのゲートを開くような呪文を習得してはいないが、この先どうなるかはわからない。

 多少強引にでも連れ去ってしまえば、彼女を意のままに操ることなどは少々気の利いたデヴィルであればいとも容易いことだろう。

 だからこそ、そのような情報を知られて背後に控えているであろう組織に持ち帰られる前に、どうしても現在この街にいるデヴィルだけは片付けてしまわねばならないのだ。

 

 無論、既に知られてしまっているという可能性もなくはない。

 なくはないが、おそらくその可能性は低いだろう。

 もしそれを知っていたなら、狡猾なデヴィルがボックの死体をそのまま放置するとは思えないからだ。

 この世界では死体から情報を得る呪文は一般的には知られていないようだが、デヴィルは当然その存在を知っているし、『虚無』の使い手が近くにいると知ればそのような呪文を用いられる可能性を想定するはずである。

 

 ワルドが疑いどおり敵の内通者だったとすれば非常にまずいことになっているかもしれないわけだが、しかし彼はこれまでの態度からするとこちらのことをかなり侮っているようだ。

 仮に彼が敵方であっても、これまでの経緯を既に事細かにデヴィルに報告してしまっているというようなことはまずないだろう。

 むしろ、組織の黒幕がデヴィルだということ自体知らないかもしれない。

 なんにせよ、朝方の手合わせであまり彼にこちらの手の内を見せないようにしておいたことは幸いだった。

 

 もしも連中がこちらの世界にはフェイルーンと同種のコボルドはいないということを既に把握していたとしたら、自分の姿を見られるだけでも大変まずいことになる。

 だが、それもまずあるまい……自分がそのことを知っているのはたまたまコボルドだからであって、異世界の来訪者であるデヴィルは物質界のちっぽけな種族の存在の有無など、おそらくろくに気に留めてはいないはずだ。

 とはいえもちろん、なるべく見られないように努めるに越したことはないが。

 呪文で姿を変えておくという手もあるだろうが、その手の幻術がこちらの世界ではかなり高等な呪文だということを考えると、見抜かれた時にはかえって不審に思われて注意を引いてしまう結果になる可能性もある。

 

 だがなんにせよ、まずはデヴィルがどこにいるかを突き止めなくては話にならないだろう。

 しかも、もうあまり時間は残されていないのだ……。

 

(……ウーン、どうしよう?)

 

 ボックの死体が語った情報、そして彼の家を捜索して得た情報だけでは、この街でデヴィルが拠点に使っている場所のことはわからなかった。

 ごく一般的なデヴィルの用心深さの程度から推し量って、どうにかしてボックの死体にさらに詳しい情報を聞いてみたとしても、そもそもその場所を知らされていない可能性が高い。

 

 では、どうするか?

 

 密かに聞き込みを進めて不審人物に関する情報などを集め、地道に絞り込んでいくという方法を取るには明らかに時間が足りない。

 残された時間内に正確に敵の居場所を突き止めるには、やはり占術呪文を用いる以外にないかもしれない。

 そうなると考えられるのは、《物体定位 ( ロケート・ オブジェクト ) 》か《クリーチャー定位 ( ロケート・ クリーチャー ) 》あたりだが……。

 

 前者の呪文を用いる場合には、一体何を探せば良いかというのが問題になってくる。

 

 今のところ確実にデヴィルがその住処に蓄えていそうなものとしては、麻薬のサニッシュが考えられるが……。

 しかし、この街には麻薬中毒者が他にもいるだろうし、そう言った人々の家にもサニッシュは置いてあるだろうから、確実にデヴィルの住処を探し当てられるという保証はない。

 

 ならば、同じ麻薬でもモーデインのほうを探すというのはどうか?

 モーデインはボックを始末するために使われた。

 デヴィルがこの麻薬を売るのではなく殺害用に使っているのだとするなら、彼らの住処にはおそらくあるだろうが、普通の中毒者の家には存在しないはずだ。

 

 だが、ロケート・オブジェクトの呪文は他の多くの探知呪文がそうであるのと同じように、鉛によって遮られてしまう。

 

 そのことを当然知っているデヴィルたちは、使用するとき以外は麻薬を内側に鉛の箔を貼ったケースに保管しているかもしれず、その場合にはこの呪文は役に立たないことになる。

 別に大した手間になるわけでも高度な呪文や技術を要するわけでもないのだから、その程度の用心をしている可能性は大いにあるだろう。

 

 となると、後者のロケート・クリーチャーの方が確実か。

 

 しかしこちらの場合でも、やはりどんなクリーチャーを指定して探せば良いのかというのが問題になってくるだろう。

 この呪文では探知する特定の個体、または少なくとも特定の種類を指定する必要がある。

 たとえば“ライオン”なら探せるが、“動物”では大まかすぎて探せないのだ。

 

 しかるに、存在する敵の種類を識別できそうな手がかりは、ボックが死ぬ前に“悪魔の鴉”を見たということだけである……。

 

(ムムム……)

 

 ディーキンは、じっくりと考えてみた。

 

 魂を売ったというボックの証言から、実はデヴィルではなくデーモンであるなどの可能性はほぼ排除される。

 売魂契約を結ぶという手段を行使するのは主に秩序にして悪のデヴィルであり、混沌にして悪のデーモンはそのようなまどろっこしい手段はまず取らない。

 大体、契約を結ぶなどと言うのは秩序の行為であって、混沌の理念に反するのだ。

 

 したがってまず、相手がデヴィルであるのはほぼ確定とみて……。

 鴉のような小さい動物に化けるデヴィルは、おそらくインプかスピナゴンだろう。

 

 一体、どちらが正解なのか?

 

 もちろん推測しかできないのだから、確かなことはわからない。

 わからないが、これまでに書物から得た知識や以前バートルを訪れたときに現地で得た知識などを総合して考え合わせてみると、おそらく前者なのではないだろうか。

 

 スピナゴンは最下級デヴィルの一種であり、精神をほとんど持ち合わせていない憐れなレムレーや懲罰の苦痛に塗れた惨めなヌッペリボーよりは僅かに上という程度の雑兵にすぎないのだ。

 彼らは概して知能が低く愚かな傾向があるため、人間を誘惑して魂を売らせるなどといういささか“知的な”仕事に関わらせるには向いていないはずである。

 それに、彼らの変身は幻覚をまとうだけで肉体自体を変化させることはできないので、鴉などの普通の動物に化けても知能の低さも相まってちょっとしたことで不信感を招きやすいという点でもインプより劣っている。

 インプと違って、疑似呪文能力で透明化することもできない。

 

 対してインプはといえば、単純な強さだけで言えばおそらくスピナゴンよりも弱いだろう。

 しかし、十分に知的で狡猾なデヴィルであり、バートルにおける地位の高さでは彼らの方が数段上だと聞いている。

 彼らは売魂契約の直接交渉を行うことは許可されていない下級デヴィルだが、そのような契約を結べるより身分の高いデヴィルの元で働き、獲物を堕落させる手助けをすることはままあるという。

 

 となると、まずはインプだと仮定してロケート・クリーチャーで調べてみるというのが妥当だろうか。

 この呪文には流れる水で遮られてしまうという欠点もあるが、幸い山間にあるこのラ・ロシェールの街中では川などの流水がある場所はまず見かけない。

 それで引っかからなければ、今度はスピナゴンでやり直してみるしかあるまい。

 アイテムの消費が馬鹿にならないが、どうしても見つけなくてはならないのだからやむを得ない……。

 

(でも、まずは聞き込みが先かな?)

 

 ロケート・クリーチャーを最終的には使うことになるのだとしても、まずは調べる場所をできるだけ絞り込んだ方がいいだろう。

 この手の占術は、なるべく探す対象の近くで行った方が目的のものまで辿り着きやすいのである。

 

 このラ・ロシェールの街中では、鴉を見た覚えがない。

 もちろん、ここへきてまだ2日目だからはっきりしたことは断定できないが、岩から削り出された山間の街であるここには鴉の類がほとんどやってこないのではないかと思える。

 もしそうだとすれば、この街中で見かけられる鴉はつまり、デヴィルが姿を変えたものだということになるはずだ。

 

 仮に捜しているデヴィルが日常的に鴉の姿でいることが多いのだとすれば、そいつの住処や取引場所などの周辺で住民が目撃していることは十分考えられるし、この辺りでは鴉が珍しいのであれば記憶にも残りやすいだろう。

 相手がインプだとすれば、インプは個体ごとに決まった1つか2つの形態しかとることができないので、その時々で違う動物の姿になるというわけにはいくまい。

 インプは透明化の能力をもっているので常時それを使っていれば目撃されずに済むが、いくらなんでもそこまで用心深いことは稀だろうし、仮にそうであってもたまには気を抜いてしまうこともあるはずだ。

 

 麻薬取引をしていた不審な男について聞き出すのは難しいだろうが、鴉をこの辺で見たかどうか、見たのはどこか、という程度なら世間話のふりでもして聞き出すのはそう難しくない。

 数人聞き込んでみて駄目そうなら、諦めて呪文を試してみればいいだろう。

 

 ディーキンは考えをまとめると、自分の立てた方針についてタバサに説明して意見を求めた。

 

「いいと思う。……手分け、する?」

 

 タバサの問いかけに、ディーキンは首を横に振る。

 

 手分けをしてもタバサはあまり聞き出すのが上手だとは思えないし、そもそも自分だって貴族が傍にいなければ不審な亜人扱いで警戒されてしまうだろう。

 合流する手間もかかるし、ここは2人で行動し続ける方が効率がいいはずだ。

 

「わかった」

 

 2人は近くでたむろって話しているスラムの住人の一団を見つけると、さっそく聞き込みを始めることにした……。

 

 

 

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 インプのイガームは、ボックに薬を届けて彼の死を見届けた後、ずっと大鴉の形態を取ったまま十字路近辺の家の屋根に留まっていた。

 

 彼の上司であるクロトートが外出しているので、客が薬が欲しくなったなどで急にこの待ち合わせ場所へやってきた場合に備えて見張りをしているのである。

 とはいえ、未だにそのような予定外の客人は一人も来ていない。

 単に鴉に変装するだけではなく透明化もしておいてもいいのだが、定期的に透明化の力を呼び起こし直すのは面倒くさいし、うっかり効果を切らせた場合に急に何もないところから現れたりぱっと姿を消したりするところを誰かに目撃されてしまえばかえって怪しまれる。

 

(まったく、暇な仕事だぜ。コート掛けの上よりゃいいがな)

 

 イガームは時折鴉らしく鳴き声などを上げながら毛づくろいをしており、いささか退屈してはいたが、同時に満足してもいた。

 ボックが死に、その魂がバートルに引き渡されることでクロトートの手柄が増えて分け前にあずかれるだけでなく、今夜行われる襲撃の指揮にも一枚噛ませてもらえることになっているのだ。

 この街を担当するデヴィルが現在自分とクロトートしかおらず手が足りないからだが、たかだか人間の傭兵どもとはいえ指揮を執る側に回れるというのは、自分のような下級デヴィルにとってはなかなか得難い大役だった。

 

「キキキ……」

 

 昼間のボックの死に様を思い出す度に、思わず嘴の端が歪んでしゃがれた鳴き声が漏れる。

 

 あの男が死ぬ前に自分が騙されていたこと、薬の虜となって生前に成した悪事の数々のこと、その報いとしてこれから地獄へ行くのだということを教えてやったのは、実のところイガームの独断であった。

 とはいえクロトートも、そうする事を禁じてはいなかった。

 イガームがするであろうことを想像できなかったわけでもあるまい、事実上の黙認である。

 

 もちろん、ボックが絶望に歪んだ顔でのたうちまわって苦悶しながら死んでゆく様を見てみたい、というデヴィルらしい残酷趣味は動機のひとつだった。

 実際、イガームはその後何度もボックの死に様を思い起こしてみたし、その度に胸中は昏い愉悦で満たされた。

 しかし、そういった感情的なものとはまた別に、利己心から来る強い動機もあった。

 イガームは、これから地獄に送られるボックの魂をあわよくば“アナグノリシス”の状態に堕とせないか、と目論んだのである。

 

 まあそう都合よくいくわけでもない、まず滅多に成功するものではないが、万が一首尾よくいっていたら……。

 奴を堕落させて魂を売らせるように仕向けたのはクロトートの手柄だが、アナグノリシスに陥らせたという手柄は自分のものになる。

 アナグノリシス状態の魂にはとても高い価値があるのだ。

 

(そうすれば、俺もついに昇進できるかも知れねえ!)

 

 それこそ、イガームが長年に渡って切望し続けて来たことだった。

 今の矮小なインプの形態を脱ぎ捨てて、新しいより強大な形態を手に入れるのだ……。

 

「……ギッ?」

 

 栄光に包まれた将来の空想に耽っていたイガームは、ふと何かの気配を感じた気がして、周囲に首を巡らせてみた。

 

 だが、何も不審なものは見えず、これといって妙な物音なども聞こえない。

 気のせいだったかと思って視線を下の方に戻したところで、路地裏からクロトートが姿を現したのが目に入った。

 

(やっと襲撃の手はずが整ったのか、いよいよだな)

 

 イガームはさらなる手柄への期待に胸を膨らませながら翼を広げると、クロトートとの距離が近くなり過ぎて目撃した者に関係を疑われないように気を配りつつ、彼の後に続いて拠点へと戻っていった。

 

 

 クロトートはまず先に拠点の地下室へ入り、少し後にイガームが戻ってくるのを待って扉を閉めた。

 

「……?」

 

 その時、少し違和感を感じた。

 周囲を見るが、何もおかしなものは見当たらず、奇妙な音もしてはいない。

 しかし……。

 

「ボス、襲撃の手はずを教えてください」

 

 イガームは扉が閉められたので元の姿に戻って一息つきながら、クロトートの小脇に抱えられたこの街の地図に目をやった。

 いくつかの地点に印がついているようで、おそらく襲撃する宿や待ち伏せる場所を記してあるのだろう。

 だが、詳しいことは説明を聞かなければわからない。

 

「待て」

 

 クロトートは、急かすイガームを手で制した。

 

「話を始める前に、この部屋をお前の《魔法の感知(ディテクト・マジック)》で調べろ。この世界にも魔法の目や耳はあるらしい、念のためにな」

 

 ファルズゴンの方がインプよりも上位のデヴィルとはいえ、ディテクト・マジックの疑似呪文能力はファルズゴンにはないので頼まねばならないのだ。

 

「へえ……」

 

 イガームが若干面倒そうにしながらも頷いて、精神を集中して魔法の力を呼び起こそうとした、その瞬間。

 

 前触れもなく、突如虚空から放たれた緑色の光線がクロトートの体に命中した。

 デヴィルの全身が、煌めくエメラルド色の網に絡め取られる。

 

「……なに!?」

 

「ギッ!?」

 

 光線の発射源……それまで何もなかった空間から、突然2人の男女が姿を現した。

 いうまでもなく、ディーキンとタバサである。

 

 イガームによって自分たちの存在が暴かれる前にと、ディーキンが咄嗟に《次元界移動拘束(ディメンジョナル・アンカー)》の呪文を用いてクロトートを攻撃したために《不可視球(インヴィジビリティ・スフィアー)》の効果が破れたのだ。

 ちなみにファルズゴンの正体は、不可視になって隠れている間にカジノでサキュバスの正体を見破る時にも用いた《看破の宝石(ジェム・オヴ・シーイング)》を通して見ることで看破したのである。

 

 幸い鴉に化けていたインプはそこまで慎重な性格でもなかったようで、聞き込みの結果よく鴉を見かけるという十字路を教えてもらうことができ、そこであっさりと発見した。

 その後は《看破の宝石》を用いて間違いなくデヴィルであることを確かめた上で、不可視化してしばらく動向を探っているうちに移動しだしたので尾行した結果、こうしてアジトまで辿り着けたのだ。

 もちろん、単に姿を隠すだけでなく音も立てずにここまで尾行してこれたのは、タバサが空気の流れを操って雑音の発生を防いでくれたおかげだ。

 とはいえやはり完璧とまではいかなかったのか、多少の不信感を持たれてはいたようだが。

 

「残念だけど、これまでだね。タバサ!」

 

 “守られし罪人”であるファルズゴンを攻撃したことによる若干の不快感を感じながらも、ディーキンはタバサに呼びかけた。

 できればもう少し連中の話を聞いていたかったのだが、とにかく《上級瞬間移動(グレーター・テレポート)》の疑似呪文能力を持つファルズゴンを逃がさずに済んだことで最悪の事態は避けられたはずだ。

 

 もしもファルズゴンが口に出して会話せずにテレパシーで指示を出し、インプがそれを受けて密かにディテクト・マジックを試み、結果をテレパシーで返信していたなら……。

 その場合には、ディーキンは自分たちの存在がばれたことにすぐには気が付かずに対処が遅れ、致命的な事態を招いていたかもしれない。

 おそらくは人間とやりとりすることが多い仕事についているためにテレパシーではなく口で会話する習慣がついていて、つい最後の用心を怠ったのだろう。

 そういう意味では、相手のミスという幸運にも助けられた。

 ディーキンはそのことをきちんと認識し、次に同じようなことをする機会があったなら……あってほしくはないが、もう少し用心しなくてはなるまいと反省していた。

 

「……」

 

 タバサは無言で頷きを返し、杖をぐっと握りしめながら、敵を逃がさないよう閉まった扉の前に移動する。

 

 2体のデヴィルたちも素早く事態を見て取ると、身を守る態勢を整えた。

 いよいよ、この街の命運をかけた地下の戦いが始まろうとしている……。

 




ロケート・オブジェクト
Locate Object /物体定位
系統:占術; 2レベル呪文
構成要素:音声、動作、焦点具(二股になった小枝)
距離:長距離(400フィート+1術者レベル毎に40フィート)
持続時間:術者レベル毎に1分
 術者は自分がよく知っているか、はっきりと視覚的に思い描ける物体の方向を感知できる。
一般的なアイテムの種類(たとえば椅子、植木鉢、羽根ペンなど)を指定して探した場合、そうしたアイテムが距離内に複数あるなら、最も近くにあるものの場所が分かる。
特定のアイテムを見つけようとする場合にはそのアイテム特有の正確な精神的イメージが必要であり、そのイメージが実際の物体に充分近いものでなければ呪文は失敗する。
術者は自分が直接観察したことがあるのでない限り、唯一無二のアイテムを指定することはできない。また、クリーチャーを探すことはできない。
 この呪文は薄い鉛の層によって遮断される。また、ポリモーフ・エニイ・オブジェクトによって物体の姿が変化させられている場合には、この呪文は欺かれてしまう。

ロケート・クリーチャー
Locate Creature /クリーチャー定位
系統:占術; 4レベル呪文
構成要素:音声、動作、物質(ブラックハウンドの毛皮一切れ)
距離:長距離(400フィート+1術者レベル毎に40フィート)
持続時間:術者レベル毎に10分
 ロケート・オブジェクトと同様だが、この呪文を使えば術者は自分の知っているクリーチャーの位置を知ることができる。
特定の個人または特定の種類(人間とかユニコーンなど)を指定して探すことができるが、大まかな種類(人型生物とか動物など)を指定して見つけることはできない。
クリーチャーの種類を指定して探す場合、術者は少なくとも一度は近くでその種のクリーチャーを見たことがなければならない。
 術者はゆっくりと向きを変え、呪文の距離内に探しているクリーチャーがいれば、その方向を向いた時にそちらにいるのだということがわかる。
また、そのクリーチャーが動いていれば、移動している方向も知ることができる。
この呪文では物体を探知することはできない。
 流れる水はこの呪文を遮断する。また、ポリモーフ系の呪文によってクリーチャーの姿が変化させられている場合には、この呪文は欺かれてしまう。

インヴィジビリティ・スフィアー
Invisibility Sphere /不可視球
系統:幻術(幻覚); 3レベル呪文
構成要素:音声、動作、物質(1本のまつ毛をゴムに封入したもの)
距離:接触したクリーチャーを中心にした半径10フィートの放射
持続時間:術者レベル毎に1分
 インヴィジビリティと同様だが、この呪文は呪文の発動時に受け手から10フィート以内にいた全クリーチャーを不可視状態とする。
効果の中心点は受け手とともに動き、この呪文が作用している者たちにはお互いの姿および自分の姿が見える。
この呪文の作用を受けているクリーチャーが効果範囲外に出た場合には目に見えるようになるが、呪文の発動より後に効果範囲に入ったクリーチャーが不可視状態となることはない。
作用を受けているクリーチャーのうち、中心となる受け手以外のものが攻撃を行なえば、そのクリーチャーの不可視化だけが無効化される。
受け手本人が攻撃を行なえば、インヴィジビリティ・スフィアーの呪文自体が終了する。

看破の宝石(ジェム・オヴ・シーイング):
 この宝石を通して見ることで、あらゆるものの真の姿を見抜くトゥルー・シーイングの呪文と同じ効果が得られる。
すなわち、使用者は通常の闇と魔法の闇を見通し、魔法によって隠された隠し扉などに気が付き、不可視状態のクリーチャーを見ることができ、あらゆる幻術を看破し、変身・変化・変成させられたものの真の姿を見抜く。また、エーテル界にいる存在を見ることもできる。
ただし、魔法によらない通常の変装を見破ったり、単に障害物の陰に隠れただけのものを見つけ出したりする能力はない。
この宝石を使えるのは1日につき30分までで、使用時間は連続している必要はない。価格は75000gp(金貨75000枚)。

ファルズゴン(ハーヴェスター・デヴィル、収穫者悪魔):
 ファルズゴンは魅惑的な陰謀を張り巡らせる伝説の存在であり、人々を密かに誘惑し、社会を転覆させようと目論むデヴィルである。定命の存在に売魂契約にサインさせることで、魂を収穫する専門家だ。
彼らは神々とデヴィルとの間で取り交わされた奇妙な契約によって守られているため、自分から攻撃しない限りは定命の存在からの攻撃を受けない。意志力によってこの防御を強引に突破し彼らに攻撃を加えたものは、以後1分間の間すべてのセーヴに-2のペナルティーを受ける。これは違反者に対して多元宇宙そのものが与える罰であるため、何人たりとも抵抗することはできない。
ファルズゴンはまた、自らの属性を隠蔽する超常的な能力を持っており、呪文をもってしても彼らを悪であると看破することは難しい。

アナグノリシス(発見的再認):
 地獄堕ちの運命を免れるには悲劇的なほど手遅れな時点で悔い改めた魂の陥る精神状態のことを指す。
彼らの魂はバートルに至るとアンデッドのスペクターになって永遠に嘆き悲しみながら地獄を彷徨い、稀にバートルを訪れた定命の者を見つけると哀れっぽくむせび泣きながらその腕に抱き締めて生命力を奪い取ろうとする。
これらのクリーチャーが流す涙や泣き叫ぶ声は、普通の地獄堕ちになった魂から搾り取れる量よりも遥かに大量の信仰エネルギーを放つ。
すべてのアークデヴィルの中でもディスパテル大公だけが、アナグノリシスに陥った魂の放つこれらの信仰エネルギーを集めて利用する神秘的な手法を知っているといわれている。

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