Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia   作:ローレンシウ

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第百二十話 Mystic shadow

 

 眠れる者が呪文を唱え終わると異世界からのゲートが開き、しばらくして強大な存在が近づいてくる気配が感じられた。

 

 妖精の輪のような形をした転移門の周りをちらちらと瞬く多彩の輝きが彩りはじめ、紫に煌く鱗粉のような光の粒がその奥の方から溢れ出してくる。

 眠れる者自身が招請されたときの荘厳な光景とはまた異なるが、幻想的な美しい眺めだった。

 どうやら『星界の竪琴』ウィルブレースは、彼の招請に応じてくれたようだ。

 

 やがて、紫の煌きがひとつのところに集まって仄かに輝く大きな球体状になったかと思うと、いつの間にかその場所に、この世のものとも思えぬほど美しいエルフのような姿をした女性が佇んでいた。

 

 彼女は背がすらりと高く、神秘的な黄金色の輝きをその身に帯びていて、瞳の色は明るい紫色。

 常に色合いを変化させながら尽きることなく湧き出ては流れ落ちる星のような不思議な輝きに彩られた、豪奢なローブを羽織っている。

 そしてその手には、貴金属で作られた美しく上品な八弦の竪琴を携えていた。

 

「――――この度は、お招きに預かりまして光栄です。詩人ウィルブレース、参上いたしました」

 

 女性は、まずは周囲に対して優雅にお辞儀をして、音楽的な美しい声でそう挨拶をする。

 ディーキンには、彼女が間違いなく昔出会った“エルフの女詩人”であることが、一目でわかった。

 

 懐かしさと嬉しさが込み上げてきて、一瞬昔のように彼女に飛びついていきたくなったが、そこはぐっと我慢した。

 彼女を召喚したのはあくまでも眠れる者であって、当然ながら彼がまず第一に彼女と話し、用件を伝えて交渉する権利を有しているのだ。

 それを差し置いて自分が出て行くのは、二人に対して失礼と言うものだろう。

 

 それに、もしかしたら彼女は自分のことなどすっかり忘れているかもしれないという不安もあった。

 自分にとっては特別な出会いでも、彼女にとってはただ変わり者の未熟なコボルドの詩人とたまたま遭遇してほんの少し話したというだけの、取るに足りない出来事だったはずだ。

 眠れる者に召喚を任せたのも、単にアイテムなどの消費を抑えたかったからというだけでなく、エンジェルである彼のほうがコボルドの自分よりも信頼性が高く、召喚に応じてくれる見込みが高いだろうという考えがあったからである。

 

「はじめまして、かつて『眠れる者』と呼ばれた忍耐強く高貴な愛を知るお方よ。あなたのような方からお声をいただいたことは、嬉しい驚きです。御身の上に、エリュシオンの永久なる平穏がありますように」

 

 女性はゆっくりと周囲の様子を確認すると、にっこりと微笑んで、自分の召喚者に向けて会釈をした。

 彼女の所作や声には、それがどんなに些細なものであっても、そのすべてに定命のいかなる貴族や王族とも比較できない犯しがたい気品のようなものが感じられる。

 

 眠れる者はそれに対してやや意外そうに首を傾げながらも、丁重に挨拶を返した。

 

「御身の上にこそ平穏あれ、ウィルブレースどの。……地獄の底でずいぶんと長い間眠り続けていたのだから、私の名など天界ではとうに忘れられたものと思っていたが。あなたのような若いセレスチャルが、私のことを知っているのか?」

 

「まあ。あなたのようなご高名な方のことを、詩人である私が知らないはずはないでしょう?」

 

 ウィルブレースは口に手を当てて、楽しげに笑った。

 それから、叙事詩の一節をそらんじるような調子で、言葉を続ける。

 

「かつて永遠の楽土であるエリュシオンの地を後にし、ただ一人の愛すべき人を求めて、過酷なるバートルの地獄界へ向かった天使がいた。彼はあらゆる場所に関する質問に答えられるという古バートリアンに出会い、いつか真なる想い人と出会える場所を尋ね、その時がたとえ幾星霜の後であろうとも待とうと決意すると、カニアの門で眠り続けた……」

 

 ディーキンは、うんうんと頷いた。

 まるでロマンチックなおとぎ話のような内容だが、それが事実であることを、ディーキンは目の前の眠れる者本人にバートルで出会って知っている。

 

「……まだほんの小娘だった頃には、自分があなたの想い人であったらと夢見たこともありました。けれど、当時の私にとってはあくまでもあなたは物語の中の存在で、別の世界の住人でしたわ」

 

 そう言いながら、ウィルブレースは今度はディーキンのほうを見て、優雅にお辞儀をした。

 

「その方と、今、こうして出会うことができた。きっと、あなたが彼と私を引き合わせる機会を作ってくれたのでしょうね。こうしてまたお目にかかれて光栄です、ディーキン」

 

 ディーキンはぱっと顔を輝かせて、てってと彼女の傍に駆け寄った。

 

「オオ……、覚えててくれたんだね、お姉さん。久し振りなの、ディーキンはまたあえて嬉しいよ!」

 

「ええ、お久し振りです。……もちろん覚えていますけれど、そうでなくてもあなたの名前は最近よく耳にいたしますわ」

 

 そういわれてきょとんとしているディーキンの顔を見て、ウィルブレースはまた楽しげにくすくすと笑う。

 

「今のあなたは、ご自分で思っているほど無名ではありませんよ。地獄帰りの勇者たち、カニアに降り立った一群の光明、大悪魔をも退けた真の英雄の一団……」

 

 歌うようにそう言いながら、ディーキンの傍にかがみこむと彼の手をそっと握った。

 彼女の声は、まるで生きた音楽のように流れ、弾み、常に耳に心地よい。

 

「その一人は、鱗を持つ小さな歌い手……、英雄ディーキン、あなたのことです。かの大悪魔メフィストフェレスをレルムから退けたことが、いかに大きな偉業か。私たちエラドリンに、それがわからないはずはないでしょう?」

 

 ウィルブレースの言葉を聞いて、ルイズら同行者たちは様々な思いを胸に、互いに顔を見合わせた。

 彼の冒険の話は、度々聞いてはいたが……。

 

 ディーキンはそれに対して、照れくさそうに首を振る。

 

「イヤ、そんなでもないの。ディーキンはがんばったけど、大して役には立てなかったよ。ボスがいなかったら、あいつらと戦おうだなんて思いもしなかっただろうし……」

 

「ええ、あなたがそういうのは当然ですね。英雄は自分のことを誇らず、詩人は自分を称える歌を歌わないもの……」

 

 ウィルブレースはそう言ってにっこりと微笑むと、身を起こして、今度は周囲にいる他の人々の様子を窺う。

 そのほとんどは人間のようだが、彼女にとっては見慣れない人種だった。

 そもそもこの場所自体、どこかの物質界のようではあるものの、初めて訪れる世界である。

 

(感嘆、警戒、困惑、……敵意?)

 

 さまざまな感情がそれらの人々から自分に向けられているのを感じ取って、ウィルブレースは首を傾げた。

 それから、改めて自分の召喚者である眠れる者のほうへ向き直る。

 

「どうやら、私をあまり歓迎してはくださらない方もいらっしゃるようですが……。この度の召喚は、どのようなご用向きなのでしょう?」

 

 

「……なるほど、状況は一通りは理解いたしました」

 

 眠れる者やディーキンが中心となってした説明を聞き終えると、ウィルブレースは大きく頷いた。

 

 この世界の特殊性についても、そしてそこにやってきたデヴィルがいかに危険な存在であるかも、彼女にはよくわかった。

 こちらではエルフと人間とが敵対していると言う歴史的経緯についてもディーキンが軽く触れたので、あまり友好的でない人間が周囲にいる理由についても納得がいった。

 それとは違う理由でこちらを警戒している者も混じっているような気がしたのだが、深く問い詰めることはしないでおく。

 

「デヴィルは、我らエラドリンにとっても大敵。何処の世界においても、彼らと戦う機会を与えられて拒む理由などありません。私にできることがあれば、喜んでご協力いたしますわ」

 

「ありがとうなの、お姉さん。お礼は、何をあげたらいいかな?」

 

 ディーキンはぺこりと頭を下げると、そう尋ねた。

 

「見返りなどは無用……と、申し上げたいところですが。私としては、是非とも求めたいものが――」

 

「待ってくれ、これは本来我々アルビオンの民の戦いなのだから、報酬はこちらで支払おう。残ったものは少ないが、もし足りないようなら、戦いが終わった後まで待ってもらえれば必ず満足のいくものを用意する」

 

 横合いからそう申し出たウェールズに対して、ウィルブレースはにこやかに微笑んで首を振った。

 

「いえ、財貨の類ではありません。求めたいのは、私にあなた方の武勲を近くで見届けさせてほしいということです。そして、それを歌にして様々な場所で語ることを許していただけませんか?」

 

「……歌?」

 

「ええ。まだ顛末はわかりませんが、きっと素晴らしい物語になる。もちろん、今回の件のほとぼりが冷めるまでは公開を控えますが……いけませんか?」

 

「アー、ディーキンもそれは歌わせてもらうつもりだったけど……いいかな?」

 

 至って真面目な様子の詩人2人を見て、ウェールズ皇太子とジェームズ王は困惑したように顔を見合わせた。

 

「……ああ。それは、もちろんだが……。命がけの仕事になるというのに、本当にそんなことを?」

 

「そんなこと? 本物の英雄の物語に間近で接する機会は、どんな財貨にも換えられるものではありません。その本当の価値は、詩人でなければ分からないものかもしれませんが」

 

「そうそう、そうなの。こっちがお礼をしてもいいくらいだよね!」

 

 ディーキンはしきりにうんうんと頷いて、同意を示した。

 

 自分だって、ボスともう一度大冒険の旅に出られるのであれば、たとえそれがどんなに危険なものであっても、全財産をはたいてもその機会を買うだけの価値はあると考えるだろう。

 本物の冒険を目の当たりにすること、自分もその中に加われることが、どんなに素晴らしいか……実際に体験してみなくてはわかるものではないが。

 そのことを知るきっかけを与えてくれたのは今目の前にいる先達の詩人で、実際にそれを実感させてくれたのがボスだったわけだ。

 

 それでもなお納得のいかなさそうな様子でいるウェールズらに対して、ウィルブレースは話を続けた。

 

「それに、もしお金が欲しいと思ったなら、その歌を代価と引き換えに披露したり本にまとめたりして稼げばよいのです。もし必要でしたら、私はその歌ひとつでこのお城を丸ごと買い取れるくらい稼いでみせますわ」

 

「……城を……、このニューカッスルは小城だとはいえ、歌で買い取る、と?」

 

「む……」

 

 彼女の言葉にどう反応してよいものか困った様子で、アルビオンの王族たちは顔をしかめていた。

 

 それは一体、金なしの王族だと同情されているのか、見下されているのか。

 あるいは、詩人としての気概を見せようという大言壮語なのか……。

 

 二人とも、明らかに自分の今の言葉を本気にしていないようなのを見てとると、ウィルブレースは肩をすくめた。

 

「……ご納得いただけていない様子ですね。働きに対して正当な対価を支払わなければ、というのは高貴な義務感かとは思いますが……」

 

 彼らが自分たちのことを見くびられた、哀れまれたと感じたのであろうことは理解できるが、彼女からすればその反応こそが、詩人に対する過小評価というものだった。

 そこで、ディーキンがくいくいとウィルブレースの袖を引っ張る。

 

「ねえ、お姉さん。今夜、明日の戦いに備えて打ち合わせを兼ねてパーティをするらしいの。そのときに、一緒にこの城のみんなに歌を聞かせてあげたらどうかな?」

 

 彼からそう提案されて、彼女は二つ返事で快諾した。

 要は、本物の英雄の歌にどれだけの価値があるのか、詩人として自分たちが観客に証明すればいいのだ。

 

 そうして必要な話が済むと、ウィルブレースは竪琴をおいて立ち上がった。

 

「では、私が当面するべき仕事は、敵陣の視察を行って戦力の把握をすること……ですね。早速向かいましょう、今夜の宴には間に合わせなければ――」

 

 

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(……あれか)

 

 目的の場所であるレコン・キスタ軍の野営地の傍に到達すると、ウィルブレースはしばらくの間、さてどのようにとりかかろうか……と考えを巡らせた。

 

 現在の彼女は、空中に浮かぶ直径2メイルあまりの虹色の光を放つ球体の姿をとっている。

 すべてのエラドリンはヒューマノイド形態のほかに、このような別の形態をもうひとつの真の姿として有しているのだ。

 この形態は非実体なので、彼女が故意に音を立てようと思わない限りは完全に無音で移動することができるし、その際に地面を振動させたり空気の流れを乱したりすることもない。

 

 ウィルブレースはさらに、《上級不可視化(グレーター・インヴィジビリティ)》の擬似呪文能力を常に維持するように気をつけていた。

 これで彼女は姿が見えず、音も立てず、その他の存在を示す手がかりもほとんど残さないため、まず見つかる心配はない。

 

 ただし、周囲に《真実の目(トゥルー・シーイング)》を持つデヴィルがいないかだけには気をつけておかなくてはならなかった。

 エリニュスなどの一部のフィーンドが有する《真実の目》の能力は、いかなる幻術をも即座に見破るので、《上級不可視化》も役には立たないのだ。

 もっとも、《真実の目》にも120フィートの有効距離があり、それを超えて離れていれば効力は及ばなくなる。

 ウィルブレースはその効果範囲をよく把握している……なぜなら彼女自身も常時稼動の《真実の目》の能力を持っており、自分のそれが働く距離が、すなわち相手の同じ能力が働く間合いでもあるからだ。

 

 非実体ゆえに固体を通り抜けられるし、《上級瞬間移動(グレーター・テレポート)》の能力もあるので、出会い頭にいきなり発見されたのでなければ袋小路に追い詰められるなどの心配もまずない。

 無制限に使える多種多様な擬似呪文能力を惜しげなく活用できるのが、彼女のような強力な来訪者の強みだった。

 

(…………)

 

 とはいえ、自分は初めて訪れるこの世界のことをよく知らないのだから、それで本当に万全かどうかは保証の限りではない。

 必要だと思われることはディーキンらが教えてはくれたが、ごく短時間の話だったし、十分に伝え切れなかったことや伝え忘れたこともないとは限るまい。

 

 この世界に詳しい人物にガイドをしてもらうのはどうか、という考えもあった。

 実際、ウェールズ皇太子や、タバサという青い髪をした少女は、自分も同行しようかと進んで申し出てくれた。

 しかし、そうすると自分ひとりのときほど自由に動き回れないし、発見される可能性もぐっと高くなるので、熟慮した後に丁重に断ったのである。

 彼らには城内に残っていてもらい、必要に応じてこちらが助力を求めに戻るほうがよいだろう。

 

 その際、ウィルブレースはタバサの目に一種の対抗意識のような感情が宿っているのを感じ取って、彼女が自分に対して警戒心をもっている様子だった理由を概ね理解したが……、まあそれは、今は関係のないことである。

 

(ひとつひとつ、片付けていくしかない)

 

 慣れない世界で不安はあるとはいえ、いつまでも思い悩み続けていても埒があかない。

 後は行動あるのみだと決めて、ウィルブレースはまず上空へ向かい、レコン・キスタ陣営を空から概観してみることにした。

 

 

 思ったとおり、空中には気を抜いてぼんやりと哨戒している竜騎士や小さなデヴィルがごく稀に、まばらに飛び回っている程度で、ほとんど見つかる心配はなかった。

 いまさら敵襲があるなどとは思ってもいない適当な哨戒などで、不可視かつ非実体の存在が見つかるわけがない。

 ウィルブレースは着々と敵陣の偵察を進めていった。

 

 空には、竜の一種らしき生物に跨った人間の騎兵が、外に見えているだけで十数人。

 そして、デヴィルの一種であるスピナゴンやアビシャイが、同じく数体ずつ。

 

 地上には、見慣れぬ巨人が三十近くと、やはり見慣れぬ亜人が百以上。

 それにバルバズゥが十数体ほどと、デヴィルではないがやはりフィーンドであるバーゲストがほぼ同数。

 苦界と呼ばれるゲヘナの次元界から屍を喰らって強大化するために物質界へやってくるバーゲストにとっては、戦場は理想的な食餌の場なのだろう。

 人間の兵は優に千を超え、おそらく屋内にはさらにその数倍の人数がいるだろうと思われた。

 

 フィーンドどもの姿を認めると、ウィルブレースは奴らを今すぐに斬り捨てて回りたいという強い衝動を感じた。

 

 だが、それを努めて抑える。

 自分が今ここで戦って、仮にこの場にいるデヴィルをすべて倒せたとしても、それだけでは連中の罠にかかった人間たちを真に解放することにはならないのだ。

 彼ら自身に自分たちの信仰の誤りを自覚させなければ、その魂が死後に九層地獄界に囚われてしまうことにもなりかねない。

 

(この戦いの中心となるべきなのは、私ではないのだから)

 

 自分にそう言い聞かせて心を鎮めると、敵の数や姿、陣地内の建物やテントの配置などを、念入りに頭に叩き込んでいった。

 

 それが済むと、ウィルブレースはひとまずここまでの情報を持って、一度帰還して仲間と話し合おうと考えた。

 時間を無駄にしないよう、すぐに精神を集中して、己の内から《上級瞬間移動》の力を呼び起こす……。

 

 

 

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「……ディーキン君、天使殿。本当に、あの女性に任せておいて大丈夫なものなのかね?」

 

 私室に引き上げてウィルブレースの出立を見送ってから、ウェールズはそわそわと落ち着きがなかった。

 

 今さら、エルフ……現在はエラドリンだとかいうことだったが、今ひとつよくわからないしまあ似たようなものなのだろう……の力を借りることをどうこうなどと言うつもりはない。

 己の国を自らの手で守りきることもできない王族には、助力に文句をつける権利も、この上失うような面目もありはしない。

 だが、いかに経験が豊かであろうとも、最強の亜人と名高いエルフであろうとも、単身で万の軍勢がひしめく敵陣へ赴いて、無事に戻ってこられる保証などあるものだろうか。

 失敗する可能性が高く、仮に無事に戻ってこられたとしても十分な成果をあげられるとは限らないとみるのが、まず尋常な判断というものではあるまいか。

 

 なのに、ディーキンも眠れる者も、彼女の成功をまったく疑ってはいないようなのだ。

 特にディーキンは、ずいぶんと彼女を信頼してその力をあてにしている様子だが……、彼が実際にウィルブレースに会うのはこれが二度目でごく短時間歌を聞かせあって話をしただけというのだから、本当に優れた能力を持っているのかどうかなどわからないではないか?

 

 そんなウェールズに対して、ディーキンと眠れる者は、案ずるには及ばないと請け合った。

 

「ディーキンは、あの人のことはいろんな本を読んだり話を聞いたりして調べたから、よく知ってるよ。それに、お話に出てくる以上の人だってことも、実際に会ってよくわかってるもの」

 

「私は彼女個人のことはさほどよく知らないが、トゥラニ・エラドリンは思慮深く力に溢れたセレスチャルだ。その上に私の友も彼女の能力について請け合うというのなら、疑う理由はないだろう」

 

 信頼に満ちて熱っぽく語る二人とは対照的に、ロングビルは素っ気なく頷いた。

 

「いずれにせよ、ここに残った私たちには当面できることはありませんわ。お二方を信じて、あの女性が戻ってきたときにすぐ動けるよう身を休めながら待機しておくのが最善でしょう?」

 

 彼女からそう言われて、ウェールズは不承不承頷いて椅子に腰を下ろしたものの、やはり落ち着かない様子だった。

 今朝までは玉砕の覚悟を決めて泰然としていたが、それが急に勝つため、生き延びるために戦うとなると、圧倒的不利な状況下で指導者たる王族の身としては、やはり一分一秒を惜しんで何かしていなくてはならないような気分になるのだろう。

 

 ルイズら他の同行者たちも、明日の戦いを前になにかできることはないものかと、程度の差こそあれやはり多少落ち着かない素振りを見せていた。

 

 タバサだけは、いつも通り本を開いて静かに読んでいる……ようには見えるが、内面はやはり、普段ほど落ち着いてはいなかった。

 もっとも、明日の戦いの準備について考えていたわけではない。

 ウィルブレースが今、敵陣へ赴いて活躍をしているというのなら、自分も何か役に立ってみせたいという一種の対抗意識めいたものがあったのである。

 もちろん、そんな子供じみた感情を、あからさまに口に出したり態度に表したりするようなことはなかったが……。

 

 

 

 そうしているうちに、不意に部屋の中央部に魔力の輝きが現れる。

 そして、皆の視線がそちらへ向くか向かないかのうちに、先刻レコン・キスタの陣営へ向かって出発したはずの吟遊詩人がそこに戻って来ていた。

 

「なっ……!?」

 

 この手の現象に不慣れなウェールズは驚愕して目を見開いたが、多少の経験があるルイズらはそれほどでもなく、何が起こったのかをすぐに把握した。

 ディーキンと同じように、この女性も瞬間移動の術を用いたに違いない。

 

「失礼します。上空から見て敵の布陣がある程度わかりましたので、お伝えして助言をいただければと思いまして……」

 

 そう言いながらウィルブレースが軽く手をかざすと、部屋の中に先程彼女が見た敵陣の建物や地形が、本物そっくりのミニチュアの立体映像となって浮かび上がった。

 彼女が持つ疑似呪文能力の一種、《上級幻像(メジャー・イメージ)》によるものである。

 

「フンフン……」

 

 またしても呆気にとられているウェールズをよそに、ディーキンは紙を取り出してさらさらとメモを取り始めた。

 

「敵軍はこのように陣を構えておりましたが、私はこのあたりの軍隊の作法に不慣れなもので。兵舎や武器、食料の備蓄のありそうな場所など推測がつくようでしたら、わかる範囲で構いませんので教えていただけませんか? それと……」

 

 ディーキンが一通りメモを取り終えるのを待って、ウィルブレースはまた別の幻像を作り出す。

 今度は、先程彼女が見たが正体のつかめなかった生物……ハルケギニアのオーク鬼やトロール鬼、オグル鬼などの亜人、巨人の像である。

 似た名前の生物はフェイルーンなどにも住んでいるが、能力や外観の面で差異があるのだ。

 

 仰天したり、感嘆したりしてそれらの像に見入る人々をよそに、ウィルブレースは話を続けた。

 

「これらは、敵陣に加わっていましたが私には見覚えのないものでした。この世界特有の生物かと思いますが、名称や能力についてご存知でしたらご教授ください。外に見えた限りでのそれぞれの数は……」

 

 

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 当面必要な話を済ませると、ウィルブレースはまた《上級瞬間移動》でレコン・キスタの陣へと戻っていった。

 

(さて、次は武器庫へ向かってみるか。ウェールズ皇太子の読みでは、おそらくあの建物だろうということだったが……)

 

 あからさまに敵に攻撃を加えることはできないにせよ、味方が数で大幅に劣る以上は、明日の戦いに備えて今のうちから多少の仕込みをしておく必要はあるだろう。

 非実体の形態を取れば、壁をすり抜けて建物の内部へ入り込むことなどは造作もない。

 こちらの世界では銃器をかなり大規模に使っているらしいから、弾薬や火薬の類をいくらか失敬して、味方の陣へ持ち帰っておくのもいいかもしれない。

 備蓄してある場所へ入り込めたら、あとは必要なものを抱えて、テレポートで何度か往復すればいいだけのことだ。

 

 そうして、エラドリンの中でも最強の力を持つ妖精王、トゥラニ・エラドリンのウィルブレースは、その持てる能力を遺憾なく発揮して様々な情報収集と工作とを行っていった……。

 


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