Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia 作:ローレンシウ
いよいよ、アルビオンの王党派と、反乱軍レコン・キスタとの決戦の日がやってきた。
レコン・キスタの陣営に設けられた大きな天幕の中で、トロール鬼たちは早朝から戦の準備に取り掛かっていた。
トロール鬼は身の丈5メイルにも及ぶ大型の亜人で、ハルケギニアではこうした巨大な亜人種は俗に巨人とも呼ばれている。
フェイルーンに生息する同名の巨人よりもかなり大型だが、しかしそちらとは違って、火や酸で焼かれない限り肉片となっても再生するような不死身さは持っていない。
ディーキンは以前に本で勉強したときに、彼らはおそらく元はフェイルーンのトロルと同じだったが、互いに棲む土地が分かれたあとで異なる環境に適応して分化した種族なのではないか、と推測していた。
フェイルーンの中だけを見ても、トロルには水棲のスクラグやウォー・トロル、フォレスト・トロル、ケイブ・トロルなどといった、複数の亜種族が存在している。
そういった亜種族の中には、ハルケギニアのトロール鬼にも劣らぬほど大型のマウンテン・トロルや、全身が水晶のような鉱物質でできているクリスタライン・トロルなどの、元のトロルから非常に大きくかけ離れて見えるものもいるのだ。
それはさておいて、このトロール鬼たちは普段はアルビオン北部の高地地方(ハイランド)に棲んでいる。
言うまでもなく、彼らにとっては人間同士の戦などは本来どうでもいいことでしかなかった。
それがなぜ反乱軍について戦争に参加したのかといえば、ただ単に、彼らが十分な食料や酒、武具や財貨などの報酬を約束してくれたからである。
ついでにいえば、そうすることで“偉大な自分たちを差し置いて低地にはびこる生意気なちびども”を思う存分叩き潰せる絶好の機会が得られるから、というのもあったが。
「きょうのたたかいで、てきはぜんめつらしいぞ」
「つまらねえ。せっかくきたんだから、もっとぶったたかせろってんだ」
「おまえたち、そうぼやくな」
粗野な巨人の言語でブツブツと文句を言っている血気盛んな若者たちを、やや落ち着きのある年長のトロール鬼が諫めた。
集落に留まっている族長に代わって、今回の戦いに参加した仲間をまとめている若頭役だ。
これまでにも何度もこうした戦いに参加したことのあるベテランで、若者たちからも大いに信頼されている。
「このたたかいが終われば、てんしが約そくしたうまい肉と酒が手に入る。それでのみ明かすことを考えろ。いま、たのしめるだけたのしんで、また次のたたかいをまつんだ」
「でも、かしら。つぎのたたかい、いつだ?」
「それはわからん。わからんが、そんなに先じゃないのはたしかだ」
「ほんとうか?」
「ああ。かずだけは多いちびどものなかでも、人げんはとくになかま殺しがすきらしいからな」
それを聞いたトロール鬼たちは、巨大なふいごが上下するかのような音や、ごろごろいう海鳴りのような音を響かせて、各々愉快そうに笑った。
連中は考えなしに数を増やしては、狭すぎる、食い物がないと不平を言って殺しあう。
それでちょっと減りすぎると、産めよ増やせよと言っては、また増える。
人間よりもかなり寿命の長い巨人族の目から見れば、彼らは頻繁にそんなことを繰り返してばかりいた。
なんとも馬鹿馬鹿しい、不毛な話だった。
小賢しいふりをして気取ってはいるが、人間なんて結局はイナゴか何かと変わりゃあしないのだろう。
いずれ同族同士の殺しあいでくたばるやつらなら、代わりにこっちがちょいと潰して遊んだって、何も悪いことはあるまい。
実際、仲間殺しをやりたがる連中は、そのことに感謝して謝礼まで差し出してくれるではないか。
「よおし。とにかくきょうのたたかいで、たっぷりぶっつぶしとこう」
「てきのかず、あとちょっとだ。さっさとのりこもうぜ」
「まて、急ぐと人げんのまほうにやられることがある。こういうときは他のやつらがたおれてから、少しおくれてのりこむといいんだ。さいしょに死ぬやくは、人げんどもと同じ、ちびのオークどもにでもやらせておけ」
「そうなのか? それじゃあ……」
そんな風にわいわいと話し合っていた、ちょうどその時。
突然、不思議なほど澄んだ声が、少し離れた場所から聞こえてきた。
「――おまえたちは、今日の戦いが上手くいくものだと、本当にそう思っているのか?」
それは、彼らがこれまでに聞いたこともないほどに洗練された、滑らかなトロール語だった。
はっとしてその声の方を振り向いたトロール鬼たちは、ぎょっとして目を見開いた。
いつの間に現れたのか、そこには見知らぬ巨人が立っていた。
大きさは自分たちと同じほどだったが、薄い青色の瞳と頭髪をもち、肌は雪のように白い。
筋骨たくましい、整った体格をした男だった。
その姿は力強く美しく、威圧感がありながらも、奇妙に幻想的だった。
「もう一度聞こう。本当に、そう思っているのか?」
声は間違いなく、その男から発せられていた。
「……な。なんだ、あんたは?」
若頭はその男の方に武器を突き付けながら、つっかえつっかえ声を絞り出すようにして、ようやくのことでそう尋ねた。
「わからぬのか、偉大なるヨトゥンヘイムの民の末裔よ!」
男は首を振って、憤慨するような、嘆息するような声でそれに答えた。
「ならば、これを見るがよい。これでもなお、わからぬというか?」
そういうと、男の全身がぽうっと青白い仄かな光を放ち始める。
途端に、周囲を幻想的な光景が包み込んだ。
熱のない不思議な炎が縦横に走り、集まって一匹の巨大な蛇の姿になったかと思うと、その蛇は自分の尾を咥えてくるくると回り、灰色の猫に変じて消え去る。
大きな角杯が宙に浮かび、そこから大量の清水があふれ出す……。
その光景に呆然と見入っていた巨人たちの中で、ある者がはっと気が付いて、震える声で尋ねた。
「……も、もしかして。あんた、ウートガルザか?」
ハルケギニアの先住民族である亜人たちは、総じて“大いなる意思”と呼ばれるものを崇めている。
それは定命の者に理解できるような人格を持つ神ではなく、この世界に普遍的に満ちている精霊力の源であり、全ての運命や事象を司る根源的な存在だとされている。
しかし、トロール鬼をはじめとする大型の亜人はその多くが魔法の力よりも肉体の力に頼る種族であるため、大いなる意思への信仰はあまり盛んではなかった。
その代わりに、彼らは自分たちに似た姿をした独自の大いなる神々を頂き、熱心に崇拝している。
ウートガルザは、そうした神々の一柱だった。
奸智を誇り、幻術を得意とするとされる、霜の巨人族の偉大な王である。
最初に彼を頂いた霜の巨人たちがハルケギニアから姿を消してしまった今でも、トロール鬼の一族はこの神を熱心に崇拝していた。
「左様。無論、神ご自身ではないが。汝ら大いなる民の約束の地に座するユミルの裔、王の中の王ウートガルザに代わって、我はそなたらを諫めに参ったのである!」
男は満足したようにそう言うと、幻を消し去った。
巨人たちが、あわててその前に跪く。
ウートガルザの眷属と名乗る男は、そんな彼らに厳かな態度で警告と助言とを与えた。
その内容は、要約すれば、このまま戦い続ければ自分たちの身に危険が及ぶだろうというものだった。
お前たちは用済みになり次第、後ろから撃たれるだろう、というのだ。
「この度の人間の軍は、これまでにないほど大規模で、お前たち全員を殺せる。戦いが終われば、今のうちに始末しておいた方が安全だと思うだろう。その後は、ハイランドにあるお前たちの集落も攻め滅ぼしておこうという腹だ。ゆえに、戦いが終わらぬ今のうちに戦線を離れ、集落の守りを固めよ」
しかし、そのような忠告を受けたトロール鬼たちは、困ったように顔を見合わせた。
「……どうした、不服か?」
神の使いからそんな不審げな問いかけを受けても、恐縮そうにするばかりで誰も口を開こうとしない。
やがて、若頭がやむなくといった様子で、彼らを代表して答えた。
「人げんがどうかんがえてるかはわからない。でも、あいつらにも神のつかいがいる。てんしたち、おれたちにみかえりを約そくした。うそついたとはおもえない」
若頭の言葉に同意してうんうんと頷く巨人たちを、ウートガルザの使いはじっと見つめた。
ややあって、口を開く。
「……お前たちのいう連中が、真に人間どもの神の使いだとしよう。なぜ、人間の神がお前たちに良くしてくれるはずだと信じているのだ?」
そう問われて、トロール鬼たちは困惑した様子だった。
なぜと問われて改めて考えてみると、確かな理由は彼らにも説明できなかった。
「……うまく、せつめいできない。でも、あいつらは信ようできる……」
「ああ、やさしいやつらだからな」
「きっと、うそつかない。やくそく、まもるはずだ」
ウートガルザの使いは、それを見て小さく首を振った。
それから、ゆっくりと彼らに向けて手をかざす。
「なるほど、事情はわかった。ならば、まずはお前たちを解放してやらねばならんな……」
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ウートガルザの使いは用件を済ますと、どこへともなく消え去ってしまった。
「なあ、かしら。きょうのたたかい、どうするんだ?」
「……」
「かんがえるまでもねえ! おれたち、あくまにだまされてたんだぞ!」
一人のトロール鬼が憤慨したようにそう唸ると、他の者たちからも同意の声が上がった。
先程、ウートガルザの使いが手をかざして彼らに目に見えない不思議な力を浴びせると、精神を包み込んでいた魅了の力は跡形もなく溶けて消え去った。
神の使いはそれから、正気に戻ったトロール鬼たちに、「人間の軍についている連中は悪魔で、その力で彼らの精神に好意を植えつけ、疑問を持たず裏切らないように仕向けていたのだ」と明かした。
その上で、彼は憤慨する巨人たちをなだめながら、今後とるべき行動についても助言してくれた。
『この戦いで、悪魔どもに騙された人間どもはいずれ、お前たちに戦線に出て敵の守りを崩せと持ちかけてくるだろう。応じるふりをして逃げ出し、集落へ帰るのだ。お前たちが無事に逃げおおせるよう、ウートガルザの知略にかけて、我が人間たちの銃や大砲を役立たずにしておいてやろう』
『悪魔の軍が勝てば大変なことになるだろうが、助力をするかどうかはお前たち次第だ。くれぐれも、怒りに任せて恨みを晴らそうなどとしてはならん。敵は数が多すぎる、命を第一にしろ』
『兵器が使えなくなれば、あるいは相手の軍が勝つかもしれん。もしそうなったなら、その時は勝ち残った敵方の軍の人間どもと和平を結べ。むやみに小さきものどもと争わぬようにすれば、お前たちの一族もしばらくは安泰だ』
後に残された若頭は、それらの言葉についてじっと考え込んでいた。
「……おい、かしら?」
「かしら。これ、かみのおつげだ。かんがえるまでもない、いうとおりにしたほうがいい。でないと、ウートガルザのばつが……」
「ああ、いま考えてる! だから、だまってちょっとまってろ」
若頭はきっぱりとそう言って、部下たちを黙らせた。
確かに先程のあの巨人は、神の使いとしか思えなかった。
この人間どもの軍に悪魔がいるというのなら、トロール鬼の元にも巨人の神の使いが来ても不思議ではないかもしれない。
自分たちを悪魔とやらの罠から解放してくれたことについても、大いに感謝している。
しかし彼は、神に従えば必ずしも戦に勝てるというものではない、と考えていた。
部族の呪い師が受け取った“神の言葉”に従って人間を襲いに行き、失敗して帰ってこなかった同族を何人も見てきたからである。
それゆえに、神のお告げだという先入観を努めて排除して、先程の啓示の内容を吟味しようとしているのだ。
(……たしかに、この軍の人げんどもは、用ずみになればおれたちを殺す気かもしれん)
この戦いに加わった仲間たちの中には、とにかく戦えればいいという考えで、人間の軍がどんな大義名分を掲げているのかさえろくに知らない者もいる。
しかし、若頭は仲間を率いる責任感もあり、そういった情報も何かの役に立つかもしれないと考えてちゃんと調べてきていた。
自分たちが参加しているこのレコン・キスタという連中は、人間の王に対して反乱した兵士たちで、今ある人間の国をすべて潰してハルケギニアを統一してやるなどと言って頑張っているらしい。
普通は、人間どもなんて怖くはない。
あのちびどもは普段、ずっと大きいこちらのことを恐れていて、襲われもしないのにわざわざ手を出しては来ない。
しかし、恐れているということはつまり、できればいなくなってくれたら嬉しいと思っているということでもある。
それに、なんといっても奴らは、同族殺しも平気でやれる連中だ。
ハルケギニア中の国の同族と戦争して殺そうとしている連中が悪魔とやらにそそのかされ、こうして異種族の自分たちを十分殺せるだけの数を揃えたら、そうしない理由があるだろうか?
今は役に立つから撃たないだろうが、戦いが終われば別に、自分たちはいなくなってもよくなるわけで……。
「……よし、決まった」
自分は仲間たちが無事に帰れるように族長から命じられて責任を負っているわけだし、それより何より自分自身の命が惜しい。
今日の戦いはよほど気を付けてなりゆきを見ておかねばなるまいが、ひとまず腹は決まった。
「とりあえず、あやしまれないよう、たたかいには出るぞ。みんな、人げんどもには何もなかったような、しらないかおをしていろ」
「おれ、はらたつの、かおにでるぞ。きっと、ウーウーうなる。ばれないか?」
「だいじょうぶ、人げんはたいていまぬけだ。おれらのことを、じぶんたちよりもバカでなにも考えてないと思ってる。巨じんが顔をしかめて気げんわるそうにしてるのは、いつものことだ。なぐらなきゃそれでいい、たぶんバレない」
巨人は数が少ないので人間のように役割分担した複雑な社会を形成せず、多くはごく素朴な狩猟採集生活を営んでいる。
さほど複雑な概念を表す言葉を必要としないので言語は素朴だし、喉が太く低い声で、牙などが邪魔になって発音もぎこちない。
そのために、大抵の人間は巨人を愚かだと考えるものだ。
しかし、実際には彼らの頭の回転は、決して人間と比べてそこまで鈍いわけではない。
少なくとも若頭は、自分がそこらの大抵の人間よりも馬鹿だとはまったく思っていなかった。
その自分の判断に素直に従ってくれる、周りの仲間たちもだ。
学はなくとも機転はそれなりに利くし、物の道理だってちゃんとわかっている。
自分の経験からいって人間というのものは大概、特に偉ぶっているやつほどそうらしいが、無駄に小難しく物を考えればそれで賢いと思っている間抜けなのである。
ちょっとばかり筆算が早かろうが、三角測量とやらができようが、自分の家系図を十何代もさかのぼって暗誦してみせられようが、そんなことが本当に賢いという証拠にはなるまいに。
「あくまどもには、なるべく近よるな。気づかれるかもしれん。もし近くにきたら、なるべくこれまでと同じようなかおをしておくんだ」
「わかった。はらたつけど、がまんする」
「そうしろ。それでもし、ウートガルザのつかいがいったようなことがおこったら、その時はいわれたとおりにするぞ」
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そのころ、王党派の陣地に戻ったウィルブレースは、情報提供者に礼を言っていた。
「上手くいったと思います。ありがとうございます、タバサさん」
「タバサでいい」
もちろん、先程トロール鬼たちの前に現れた男の正体はウートガルザの眷属などではなく、《物体変身(ポリモーフ・エニィ・オブジェクト)》の能力を用いて霜の巨人(フロスト・ジャイアント)の姿に変身したウィルブレースその人であった。
彼女はその後、同様に軍に加わっている巨人族であるオグル鬼たちの元も同じように訪れて、彼らにも戦線を離れるように促しておいた。
この世界の巨人たちが崇める神の名前や彼らの習慣については、博識なタバサが事前に彼女に教えていたのである。
エラドリンには常時稼働の《言語会話(タンズ)》の能力があるので、会話には何の支障もなかった。
あとは、呪文と違って発声や身振りなしで突如幻像を出現させることのできる《上級幻像(メジャー・イメージ)》の疑似呪文能力と、彼女の持つ優れた演技力とを駆使したわけである。
デヴィルが彼らを心術などで操っている可能性も想定していたが、それも問題なく解呪できた。
連中はこの世界には解呪を使える者がいないから安心だと思って、保険のつもりで魅了をかけておいたのだろうが、万全の手を打ったつもりがかえって裏目ということもある。
実害があろうとなかろうと、勝手に心を弄くられて喜ぶ者はいないのだ。
彼らの元を訪問するべきかどうかは、情報が洩れる可能性なども考えて、少し迷ったのだが……。
この戦いを切り抜けるため、そして亜人と人間双方の犠牲を少しでも減らすためにはやはり話をしなくてはならないと判断して、決戦当日の朝に決行した。
前日のうちに行っておくよりは、デヴィルに気取られる恐れも少ないだろう。
(これで彼らが戦線から離れてくれれば、お互いに犠牲も減り、戦いもだいぶ楽になるのだが……)
ウィルブレースがそんな風に物思いに耽っていたところに、ディーキンがやってきた。
「お帰りなさいなの。こっちの準備はだいたい終わったと思うけど、お姉さんのほうは?」
「ええ、こちらも……終わったと思います」
「そうなの? 何かまだ、ディーキンがお手伝いできることはない?」
「そうですね……」
二人は普段よりもやや堅い笑みを浮かべて、顔を見合わせる。
お互いに、相手の気持ちはわかっていた。
これから大きな戦いが始まるとわかっている時に特有の、落ち着かない、不安と高揚が入り混じったような感覚。
ディーキンはこれまでに何度か、ウィルブレースは数え切れないほどの回数、同じ気持ちを経験していた。
ただ待つしかないこの時間は長く感じられ、何度味わっても慣れることがない。
特に、冒険者仲間だけではなく非常に多くの者が巻き込まれる戦争となると、一層不安が大きかった。
残念ながら、いかに万全を尽くそうとも人は死に、悲劇は起こるものだ。
それでもその度に、あるいはもっと自分にできたことがあったのではないかと、胸を締め付けられるような気分になる。
タバサにも、何となく二人の胸中は想像できた。
一人で戦うことにはずっと前に慣れてしまって、もう恐ろしくはなかった。
なのに、一緒に戦う仲間が傍にいてくれることは頼もしいはずなのに、一人で戦うよりもずっと不安になる。
ディーキンは……、彼は、大丈夫だろうけれど。
キュルケに万が一のことがあったら、自分はきっと泣いてしまう。
(この人を……、二人を、私より先に死なせることはない)
タバサは杖を握る手にぎゅっと力を籠め、静かに目を閉じて、そう誓いを立てた。
三人はそれから、誰が言いだすともなく連れ立って、もう一度城内の人員配置、仕掛けた策、それらを改めて一通り見直すことにした。
何かしていた方が、気が楽だった。
戦いが始まったあとに全員が取るべき行動の確認を再三済ませ、ウィルブレースが行ったこと、ディーキンの行ったこと、その他大勢の人々が行ったことをもう一度順々に指折り確認して、何も抜けのないことを確かめた。
「……問題はありませんね」
「ウーン……、そうみたい」
「そろそろ、持ち場についた方がいい」
もう、することはない。
この城にいる誰もが、自分にできることはすべてやったつもりだった。
あとはただ、そのときを待つのみ……。