Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia 作:ローレンシウ
「ねえ、タバサ。さっきからなんだかそわそわしてるけど、どうかしたの?」
タバサの望みを承諾して彼女と共に礼拝堂へ向かう途中、ディーキンは彼女のなんだか落ち着かない様子が気になって、歩きながらそう尋ねてみた。
と言ってもごくごく微妙な変化で、ディーキンとキュルケ以外には普段と変わりなく見えるだろうが。
「……あなたに、聞いてみたいことがあった。……でも、不躾かもしれない、から」
見透かされたタバサは、しばし逡巡した後、ためらいがちにそう答えた。
「ディーキンは別に、タバサが不躾だなんて思わないよ。何?」
「……。あなたは……、恋……を、したことは?」
ともすれば消え入りそうな声でそう尋ねるタバサの頬は、かすかに紅潮している。
緊張で、喉がからからになっていた。
「……恋? ……アー、ええと……」
ディーキンはちょっときょとんとしたように目をしばたたかせると、次いで困ったように頬を掻いて考え込む。
しばらく悩んだ後、ディーキンは曖昧に首を横に振った。
「ごめん、ディーキンにはまだ、恋ってよくわからないの。でも、たぶん、……ないと思う」
もちろんディーキンにも、それがタバサが期待している答えとは違うのだろうなということは何となく感じ取れたが、それでも正直に答えるしかなかった。
嘘をついてどうなるものでもないし、彼女に対しては誠実でありたいから。
卵生であり、繁殖のために特に何の感情も抱いていない複数の相手と当然のように交われるコボルドには、特定の異性だけに特別に惹かれるというような感情がそもそも薄い。
もっと言うなら、性別を問わず特定の個人に執着すること自体が稀である。
秩序にして悪の性質をもつコボルドの社会では、自分も他人も社会の中のひとつの歯車に過ぎず、特定の歯車を別の歯車と区別して大事にしようなどとは思わないのが当たり前なのだから。
大半のコボルドは生涯を通して結婚しないし、それどころか友人と呼べるほどの相手さえ一人ももたないというのもごく普通のことだ。
それでも、主として職場を共にする男女の間で、長い時間を共に過ごすうちに情が深まって、互いを伴侶にするという約束を交わすに至ることは稀にある。
しかしながら、そういった場合でもコボルドは別に相手を独占しようなどとは考えない。
たとえ婚姻を結ぼうとも両性共に依然として種族としての繁殖本能に支配されているから、婚外交渉をもつことはごく当たり前で、そのことはコボルドの夫婦間になんの摩擦も生じさせないのが普通だ。
コボルドにとっては、特定の他人をそれ以外の者たちよりも特に大切にするなどということ自体が稀なのであって、そもそもそのような特別な感情に恋だとか友情だとかの明確な区別をつけられるほどには本人自身もよく理解していないことが多い。
ただ、なんとなく一緒にいたい、一緒にいると楽しい、これからもずっと一緒でいたいと思い、相手もそのように思ってくれていることが確認できたなら、友人になったり婚姻を結んだりするというだけなのだ。
ゆえに、異性間での婚姻関係といえども大抵は同性間の友情と同じか、せいぜいその延長上にあるような、穏やかな親愛程度の感情に留まる。
一般的なコボルドのあり方についに馴染めなかったディーキンといえども、男女の関係について自分の生まれ育った社会の常識は根付いているし、それ以外のことは長い間知らなかった。
それでもさまざまな書物を読んだり、伝聞を深めたりしていくうちに、ディーキンにもどうやら多くの人型種族の男女はコボルドよりもはるかに互いに執着するもののようだということがだんだんとわかってきた。
そうなると、大抵のコボルドの夫婦が互いに抱き合っている愛情が、人間が「恋」と呼ぶものと同じかどうかは疑わしいように思える。
ディーキンにはボスをはじめ好きな人間が大勢いるが、それはきっと「恋」というようなものとは違うのだろうし、もちろん同じコボルドに対しても「恋」などをしたことがあるとは思えなかった。
そもそも、コボルドが「恋」のような感情を抱き得る種族なのかどうかさえ、現時点では確信をもっては語れない……。
「……そう」
タバサは、俯いてぽつりとそう呟いた。
その頬からは既に朱が消えて、いつも以上に白くなっていた。
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二人が散歩を終えて戻ってきた礼拝堂には、相変わらず人の気配はなかった。
既に起きている者もいくらかはいるだろうが、もう少ししたらこの城を発たなくてはならないという日に、別段早朝から礼拝堂に来る用件もないのだろう。
奥に佇む始祖ブリミル像が静かに見守る礼拝堂全体に、早朝の澄んだ、静謐な空気が満ちている。
タバサは静かに、その像の前まで歩を進めた。
ディーキンも彼女の後からてくてくと続きながら、彼女は一体まだ何の用事があってここにもう一度来たいと言ったのだろう、と考えていた。
確か、自分に話があるということだったが、この場所でなくてはいけないということは……。
「……何か、お祈りし忘れたことがあったの?」
ディーキンはちょっと口元に指をあててから、そう尋ねた。
彼自身は、タバサに散歩の約束を取り付けた後で元々の目的だった始祖ブリミルへの祈りはちゃんと済ませてから外に出たので、改めて祈っておくようなことはない。
「お祈りじゃない。……懺悔」
「懺悔? 何か、神さまに許してもらわなきゃいけないようなことをしたの?」
「違う。始祖には、見守っていてもらいたいだけ」
そう言って彼女は、ディーキンの方に向き直った。
それからひとつ深呼吸をすると、膝をついて杖を置き、彼と目線の高さを合わせる。
「……私が許してもらわなければいけない相手は、あなた」
「へっ?」
ディーキンは、まるで思いもかけないことを言われてきょとんとする。
次いで、不思議そうに首を傾げた。
「……許してもらうって。別にディーキンは、何もタバサから悪いことなんてされてないと思うよ?」
そう言われても、タバサは首を横に振る。
それから、そっと手を組み合わせて、ぽつぽつと話し始めた。
「本当はもっと、ずっと前にこうするべきだった。……あなたに決闘なんかを要求してしまったあの後に、すぐにでも」
けれど、突然任務の命令が来て。
さまざまなことが立て続けに起こるうちに、なんだかうやむやに済ませてしまっていた。
今更だとは、自分でも思う。
それでも、一度ちゃんとけじめをつけておかなければ、自分は彼と真っ直ぐは向き合えない気がしたのだ。
「……アア。あのこと?」
そういえば、前にタバサから学院の中庭で戦いを挑まれたことがあったな、とディーキンは思い出した。
とはいえ、彼のほうでは別に、謝られるようなことがあったとは思っていない。
「あのことならディーキンは、別に何も気にしてないの。確かに、あのときは急に戦ってって言われてちょっと驚いたけど、特に問題はなかったよ?」
「問題はある。……私はあのとき、あなたに怪我をさせた」
「ンー……、それは、戦いなんだから仕方ないの。戦ってる最中なのに、ディーキンが他のことに気を取られてたせいだよ」
あのときは、動物に化けたインプが近くで決闘の様子を観察していた。
傍で見ていたシエスタがそれに気づき、声を上げてそいつと戦おうとしてくれたのだ。
しかしディーキンは、突然のことでそちらの方に気を取られてしまい、そこへタバサが放った電撃を浴びたのだった。
「うっかりしてたのはディーキンの方なの。だから別に、タバサに落ち度はないよ」
特に決闘を中断しようなどといった呼びかけもせずに他所に注意を向けていたのだから、彼女が隙ありだと判断して攻撃してきたとしても、それを非難などできようはずもない。
「違う。……あのとき、私は本当は攻撃を止められた」
なのに、そうしなかったのだ。
彼が注意を他所に向けていることがわかっていたのに、本当ならば当然戦いを一時中断するべきところなのに、それに構わず危険な攻撃を仕掛けたのだ。
「……あの時、私は……。心の底では……」
俯いてぽつぽつと告解するタバサの声は、少し震えていた。
「……きっと、あなたに殺意さえ、もっていたと思う」
「エエ? まさか……」
それを聞いて、ディーキンはきょとんとした。
ややあって、少し困ったような顔をすると、首を傾げて頭に手を当てる。
「……えーと。ごめんなの。じゃあ、ディーキンは知らないうちに何か、タバサにひどいことしてたんだね?」
「違う。……ひどいのは、私のほう」
タバサは、痛む胸をぐっと押さえて、先を続けた。
「……あのときの私は、あなたに対抗意識を持っていた。自分は優秀だと信じていた、苦労も努力もしたと思った。たくさんのものを犠牲にもした。……なのに、あなたは私よりずっと多くのものを持っていて、何も失っていないように見えたから」
そんな自分の賤しい胸中を告白することは、血を吐くように辛かった。
それでも、伝えなくてはならない。
「だから……ごめんなさい」
タバサはそう言って顔を伏せると、同時に自分自身にも問いかけてみた。
(私はいま、どうして辛いと思っているの?)
それは、未だに歪んだちっぽけなプライドが、心のどこかにあるからだろうか。
そのために、自分の卑小さを認めるのが辛いからだろうか。
彼の邪気のない、自分とはまるで違うきれいなきれいな笑顔を見ていると、ときどき酷く惨めな気持ちになってくることがある。
自分は本当は、あのときから何も成長なんかしていないのではないか。
彼に対する敬意や恋慕の情めいたものなんて、実のところは彼を自分よりも上位にあるものとして扱うことで、自らの惨めさを誤魔化すために賤しい心が造り出した偽りの感情なのではないか……。
(……違う)
こうして口に出す前には、もしかしたらそうなのではないかという恐れがかすかにあった。
でも、実際に彼の前で思い切って告白してみて、そうではないということがわかった。
自分がいま辛いのは、自分自身の卑小さを改めて直視したことではない。
そんな自分の醜い面を、彼に知られてしまったことが辛いのだ。
誤魔化しではなく、今の自分は彼が優れていることを、心から受け容れられている。
それがわかった以上は、迷いなく伝えられるだろう。
「イヤ、そんな。タバサは責任感が強いから、ちょっと考えすぎてると思うの。……それにディーキンだって、たまにはタバサをうらやんだりするよ。ええと、たとえば、この人みたいに頭のよさそうな感じになれたらいいなあとか、この人くらい背が高かったらかっこいいのになあとか……」
一生懸命に話すディーキンの顔を見て、タバサはかすかに微笑んだ。
「ありがとう……」
それから、もう一度しっかりと手を組み合わせて、一層深く、恭しいといえるような態度で頭を下げる。
「シルフィードも、母さまも、トーマスも、そして私自身も、あなたが助けてくれた。……もし、以前の非礼が赦されるのなら。これからの私の杖は、あなたに捧げたいと思う」
それは、物語の中の英雄が退屈な日常から自分を連れ出してくれることを望んでいたかつて頃のように、幼く弱いままで憧れた相手に依存し続けたいからではない。
恩義のために自分を犠牲にしようというのでも、ましてや、自らのちっぽけなプライドを守るための欺瞞でもない。
ただ心から、そうしたいと思っているからだ。
(やっと、言えた。……言ってしまった)
安堵と不安の入り混じった複雑な感情を胸に、タバサはそっとディーキンの様子を窺ってみた。
ディーキンは、何かとても困ったような顔をして、頬を掻いている。
どう返事をしていいかわからずに言うべき言葉を探している、といった感じだった。
もちろん、それはそうだろう。
ずっと前から心の中では彼に仕えようと既に決めていながらも、これまでそれを口に出さなかったのは、彼がそんなことを望むことは思えなかったからだ。
これはあくまでも、自分の望みとして言わせてもらったこと。
……けれど。
どうして今、言ってしまったのだろう。
彼に余計な気遣いをさせないためにも、このことは自分の心の中だけの誓いに留めておこうと決めていたはずなのに……。
(そんなこと、わかりきっている)
自分の中の冷静な部分が、冷たく声を上げる。
(あなたは、自分から彼を誘っておきながら、ここで何を話そうか迷っていた。だから、歩きながらあんな質問をして、彼のあの返事を聞いて――)
タバサはぎゅっと自分の胸元を掴んで、その続きを無理に抑え込んだ。
今は、そんなことは考えたくなかった。
ディーキンは困惑した様子で、ためらいがちに話し出す。
「……ええと、その。タバサみたいな人からそんな風に言ってもらえて、ディーキンはすごく嬉しいの。でも正直、光栄すぎて、ちっぽけなディーキンには身にあまるよ……」
「そんなことない」
タバサは気持ちを切り替えると、そう言って首を横に振った。
「あなたと共に戦ってきて、私は本当の英雄がどんなものかを知った。私こそ、あなたに比べたらちっぽけなものだったと思う」
「それこそ、そんなことないの。だってタバサは、一人で一生懸命に頑張ってたんでしょ。えらい人で、英雄になれる人だよ。それに、ディーキンよりもボスの方が、ずっとすごい英雄なの」
「あなたが言うのだから、その人は間違いなく立派な英雄なのだと思う。……でも、実際に私の前に現れた勇者はあなただった。だから私にとって、あなた以上の英雄はいない」
タバサは跪いたまま、真っ直ぐにディーキンの顔を見つめる。
「私は永遠に、あなたに感謝する。たとえ受け容れてくれなくても、この杖も体も、あなたのためにある。始祖に誓って」
ディーキンはと言えば、決まり悪そうに視線をさまよわせながら、そわそわしていた。
確かに、タバサの言い分はもっともなのかもしれない。
自分にとっても、ボスこそが最高の英雄だ。
広い世界には、そして長い歴史の中には、彼以上の力をもつ者や、彼以上の功績を残した者も、いくらもいることだろう。
けれど、実際に自分の前に現れて、そして自分の運命を変えてくれた最高の英雄は彼なのだ。
かろうじてゴブリン一匹を追い払える程度のごく平凡な村の青年も、彼に助けられた村娘にとっては真の英雄であるに違いない。
しかし、たとえそうではあっても、どうにも落ち着かなかった。
別に、タバサの申し出を拒絶したいというわけではないのだが。
「……ウ~、その……。ありがとうなの、ディーキンはなんだか、すごく照れちゃって……。ええと、こんなとき、なんて言ったらいいのか……」
賞賛の声をかけられるのは嬉しいが、コボルドは自分よりも遥かに大きく文明的な他種族から尊敬などを向けられる身分ではない。
シエスタから先生と敬われたことはあるが、彼女は種族の差などを問題としない善なる魂をもつアアシマールである。
人間から褒められるとか、友人として接してもらえるならまだしも、心から尊敬される、目上の相手として見られるなんてことは、およそ想像もできないことだった。
「……もし、私を従者として受け入れてくれるのなら。叙任の言葉を、あなたからかけてもらいたい」
タバサは元々王族の血を引くものであり、誓いの言葉とか、叙任や叙勲の儀式とかいったものを尊ぶ気持ちはある。
形式的なものにそこまでこだわるわけではないが、生涯従うと決めた相手にはできることならそのような正式な扱いを与えてほしい、という望みはあった。
「従者……」
彼女からそう言われると、ディーキンは真顔になって考え込んだ。
「……アー、ディーキンは、タバサに召使いになってほしいとは思ってないんだけど……。でもタバサは、その方がいいの?」
「別に、無理に付き合い方を変えてほしいとは言わない。私も、これまでと同じようにあなたに接する」
ただ、形だけでも認めてほしいのだと、タバサは言った。
「ええと、その、従者っていうのは、つまり……。これからずっと、ディーキンについてきてくれるってこと?」
タバサは、ほんのかすかに頬を紅潮させながら、小さく頷いた。
「……でも、あなたがそうしないように命じるのなら。私の判断でどうしてもという時以外は、ついてはいかないようにする」
ディーキンは、同じ高さでじっとタバサの顔を見つめて、小さく首を傾げた。
「アー……。でもディーキンは、いつになるかはわからないけど、そのうち故郷の部族のところへ帰って、族長になるつもりなの。ルイズから暇をもらってね」
「迷惑でなければ、その時もついていく」
「でも、すごーく遠いよ? その、タバサには、お母さんとかもいるし……」
「あなたは、その母さまを助けてくれた人。こちらでのことに片がついて、母さまの身が安全にさえなれば、あなたについて遠くへいっても構わない。母さまも、それに反対はされないはず」
もちろん、母になかなか会えなくなるのかと思うと寂しいし、せっかくまた一緒に暮らせるようになったのに遠くへ行くことになるのを申し訳なく思う気持ちもあるが……。
それでも、親元を離れてでも主に仕えるのが従者というものである。
個人的な感情の問題を別にしても。
「コボルドは、真っ暗な洞窟に住んでるの。人間がそんなところで暮らしたらお日様の光も浴びれないし、空気も悪いし、きっと病気になるよ」
「なら、洞窟の近くに小屋を作ってそこに住む」
「みんなはタバサのことをよく思わないかもしれないし、他の人間にもなかなか会えなくなるかも……」
「気にしない。……あなたがいれば、私は平気」
タバサはそう即答したが、はたして本当に平気かどうか、本当は自信がなかった。
森だろうが、洞窟だろうが、別に構わない。
いまさらそんなことで参るほど、やわな生き方はしてきていない。
でも、彼が故郷に戻って同族の仲間たちに囲まれて、同じコボルドの女性といずれは寄り添って……。
そうして幸せそうにしている姿などを見たら、ただ一人異種族の人間であるひとりぼっちの自分は、それでも耐えられるのだろうか。
いま想像しただけでも、胸が締め付けられるような思いがするというのに。
けれど、それでも、彼について行きたいと思う。
「……そうなの。タバサの意思は、固いんだね?」
ディーキンの言葉に、タバサはこくりと頷いた。
それを確認すると、ディーキンは真っ直ぐに背筋を伸ばしてひとつ咳払いをする。
「コホン……、じゃあ、ええと……。ハルケギニアでは、こういう時には杖を使うんだよね……」
そう呟いて、この旅に出る前にオスマンから借り受けた『魔道師の杖(スタッフ・オヴ・ザ・マギ)』を取り出す。
高名なアーティファクトだから、こういう儀式には相応しいのではないか、と思ったのだ。
それを確認すると、タバサは跪いたまま静かに目を閉じて顔を伏せた。
ディーキンはそんな彼女の右肩にそっと杖の先を載せると、声をいつになく厳かな調子に変えて、言葉を紡いでいく。
自分の聞きかじりの知識に基づいた、ハルケギニア式に自己流の混ざった即興の叙任の儀式であった。
「……偉大なるイオの名にかけて。竜の民の子、我ディーキン・スケイルシンガーは、始祖ブリミルの見守る民の娘、シャルロット・エレーヌ・オルレアンこと『雪風』のタバサの歩む道に祝福のもたらされんことを願い、同時にその誓言を求める。我が友よ、親愛なる者よ、高潔なる魂の持ち主よ――」
ディーキンはそこでちょっと言葉を切って、求めるべき誓言の文句を考えた。
従者として従えなどと彼女に要求する気はないが、さて……。
「――汝は、今後も我を友とし、その高潔なる魂が命ずるところに忠誠を誓い、己の望む道を歩み続けることを誓うか?」
タバサはじっと畏まったまま、いかにも彼らしい文句だと思った。
自分に従者となることを求めるのではなく、あくまでも友であってほしいと言っている。
しかし、己の魂に従えとも言ってくれている。
つまり、自分が友であると同時に、彼の従者であることも望むなら、そのように振る舞ってもよいということだ。
そして、もしいつかもはやそれを望まなくなったのなら、好きにやめてもよいということ……。
「……誓います」
ディーキンは頷いて、杖でタバサの右肩を二度叩き、次に左肩を二度叩いた。
それで、叙任の儀式は終わりだ。
「それじゃ、タバサはこれから自分が望む限りは、ディーキンについてきてくれるんだね。これからもよろしくなの!」
手を取ってタバサを立ち上がらせると、ディーキンはにっと笑ってそう言った。
タバサもこくりと頷いて、彼に答えるようにわずかに微笑む。
完全に心が満たされたとは言えない。
むしろ、辛いこともあった。
でも、確かに望んでいたことのうち、ひとつは叶ったのだ。
「……ア、そうだ」
出発の準備のために先に出ていこうとしていたディーキンは、礼拝堂の入口でふとそう言って、くるんと振り向いた。
タバサはまだ、ブリミル像の前にいる。
「何?」
「ねえタバサ。もしよかったら、いつかディーキンに、恋ってやつを教えてよ!」
そう言うと、きびすを返してとたとたと走り去っていく。
「……え……?」
しばらくその場にじっと固まっていたタバサがどんな顔をしていたかは、ブリミルのみぞ知る。