Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia   作:ローレンシウ

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第百十三話 Blind obedience

 惚れ薬の騒動があった夜が明けた、翌日の朝。

 旅の一行は、『女神の杵』亭の大部屋に全員で集まって《英雄達の饗宴(ヒーローズ・フィースト)》による朝食に舌鼓を打ちながら、今後の行動について打ち合わせを行っていた。

 

 その席では、まず第一にタバサに皆の注目が集まった。

 彼女がなぜか普段の学生服ではなく、簡素ながらも品の良い小奇麗な私服を着て出席したからである。

 別にそのくらい大したことではないといえばないのだが、同行者の多くは、これまで彼女が私服を着ている姿などは見たことがなかった。

 彼女は寝るときにパジャマを着たり、学校行事の舞踏会でドレスを着たりしていたほかは、どんな時でも制服を着ていたはずだ。

 

 そのことについて質問された彼女は、簡潔に答えた。

 

「出かけたり見張りをしたりして汚れたから、着替えた」

 

 まあ、嘘というわけではないのだが……。

 実際のところは、制服にはまだ惚れ薬の成分が残っている恐れがあるので念のために後日しっかりとクリーニングするまでは着ないようにして、必要になった場合に備えて持ってきていたこの服を着ることにしたのである。

 もちろん学院の方に予備の制服は何着か持っているが、この旅には持ってきていなかった。

 同じ服を何着も持っていくよりも、状況に応じて違う格好に着替えられる方が有用だろうと考えていたからだ。

 

 キュルケは何をどう解釈したものか、「そりゃあ、お洒落な格好をしたくもなるわよねえ」などと親友の耳元で囁いてにやにやしていた。

 

 薬のことはあなたも知っているはずだろうと、タバサは彼女を軽く睨んだ。

 だが、自分がこの服に着替えてからしばらく鏡の前に座って、服装に似合う髪型を試行錯誤していたのを思い出すと、きまり悪そうにぷいと視線を逸らせる。

 結局は、髪が短すぎてどうやってもちっともきれいに見えないので馬鹿馬鹿しくなり、「そもそも頭髪なんてものを持たない種族が、人間の髪型なんかを気にするわけがない」と割り切っていつも通りにしておいたのだが。

 

「タバサ、きれいだね。すごくよく似合ってるの」

 

「……! ありがとう……」

 

 ディーキンに賞賛の言葉をかけられた彼女は、たちまち頬を微かに染めてはにかんだ。

 といっても、キュルケには見て取れる、という程度の変化だったが。

 

(ほんと、わっかりやすい子だわ~)

 

 キュルケは、そんな2人の様子を脇のほうから微笑ましげに見つめていた……。

 

 

「……それで、聞いた話では、王様たちの軍隊はニューカッスルっていうところで包囲されて苦戦してるらしいの。だから手遅れになる前に、まずはそっちに行かなきゃいけないと思うんだけど……」

 

 ディーキンは食事を摂りながら、そう言ってフーケの方を向いた。

 

「ロングビルお姉さんは、そこまでどういったら一番よさそうか、わかる?」

 

「ええ、おそらく」

 

 話を振られたフーケは、ひとつ頷くとアルビオンの地図に指を走らせながら説明していった。

 

「船はスカボローの港につきますから、こちらの方に進んでいけば近いですわね。馬で一日と言ったところでしょうか。ただ……」

 

「ただ……なんですか?」

 

 言い淀んだフーケに、ルイズが尋ねる。

 

「はい。港町はおそらくスカボローも含めてすべて反乱軍が押さえているでしょうし、ニューカッスルの城は大陸から突き出た岬の突端にありますから、どうやってもそこを包囲している軍の陣中を突破していかなくてはならなくなるかと」

 

 それを聞いた全員が、難しい顔をして考え込んだ。

 

「ううむ、それは難しそうだな……。時間をかけて、なんとか敵の薄いところを探して……」

 

「ですが、ミスタ・グラモン。アルビオン軍が既に岬の端まで追い詰められているのであれば、一刻の猶予もない状態のはずです。急がないと手遅れになります!」

 

「そうね。それに、包囲の薄い場所なんて都合よく見つかるものかしら。闇討ちに気を付けながら、包囲戦をなんとかすり抜けるしかないわ。反乱軍も、他国の貴族に公然と手出しはできないはずよ」

 

 ギーシュ、シエスタ、ルイズが、口々に意見を出していく。

 しかし、コルベールやキュルケは難色を示した。

 

「危険過ぎる。殺気だった敵兵は、相手の身分など気にも留めずに襲い掛かって来るかもしれん。戦場は、理性を狂気が圧倒するところだ」

 

「他国の貴族だろうが、王族だろうが、殺して埋めてしまえばそれきりだもの。あてにはならないわよ」

 

 そこで、それまでじっと聞いていたタバサが口を開いた。

 

「……あなたには、なにか考えがある?」

 

 そう言って、ディーキンの方を見やる。

 おそらく彼には、今回もなにがしかの手があるのだろうと信じていた。

 

「ウーン、気付かれずにお城まで行くことは、できなくはないと思うけど……」

 

 ディーキンはちょっと首を傾げて考え込んだ。

 

「……でも、それで本当に安全かどうかは、ちょっと心配かな」

 

 例えば、全員で透明化して空を飛んでいくとか、影界を通っていくとか、敵の囲みをすり抜ける方法はいろいろと考えられるだろう。

 ただ、敵の軍隊にデヴィルが混ざっているとすれば、そのような手段を用いても看破される恐れはゼロではない。

 自分一人で行くならまだしも、人数が多くなればそれだけ誰かが見つかるリスクは高まる。

 

 それよりも、先程の見張りの間に考えていた、船を使わずに直接目的地へ行く方法を本格的に検討すべきかもしれない。

 

「ねえ、ロングビルお姉さん」

 

「はい?」

 

「お姉さんは、ニューカッスルのお城に行ったことはあるの?」

 

「え? ……ええ。ありますが……」

 

「じゃあ、そのお城についてもう少し詳しく教えてほしいの。それと、もしかしてその場所の様子を描いた絵とか、最近までその場所にあった物とかがあったら、それも貸してもらえない?」

 

 ディーキンは、《限られた望み(リミテッド・ウィッシュ)》の指輪を用いて《場所の念視(スクライ・ロケーション)》の呪文を再現し、しかる後に念視したニューカッスル城へ向けて直接《瞬間移動(テレポート)》の呪文で飛ぶのがおそらく最善だと考えたのである。

 ウェールズ皇太子か誰か、その場にいるであろう人物を《念視(スクライング)》して瞬間移動するという方法もあるが、話に聞いた程度で特によく知らない人物が相手では、呪文が抵抗されて失敗してしまう可能性が高くなる。

 それに比べて場所に対する念視は、事前にある程度詳しく聞いておいたり、その場所に由来する何らかの物品を用意したりしておけば、失敗の可能性を限りなく低くすることができるのだ。

 

 ディーキンは怪訝そうにしている同行者たちに、自分が試みようとしていることを詳しく説明していった。

 事前に呪文の性質について知らなければ、成功率を上げるために有用な情報や物品を、不必要だろうと判断されて省かれてしまう恐れがあるからだ。

 

「相変わらず、便利な呪文が次々に出てくるのね」

 

 私もそのうち同じような呪文が使えるようになったりするのかしら、などとルイズが呟く。

 

「なるほど……。それでしたら、役に立ちそうなものに心当たりがありますわ」

 

 フーケはそういって席を立つと、早速その品物を用意しに出かけていった……。

 

 

 

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 一方その頃、浮遊大陸アルビオンにある貴族連合『レコン・キスタ』の司令部では、総司令官クロムウェルが連絡士官から戦況についての報告を受けていた。

 

 クロムウェルは年のころ三十代の半ばで、丸い球帽をかぶり、緑色のローブとマントとを身に着けていた。

 高いわし鼻と理知的そうな碧眼をもち、帽子の裾からはカールした金髪が覗いている。

 一見すると、司令官というよりは聖職者のような雰囲気だった。

 

 それもそのはずで、この男はつい数年前までは、平民出身の地方の一司教にしか過ぎなかったのである。

 この場に居並ぶ誰よりも……、それこそ、扉に控えた衛士よりも、なお身分が下だったのだ。

 

「閣下、先程ニューカッスル方面軍より連絡が入りました。明日の正午に攻城を開始する旨、確かに王党派の者どもに伝達したとのことであります!」

 

 それを聞いたクロムウェルは、感極まったように手を打ち合わせて、椅子から立ち上がった。

 

「そうか、そうか! 明日は記念すべき日になるだろう。ついに我らレコン・キスタは、堕落した王族に代わってこのアルビオンを治め、聖地の奪還へ向けた本格的な一歩を踏み出すことになるのだ!」

 

 クロムウェルがそう宣言して拳を振り上げると、その場に居並ぶ将兵たちがどっと歓呼の声を上げる。

 

「革命万歳!」

 

「神聖アルビオン共和国万歳!」

 

「新たなる我らの皇帝、クロムウェル閣下万歳ッ!」

 

「始祖に栄光あれ!」

 

 …………

 

 ……

 

「うむ、うむ。なんとも素晴らしく、そして輝かしい日だ!」

 

 クロムウェルはにっこりと笑って満足げに頷き、自分の座る高座の傍らに控えた女性たちに目をやった。

 

 その女性たちの体はまるで彫像のように均整のとれた堂々たるもので、露出の多い衣服と部分鎧とを身にまとっている。

 その隙間から見える肢体は逞しく、それでいて美しく透き通った肌には染みひとつない。

 背中からは純白の羽毛に覆われた大きな翼が生えているが、非人間的なその特徴でさえ、彼女らの美しさをまったく損なってはいない。

 単なる翼人だなどとは思えず、まるでヴァルハラの戦乙女か神の御遣いである天使かと思わせるような姿であった。

 

 事実、彼女らは自分たちのことを、聖戦のために始祖より選ばれたクロムウェルの元に遣わされた天使であると主張している。

 実際にその姿を見、その不可思議な力の一端に触れた将兵たちは、多くが最初の懐疑的な態度を改め、今では彼女らの言葉を真実であると信じていた。

 彼女らの後見を受けたクロムウェルこそが、始祖に祝福された真の『虚無』の使い手であるということも、同様に。

 

「彼らのこの姿を御覧になって、聖地奪還の使命を託された始祖ブリミルも、さぞやお喜びのことでありましょうな?」

 

 玉座の左右に立つ2人の女性は、彼の問いかけに対して魅惑的な笑みで答えた。

 それから、芝居がかった調子で口々に、うっとりするような甘い祝福の言葉を述べていく。

 

「愛おしく頼もしきクロムウェルよ。そして、勇ましき兵たちよ。我らの主は、もちろん、あなた方の行いに大変満足しておられますよ」

 

「その通りです。主は、いずれ必ずや、その行いに相応しい報いをあなた方にお与えになることでしょうね」

 

 それを聞いて、将兵の歓呼の声がまた一段と大きくなった。

 

「光栄です、天使たちよ」

 

 クロムウェルがかしこまって2人に御辞儀をすると、玉座の背後に影のように控えていた別の女性が、ごく短く事務的に祝辞を述べた。

 

「おめでとうございます、閣下」

 

「おお、ありがとう。ミス・シェフィールド」

 

 それは冷たい妙な雰囲気を漂わせた、二十代半ばぐらいの女性であった。

 細い、ぴったりとした黒いコートを身にまとっているが、このあたりでは見慣れぬ奇妙な出で立ちだ。

 司令官の傍らに控えているあたりからすればそれなりの地位にある人物なのだろうが、貴族の地位を表わすマントを身につけていない。

 

 このシェフィールドと呼ばれる女性は、いつの頃からかクロムウェルの傍に付き添い、彼の秘書として働いていた。

 だが、彼女の出自については、将兵たちの誰も確かなことは知らない。

 正体不明の、謎めいた女性であった。

 

「では、あなた方の活躍を見届けるために、決戦の折には私どもも戦場へ赴くといたしましょう」

 

「あるいは敵軍の中にも、最期を目前にして我らに従う道を選ぼうとする者がいるやもしれませんからね」

 

 天使たちはそう言って高座の傍を離れると、将兵たちの前に降り立った。

 そして、厳かに宣言する。

 

「我らが主の意志に従う、勇猛にして賢明なる兵たちよ。我らはあなた方と共にあります。信心深き者の前では、我らは常に、優しい守護者として振る舞うことでしょう!」

 

「そして、正しき道から外れた王族、主を信じぬ者たち。彼らの前では、我ら御遣いは炎の目をした破壊者として現れ、終わることのない血の渇きと死とをもたらすことでしょう!」

 

 おお、と、将兵たちの間から畏怖の声が漏れる。

 

「さあ。あなた方は明日、我らと共に不信心者どもを滅ぼすのです!」

 

「しかる後に、我ら御遣いは、あなた方忠良なる民の魂を余すことなく我らが主の元へといざないましょう!」

 

 天使の鼓舞と約束の言葉を受けて、再び熱狂的な歓呼の声が謁見の間に轟いた……。

 

 

「忌々しい……」

 

 誰の目もない私室に引き上げたシェフィールドは、憎々しげに顔を歪めながらそう吐き捨てた。

 

 シェフィールドは、あの連中が天使などではなく、その正体は悪魔……、デヴィルであるということを知っていた。

 なぜなら彼女の正体は、レコン・キスタの革命を密かに仕組んだガリア王ジョゼフの使い魔であり、あらゆるマジック・アイテムの性質を理解してその性能を最大限に引き出せる『神の頭脳』ことミョズニトニルンなのである。

 ジョゼフこそが真の『虚無』の担い手であり、クロムウェルはただ、司教時代に見せていたその優れた演説の才を買われて彼に選ばれた傀儡に過ぎない。

 クロムウェルが時折立てる優れた作戦も、彼が『虚無』と称して揮う力も、すべてはジョゼフが忠実な腹心であるシェフィールドを介して彼に授けたもの、ないしはあの偽天使どもの発案によるものだった。

 レコン・キスタの背後には神の加護などなく、あるのは彼女の主君の気紛れと悪魔の陰謀だけである。

 

 とはいえ、そんな紛い物の天使ととるに足らぬ傀儡に従った愚かな神軍気取りどもの行く末などは、彼女にとってはどうでもよいこと。

 彼女が苛立っているのはただ、愛する主君であるガリア王ジョゼフの身を案じてのことだった。

 

 心を震わせるような余興を求める彼の望みを叶えてやろうと、彼女はこれまでずっと、彼に献身的に尽くし続けてきた。

 ジョゼフにまとわり憑くデヴィルたちについても、その存在を不快には感じていたものの、彼らの提供するものが主を喜ばせているからこそ許容した。

 彼女の愛する主君は、どれだけ多くの人が死ぬところを想像しようと、世界が破滅するところを思い浮かべようと、自分は何の感慨も抱けぬと常々こぼしている。

 彼にとっては、悪魔によって世界が滅びようと、自分の魂が破滅しようと、大した問題ではないのだろう。

 主にとってデヴィルどもはいささかでも心を震わせてくれるかもしれない様々な娯楽を提供してくれる便利屋であり、一方で連中にとって主は有能かつ稀に見るほど都合のよい駒であるのに違いない。

 ジョゼフもそんなことは百も承知の上で、ただ、いくらかでも虚ろな心を刺激してくれる危険なゲームとしてそれを楽しんでいるのだ。

 

 そしてシェフィールド自身も、主と同様、他の人間や世界のことなどは、正直言ってどうでもよかった。

 たった一人を除いては、だが。

 

 デヴィルがアルビオンの王族やレコン・キスタの連中を破滅させようが、トリステインやゲルマニアを滅ぼそうが、シェフィールドの知ったことではない。

 それどころか、現在彼女が仕えているガリアを滅亡させようと、生まれ故郷である東方(ロバ・アル・カリイエ)の地を侵略しようと、それでも許容できぬというほどのことはないのだ。

 彼女は愛する人に必要とされてその傍にずっといられさえすれば、あるいはいつか彼の喜びのために一命を捧げる事が出来さえすれば、ただそれだけで幸せなのだった。

 

 事程左様に、召喚されてジョゼフと唇を重ねて以来、シェフィールドは彼のいかなる指示にも喜んで従い、盲従と言ってよいほどに尽くしてきた。

 そんな彼女だったが、最近になって、はたして本当にこのままでよいのだろうかと折に触れて疑念を抱くようになっている。

 といっても、主に対する彼女の愛情は強まりこそすれ、いささかも薄れたことはない。

 ただ、いかにジョゼフが優秀であり、かつ連中の力を必要としていようとも、それでもガリアに巣食うデヴィルどもはあまりにも危険過ぎる存在なのではないかと思い始めたのだ。

 

 主であるジョゼフは、そしてデヴィルたちは、彼女の能力を強く必要としている。

 古い時代の遺跡から発見されるマジック・アイテムの中には、既にこの世界では使い手が失われた、彼女でなければ扱えないような品がたくさんあったからだ。

 シェフィールドは主の求めに応じて頻繁にそれらの品々を使い、異界からさらに多くのデヴィルやその仲間を呼び込んだり、必要な魔法儀式の手助けをしたりなどしてきた。

 その過程で手にした道具から得た知識によって、彼女はこの世界の外に広がる多くの世界の存在を知り、同時に、自分たちが付き合っている連中がいかに危険な存在であるかということを深く理解していったのである。

 

 しかし……。

 

(だからといって、どうすれば?)

 

 そのことを自分の主に伝えたところで、おそらく彼は笑って流すだけだろう。

 

 それは彼が愚かさゆえにデヴィルを軽んじるからではなく、自分の保身に何の興味も持っていないからだ。

 しかし、シェフィールドにとってはそれこそがまさに最大の関心事だといってもよかった。

 奴らがやがてジョゼフを破滅させ、自分から永久に奪い去ってしまうのではないかということだけが、彼女の強く危惧することなのだ。

 

 このまま協力を続け、奴らが一層その力を増していけば、遠からず自分やジョゼフの協力を必要としなくなる時が来るだろう。

 そうなってしまえば、やがて訪れるであろう破滅を避ける術はない。

 

 かといって面と向かって協力を拒んだりすれば、無用になった自分が直ちに始末されることになるだけだ。

 ミョズニトニルンの力は強力なものだが、奴ら全員に自分一人だけで対抗などできようはずもない。

 レコン・キスタの将兵の前に頻繁に姿を見せる先程の堕天使(エリニュス)などよりも、遥かに強力なデヴィルが背後にまだ大勢控えているのだ。

 

 自分がデヴィルどもと戦って殺されれば、ジョゼフがその死を悼み、奴らを憎んで、協力するのを止めてくれるのではないだろうか……、という甘い期待も、一瞬心をよぎった。

 だが、現実的に考えれば、そんなことは望めそうもない。

 

(……私が死んでも、ジョゼフ様は奴らの求めに応じて、新たな『ミョズニトニルン』を召喚するだけだろう……)

 

 ジョゼフに対しては自分が一方的に盲従しているだけで、彼は自分を愛してくれてはいない。

 悲しいことだが、それははっきりとわかる。

 自分の命では、彼の心を揺さぶることはできないのだ。

 

(では、どうしたらいい?)

 

 主であるジョゼフは自分の考えに賛同してくれないだろうから、彼には黙って独断で行う以外にない。

 しかし、デヴィルの排除は自分一人では不可能だ。

 

 そうなると、信頼がおけてかつ有能な味方が不可欠だが、そんなものに心当たりはなかった。

 シェフィールドは生まれ故郷では神官の家の娘だったが、遠い異国の地まで来て自分のために協力してくれるようなつてはない。

 内乱の憂いを抱えたガリア国内にも、愚か者の巣窟であるレコン・キスタにも、信頼のおける人材を求めることはできない。

 大体、シェフィールド自身がジョゼフ以外の者のことはどうでもよいし信頼もしていないのだから、およそそんな都合のいい相手を見つけられるわけがないのだ。

 

 それに、デヴィルを排除するだけではせいぜい一時的な解決にしかならない。

 

 ジョゼフは自分の心を震わせるためなら、何を生贄に捧げても構わないと思っている。

 その行動は、時が経つにつれてますます危険なものになりつつあった。

 このままではたとえデヴィルのことが解決しても、いずれは彼が別の危険なものに手を出して、自ら破滅に向かうのは避けられまい。

 

 問題を根本的に解決するには、やはりジョゼフをなんとかして翻意させる以外にはないだろう。

 しかし、その方法は、シェフィールドにもまるでわからなかった。

 

 心を震わせてくれるなにかさえ見つかれば、きっと彼は満足して、今のような破滅的な振る舞いを止めてくれるはずだ。

 だが、一体何であれば彼の心を震わせうるというのか。

 惚れ薬などを用いて一時的に、偽りの情熱を心に吹き込むことでは、彼が満足してくれないのはわかっている。

 そして、真の情熱を呼び覚ます方法となると、まったく見当もつかなかった。

 

 弟のシャルル公を嫉妬のあまりに殺してしまったことを、彼はずっと後悔しているのだ。

 愛する弟のいない世界には、きっと彼の心を震わせられるものはないのだろう。

 シェフィールドは、ジョゼフの愛情を唯一注がれていたというその男のことが、心底妬ましかった。

 

「……本当に、忌々しいわ……」

 

 結局、何ら有効な解決策を見いだせぬまま、シェフィールドは憂鬱な気分でソファーに深く体を沈めた……。

 

 




エリニュス(堕天使):
 エリニュスは同じバーテズゥであっても、地獄に堕ちた定命の存在の魂から生まれた他のデヴィルとは根本的に異なる存在である。
彼女らはかつては上方次元界のエンジェルであったが悪に堕落し、フィーンドに成り果てた堕天使たちの子孫なのだ。
エリニュスは他のデヴィルとは異なり、人間にとっても魅力的に見える非常に美しい姿をしているし、天使に間違われやすいというその特徴を恥ずかしげもなく利用してのける。
その容貌は大変に美しいが、彼女らは単なる誘惑者に留まらず優秀な戦士でもあり、縦横無尽に瞬間移動して敵を翻弄しながら炎の弓をもってその頭上に燃え盛る矢の雨を降らせることで悪名高い。

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