Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia   作:ローレンシウ

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第百十八話 Companion

 

(ウーン……)

 

 ディーキンは、さてどうしたものかと考え込んだ。

 

 確かに、シエスタらの期待しているとおり、ここでウェールズらに本物の天使を呼び出してみせることは可能だ。

 借り受けた『魔道師の杖(スタッフ・オヴ・ザ・マギ)』を使えば、モヴァニック・デーヴァやモナディック・デーヴァを招来できるし、再チャージ可能なアーティファクトを用いるので、リソースの消費もほとんどなくて済む。

 ただ、招来したのが確かに天使かという証明は、ごく短時間の招来だけでは難しいかも知れない。

 

(なら、天使よりも悪魔のほうを呼んでみせるのはどうかな?)

 

 敵軍に加わっているのと同じデヴィルを招来して見せれば、彼らには一見してそれと分かるはずだし、こちらが敵の正体や能力について知っているという何よりの証にもなる。

 敵が神の使いだと主張している連中は、実は地獄の悪魔なのだと、わかりやすく説明することができよう。

 

 唯一の問題は、デヴィルのような悪属性の来訪者を招来することはそれ自体が悪の行為であり、するべきではないということだ。

 この場にマルコンヴォーカー(悪しき存在を呼び出す者)でもいてくれたら、問題はなかったのだが……。

 

「……よーし。それじゃディーキンは、反乱軍の人たちが神さまの使いだっていってるやつを呼び出してみせるよ。王子さまたちも、きっと見たことがあるんじゃないかと思うの」

 

 ディーキンは少し考えた後に、小さく頷いてそう言った。

 

 ここはひとつ、厳密には本物ではないが、《影の召喚術(シャドウ・カンジュレーション)》を用いて紛い物のデヴィルを作り出してみせるとしよう。

 偽のデヴィルを作る力の源はあくまで影であるから、それならば悪しき源から力を引き出す行為にはならない。紛い物の天使を作るのが善の行為にはならないのと同じことだ。

 この影術で作り出せるデヴィルは最下級のレムレーくらいだが、敵軍にバルバズゥ(鬚悪魔)などのデヴィルが加わっているのであれば、おそらくウェールズらも招来されるところを見たことがあるだろう。

 

「《スジャッチ・クサーウーウク……、ビアー・ケムセオー・レムレー!》」

 

 呪文が完成すると、一瞬周囲から影が湧きあがってディーキンの前に集まったように見えた。

 次の瞬間にはそこに血のように赤く輝く魔法陣が形成され、ぶるぶると震えるおぞましい肉塊のような生物が、地面から染み出すようにして姿を現す。

 

「……! こ、これは……。確かに、戦場で見たことがあるぞ」

 

 戦場で部下たちを率いて戦ってきたウェールズには、その姿に見覚えがあった。

 これまでに何度も、敵の攻撃の先陣を切って捨て駒のように集団で向かってきたり、混戦となったときにどこからともなく湧き出して集団でこちらの部隊を分断したりしてきた、おぞましい化け物だ。

 

 他の怪物どもと比べればそれほど手強い相手ではないが、見た目よりも頑強で、剣で切ったり銃弾を浴びせたり、弱い呪文で攻撃したりしてもなかなか倒れない。

 そのため、本来ならばもっと強力な敵に対して使いたい強力な呪文や砲弾をしばしば消耗させられてしまうのだ。

 反乱軍の連中は“不信心者を地獄へ導く御使い”だとかいっていたが……。

 

「ディーキンのいたところでは、こうやって誰でも呪文で呼び出せるようなものなの。神さまのお使いなんかじゃなくてもね」

 

 ディーキンはそれから、招来したモンスターが命令に従うことを示すためにいくつか簡単な指示を出して動かして見せながら、レムレーの能力や正体について説明していった。

 

 レムレーにはダメージ・リダクションと呼ばれる能力があり、善の属性を帯びている武器や銀製の武器以外による物理攻撃は威力を減じられてしまうため、それを知らない者には実際以上に頑強に見えることがよくある。

 また、火による攻撃はまったく受け付けないし、それ以外のさまざまなエネルギーに対してもかなりの耐性があるため、呪文による攻撃に対しても同じことが言える。

 その正体は地獄に堕ちた悪人の魂が作り変えられた最下級のデヴィルであり、神の使いでもなんでもない……。

 

 実際に目の前で操ってみせたことが効いたのか、これまでの戦いで見てきた敵の能力と説明の内容が合致するからか、あるいはルイズたちも事実だと保証してくれているからか。

 ウェールズらは、ディーキンの説明を意外にすんなりと信用してくれているようだった。

 これなら敵軍に加わっていると予想される他の連中についても話してよさそうだと判断したディーキンは、そのまま次々に説明をしていった。

 

 敵軍が天使として頂いている存在が、実際にはエリニュスと呼ばれるデヴィルであろうこと。

 そいつらが神罰を下す御使いと称しているおぞましい怪物どもも、すべてデヴィル、ないしはその他のフィーンドであろうこと。

 デヴィルは神の使いなどではなく、その目的は人間を破滅させて魂を地獄に堕とすことであり、始祖云々などというのはおそらくそのための方便に違いないこと……。

 

 そうして一通りの説明を終えると、国王は寝床の上でぽつりと呟いた。

 

「……では、あの連中は天使などではなく、悪魔だったというのか。この国は、悪魔にとり憑かれたのだと……」

 

 もはやこれまで、明日には潔く勇気ある死に様を見せるのみだと悲壮な決意を固めていたところに、突然の亡命の申し出があった。

 かつて名誉を奪った臣下の娘が目の前に現れて、残った忠臣たちのために恥を忍んで生き延びようと涙を飲んだところで、今また重大な新事実が判明したのである。

 次々と変わってゆく事態に、どう考えてよいものかと困惑するのも無理のないことだろう。

 

 それはおそらく、息子のウェールズも同じこと。

 その胸中では複雑な思いが渦巻いており、考えをまとめかねているに違いなかった。

 

 自分たちは決して神や始祖に見限られたわけではなかったのだということを、喜べばいいのか。

 悪魔などに目をつけられてしまったことを、嘆けばいいのか。

 臣民たちもおそらくは悪魔の姦計に絡めとられたのであり、必ずしも自らの意思で裏切ったわけではなかったのかもしれない。

 それは安堵するべきことなのか、それとも憂うべきこと、憤るべきことなのか……。

 

「……あまり突然で、正直なところ、まだどう考えていいのかさえ分からない。だが、教えてくれたことに感謝するよ」

 

 ウェールズはとにかく、そう言ってディーキンに頭を下げた。

 物思いに沈んでいたジェームズも、我に返ってそれに倣う。

 

「うむ……、彼奴らが正真正銘の悪魔だというのであれば、なんとしてでも勝たねばならぬ。ならぬが……」

 

「ディーキン君、君は我々にここで踏みとどまって圧倒的な数の敵と戦い、しかも玉砕せずに戦果を挙げて生き残れと要求しているわけだ」

 

 敵軍全体ではたしてどれだけの数の悪魔がいるのかは分からないが、10や20ではないことは確かだ。

 その正体や能力が明らかになったからと言って、明日の戦いで数万の熱狂した敵軍の陰に隠れてくるであろうそいつらの正体を暴いた上で始末するなどということが、この城に残ったわずかな戦力でできるだろうか?

 

「情けないとは思うが、君のもたらしてくれた情報があっても、私にはとても上手くやれる自信はない。他力本願なようだが、君には何か勝算があるのか?」

 

「ンー、一応は。相手の数とか種類とかを、もう少しちゃんと調べないと、はっきりとは言えないけど……」

 

 ディーキンは少し首をかしげてからそう言って頷くと、全員の注目が集まる中で、その方針について説明をしていった。

 

「ええとね。まず、こっちも天使を呼ぼうかと思うの」

 

「何? つまり、こちらも君が呼んだ偽者の天使を立てて、連中が特別ではないことを示そうというのか?」

 

「ううん。デヴィルの化けた偽者じゃなくて、本当のエンジェルを呼ぶの。本物と比べてみれば、これは偽者だっていうのがよくわかるでしょ?」

 

「じゃあ、ディー君はラヴォエラをここに呼ぶつもりなの? ……でも、それで上手くいくかしら?」

 

 キュルケが、横からそう疑問を呈した。

 

 確かに彼女には、一目でただの亜人ではないと納得させられるだけの雰囲気や力はありそうだが……。

 しかし、どうも若々しく純粋というか、世間知らずで猪突猛進なところがあって、敵に悪魔がいるなどと聞いたら作戦も聞かないうちに飛び出していきそうな感じがするので、そのあたりが少々不安だった。

 

 ディーキンはちょっと考えて、首を横に振った。

 

「イヤ、ラヴォエラには向こうに残ってもらうって、枢機卿のおじさんたちとも約束したからね」

 

 彼としても、ラヴォエラのことを信頼してはいるのだが、確かに彼女には定命の世界に不慣れで経験が不足している面があることは否定できない。

 今回のような仕事ではいろいろと思慮深さや慎重さも求められるだろうし、そういった面で少々不安だった。

 それに彼女一人では、あまり大勢のデヴィルを相手に戦うことはできまい。

 アストラル・デーヴァは平均的なエリニュスよりは強いはずだが、そこまで飛び抜けた力を持っているというわけではないのだ。

 

 まとまった数のセレスチャルの部隊を呼び寄せることができればいいのだが、そこまで多くの資産やスクロールの備蓄はないので、ここは量ではなく質で勝負するべきだろう。

 高レベルの冒険者は、しばしばわずか数人のパーティでもって、戦争の勝敗を左右するほどの大活躍をすることができる。

 それと同じで、数は少なくとも強力なセレスチャルを招請すれば……。

 

「ディーキンには、他にも天使の知り合いがいるから、今度はその人に頼んでみることにするよ」

 

 そう言いながら、ディーキンはウェールズのほうにじっと目を向けた。

 

「……なんだい?」

 

「ええと。ちょっと、言いにくいお願いなんだけど」

 

「何かは知らないが、遠慮なく言ってくれ。君には大きな恩義があるし、本当に天使が我らを助けてくれるのならば惜しむものなどないよ」

 

「じゃあね。その、天使の人たちは、いいことのために働くのはもちろん大好きだけど。他にも仕事があるから、どうしてもただで働くわけにはいかないってこともあるの……」

 

 ディーキンはそう言いながら、ウェールズの顔から、彼の手に視線を落とす。

 彼はそこに、アンリエッタがしていたものと対になる『風のルビー』があることに既に気が付いていた。

 

 これは彼ら自身の国を救うための戦いでもあるのだから、そのくらいの支払いを求めても強欲だということにはならないだろう。

 天使を招請するための対価として、あれを正式に貰い受けることができないだろうか?

 とはいえもちろん、実際には指輪を金銭に換えて天使への支払いに使おうというわけではない。

 始祖の指輪を所有できれば手元にある書物と合わせてルイズのために非常に役に立つだろうし、この戦いの役に立つような呪文が新しく見つかる事だってあるかもしれない。

 

 その視線に気が付いたウェールズは、ちらりと寝床の父のほうを窺い、彼が頷いたのを見ると躊躇することなく指輪を抜き取ってディーキンに差し出した。

 

「この指輪は国宝のひとつだが、国自体がなくなろうかという危機に際して惜しむようなものではない。もしも足りないようなら、他にもこの城に残っているものは何でも好きに使ってもらって構わないよ」

 

「ありがとうなの。ディーキンは、期待にこたえられるように努力するよ!」

 

 指輪をルイズに預けながらにっこりと笑ってそう言うと、ディーキンはさっそく招請の準備に取り掛かった。

 スクロールケースから《上級他次元界の友(グレーター・プレイナー・アライ)》の巻物を取り出して、邪魔が入らないように皆から少し離れた場所へ移動すると、厳かな調子で詠唱を始める。

 この呪文の発動には、ごく短時間の招来を行なう《怪物招来(サモン・モンスター)》などよりもずっと時間がかかるのだ。

 

「《アーケイニス・ヴル…… ビアー・ケムセオー……  ヴァル・ナ、ミト・ラ……》」

 

 最初はゆっくりとした低い声で、歌うように。

 それから進むにつれて次第にトーンが上がり、詠唱には熱が篭っていく。

 

 やがてディーキンの目の前の床に仄かに輝く美しい黄金や白金の色をした召喚の魔法陣が浮かび上がり、幾重にも連なってその輝きを増していった。

 周囲の者たちも、何が起こるのかと固唾を飲んで見守る。

 

「―――― 忍耐強き者よ。眠り続け、そして目覚めた者よ。我が友セレスファーよ……。願わくば、永遠の楽土より今、この場所へ!」

 

 10分にも及ぶ長い詠唱の果てに、強く呼びかけるような声で、最後の言葉が紡ぎだされた。

 その声に呼応するように、魔法陣は眩い光を噴き上げ、その光が輝く金属光沢を帯びた羽根の渦になって、天界からの召喚の門を形作る。

 その位相門の奥から自身の名を呼ばれた神々しい存在がこの世界へと近づいてくるとともに、ひときわ美しいエメラルド色の光が溢れ出して部屋を満たした。

 

「ううっ……!?」

 

「ま、眩しいっ……!?」

 

 じっと見つめ続けるにはあまりに力強く神々しいその光に、召喚に携わるディーキン以外の者たちは、反射的に目を瞑って頭を伏せる。

 

 やがて光の量が弱まり、ばさりという羽音がして、異世界から呼ばれた存在がこの場に降り立った。

 同時に、静かで力強い声が元の明るさを取り戻した部屋の中に響く。

 

「この再会を感謝しよう、我がかけがえのない恩人よ。そして新しく出会う人々よ、はじめまして。ここは聞いたこともない世界のようだが、多元宇宙は広いからな。奇跡のようなこの出会いが、互いにとって喜ばしいものとなりますように」

 

 その声にようやく細めた目を開いて顔を上げ、召喚された存在を目にしたルイズらは、思わず恍惚とした溜息をこぼした。

 

「……ああ」

 

 直視できぬほどの眩い輝きこそ収まったものの、その姿はあまりに力強く、そして神々しい。

 あのラヴォエラにも一目で天使だと信じさせるに足るこの世ならざる高貴さが感じられたが、この天使はさらにその上を行っていた。

 

 身の丈は2メイル半を優に超えており、その体はゆったりした純白の長衣と、象眼の施された黄金色の鎧とで覆われている。

 その隙間から見える均整のとれた筋肉質な肉体は滑らかなエメラルドの色合いをしており、フルフェイスの兜の奥に見える目はサファイアのような青い輝きを放っている。

 背には純白の羽毛のある翼を持ち、その体全体が神聖さを感じさせる美しい光に包まれていた。

 

「お、お……!」

 

 アルビオンの王族たちも、これこそが真の天使だということを直ちに確信した。

 これまでは反乱軍が掲げていた“天使”も、敵ながらあるいは本物なのかもしれぬとも思えていたが、今目の前にいる存在に比べれば凡庸もよいところだ。

 一点の曇りもなく美しく思えるエリニュスの肌や翼も、本物の天使のそれと比べてみれば血の色が浸み込んで汚れ、輝きがくすんでいることは一目瞭然であった。

 

 ディーキンだけは、畏敬の念に打たれるでもなく、いつも通りの調子でにこやかにその天使に話しかけた。

 

「お久しぶりなの。あんたは何だか、前より格好よく見えるよ。ねえ、その素敵な鎧や兜は、エリュシオンかセレスティアで売ってるの? ディーキンが着られるサイズのもあるかな?」

 

 この天使は、以前にディーキンがボスと共に九層地獄を旅していた時、そこで出会った『眠れる者』と呼ばれるプラネターだ。

 彼は自分の魂と結び付けられた真の想い人を探すために、その女性との出会いが約束された場所でずっと眠りながら待ち続けていたが、ボスの働きによってついに念願かなって、その女性が何者であるかを知ることができたのだった。

 心からボスとその仲間たちに感謝しながら、彼は地獄を後にして自分の家のあるエリュシオンの楽土に帰っていったのだが、今回はその時の縁を頼みにこうして呼び出させてもらったというわけである。

 

「いや、これは前から持っていたものだよ。ずいぶん長い間仕事を休んでエリュシオンを留守にしてしまったが、またフィーンドと戦う役目に戻るために武装しているのだ」

 

 眠れる者は律儀にそう答えると、ちょっと首を傾げた。

 

「……今回私を呼び出したのは、そのためなのか? 君が同じものを欲しいというのなら、以前にこれを作ってくれたハンマー・アルコンの鎧鍛冶に頼んでみるが」

 

「アア、イヤ、そうじゃないの。実はね――」

 

 ディーキンはそれから、これまでのいろいろな事情をかいつまんで説明していった。

 人間の戦いに通常セレスチャルが介入しないことは知っているが、敵軍の背後にデヴィルがいるとわかった今こそ彼の助力を必要としているということを伝え、協力してくれないかとお願いする。

 

「せっかく、その。好きな人を見つけたあんたを、呼び出したりして申し訳ないんだけど……」

 

 ディーキンが申し訳なさそうにそう言うと、眠れる者は困惑したように小さく首を振った。

 

「……申し訳ない? なぜ? 友よ、正しいことをするのを後ろめたく思うべきではない。私は愛する人と出会えるときをずっと待っていて、君たちのおかげでそれが叶った。今しばらくの間、また待つことはできる。運命がどんなに虚ろでも、心は既に満たされているよ」

 

 それから、アルビオンの王族たちの方に向き直る。

 

「この地からデヴィルどもの脅威を取り除くために、私にできることがあるならもちろん協力しよう。邪悪と向き合う君たちを、神が祝福しますように」

 

「おお、感謝いたします、天使殿……」

 

 感極まったように震える声でそう言いながら、跪いて敬虔に首を垂れる父子の姿を見て、しかしプラネターはまた困惑したようだった。

 

「私に頭を下げないでくれないか? そんな態度を示されると落ち着かないのだ。悪と戦う機会を与えられたことを感謝するのは私の方だし、今日までここで邪悪と戦い続けたのは君たちだろう。やってきたばかりの私が敬われる理由はないはずだ」

 

「しかし、神と始祖の御使いである天使のお方に……」

 

「すまないが、私は君たちの始祖のことは知らないよ。善を祝う方法は千差万別だ、一つとは限らない。私は偉大な栄光に仕える天使だ。私に価値を見出すならば、私よりも高貴な愛や美があることも知るといい」

 

「恐れながら、国王陛下。本当の天使というのは、崇拝を求めるものではないそうですわよ?」

 

 キュルケが横からそう口を挟むと、すっと前の方に進み出た。

 

「はじめまして、美しい方。私はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。二つ名は『微熱』、ディーキンの友人ですわ。これから共に戦う戦友になるのですから、よろしければキュルケと呼んでくださいな」

 

 そう言って差し出した手を、眠れる者はしっかりと握った。

 

「よろしく、キュルケ。私のことは、ただプラネターと呼んでくれ。君のような勇敢な女性がこの場にいたことは、デヴィルどもにとってはまことに不運だったな」

 

 それを見て、他の仲間たちも次々と彼の傍に集まり、順番に自己紹介をしては握手を求めた。

 最後に、互いに顔を見合わせて苦笑した王族の父子が挨拶をした。

 

「ウェールズ・テューダーだ。確かに、共に戦う戦友に天使も人間もないな。よろしくお願いするよ」

 

「ウェールズの父、ジェームズです。後ほど宴の席を設けることになっておるので、そこでこの城に残った臣下の者たちにも挨拶をしてやってくださらぬか」

 

 眠れる者が快く承諾してくれたところで、ディーキンが今後の打ち合わせをすることを提案した。

 

 何せ、決戦は明日の正午だというのだから、敵をどう迎え撃つか決断して準備を整えるのに、あまり時間の猶予はない。

 今夜は宴の席を設けるとのことだったが、明日玉砕して終わりならいざ知らず、勝つつもりで戦うのであればただ楽しく騒いで終わりというわけにはいくまい。

 事前に自分たちで大筋の流れを決定しておき、宴の場で兵士たちをもう一度勝つ気で戦ってくれるよう鼓舞するとともに、翌日の作戦を伝達してやらなくてはならないだろう。

 それに眠れる者には、この世界の魔法や兵器、この世界特有の種族などについても、できる限りのことを説明しておかなくてはならない。

 

 全員がそれに同意してくれたので、さっそく全員で寝室の机を囲んで、話し合いが始まった。

 

 

「軍隊にいるそんなに強くないデヴィルとかは、この城の兵士の人たちに倒してほしいの。敵の兵士はなるべく狙わないで、フィーンドだけを狙うようにして」

 

「私が前に出て戦うのではないのか?」

 

「最初からあんたが出ていったら、きっと後ろの方にいる連中は逃げ出して、上の方にいるもっと強いデヴィルに報告して態勢を立て直そうとするよ。明日の戦いが終わった後でばれるのは仕方ないけど、それまではなるべくこっちのことを知らせない方がいいんじゃないかな?」

 

「なるほど。だが、定命の兵士はセレスチャルではないのだから、フィーンドと戦うに際しては武器に善の属性を与えねば効果は期待できないだろう。それはどうするのだ?」

 

「ンー、そうだね。……シエスタにお願いするのは、どうかな?」

 

「……え、ええ!? 先生、私にできることなら何でもしますけど。でも私には、そんな力は……」

 

「イヤ、《武器祝福(ブレス・ウェポン)》のワンドをあげるから、兵士の人たちの武器にそれを使ってくれればいいの。使い方は後で教えるから。十人くらいで銃で狙い撃つとかすれば、弱いデヴィルやバーゲストくらいなら、きっと倒せるはずだよ」

 

「うむ、ある程度持ちこたえて偽者の“天使”とやらを前線の方に引っ張り出さないことには、化けの皮を剥がすも何もないだろう。最初から前に出てきてくれれば、話は早いが……」

 

「問題は、敵の数だね。申し訳ないが、一体どのくらいいるのか、正確なところがわからないんだ」

 

 ウェールズにそう言われて、ディーキンは考え込んだ。

 

「ウーン……。やっぱり、今日のうちに一回敵の軍隊を調べて来た方がいいんじゃないかな。デヴィルとかの大体の数がわからないと、作戦も立てにくいから……」

 

「駄目」

 

 ディーキンの提案を、タバサが即座に止める。

 

「ねえタバサ、ディーキンは別に死にに行こうっていうんじゃないよ。なんとかやれると思ってるから……」

 

「あなたはこの作戦の中核。万が一のことがあったら、たとえあなたの仲間が助けに来てくれるとしても明日の戦いにはきっと間に合わない。負けてもいいのでないなら、そんな危険は冒させられない」

 

「……ウーン」

 

 それは筋の通った理由のようだったので、ディーキンも考え込んだ。

 確かに、連絡を受けたボスが助けに来てくれるにしても、明日の戦いには間に合わないかもしれない。

 ここにいる眠れる者が助けてくれるかもしれないが、彼にまで何かあったら、それこそどうにもならなくなってしまうし……。

 

 では、どうしたらいいだろうか?

 

 直接潜入せずに《詮索する目(プライング・アイズ)》のような呪文を使うという手もあるが、いくら小さくて発見されにくいとはいってもさすがに数万の目が光っている場所へ十数個の魔法的感知器官を送り込んだら、そのうちのどれかが見つかってしまう危険は高い。

 デヴィルにそのことが伝わったら、自分たちの世界の呪文を使う何者かが敵の中にいるとばれてしまう。

 

 タバサやフーケ、コルベールなども腕利きではあるが、デヴィルを含む数万の軍勢の目が光っているただ中へ偵察に行ってもらうのはさすがに危険が大きすぎるだろう。

 それに第一、彼女らはデヴィルに詳しくないから、その数の把握と言われてもどれがデヴィルでその名前がなんであるかを判別することからして難しいはずだ。

 結局、ある程度知識を持っていて偵察に行けそうなのは、この場では自分と、あとは眠れる者しかいないわけだが……。

 

「ふむ。私がやってもいいのだが……、生憎と、あまり隠密行動は得意ではないんだ。誰か得意そうなものを、呪文で呼んでみるか?」

 

「ンー……」

 

 ディーキンは少し悩んだが、結局それが一番いいかもしれないな、と結論した。

 眠れる者に頼んで呪文を使ってもらい、誰か隠密行動が得意な別のセレスチャルをこちらに呼んでもらうのだ。

 ちょっと他力本願なようだし無関係な者を巻き込むのも後ろめたいが、セレスチャルならばデヴィルとの戦いには喜んで協力してくれることだろう。

 

 あと問題があるとすれば、そのセレスチャルの知識や技量が確かなものかどうかということだ。

 人格的に信頼がおけるのはセレスチャルならば当たり前のことだが、それと能力面とはまた別の問題である。

 見つからずに無事、正確な情報を携えて戻って来られるだけの者でなくてはいけない。

 

 クア・エラドリンやルピナル・ガーディナルなど、隠密行動が得意な者はセレスチャルには大勢いる。

 とはいえ、個人的に知っていて間違いのないセレスチャルとなると、ラヴォエラと眠れる者の他にはいない。

 眠れる者の方で誰かよい人物に心当たりがあるなら、彼に任せようか……。

 

(……あ)

 

 ディーキンはそこでふと、ある人物のことを思い出した。

 

 そういえば、今なら分かる。

 あの人の正体はセレスチャルだったのだと。

 能力的にも間違いはないが、ただ、問題があるとすれば……。

 

「ねえ、プラネター。ディーキンはよさそうな人を、一人だけ知ってるんだけど……」

 

「何か問題があるのか?」

 

「うん。残念だけど、その人の名前を知らないんだよ」

 

 特定の個体を特に指定して招請を求めるには、その相手の名前を知らなくてはならないのである。

 

「……でも、どんなことをした人かはわかるの。もしかしてあんたが、その人の名前を知ってるかもしれないと思って」

 

 ディーキンはそう前置きしてから、その人物について説明を始めた。

 以前、ボスと出会うよりももっと前に、ただ一度だけ会って話したことのある人なのだ。

 

「ええとね。その人は、『英雄王スレイと、征服者グレイの物語』を最初に歌った人なの。昔はエルフで、今はたぶん、エラドリンになってて……」

 





デーヴァ(天人):
 デーヴァは善の来訪者であるエンジェルの中で最も一般的で数が多い者たちであり、悪と戦う兵卒にあたる。
モヴァニック・デーヴァ、モナディック・デーヴァ、アストラル・デーヴァなどの種類があるが、いずれも美しい翼を背中に持つ凛々しい人間のような姿をしている。
彼らはしばしば善の勢力によって召喚されることや、祝福されし神々の先触れとなることで、多元宇宙のさまざまな戦闘に関与する。
虚飾は嫌っているが、物質界に赴く際には死すべき存在の習慣を考慮して、簡単な腰布や衣類を身にまとっていくことが多い。
デーヴァは天上語(セレスチャル)、地獄語(インファーナル)、竜語(ドラコニック)を話すが、タンズの生得能力によって言語を持つすべてのクリーチャーと意思の疎通が可能である。

マルコンヴォーカー(悪しき存在を呼び出す者):
 デーモンやデヴィルなど、下方次元界の呪うべき存在とあえて契約を交わして巧みに騙すことで、悪に対して悪をぶつけようとする召喚術の使い手。
通常、悪の存在を召喚する行為は術者自身も悪に染まってしまう危険をはらんでいるが、マルコンヴォーカーはそのような行為を日常的に行っても自身の属性が変化する恐れがない。
彼らは人々から遠からぬ堕落と破滅への道を歩む無謀な愚か者と見られながらも、あえて悪との危険な騙し合いを続けようとする、善なる無頼の上級クラスである。

レムレー:
 レムレーは地獄に落ちた悪の魂が責め苛まれ、何もかもを搾り取られた末に転生させられた最下級のデヴィルであり、苦痛と憎悪に満たされて震えるおぞましい肉塊である。
前世の記憶も精神もほとんど持ち合わせていないが、より上位のデヴィルからの命令には忠実に従う。
デヴィルに共通する抵抗力や耐性に加えて、知性を持たないがゆえに精神に作用する呪文や効果にも完全耐性があり、また若干のダメージ減少能力も持ち合わせているため、並みの人間の兵士となら正面から戦えば勝てるくらいの強さはある。
他の者よりも優れた能力を持っているか、あるいは単に運がよかったためにある程度の期間生き延びられたごく一握りのレムレーは、上司の目に留まることでより上位のデヴィルに“昇格”することがある。

バルバズゥ(ビアデッド・デヴィル、鬚悪魔):
 バルバズゥは地獄の軍隊においては軍曹のような地位にある下級デヴィルであり、レムレーの雑兵を従えて敵と戦う突撃兵である。
知力こそ低いものの、彼らには回数無制限でグレーター・テレポートを使用する能力があり、前線の防衛役を飛び越えて直接敵の本陣へ斬り込んでゆくことができる。
彼らの持つおぞましい鋸歯の薙刀でつけられた傷は自然には塞がらず、適切な治癒を受けるか死ぬまで流血し続ける。
また、その名前の由来となっている汚らしく硬い顎鬚によって傷つけられた者は、極めて自然治癒しにくい“悪魔風邪”と呼ばれる病に感染してしまうことがある。
1日につき1回、最低でも2体、最大で20体までのレムレーか、同じバルバズゥ1体のどちらかを地獄から招来する能力も持っているが、これは常に成功するとは限らない。

プラネター(惑星の使者):
 プラネターはエンジェルの中でも強大な存在であり、セレスチャルの軍隊を率いてフィーンドと戦う天界の将軍である。
無数の魔法的な力を持ち、最高レベルのクレリック呪文をも使いこなす彼らはしかし、強力な魔法の大剣を振りかざして近接戦闘にも進んでその身を投じる。
プラネターは2メートル半を優に超える長身で、エメラルド色に輝く肌と、白い羽毛のある翼を持っている。
彼らはいかに巧妙な偽りや幻覚であろうとも一目見ただけで看破することができ、悪の属性を帯びた武器か悪の副種別を持つ呪文による攻撃以外では決して致命傷を負うことはないとされる。

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