Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia   作:ローレンシウ

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第百四十一話 Sometimes the story of the past

「次は、とあるエルフの詩人と、彼女が仕えた王にまつわるお話をいたしましょう」

 

 ディーキンと交代でステージに戻ったウィルブレースが一礼してそう言うと、それまでの活劇で盛り上がっていた観客たちはまた新たな興味を惹かれたようだった。

 

 彼女自身は人間にとって友好的な存在であるようだが、とはいえエルフはハルケギニアでは最強の妖魔といわれる存在である。

 それほどの力の持ち主が仕える王とは、一体いかなる者なのか。

 始祖の時代より敵視し続けてきた相手ではあるが、実際のところハルケギニアの民の大半は、エルフの実態についてほとんど知らなかった。

 彼らの社会は議会制らしいという話を聞いたことのある者もいたが、そうだとしてもやはり、多くの人間の国家と同じように王がいる地域もあるということなのだろうか……。

 

 そんな具合で、最初は高度な社会の仕組みや偉大な王にまつわる逸話が始まるものと期待していた聴衆たちはしかし、まったく予想外の話を聞くことになった。

 

「その王の名は、グレイ。農民の身分から成り上がり、いくつもの部族をまとめて人間に戦いを挑んだ、野蛮なるオークの王でありました――――」

 

 

 

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 遥かな時、遥かな所。

 グレイと呼ばれる強力なオークの指導者が諸部族をまとめて、人間の土地への大侵攻を企てたことがあった。

 

 かつてないほど大規模なその侵攻の企てを事前に察知し、自分たちだけでは対抗できないと判断した人間の王・スレイは、近隣に住むエルフやドワーフら、友好種族とも手を組んで対抗するべきだと判断する。

 どちらの種族も、その同盟の提案を受け入れた。

 最も数の多い人間が倒れれば、より小規模な数のエルフやドワーフも、必ずやその後を追うことになるからだ。

 

「同盟の受諾に感謝いたしますぞ。ついては、まずは戦いへの備えですな。そのために、オークどもの内情を探る、有能な偵察も派遣したいところです」

 

「生憎だが、わしらドワーフはいくらでも踏み止まって戦いはするが、スパイのような真似には向かんぞ」

 

 会議の中で、スレイ王とドワーフの代表者であるサンダーヘッドはそう言って、エルフの代表者エルリーフのほうを見た。

 エルフには、そのような隠密の技や魔術に優れた人材が数多くいることが知られていたからである。

 

「……さて。そのような危険な任務を果せるだけの能力を備え、かつ引き受けようとする意思をもつ者が、果たして近隣の集落にいるかどうか……」

 

 エルリーフは、肩をすくめてそう言った。

 

 人間やドワーフと違い、エルフは指導者や王族の命令に無条件で絶対服従などはしないのだ。

 エルフはなによりも自由を、つまりは個人の選択する権利を重んじている。

 指導者であれそれ以外の誰かであれ、他人に何かを頼んでみることはできるが、それを引き受けるかどうかはあくまでも頼まれた本人の自由意思に任されるのである。

 

 王家にあたるものは存在するが、他の多くの種族の通例とは異なり、王位は必ずしも親から子に受け継がれるものではない。

 そういった共同体の指導者は通常、口頭での投票によって選ばれる。

 また、退位するのもそう珍しいことではなく、単に現状に飽きたからという理由で別の適任者にその座を譲る決定をすることもままあるほどだ。

 指導者の権力自体がその程度のものであるから、後継者の座を巡って激しい争いが起こるなどということもまずない。

 国王の座を巡って骨肉の争いを繰り広げるなど、エルフからしてみれば到底理解しがたい、まるで安っぽいバッジやちょっとしたおもちゃを手に入れるために本気で兄弟と殴り合う稚児のような振る舞いだった。

 

 特に従う義務などを負っていない以上、あまりに危険な頼み事は相当な理由がなければ引き受けてもらえない可能性が高い。

 仇敵の間へ潜入して情報を集めるような危険極まりない任務を無事に果せるだけの能力と、引き受ける意思の両方を備えた人材を早急に見つけるとなると、かなり難しい相談ではないだろうか?

 

(……いや、一人いたな)

 

 彼はそこで、かつて『オークと人間との違いは何か』という自らの疑問を解消するためだけに仇敵であるオークの姿に扮し、彼らの集落を渡り歩いて無事に帰還してきた女性の詩人がいることを思い出した。

 

 旅先で出会ったミルグという名のオークの詩人を伴って帰還した彼女は、集めてきた彼らの物語をエルフの間で披露して回り、今では風変わりな詩人としてちょっとした有名人になっていた。

 敵対する種族の物語ばかりだとはいえ、同族にも受けが良くなるように彼女が上手に構成し直したことと、エルフたちの生来の自由な気質もあって、大好評とまではいかなかったものの評判は悪くなかった。

 

「彼女ならば、その任務を引き受けてくれるかも知れない」

 

 エルリーフからそう推薦を受けたスレイは、彼女に協力の打診をした。

 詩人はそれを承諾し、今一度仇敵の種族にその姿を変えて、オークの土地へ向かうこととなる……。

 

 

 

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「……ねえ? あの人のいう詩人って……」

 

 ウィルブレースの話に耳を傾けていたルイズが、小声でそう言いながら、ちらりとディーキンの方を見た。

 彼はそれを受けて、にっこりと笑いながら頷いてみせる。

 

「うん。もちろん、ウィルブレースお姉さんのことなの」

 

 彼から少しだけ離れて隣に座っているタバサも、その言葉に納得したように小さく頷いた。

 

 つまり、この話は実質的に、この間ニューカッスル城でディーキンと彼女が話してくれた物語の続きのようなものか。

 彼女は今回の歌の中で自分の名を出さず、ただエルフの詩人であるとだけ語っているが、それはおそらく当事者だと宣伝する気がないからなのだろう。

 

 そんな彼女らをよそに、ウィルブレースは話を続ける。

 聴衆たちの概ねは、予想もしない話の流れに戸惑いながらも、それだけに続きが気になるようで、一心に聞き入っていた。

 

「彼女は最終的に、再びオークの姿となり、志願兵兼従軍詩人として、グレイの軍へ潜り込むことになりました」

 

 もちろん、それまでの間にも、いくつもの物語にして歌えるほどのさまざまな紆余曲折はあったのだが。

 今歌いたいのは、自分が主役の物語ではない。

 この物語にはその性質上彼女自身も登場はするが、歌いたいのはあくまでも、出会った人々の物語なのである。

 

「オークの多くが、野蛮で利己的な人々であることは否定のしようもありません。ですが、役目の上とはいえ、傍にいて親しんでいれば、優れたところも見えてまいります――――」

 

 

 

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 ウィルブレースがオークという種族について何よりも魅力的に感じていたのは、彼らのもつ生きることへの活力であった。

 

 寿命の長いエルフは、目の前の機会を何度も見送る。

 同じ機会はまたやってくる、焦ることはない、じっくり時間をかけようと思っているからだ。

 

 対して、オークの寿命はわずか50年もない。

 だから彼らは性急で、貪欲で、正直になる。

 浅ましい振る舞いだと軽蔑する者は多いし、それも無理もないことだが、よりたくさんの食べ物を、権力を、女を得るために、彼らは積極的に行動する。

 優勢なときはかさにかかり、劣勢となれば我先に逃げ出すのも、自分に素直なればこそだ。

 エルフの間では滅多に見られないほどのなりふり構わぬ生きることへの熱心さを、誰もがもっているのだ。

 

 惜しむらくは、その活力が長くは続かないことだろうか。

 勢いよく燃える蝋燭は、燃え尽きるのも早い。

 

 実際、先に彼女が知り合っていたオークの詩人・ミルグは、今回の旅には同行しなかった。

 オークである彼が同族たちと内通するのではないかと懸念した同盟軍が、目が悪いからとかもう高齢だからとか適当な理由をつけて、任務に同行することを許可しなかったということもある。

 しかし、彼らをなんとか説得してみようとウィルブレースが申し出たのを、ミルグは無理をすることはないと言って断ったのだ。

 

『どうせ、またひとつオークに圧制者の盛衰にまつわるありふれた物語が増えるだけだ。今さら、無理に見に行くこともなかろう』

 

 それを聞いて、彼女は悲しくなった。

 

 ウィルブレースが今でも彼と出会った頃と変わらない若々しい活力に満ちているのに対して、彼は既にかなり年老いていた。

 昔ほどの体力も、気力もなくなって、もう以前のように旅に惹かれなくなっているのだろう。

 

 若い頃に冒険者たちの生活に興味を持ち、彼らと共に旅をしたドラゴンにまつわる、比較的有名な物語がある。

 ドラゴンはいくつかの素晴らしい冒険をしたが、その後別の事柄に興味が移り、しばらくの間仲間たちと別れてそちらの探求に取り組む。

 それが一区切りしてまた仲間たちの元に戻ってみると、彼らのうち二人は既に冒険中に命を落としており、残る者たちも引退して別の仕事に就いていて、もう冒険をするには年をとりすぎていた、というのだ。

 エルフやドラゴンのように長命で気の長い種族には、実際にそのようなことがままある。

 

(だからこそ、私が行かなくては)

 

 長命の種族の中には、己の長すぎる生に倦み疲れてしまうものも多い。

 しかし、自然と調和して生きるエルフは世界を深く愛しており、倦怠などというものとはほとんど無縁だ。

 

 人間などの種族は、成長すればただ無邪気に野山を駆け回ることに飽きて、兄弟と先を争って競争することに喜びを見出し始める。

 そして、いつかはそれにも飽きて疲れ切り、走ること自体を止めてしまう。

 一方でエルフは、ただ大地を踏みしめて朝露を足に受けながら歩くたびに、初めてそれを体験した時と少しも変わらぬ喜びを感じ続けることができる。

 朝日の昇る姿や鳥たちの鳴き声は何百年聞いても新鮮で飽きることがなく、長く離れていた友人や家族との絆も昼に夜に新たになって、いつまでも色褪せることはないのだ。

 魂の自由を重んじるがゆえに、自分と他人とは違うことも自然に受け入れており、あえて人と同じ方向に走って速さを競ってみることはあっても、他人を蹴落としてまでそのレースに勝とうなどとはしない。

 たとえ自分が人より遅くても、自分だけの目標に向けてただ一人で走れば一番になれるのだから。

 

 パートナーと別れねばならないのは、悲しいことだった。

 しかし、永遠に若々しいエルフにはそれを克服して、また新しい挑戦に臨めるだけの活力がある。

 件の物語のドラゴンも、仲間たちと自分との違いを認識して一度は大きなショックを受けるものの、ほどなく立ち直って自分の道に戻っていくのである。

 

(ゆっくりと長く燃える蝋燭である私の務めは、短く激しくその時代を彩る華々しい彼ら短命な種族の火が、誤った方向に燃え広がらないようにすることではないだろうか)

 

 彼女はいつか、そう考えるようになっていた。

 

 かつての旅や、その後も続いたミルグとの交流を今も大切に思っている詩人が人間の頼みを聞き入れたのは、ただオークたちの動向を彼らに伝えて手助けをするためだけではなかった。

 同盟軍を戦に備えさせるためにその仕事を務める一方で、できることなら、なるべく流血なく事前に争いを収められないものかと思っていた。

 そのために、自分にできることを探してみるつもりだった。

 

 つまるところ、人間やオークとはやや違う形ではあるが、彼女もやはり齢を重ねたのであろう。

 活力や気概を失ってこそいないが、今度は以前のように無知な者としてではなく、既にある程度よく知っている者としての立場から、世界に挑戦しようと思っていたのだ……。

 

 

 

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「……そうして、またオークの男に姿を変えた彼女は、彼らの軍に混じってそこで歌い続け、兵士たちから人気を博しました」

 

 その頃の知人たちの名前や顔を、ウィルブレースは今でも鮮明に思い出すことができる。

 

 たとえば、昔の戦の手柄を誇大に話す老兵、『年寄三本指』のゴーガ。

 仕事柄、誰よりも大きく発達した右腕が自慢の兵卒ブロッゾ。

 いつも皆から馬鹿にされて、オークらしからぬほどうじうじと卑屈にしていた新兵の“便所掃除屋”(残念ながら、誰も彼のことを本名では呼ばなかった)。

 自分の所属していた部隊で恐れられていた軍曹、『鉛のブレード・ベアラー』ハイネケン……。

 

 もちろん、多くの者は邪悪で愚かでいけ好かない、とにかく底意地の悪い男や横暴な威張り屋だった。

 それでも、役目上とはいえ付き合いを続けているうちにそれなりに打ち解けてくると、なかなか楽しい人物だとわかる者もいた。

 

(でも、みんな死んでしまった。名を遺すこともなく……)

 

 誰もかれもが、それこそ普段は臆病者と嗤われた者であっても、最後には揃って勇敢に戦い、そして死んでいったのである。

 

 彼らのことも話したいとは思うけれど、無名の存在であった以上、歌の中でもほとんど触れることはない。

 詩人とはいえ、やはり自分の見聞きしたことのすべてを語ることはできないのだ。

 

 やや切なくそう考えたときに、自分の歌を目を輝かせて聞きながら熱心にメモを取っているコボルドの詩人の姿を認めて、ウィルブレースはわずかに頬を緩めた。

 

(いつか、あなたには話しておこう)

 

 彼なら、歌うには冗長すぎる細かな話でも、本にまとめてくれることだろう。

 そうすれば、彼らも報われるというものだ。

 

 忘れ去られた兵士たちの魂の平穏を祈って、短く祈りを捧げてから、ウィルブレースは話の続きに戻った。

 

「彼女はたくさんのオークと知り合い、やがてついに、グレイ王の目にもとまりました――――」

 

 

 

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「お前は腕のいい詩人だそうだな。兵どもが、ずいぶんと褒めていたぞ」

 

「光栄です、王よ」

 

 グレイ王の私室に召し出されたウィルブレースは、畏まった様子で深々と頭を下げた。

 もちろん、演技であったが。

 

「今日はひとつ、俺にも何か聞かせてもらおうか」

 

 グレイはそう言うと、『クラッグ』と呼ばれるオークの酒を手ずから酒杯に注いで、詩人の前にぐいと突き出した。

 代金の前払いがわりに、ということだろう。

 

「は……」

 

 並みの兵士ではまず口にできないような上等な代物なのであろうが、いずれにせよウィルブレースとしては有難迷惑であった。

 クラッグはひどく強い酒である上に、オークやゴブリンにとっては美味だが、それ以外の種族にとってはとても飲めたものではないすさまじい味がするのだ。

 この大事な時にアルコールを体に入れたくはないし、思わず顔をしかめてしまったりして不審に思われても困る。

 

 結局、酒が入っては舌がうまく回らないので後でいただきましょうと言い訳をして、杯には口をつけずにギターを手に取った。

 

「では、今宵はかのグランダル王の物語を――――」

 

 ウィルブレースはそう前置きをしてから、数百年ばかり前の、有名なオーク王にまつわる悲劇的な物語を歌い始めた。

 

 

 グランダルは獰猛なオークの征服王であり、決断力もあり、恐れを知らず、他の大抵の者よりも賢かった。

 

 彼は長年に渡って多くの部族を吸収しては軍勢を大きくしていき、最終的に数千の兵から成る、オークとしてはかなり大規模な軍隊を組織するまでに至る。

 それに加えて多くの寵姫と数人の息子を抱えて、彼は栄光に包まれた壮年期の終わりに差し掛かった。

 

(もうすぐ成年に達した息子たちが、俺の玉座に挑戦してくるだろうな)

 

 ある時そう考えた彼は、ふと、ある恐怖の念に襲われた。

 それは、彼がそれまでに感じたことのない種類の、真の恐怖だった。

 

 無論、子供たちの挑戦を受ける準備はいつでもできている。

 だが、自分もいつかは年老いて成り上がりの息子の誰かに敗れ、死ぬ時が来るのだ。

 その後、分別のない息子たちは権力を巡って、互いに争い合うに違いない。

 そうなれば、自分がせっかくこれまで築き上げてきたものもたちまち瓦解して水泡に帰するであろう。

 それこそが、グランダルの恐れたことだった。

 

(それを避けるには、もっと大きな土地が必要だ)

 

 彼は最後の仕事として、自分がこれまでに征服してきた山岳地帯から降りて、南の低地を手に入れる計画を立てた。

 それが首尾よくいけば、これまでになく広い土地にオークの帝国を築くことができ、息子たちそれぞれに十分な広さの領土を与えることができるだろう。

 そうすれば、自分の偉業も後々まで残せるのだ。

 

 だが、彼の息子たちの多くは父のその無謀とも思える、危険な征服計画に不満を抱いた。

 

 オークの主神グルームシュは、この世のすべては元々オークのものであり、他の種族の手から取り戻さねばならぬのだと教えている。

 だが、現実的なオークならば、それが自分の存命中には到底成し遂げられそうもない大望であることも理解しているものだ。

 彼らは、父はグルームシュの御許に召される前にあの世で神の歓心を買えるだけの遺産を手にしたくて、そのために息子である自分たちの命を犠牲にしようとしているのではないかと疑った。

 あるいは、この度の父の戦がこれまでのような貪欲さと勇猛さからではなく、恐怖を発端として計画されたものであることも、無意識に感じとっていたのかもしれない。

 

 絶対的な恐怖の対象であったあの父も、ついに老いたのだ。

 彼の長男は、その機会を逃さなかった。

 

(俺が王の座を手にできる機会が、とうとうやってきたぞ!)

 

 うまくいけば、領土も、財宝も、老いた父にはもう必要のないあの豊満な寵姫たちの肉体も……、すべてが自分のものになる。

 

 

「……その後、父を殺され強引に部族を併合された恨みを抱いていた寵姫の一人を抱き込んだ長男の計略によって、ついにグランダルは命を落としました。彼女の寝室で毒酒を飲まされ、体の自由が利かなくなった王は、息子によって心臓に剣を突き立てられて死んだのです……」

 

 ウィルブレースは歌いながら、グレイの反応を窺っていた。

 もちろんこのような歌を選んだのは、権力の儚さ、争いの虚しさなどをいくらかでもオーク王の心に感じさせることができればと思ってのことだったが、あるいは彼の機嫌を損ねてしまうかもしれないと恐れてもいたのだ。

 

 しかし、彼は静かに酒杯を傾けながら、じっと歌に聞き入っている様子だった。

 熱心に聞いているようだし、その目にはわずかに興奮したような輝きもあったが、それ以上の感情はうかがえない。

 はたして、彼はこの歌を、どう感じているのだろうか……。

 

「……グランダルの恐れたとおり、彼の死後、息子たちは権力を巡って対立し、それに寵姫や部下たちの思惑も絡み合って、ほどなくしてオークは再び多くの部族に分かれて争い合うようになりました。彼の最後の征服行は成らず覇道は潰え、その名も忘れ去られてしまいました。今では、グランダル王にまつわる逸話は、ただこれだけが残っています――――」

 

 そうして歌が終わると、グレイ王はゆったりと拍手を送った。

 

「いい歌だった。だが、ひとつ聞きたいことがある」

 

「なんでしょうか、王よ」

 

「お前はグランダルの衰えや、息子どもの無分別や、寵姫の卑劣な計略を歌う時に、少しも怒っていなかったな?」

 

「…………」

 

「他の詩人はみな、怒りながら歌う。自分の感情のままに、エルフに、ドワーフに、人間に、さまざまなものに対して怒り、聞いている者の怒りをも湧き立たせていく。それが歌というものではないのか。お前はなぜ、歌に怒りを込めないのだ?」

 

 ウィルブレースは、どう答えるべきか迷った。

 安全を考えるなら、ここは無難な返答を返して誤魔化しておくべきだろうか。

 

 だが、それではこのオーク王の心に切り込んでいくことはできまい。

 心に深く訴えることができなければ、彼を動かすことなどは到底不可能だ。

 

 結局、思い切って正直に答えることにした。

 

「……それは。私には、そういったことが誤りではないかと思えるからです、王よ」

 





オークの酒『クラッグ』:
 D&Dのサプリメント、「武器・装備ガイド」で紹介されている酒の一種。
オークやゴブリンの間で人気のあるとても強い蒸留酒だが、それ以外の種族の者にとってはすさまじい味がする。
オーク、ハーフオーク、ゴブリン、ホブゴブリン以外の者がこれを飲むと、頑健セーヴに成功しない限り吐き気がする状態になる。

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