Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia   作:ローレンシウ

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第百三十三話 The Chosen Ones

「やれやれ。こんな場所で、セレスチャルどもの相手をすることになろうとは……」

 

 ル・ウールから協力の要請を受けた昆虫めいたデヴィルの戦闘指揮官、ゲルゴン(氷悪魔)のオルニガザールは、カチカチと顎を鳴らした。

 彼は、『流血戦争』の戦場で士官とて参戦した経験をもつ歴戦のデヴィルである。

 

(第千七百五十二次アヴェルヌス防衛戦以来だな。いや、ハデス遠征の折にも、セレスチャルの小部隊と遭遇したか……。あれは、第何次だったか……)

 

 デヴィルにも、互いに謀略を仕掛け合いながら物質界から口先三寸で魂をかき集める『魂の収穫者』とは別に、最前線で直接の暴力をもって敵と戦う『軍人』がいる。

 秩序にして悪の属性を代表する来訪者であるデヴィルは、同じ悪のフィーンドであっても混沌にして悪の属性であるデーモン、特にその中でも大多数を占めるタナーリと呼ばれる種別の者たちとは、神話の時代から不倶戴天の仇敵同士なのだ。

 彼らは気が遠くなるほどの昔から『流血戦争』と呼ばれる次元界規模の血みどろの戦いを繰り広げ続けており、数多の階層が連なる奈落界アビスの底から無尽蔵に湧き出す秩序なきデーモンの群れの数の暴虐に対して、九層地獄バートルのデヴィル軍はよく組織された軍隊の洗練された戦術をもって対抗している。

 デヴィルの軍人とは、主としてその戦いに従事し、奈落界アビスへの侵攻ないしは敵の侵攻からの地獄の防衛を担当する者たちである。

 

「勝算のほどは?」

 

 全身を蜘蛛の巣が張った古びた甲冑で包んだ、ブエロザ(鋼鉄悪魔)がそう尋ねた。

 一見すると人間のようにも見えるが、その身を包む甲冑は体の一部であり、決して外れることはない。

 

 彼は恐れを知らぬ戦士ではあるが、まだセレスチャルと戦った経験はなく、いささか緊張しているように見えた。

 セレスチャルがバートルに攻め入ってくることや、彼らの住まう上方次元界への遠征が行われることなども皆無ではないが、デーモンと戦うのに比べればかなり稀なことだ。

 善の敵は悪であるが、悪にとって最大の敵は善ではなく、むしろ別の悪なのである。

 善は利他的であるがゆえに自ら進んで他者に害を及ぼそうとはしないが、悪は利己的であるがゆえに互いに争い合うものだ。

 

 物質界の戦など、見渡す限りの地平を血で染める流血戦争のそれに比べれば、なんであれ少々派手なお遊戯程度のものに過ぎない。

 当然の結果としていささかたるんでいた、そこへいきなりセレスチャルなどという噂でしか聞いたことのない強敵が出てきたのだから、恐れ知らずのデヴィルといえども少しばかり不安になるのは無理もないことだろう。

 セレスチャルたちの振るう善の属性を帯びた武器は、デヴィルのような悪のフィーンドに対して威力を増し、しばしば彼らの持つダメージ減少能力をも無効化する致命的なものである。

 オルニガザール自身も含めて、デヴィルの中には普通の武器や呪文では決して致命傷を負わない擬似的な無敵性を備えた者も珍しくないが、善の属性を帯びた武器による攻撃はそのような者にとってさえも致命的だ。

 つまり、セレスチャルと戦うということは、普通の戦いではほぼ死ぬ恐れのないデヴィルにとっても命がけの行為なのである。

 

「さあなあ……。あの総指揮官殿は今のところ、敵の数も戦力も背後関係もわからんというのだからな。なんとも言えまいが?」

 

 オルニガザールは肩をすくめて、部下の問いかけに皮肉っぽくそう答えた。

 

 収穫者は、自分たちの集める魂のエネルギーがなければ戦う以外に能のない野卑な軍人どもは速やかにひからびて死ぬしかないのだと言って、前線で戦う彼らのことを嘲っている。

 軍人は、誇り高き戦士である我らが戦わなければ収穫者どもはデーモンやセレスチャルの軍勢に引き裂かれてそれ以上に速やかに死ぬであろうと言って、後方で社会戦に興じる彼らのことを嘲り返している。

 決して友好的な間柄ではないが、共に地獄の社会に組み込まれた歯車であり、上からの命令があれば協力するのみだった。

 

「では、我らとしては最良の備えであたる以外の方法はありませんか」

 

「左様。いつでもそうだがな」

 

「最良の兵士は、常に命令に従うのみです」

 

 横からそう口を挟んだのは、棘だらけの黒い鎧に身を包んだ、地獄の騎士ナルズゴンである。

 こちらも一見すると人間の騎士のように見えるが、バイザーの下に隠れた顔はまるで幽鬼のごとく悲痛に歪んだままの状態で固まっている。

 

 彼は戦いに備えて、鼻腔から炎と煙を吐く猛々しい愛騎、悪夢の馬ナイトメアに入念な手入れをしていた。

 

「たとえ敗れようとも、我らの死によってバートルは栄光を得るでありましょう」

 

 オルニガザールはそんな部下の言葉に対して軽く頷いたものの、カチカチと顎を鳴らして皮肉げな含み笑いをもらしていた。

 建前としては確かにそういうことになっているかも知れないが、愚かしい忠誠心に縛られたナルズゴンどもはいざ知らず、地獄そのもののために死のうという気など大半のデヴィルには微塵もありはしない。

 

(我らがバートルのためにあるのではない。バートルが俺のためにあるのだ)

 

 デヴィルにとって、秩序とは常に自分自身のためにあるものだ。

 それを盾にして己の立場を守り、他人に自分のために死ぬよう強要できるということが、秩序の存在意義なのである。

 

 まあ、それはさておき……。

 

「……そうだな。連中の武器は、タナーリどものそれよりも痛いが。それは、向こうにとっても同じことだ」

 

 セレスチャルの攻撃がデヴィルにとって致命的であるというのならば、逆もまた然り。

 邪悪な力に満ちたデヴィルの肉体やその振るう武器は、通常の攻撃に対しては高い耐性をもつセレスチャルにも容易に深手を与えられるのである。

 また、一部のデヴィルと同様にある種のセレスチャルは通常の攻撃では決して死ぬことがなく、悪の属性を帯びた呪文か武器によってのみ滅ぼすことができるのだ。

 

「だから、怯えず、積極的に攻撃を当てに行くことだな。万が一ここで死んでも、アヴェルヌスの戦場に戻るだけのこと。挽回の機会はまた来ると、そう心得よ」

 

 オルニガザールは部下たちに、ひとまずそう助言をしておいた。

 もちろん彼らのことを慮って言っているのではなく、戦場で前線に飛び出し盾となるはずの連中がしっかり働いてくれないと、自分が困るからだが。

 

 とはいえ、別に口から出まかせを言っているわけでもない。

 

 物質界で人間を獲物とするル・ウールにとっては物質界で死亡し、バートルに九十九年間『幽閉』されることは大問題だろうが、軍人である彼らは別に物質界などに行けなくても、流血戦争でバートルの第一階層アヴェルヌスの守備部隊に加わって戦えばよいだけのこと。

 故郷であるバートルの戦いで死亡すればそれきり復活できなくなるのだから、流血戦争の戦線で戦うよりも幾分か気楽なくらいだった。

 無論、オルニガザールやその部下たちとて、この戦いで敗北してバートルに送還されれば、デヴィルが死以上におそれる降格処分を受けてしまう危険はゼロではない。

 しかし、あくまでも一戦士としてこの場にいるに過ぎない彼らが問われる責任はおそらく総指揮官であるル・ウールよりもずっと軽く、そこまでの罰を受ける可能性は低かった。

 

「はっ!」

 

「バートルのために!」

 

 部下たちも、上官が取り乱した様子を見せないので、いくらか安心したようだった。

 

 いかにして横暴な上官の背中を刺してやろうかと常に考えている収穫者に比べれば、軍人のデヴィルは上官に忠実に従い、頼りにしていることが多い。

 単純に、戦場では味方の背中を刺すような余裕はないことが多く、それよりも協力し合う方が大抵の場合は利益になるというだけのことだが。

 敬意などはあったとしても薄っぺらなもので、どんな部下であれ、尊敬する上官にとって代われる機会があるなら喜んでそうするだろう。

 有能な上官についていけば部下は生き延びられる可能性、出世できる可能性が高くなり、上官はついてくる部下が多ければ、いざという時に使える肉壁が増えるのだ……。

 

 

 

 ややあって、ざわめくレコン・キスタの兵たちを分けて、ル・ウールに率いられたデヴィルたちの一団が姿を現した。

 

『始祖の名を騙る者どもよ。諸君らが真に神の加護を信ずるならば、さあ、我らと堂々と勝負したまえ!』

 

 ル・ウールは城門からやや距離を置いたところで立ち止まると、手近の風のメイジに命じて声を増幅させ、城内に向けてそう呼ばわった。

 

「……そこで、しばし待たれよ」

 

 『眠れる者』はひとまずそう答えて、城内からの指示を待つ。

 

「デヴィルがたくさんいるの。それに……あれは、ええと。ゴーレムかな?」

 

 ディーキンは、敵の一団の姿を城内から観察して、少し首をかしげた。

 

 そいつは王者のような衣装に身を包み、額に小さな角が生えた凛々しくたくましい、しかしどこか恐ろしげな長髪の人間のような造形をしているが、そのすべてが鈍く光る金属でできていた。

 身の丈は五メイル近くもあろうか、先ほど逃げ去っていったトロール鬼やオグル鬼などの巨人族にも匹敵するほどの体躯である。

 その背中にはこれまた金属製の、飛行する役には立ちそうもない飾りの翼が生えており、天使もしくは堕天使めいた姿をしている。

 

 九層地獄で数多のデヴィルと戦ってきたディーキンには、大方の敵の正体は判別できたが、そのゴーレムらしき相手だけは見覚えがなかった。

 

『どうやら、少数の精鋭部隊で雌雄を決する気のようですね……。勝つことで現状を打開しようというのでしょう』

 

 ウィルブレースがそう意見を述べる。

 彼女は今、ディーキンとは別の場所でこの状況を窺っているが、《レアリーのテレパシー結合(レアリーズ・テレパシック・ボンド)》を介して彼とも意思を疎通させているのだ。

 

 しかし、ウィルブレースもまた、そのゴーレムらしきものの正体についてはよくわからないようだった。

 博識なバード二人の知識にないということは、一般的にフェイルーンやバートルなどで使われているような人造ではないのだろうか。

 

『ただ、あの姿はバートルの第二階層ディスの支配者、アークデヴィル・ディスパテルのそれにどこか似ていますね。そのあたりからすると、デヴィルの作ったものには違いなさそうですが……』

 

 ディーキンも彼女の言葉を聞いて、ああ、そういえばと思い出した。

 これまでに読んだデヴィルにまつわる本の挿絵や、バートルを旅したときに目にした彫像などでは、確かにディスパテルというアークデヴィルはあんな感じの姿をしていた気がする。

 そうなると、これらのデヴィルたちの背後にいるのは、ディスパテルだということだろうか。

 

「でも、バートルではあんなゴーレムは見なかったよ。メイジと協力して作ったのかな?」

 

 そう呟きながらルイズのほうをちょっと窺ってみたが、彼女も確かにゴーレムだと思うとは言ったものの、詳しいことはわからないようだった。

 そもそも、この世界のゴーレムの出来やデザインは作成する個々のメイジの能力によって千差万別であり、一見しただけで能力などの詳細を識別することは非常に難しいのである。

 

「とりあえず、呪文ひとつで即席に作ったものじゃないわね。そこまで大きくはないけどデザインは精巧だし、その辺の土や石から作ったようにも見えないし。あらかじめ用意してあったものだと思うわ」

 

『そうですね、動きも非常に滑らかです。土系統のスクウェア・メイジが作ったのかもしれません。おそらく、動力として土石かなにかが組み込んでありますね』

 

 土系統の優秀なメイジであるマチルダも、テレパシー越しにルイズの見解に同意する。

 

 つまり、腕利きのメイジが惜しまずにコストと時間を費やして作成したものであり、それ相応に手強いだろう。

 なにかギミックや特殊な能力も、備えているかもしれない。

 人間の兵たちはほとんど戦意を喪失してしまったようだが、あらかじめ作成して内部に動力源を組み込み、作成者から自立して行動できるようにしてあったゴーレム、ないしはガーゴイルならば、命令さえ与えられれば動揺や躊躇など一切なく戦うはずである。

 

『なんであれ、挑戦された以上は早めに返事をしなくてはならないだろう。こちらも神の加護を謳った以上は、ここは堂々と受けて立つ以外にないと思うが……』

 

 ウェールズ皇太子が、そう意見を述べる。

 彼は実質的な王党派の総指揮官であり、父王と共に最終的な決定を下す立場にあるが、レコン・キスタに与する悪魔たちに関することは、それに詳しいディーキンやセレスチャルらの判断を重んじるつもりだった。

 

「ウーン……」

 

 ディーキンは、眉根を寄せて悩んだ。

 彼としても、基本的にはウェールズの意見に賛成ではあるのだが……。

 

 進み出てきたデヴィルらの数は、ここから見える限りでは三十体そこそこといったところ。

 これだけの大軍勢なのだから、それで従軍しているデヴィルすべてというわけではないかもしれないが……、ウィルブレースの言ったとおり、少数精鋭で片をつけるつもりなのだろうか。

 

 あの“ル・ウール候”だと名乗っている指揮官の他には、ゲルゴン、オシュルス、ブエロザ、キュトンに、ナイトメアに騎乗したナルズゴンがそれぞれ一体ずつ。

 バルバズゥが四体に、八体編成のメレゴンの歩兵小隊が一部隊。彼らの周囲を飛び回るスピナゴンが四体。

 ここからでは見えないが、《真実の目》で戦場を見ている『眠れる者』からの情報によれば、獣めいた姿をした不可視のデヴィルであるベゼキラも二体、加わっているらしい。

 それに、ヘルハウンドが六体……そのうちの一体は、大柄なネシアン・ウォーハウンドだ。

 そして件の大きなゴーレムらしきものが彼らの群れの中央に陣取っていて、それですべてのようだった。

 

 まだどこかに隠れたデヴィルがいる可能性は否定できないが、いたとしてもせいぜい一体から数体増えるだけだろう。

 上級のデヴィルも含まれているが、最上級というほどのものはいない。

 戦力的に未知数なあのゴーレムを除けば、まず問題なく勝てるだろうとは思う。

 もちろん、同じ種類のデヴィルであってもレベルが高く平均よりはるかに強い個体がいないわけではないから、絶対とまでは言い切れないが。

 

 とはいえ問題は、犠牲を出さずに勝てるかどうか、である。

 

『ここは、こちらも少数精鋭で行きましょう』

 

 ウィルブレースが、そう提案する。

 

『敵は数が多い。それに対してこちらも数で対抗すれば混戦となり、犠牲を出さずに勝つことはできないでしょう』

 

 ディーキンと『眠れる者』も、その意見に賛成だった。

 

「ウン……、そうだね。ディーキンも、それがいいと思うの」

 

『それで構わない。では、私と君たち二人の三人で、連中の相手をしようか?』

 

 その言葉を聞いた他の者たちが、驚いたような顔をする。

 とはいえ、大半のメンバーはテレパシー越しに話していて、顔を合わせてはいないのだが。

 

『本気か!? 相手の数は三十はくだらない。それも、恐ろしい悪魔どもだ!』

 

 これまでずっと軍を率いて戦ってきたウェールズには、すべてではないものの、城壁の外に見えている悪魔たちの姿に見覚えがあった。

 いずれも、ごく少数の部隊でその何十倍もの数の王党派の兵たちを蹴散らしてきたバケモノばかりだ。

 中でも、古びた甲冑に全身を包んだ戦士や、黒い鎧を身にまとって恐ろしい漆黒の馬のような幻獣に跨る騎士、蠍の尾をもつおぞましい骸骨のような姿をした悪魔などの士官らしき連中は、いずれも熟練のメイジや戦士たちを次々と討ち取っていった恐るべき手練れである。

 

「そうよ、あんたたちが強いのは知ってるけど、自分の力を過信するのは危険だわ。相手が何十人なんだから、こっちも同じくらいの数で戦ったってちっとも卑怯じゃないし、あんたたちが呼んでくれた天使がここにはたくさんいるじゃないの!」

 

 ルイズもそう言ってウェールズに同調するが、ディーキンは首を横に振った。

 

 招請したセレスチャルたちはみな喜んで戦ってはくれるだろうが、さしたる報酬も求めずに異世界の戦いに加わってくれた有志の彼らを、危険の大きな戦いに加わらせて死なせるようなことはしたくない。

 アルビオンの兵士たちも、相手が誰であれ恐れずに戦ってはくれるだろうが、デヴィルを相手にどこまで歯が立つかはわからない。

 ウィルブレースらセレスチャルも、ディーキンも、もちろん危機的な状況に陥った仲間を見捨てることなどはできない。

 だが、敵の数が多いだけに全力で戦わねばならない状況ですべての味方に気を配って常にカバーできるようにしておくということは難しく、それを無理にしようとすれば、かえって仲間全体が危険に晒されることになる。

 

 別に自分たちの力を過信しているわけではなく、ディーキンも、もちろんウィルブレースや『眠れる者』も、危険な戦いになるかもしれないことはわかっている。

 それだからこそ、口に出してそう言うことははばかられるが、戦力よりもむしろ足手まといになる公算の高い者は参加させない方がいい……。

 

『……と、いうことなのです』

 

 ウィルブレースも概ね、ディーキンと同じ考えだった。

 そんなわけで、彼女が失礼にならないように言葉を選びながら、手短に皆に説明していった。

 

 感情的なことや、本当に三人だけで勝てるのかといった不安など、さまざまな要素が絡み合って、誰もが完全に納得したというわけにはいかないようだったが……。

 この戦いにおけるウィルブレースの功績は非常に大きなもので、悪魔についても、おそらくこの城にいる他の誰よりも詳しい。

 その彼女自身が三人でよいというのであれば、不承不承ながらも受け入れるしかなかった。

 

 しかし、そこであえて声を上げる者がいた。

 

『私もいく』

 

 横からテレパシーを割り込ませてそう申し出たのは、タバサである。

 

『あなたたちは、悪魔には詳しいかもしれない。でも、私たちの魔法に詳しくはないはず。あのゴーレムが、悪魔の技だけで作られたものでないのなら……』

 

 それなら、ハルケギニアのメイジの技やそれに関する知識が、この戦いで役に立つこともあるかもしれない。

 と、いうのが、彼女の挙げた理由だった。

 

「ええと、タバサ……。その通りかもしれないし、気持ちは嬉しいけど。でも、それは……」

 

 それは、城内から様子を見ていてもらって、必要があればテレパシーを通して伝えてもらうことでもなんとかなるだろう。

 確かに間近で直接見る方が見落としや情報の遅滞はないだろうが、危険を冒すに見合うほどのメリットが得られる可能性は低い。

 百歩譲って仮にそうしてもらうとしても、それなら土系統のマチルダの方がゴーレムについてはより詳しいのではないか。

 

 ディーキンがそう反論をしようとした、そのとき。

 

「連れて行って」

 

 テレパシー越しではない声が聞こえてきて、はっとして振り返ると、いつの間にかタバサがそこに来ていた。

 

「タ、タバサ? あなた、なんでここに……」

 

 戦いはいま小休止中だとはいえ、どうして自分の担当する持ち場を離れて、こちらにきたのか。

 そんな疑問を顔に浮かべて戸惑っているルイズを尻目に、タバサは小走りに駆け寄ってきてディーキンの傍に屈み込むと、彼の手を握った。

 

 ちなみに、行きたそうにそわそわうずうずしていたタバサを嗾けて、彼女にしては大胆なこんな行動に走らせたのは、例によって親友のキュルケである。

 

「私も、あなたと一緒に戦いたい。お願い」

 

「タバサ?」

 

 ディーキンとルイズの主従は、そろって目を丸くしていた。

 

 いつも冷静でむしろ無気力にも思える彼女らしからぬ、感情的、衝動的としか思えないような行動。

 熱っぽく訴えるようなその目と声……。

 

「……だめ?」

 

「……ン。いや、そんな。ディーキンは、もちろんタバサがいてくれたら、すごく心強いよ」

 

 そう言ってにっこりとタバサの手を握り返しながら、テレパシーで事情をさっと説明して、ウィルブレースと『眠れる者』に了解を求める。

 

『まあ、素敵ですね!』

 

『想い人を待つ辛さは私もよく知っている。彼女がそう思い、君にそれに応える気があるのなら、誰にもそれを遮る権利などないはずだ』

 

 二人は当然のように、快く受け入れてくれた。

 

 

 

「……うー……」

 

 すっかり蚊帳の外なルイズは、最近はほとんど感じなくなっていたもやもやするような思いを久し振りに味わっていた。

 自分も行きたかったが、ここで始祖の幻影を維持し、状況の変化があった場合にはそれに対応するという仕事がある以上、そういうわけにもいかない。

 

 なによ、なんであんたがいきなり出てくるの。

 そりゃあ、別にこの子を独占しようだとか、行動に口出ししようだとか、そんな気はないけど。

 けどこの子は、ディーキンは私のパートナーなんだから、そのことを忘れないでよね!

 

 

 

 そんな不服げな彼女をよそに、ディーキンはひとまず話がまとまると、コホンと咳払いをする。

 

「アー、ええと……。戦いを手伝ってくれて、ありがとうなの。でも、きっと危険な戦いになると思うから。タバサにもちょっと、準備をしてもらっていいかな?」

 


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