Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia   作:ローレンシウ

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第百二十二話 A great speech

 

 その夜、ニューカッスル城のホールでは、予定通りに宴が催された。

 最後の時を目前に控えながらも今宵の宴を楽しみにしていた兵や貴族たちは、乏しくなった礼服やドレス、装身具の類を棚の奥から引っ張り出して平和だった頃のように精一杯華やかに着飾ると、張り切って会場へ向かった。

 

 しかし、いざ宴の場に足を踏み入れてみると、彼らは予想もしなかった光景を目の当たりにして、非常に驚かされることになったのである。

 

 まず、ここ最近ずっと量も乏しく味も単調な保存食料を食んできた彼らにとっては、眩暈がするほどに素晴らしい料理の数々が、食卓にそれこそ山のように積まれていた。

 それは、この日のために貯蔵庫の奥に大切にとっておかれた食材がすべて放出されて調理されたにしても、あまりにも豪華すぎた。

 もちろんディーキンと眠れる者が《英雄達の饗宴(ヒーローズ・フィースト)》の呪文を使って作り出したのであるが、さらに明日の戦いに備えて、彼らはウィルブレースが工作を進めていた間に追加で何種類かの下級のセレスチャルを招請していた。

 そうしてやってきた者たちのうちでモヴァニック・デーヴァと呼ばれるセレスチャルが、疑似呪文能力の《食料と水の創造(クリエイト・フード・アンド・ウォーター)》を使って、テーブルのまだ空きのあった部分もすべて、食べきれないほどの料理を生み出して埋め尽くしてくれたのである。

 

 さらに、戦のために金に換えられるものはほとんどすべて手放してしまい、がらんとして飾り気のなくなっていたはずのホールは、城内に残った宝飾品の類を掻き集めて飾ったにしてもいささか美しすぎる様相に様変わりしていた。

 幻想的な美しさをもつ多彩の明かりがいくつも灯され、煌びやかな貴金属や宝石があちこちを飾っている。

 それもまた、セレスチャルたちが疑似呪文能力を用いることで、様々な光源や幻影を生み出して作り上げてくれたものであった。

 

 もちろん、招請されたセレスチャルたちの煌びやかな姿それ自体も、人々を驚かせ、感銘を与えた。

 しかし、敵方にも天使だと名乗る連中が組している以上は警戒心をあらわにする者も多かったし、またウィルブレースなどの一部のセレスチャルは、ハルケギニアでは最強の亜人として恐れられるエルフに酷似した姿をしている。

 そのため、彼らが疑念を解消して一緒に宴を楽しむには、主君による説明を待たねばならなかった。

 

 そのジェームズ一世は、ホールに据えられた簡易な玉座の上で、臣下たちが集まってくるのを静かに見守っていた。

 やがて全員が集合したのを確認すると、彼は頷いて、ゆっくりと玉座から立ちあがった。

 集まった人々は一斉に直立して、王の言葉を待つ。

 

「……諸君。この場に集まる、忠勇なる臣下の諸君よ。今宵はめでたい宴であるが、その前に、少しだけ話させてくれぬか。いくらか、説明せねばならぬこともあろう」

 

 ジェームズ一世は、近年になく威厳のあるしっかりとした様子で、息子であるウェールズ皇太子の助けを借りずにぴんと背筋を伸ばして一人で立っていた。

 そのこともまた人々を驚かせ、そして喜ばせた。

 老齢の国王はこの度の戦のことなどもあって心身ともにすっかり弱っており、近頃では歩くのにもウェールズ皇太子の助けを借りねばならないような状態だったからだ。

 

 国王がこうして元気そうな姿を見せていられるのは、ディーキンらが事前に《英雄達の饗宴》の料理を食べさせるなどして精力を増強したからである。

 もちろん、もはや自国の滅亡が決まって共に滅びるのみだと思っていたところにかつて追放したサウスゴータ家の娘が戻ってきて叱咤され、その上に国を救えるかもしれぬ一筋の希望の光が差し込んで、なんとしてももうひと頑張りしなければと精神的に奮い立った、ということも大きいだろう。

 老いた国王が息子のウェールズと共に再び戦線の指揮をとれるとなれば、皆の士気も大いに上がるはずだった。

 

「明日、このニューカッスルの城に控える我ら王軍に対して総攻撃を行う旨を反乱軍『レコン・キスタ』の者どもが伝えてきたことは、誰もが知っていよう。この無能な王に、諸君らは今日までよく従い、よく戦ってくれた。卿らに勝る勇士があるとすれば、既に死んだ諸君の同胞、ヴァルハラの英霊たちだけであろう。……厚く、礼を述べる」

 

 国王は一人一人の臣下の顔を順に見つめながら、わずかに微笑んで頭を下げた。

 

「……だが、卿らの数はもはや三百あまり。敵の数は、その百倍以上と推定される。明日の朝、巡洋艦『イーグル』号が女子供を乗せてここを離れるが、ここにおられる友好国トリステインからの使者の方々は、女子供に限らず亡命を受け入れる用意があると言われた」

 

 臣下たちは何も言わずに、じっと国王の方を見つめている。

 国王も、真っ直ぐに彼らと向き合った。

 

「ゆえに朕は、諸君らに暇を与えることにする。地上で新たな人生を見つけようと志す者には、朕からトリステインの王族への推薦状を書こう。誰であれ、遠慮は要らぬ。決して咎めはせぬ。そうした者を、残る者が侮蔑することも許さぬ。皆で祝福をもって送り出そうではないか。……さあ、希望する者は、手を挙げよ」

 

 …………。

 

 しかし、しばらく待ってみても、誰の手も挙がることはなかった。

 ややあって、一人の貴族が声を上げる。

 

「陛下! この場に集まった勇士の中には、そのようなことのために挙げる手を持っている者はおりませんぞ。杖を握る手、銃の引き金を引く手、味方の肩を支える手はありましょう。ですが、陛下にそんなつまらぬことでお時間を取らせるような、けしからぬ手などはありませぬ」

 

 その勇ましい言葉に、男も女も、貴族も平民も、ホールに集まった皆が同調した。

 

「おやおや、今宵の陛下はずいぶんとお元気なご様子ですが、そのような異国風の冗談までも! これは頼もしいですな!」

 

「その調子で、ウェールズ殿下と共に明日の指揮もお願いいたしますぞ! 我らは、『全軍前へ! ヴァルハラまで、このまま突き進め!』 ……そういった命令をいただけるように、期待しております!」

 

 そうして豪快に笑う臣下たちの姿を見て、老王はわずかに目頭を押さえる。

 それから、重々しく頷くと、片手にグラスを持ち、もう一方の手で杖を高く掲げた。

 

「……よかろう、皆の気持ちはしかと受け取った。では、明日はこの王に続くがよい! レコン・キスタの叛徒どもの目を覚まさせ、この国を悪魔どもの手から取り戻し、生きて再び共に祝杯を挙げることを、今ここで誓い合おうではないか!」

 

 どっと歓声が上がり、ホールのあちこちで祝杯が挙げられた。

 彼らはもちろん、心からそうしていたのだが……、その一方で、今の国王の宣言にやや違和感を感じた者も多かった。

 

 叛徒どもを打ち倒すのではなく、目を覚まさせるとは?

 それに、悪魔どもとは一体、何のことだろうか。

 全員勇ましく戦ってヴァルハラで再会しようというのではなく、生きて祝杯を挙げようというのは……。

 

 その疑問に答えるように、歓声が収まるのを待って、国王が話を続けた。

 

「諸君は、おそらく明日の戦いに勝ち目はないものと思っていよう。天使ですら敵に回った今、残された道は我らが真の勇士であることを天上におわす神と始祖に示して、潔く散ることのみだ、と……」

 

 そういいながら、後ろの方に控えていたルイズら、トリステインからの使者たちを傍に招いた。

 彼女らの傍らには、ウェールズ皇太子も付き添っている。

 

「……朕も、こちらにおられる使者の方々に話を伺うまでは、そう思っておった。しかし、今は違う。我らの敵は、謀られただけの我らの同胞たちでも、亜人たちでもない。天使を騙るおぞましい悪魔どもなのである!」

 

「いかにも! それを知った以上は、この愛する祖国をこれ以上奴らに穢させぬために、我らは泥を啜ってでも生き延び、そして勝たねばならぬ!」

 

 ウェールズが父に続いて高らかにそう宣言すると、再びどっと歓声が上がった。

 

 彼らの中にも、姿形や能力がどうあれ、こんな所業をする奴らが天使などであるものかと考えている者は少なからずいた。

 それゆえ、まだ事の成り行きが完全に分かったわけではなくとも、敵は天使でなく悪魔であると主君が断じたことは彼らにとっては待ち望んだ、歓迎すべきことだったのである。

 つい先日まで、国王はあるいは本当に自分たちは神と始祖に見限られたのかもしれぬと諦観した様子を見せており、皇太子も常に勇ましく戦い続けながらも内心では少なからずそんな父の言葉に同意している風だっただけに、なおさらのことだった。

 

「こうして皆が賛同してくれているのを見て、陛下も私も、大変に嬉しく思う。君たちは、当世無双の勇士である。その勇士が三百人もいる以上、五万やそこらの有象無象などは元より取るに足らぬが……」

 

 ウェールズは歓声が少し収まるのを待ってから話を続けて、今度はルイズらトリステインからの使者たちの方を示した。

 それから、会場の隅の方に控えているセレスチャルたちも。

 

「……それに加えて、明日の戦いにはここにおられる方々も参戦してくださることになっているのだ。もはや、何ひとつ恐れることはないと言ってよいであろう!」

 

 ウェールズは杖を高く掲げて、そう宣言した。

 しかし、今度は歓声は上がらず、臣下たちは困惑したように顔を見合わせた。

 

「恐れながら、殿下。他国からの大使の方々を、かくも危険な戦いに付き合わせることはいかがなものでありましょうか。皆さまには亡命する女子供たちと共に、トリステインへ戻っていただくべきかと」

 

 一人の年老いたメイジ、侍従のパリーが、進み出てそう進言した。

 他の臣下たちも、概ねそれに賛同している様子だった。

 気構えはともかくとして、現実的に勝ち目のない戦いに、どうして無関係な他国からの使者を付き合わせることができようか?

 

 しかし、ウェールズはその忠実なる従者の顔を優しく見つめながら、首を横に振った。

 

「違う、違うのだよ、パリー。……私も、最初はそう思っていた。しかし、この方々の話を聞いて、これはもはや我らだけの戦いではないと気付いたのだ」

 

 そこで、ルイズが皆を代表して一歩進み出ると、お辞儀をして口を開いた。

 

「殿下のおっしゃる通りです。私はトリステインの貴族ですが、反乱軍がアルビオンを支配すれば、次は私たちの番ではありませんか。決して対岸の火事ではないのです。私たちも一緒に戦います!」

 

 続いてギーシュが、キュルケが、タバサが、そしてコルベールとシエスタが、進み出た。

 

「ぼ、ぼくはトリステインの元帥の息子です! 名誉ある戦いを前にして、命を惜しんで逃げ帰るはずがありません!」

 

「ゲルマニアの女は、いい男に背を向けて逃げ帰ったりはしないものですわ。こちらの、ガリアの友人も。ね?」

 

「……そうかも」

 

「私は二度と戦いのために魔法を使いたくはなかったのだが……、大切な生徒たちが戦うのなら、是非もありませんな」

 

「わ、私は平民ですが、悪と戦う気持ちでは決して負けないつもりですから!」

 

 他国から来た、まだ若い大使たちの勇ましい言葉に、臣下らがおおっ、と沸き立った。

 それを見計らって、ディーキンとウィルブレースも彼女らの横に進み出る。

 

「ディーキンも頑張るの。ディーキンはルイズの使い魔だし、あんたたちみたいな英雄と一緒に戦いたいし。それに、デヴィルが勝って困るのは人間だけじゃないからね」

 

「私は、つい先ほどこちらに呼ばれたばかりですが。こうして誉なる勇士の方々と共に、善のために戦えることは光栄です。この出会いに感謝しています」

 

 また歓声が上がったが、今度はまばらだった。

 半分ほどの人々は、戸惑ったように顔を見合わせたり、不審げに顔をしかめたりしている。

 

 そうした人々を代表するように、一人の年配の貴族が国王の前に進み出た。

 

「陛下。恐れながら、他国の方々からの申し出には感謝の言葉もありませんが、こちらの方々のような亜人の助力を受けるというのはいかがなものでありましょうか」

 

 率直な物言いに、人々がざわめいた。

 

 しかし、当のディーキンやウィルブレースはうろたえていなかった。

 そのような意見が出るのは、むしろ当然のことである。

 反対意見を述べた貴族を狭量だなどと言って非難する気もない、内心同じ思いを抱いている者は他にも大勢いるに違いないのだ。

 

 この場の雰囲気に流されずに主君の決定に表立って異を唱えるというのは、むしろ勇気の要ることだろう。

 

「そなたの案じておるのは、敵側と同じように亜人と手を結ぶこと、ことに始祖の大敵であるエルフの助力を受けることで、勝敗に関わらず後に非難を受けるのではないかということであろう。違うか?」

 

「は……」

 

 その貴族は、跪いて深々と頭を下げた。

 

 彼には、わずかな数の援軍が加わってくれたくらいのことでは、たとえそれがエルフであれなんであれ、今さら戦の趨勢を覆せるとは思われなかった。

 そうなると、最後の時になってエルフと手を結んだ不心得者という汚名を残すだけのこととなるのではないか。

 よしんば勝てたとしても、ロマリアをはじめとして多方面からの非難を受けることは免れまい。

 

 それに、国王や皇太子の態度が昨日までとは明らかに変わっていること、様々な奇妙な出来事を目にしたこともあって、突然やってきた“協力者”たちに対していささか不信感を抱いている部分もあった。

 それは、反乱軍の連中にとって、今さら自分たちに謀るほどの価値があろうとも思えない。

 だからといって、エルフをはじめ得体の知れない亜人たちや、その者どもと友好的な関係にあるらしい使者を全面的に信頼して、明日の戦いを共にしてもよいものであろうか?

 

「我らには援助を拒む余裕などないことも、勇士の方々に対する大変な非礼となることも、十分に承知しております。しかし……」

 

「みなまで申すな」

 

 国王が手を上げて、続きを制した。

 

「諸君らからそのような意見が出るのは、まことに無理もないことである。朕も昨日までであれば、そのように考えたであろう」

 

 そう言ってから、ちらりと、使者の中で一人だけ後ろのほうに控えていた女性の方に目を向ける。

 その女性は小さく頷くと、無言ですっと前に進み出た。

 

「……しかし。今日、朕は考えを改めたのだ。皆も、この女性に覚えがあるかもしれぬ――」

 

 ジェームズが目で促すと、女性は黙って、それまで身に着けていた髪飾りを外した。

 同時に幻覚が破れて、外された髪飾りは直ちに《変装帽子(ハット・オヴ・ディスガイズ)》に戻り、女性も本来の姿を現す。

 

 その姿を見て、何人かの臣下が、はっと目を見開いた。

 彼女が、かつて貴族の地位を剥奪された名家・サウスゴータ家の娘であることに気が付いたのだ。

 

 そんな旧知の人々に対して何も言わずに目礼した後、黙って佇んでいる彼女に代わって、国王が重々しく口を開いた。

 

「この女性は、かつて朕が罪を問うて処刑した我が弟、モード大公の直臣であったサウスゴータ家の令嬢だ。滅亡を目前にした祖国に、彼女はこうして戻ってきてくれた。無論、無慈悲な仕打ちをした我が王家などのためにではない。諸君らかつての朋友たちのため、故郷のため、そしてこの世界のためにだ。……真の貴族の誇りは、愚かな王などに剥奪できるものではなかったのだ」

 

 そういって、国王は彼女に向って深々と頭を下げた。

 

「朕は誤っておった。なればこそ、今この時に、その過ちを繰り返すことだけは避けたいと思う。……この期に及んでなお、我らに味方してくれようというこの者たちに、いかなる裏がありえようか。余人が、ロマリアの宗教家どもが何と言おうと構わぬ。異国人であるから、平民であるから、亜人であるから、仇であるから。そういって彼らの真心を拒絶することが、果たして始祖の御心に適うことであろうか?」

 

「私も、陛下と同じ気持ちだ。……さあ、皆、この人々を見よ!」

 

 ウェールズ皇太子が父の横に進み出て、ルイズら使者たちの方を示した。

 

「国の違い、身分の違い、種族の違いが、いかに取るに足らぬものか。私は今日、心から悟ったぞ。彼女らの目に宿る志は、我らのそれと何の違いもない。諸君らにもわかってもらえるものと思う」

 

 そう言いながら、ウェールズは酒盃を手に取って、高々と掲げた。

 

「明日の戦い、この方々と共に戦うことに異存のない者は、さあ。こうして駆けつけてくれた兄弟たちを歓迎して、もう一度杯を掲げようではないか!」

 

 一瞬の沈黙の後、これまででも一番大きな歓声が響いた。

 

 王家を、サウスゴータ家を、アルビオンを、トリステインを、ゲルマニアを、ガリアを……。

 ハルケギニアのあらゆるものを称えて盃を掲げる人々の声が、ホールに満ち溢れた。

 

 

 

(……ふん、さすがは王族だ。民衆を煽動するのは上手いこった)

 

 当のマチルダは、人々の歓呼の声を表向きにこやかな笑みを浮かべて受け止めてはいたものの、内心ではいささか冷めた思いを抱いていた。

 理由はどうあれ、忠臣だった父を死に追いやり、自分からそれまでの人生を奪い取って路頭に迷わせた王家のパフォーマンスのために、いまさら担ぎ出されることなどが愉快であろうはずもなかった。

 

 それでも彼女が黙って付き合っているのは、ひとつには故郷を救うためであり、もうひとつには亡き父のためだった。

 いまさら貴族に戻ることに興味はないし、ましてやアルビオンの王族に臣従する気などさらさらないが、それでも王家からの公式な謝罪を受け、家系の名誉を回復されることは、父の魂に対する慰めにはなるはずだ。

 

 それに、このまま人々の熱狂に乗って上手く話が運べば義理の妹であるハーフエルフのティファニアも、王家の一員として正式に受け入れられるかもしれない。

 普段の自分ならそんな幻想は抱かなかっただろうが、一度は犯罪者として世間を騒がしていた自分が、こうして英雄扱いを受けているくらいなのだ。

 永年に渡る種族的な対立も、このような奇跡の起こる場所では、あるいは克服できるかもしれぬ。

 現に、エルフとしか思えないような姿の亜人や、得体の知れない爬虫類めいた亜人でさえ、目の前でこうして受け入れられているのだから。

 

 あの子が王族として人々から相応しい祝福を受け、胸を張って人前に出られる日が来るのなら……。

 

(それなら、私は王の臣下に戻らされようが、客寄せのパンダにされようが……。いくらでもつきあってやるさ)

 

 

 

(オオー……、すごいの)

 

 ディーキンはというと、その様子をあとで歌にしようと羊皮紙に書き留めながら、しきりに感心していた。

 さすがは王族、二人とも人の心を掴むのが巧みである。

 もちろん彼らは本心から言ってくれていたのだろうが、同じ内容を話すのでも、雰囲気作りや言い回しが下手ではなかなかこうはいくまい。

 

 ディーキンやウィルブレースも事前に、話のもっていき方に関して打ち合わせというか、ざっとした意見は述べていた。

 だが、ほとんどすべては臣下たちの反応に合わせた国王と皇太子のアドリブである。

 バードとして、ぜひとも演劇の舞台で共演してみたくなるくらいの、素晴らしい演説だった。

 

「あの人たちが王様や王子様でなかったら、いい詩人になれるのにね」

 

「ええ、本当に」

 

 彼の隣にいたウィルブレースも、にっこりと笑ってそれに同意した。

 

(あのスレイ王も、人々の心を掴むのが巧みだった……)

 

 オーク王グレイと戦った人間の王、スレイには、善良である一方で策略に長けた面もあった。

 それは決して、彼の備えていた数々の美徳を損なうような性質のものではなかったけれど、人々の心を掴み、煽動する術に長けていたのは確かだった。

 

 なんにせよ、国王と皇太子の働きかけによって、味方に受け入れてもらうことには成功した。

 あとは、明日の戦いで彼らが自分たちの指示する戦い方に従ってくれるかどうか、真に戦うべき相手である悪魔との戦いに注意を向けてくれるかどうかが問題となる。

 

「私たちも、負けてはいられませんね」

 

 

 

 ややあってホールの歓声が一区切りつくと、国王は咳払いをした。

 

「……さて、諸君。本来ならば、今宵はよく飲み、食べ、踊り、楽しもうと言いたいところだったが。我らは死ぬためにではなく、勝つために戦うゆえ、明日の戦いに備えて度を過ごすわけにはゆかぬ。だが、嬉しいことに、新しい兄弟たちがそれに代わる娯楽を提供しようと申し出てくれておる!」

 

「こちらの二人は、いずれも遥か彼方の地を旅してきた、卓越した詩人であると聞いている。皆が夕餉を楽しんでいる間に、様々な物語を語り聞かせてくれるそうだ」

 

 ウェールズの紹介を受けて、ディーキンとウィルブレースは進み出て一礼すると、気を引き締めて、ホールに設けられた舞台の上に登った。

 さあ、ここからがいよいよ、自分たちバードの仕事だ……。

 





モヴァニック・デーヴァ(物質界の天人):
 物質界と、それと結びついた正のエネルギー界、負のエネルギー界を守護する天使。
エンジェルとしてはあまり強力な存在ではないが、多くの定命の存在が住む物質界と直接関わる彼らの行動範囲は広く、その活動は天界の諸勢力が死すべき存在の抱えている問題を把握する上で大いに役立っているという。
天界の歩兵である彼らは本来の姿では細身で機敏であり、純白の翼に乳白色の肌と銀の髪、銀の瞳をしているが、定命の存在に混じって平和に過ごすときには人型生物の形態を取ることを好む。
彼らは最弱のデーヴァであるが、それでも定命の存在には奇跡としか思えないような能力を数多く備えている。
たとえば、彼らはクリエイト・フード・アンド・ウォーター(術者が選択した薄味ながらも栄養満点の簡単な料理と新鮮な水とを創り出す呪文)の疑似呪文能力を回数無制限で使用することができるため、必要となればたった一人で数千人分の食料を賄うことができるのである。
モヴァニック・デーヴァは自然界の住民と生来親しく、魔法的な強制を受けているのでもない限りは、通常の動物や植物は彼らを決して攻撃しようとしない。
また、愛用する炎をまとった剣を用いて、飛び道具や呪文による攻撃を受け流して無効化しようとすることもできる。
モヴァニック・デーヴァは、サモン・モンスターⅦの呪文で短時間招来するか、プレイナー・アライやプレイナー・バインディングなどの呪文である程度の期間にわたって招請することができる。

クリエイト・フード・アンド・ウォーター
Create Food and Water /食料と水の創造
系統:召喚術(創造); 3レベル呪文
構成要素:音声、動作
距離:近距離(25フィート+2術者レベル毎に5フィート)
持続時間:24時間(本文参照)
 この呪文は、何もないところから術者が選んだ何か簡素な食事(味こそ薄いが栄養は満点)を生み出すという奇跡を起こすことができる。
創り出せる食事と水の量は、術者レベルごとに3人の人間、ないしは1頭の馬を丸一日飲食させるのに十分なほどである。
生み出された食料は24時間後に腐敗し、食べられなくなってしまうが、ピュアリファイ・フード・アンド・ドリンク呪文をかければさらに24時間鮮度を保つことができる。
この呪文で作られた水は清浄な雨水と同じであり、食料と違って悪くなることはない。
 余談だが、この呪文は一度の使用で相当に大量の食糧を創り出す(たとえば、20レベルの術者なら60人分の食料と水を創り出す)ため、かつては非常時に重し代わりにしたり、通路を食料で埋めて塞ぐなどといった奇抜な使い方をするプレイヤーも多々見られたという。

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