Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia   作:ローレンシウ

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第百四十八話 Fumbling

 

「あの人形娘の居所なんて、こっちが聞きたいことよ」

 

 イザベラは、突然訪ねてきた父王の側近である女……シェフィールドの問いに、不機嫌そうにそう答えた。

 

「あの躾の悪いガーゴイルは、この間から主に断りもなく、どこぞをほっつき歩いてるみたいでね!」

 

 彼女は先日、また適当に意地の悪い任務を見繕って、タバサに使いを送った。

 が、学院やその周辺のどこにも彼女の姿が見えなかったらしく、その使いはしばらく粘ったものの、結局は諦めて虚しく戻ってきたのである。

 

 謀反の罪に問われた元王族の娘など、反乱の元になりかねないゆえ当然即刻処分すべきところ。

 それをお情けで生かしてもらっているという自分の立場を、まだよく理解していないのか。

 ましてや母を人質に取られてもいるというのに、主人に断りもなく学業もサボってどこぞへ遊びに出て、何日も連絡が取れないような状態にするとは、なかなかいい度胸である。

 

 さては、いい子ぶってすましていたあいつにも、とうとう限界が来たのか。

 実の母とはいえ、もはや重荷にしかならない壊れた女なんかもういい加減に放り出して、自由の身になりたくなったか。

 それで行方をくらまして、どこかへ逃亡を図ったのか?

 

(……ま。あのシャルロットに限って、そんなこともないだろうとは思うけど……)

 

 確かに、逆らえばオルレアン公夫人がどうなるかという脅しをかけてはいるものの、人質は無事だからこそ意味があるわけだし。

 根強く残っているであろうシャルル派の貴族を刺激することも考えると、ちょっとばかり不服従の兆しを見せたかもしれないというくらいのことで、そうそう処刑などをするわけにもいかないだろう。

 実際のところはおそらく、どうしても断り切れない付き合いとか何らかの事情があって、しばらく学院を離れているというだけのことなのだろうが……。

 

 なんにせよ、主人へ断りも入れずに勝手に連絡の取れない場所へ出かけたことに対しては、後日きちんと罰を与えてやらねばなるまい。

 それも、あの人形娘にこちらの不興をはっきりとわからせられるような、創意工夫を凝らした罰をだ。

 

「ありがとうございます、姫殿下。それでは、私はこれで」

 

 イザベラが意地の悪い考えを楽しく弄んでいるのをよそに、シェフィールドはあっさりとそう言って、軽く会釈をした。

 そのまま踵を返して出ていこうとする彼女に、イザベラがあわてて頼み込む。

 

「ちょっと! あなたから父上に言っておいてちょうだい、私だってもっと王家のお役に立ちたいんだから、いい加減にこんな陰気な仕事よりもなにか別の官職を与えてくださいって!」

 

「善処いたします。その機会があれば」

 

 シェフィールドは歩きながら軽く頷いてさらりとそう言っただけで、立ち止まろうともせずにさっさと出ていく。

 一応敬語を使ってはいるものの、その態度からは王族に対する敬意などはほとんど感じられない。

 

「……何よ、あの女は! いきなりやって来て、王女であるこの私の貴重な時間をとらせておいて!」

 

 イザベラはそうしてひとしきり癇癪を爆発させて周囲の従僕たちを震え上がらせた後、恩師であり腹心でもあるラークシャサの私室でぐちぐちと不満をぶちまけながら、この出来事について話したのだった。

 

 

(ガリア王の側近である女が、イザベラに単身で情報の提供を求めにきただと?)

 

 ラークシャサは、ひとしきり不満をぶちまけたイザベラが帰っていった後、自室で物思いに沈んでいた。

 

 そんなことは、これまでになかった。

 あるいは考えすぎかもしれぬが、デヴィルどもの動きが最近あわただしいことも併せて、何やら気にかかった。

 

(なんにせよ、自分だけが時勢から取り残され、権力の座から転げ落ちるなどと言う事態だけはなんとしても避けたいものだがな……)

 

 そのためには、もう少しイザベラを動かさねばなるまい。

 

 

 

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「やはり、シャルロット公女は学院から姿を消しているか」

 

 プチ・トロワでイザベラから情報を引き出し終えたシェフィールドは、そうひとりごちた。

 アルビオンにいた青髪の少女はやはり、彼女で間違いないのだろう。

 

「問題は、なぜそんなところに行ったのかということ……」

 

 母を人質にとられているシャルロット公女としては、学院をあまり長く留守にしてガリア側から長期間連絡が取れない状態にすることは望ましくないはずだ。

 とはいえそれだけなら、友人の頼みや学校行事等でやむなく、あるいはたまには年頃の少女らしく羽根を伸ばしたい誘惑に駆られて、ということもあるかもしれない。

 だが、母のために死ぬわけにはいかない身で、命の危険があるアルビオンの戦地へまで向かうことなどあるはずがないだろう。

 

 裏を返せば、にもかかわらずそこまでのことをしているからには、相応に大きな動機があるに違いないのだ。

 

(それは、必ずやニューカッスル城に現れたという『虚無』と関係しているはずだ。ただの偶然にしては出来過ぎている)

 

 だからこそ、それを突き止めることが重要になってくるとシェフィールドは踏んでいた。

 

 念のため、ラグドリアン湖畔にあるオルレアン公領の館へも物見のガーゴイルを飛ばして確認してみた。

 シェフィールド自身は実際に足を運んだことはないものの、聞いていた情報通り、そこには心を病んだオルレアン公夫人とただ一人残った老僕が住んでいた。

 つまり、シャルロット公女が何らかの方法で既に母を救い出したとか、別の場所に移した、ということはなさそうだった。

 

 と、なると。

 次に接触するべき相手は……。

 

 

 

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「貴様は……」

 

「レコン・キスタに身を置く者よ。それで十分でしょう、ワルド子爵」

 

 シェフィールドは、先日正体が露見してトリステインの監獄に送られたというレコン・キスタとの内通者に目を付けた。

 手元に入ってきた話によると、ラ・ロシェールでデヴィルどもが広めていた麻薬組織が壊滅したのとほぼ時を同じくして捕らえられたこの男は、トリステインからアルビオンへ向かった使者たちと同行していたらしい。

 

 もちろん、監獄へ侵入して捕縛されている彼と対面するなど、シェフィールドにとっては造作もないことだ。

 

「……わざわざこんな場所にまで来てくれるとは有り難いことだな。見ての通り、俺はしくじった。いまさら何をしに来たのだ」

 

 ワルドは、鉄格子越しにシェフィールドと話しながらも、彼女の動きに注意深く目を配っていた。

 既に内通者であることが露見し、スパイとしての価値がなくなった自分に、わざわざレコン・キスタの連中が助けをよこしてくれたと思うほどおめでたくはない。

 むしろ、余計なことをしゃべられぬために口封じの刺客を送られたのだという方があり得そうなことだ。

 

(だとしても、俺は黙って殺られはせんぞ!)

 

 杖はもちろん取り上げられてしまっているが、手の届く範囲までなんとかおびき寄せられればたかが女一人、体術だけでもどうとでもしてみせる。

 もしもこの女が牢を破る術をもってきているなら、むしろ脱獄の好機かもしれぬ……。

 

 しかし、シェフィールドはそんな彼の警戒した様子を見て、冷たく嘲った。

 

「どうやら、自惚れが過ぎる男のようね。安心するがいい、お前のような組織の末端に過ぎない内通者など、わざわざ刺客を送ってまで口を封じるほどの価値はないわ」

 

 ワルドは一瞬不快そうに顔をしかめたが、確かにもっともなことだと、警戒を緩めた。

 第一、自分の口を封じるにしては、もう既に捕まってからの時間が経ち過ぎているだろう。

 

「……ふん、そうかもしれんな。では、何の用だ?」

 

「ひとつだけ、我々にとって価値のある情報をお前はもっているはず。お前が同行していた、トリステインからアルビオンへ送られた使者の情報よ」

 

「ああ。やつらか……」

 

 ワルドは頷きながら、思案をめぐらせた。

 

 わざわざレコン・キスタ側の人間が自分にそれを聞きに来たということは、ルイズらがアルビオンで目覚ましい働きをしたということだろう。

 だとすれば、ルイズは既に『虚無』の力に十分に目覚めているということか。

 

(くそ! あのいまいましい使い魔を相手にしくじってさえいなければ、今頃は俺がその力を手中に収められていたかもしれぬものを!)

 

 ワルドはここへ送られる前にディーキンから《記憶修正(モディファイ・メモリー)》の呪文をかけられて、最後の戦いに関する記憶を改竄されている。

 そのため、偏在をあっけなくかき消されたりドラゴンに変身した彼に一蹴されたりしたことは忘れ、自分の正体に感づいた彼から不意打ち気味に攻撃されて思わぬ不覚をとったのだと思い込んでいるのだった。

 

 もっとも、ディーキンがどうこうという以前に、まず当のルイズ自身に今のところ彼を受け容れる気がまったくないことに気付いていないのは、それとは無関係であるが。

 

「では、アルビオンへ渡ったあの連中は、まだ健在なわけだな? 王党派の残党どもはどうなった、決着はついたのか?」

 

「聞いているのはこちらよ、子爵」

 

 シェフィールドは、ワルドの問いを冷たくはねつけた。

 

「……その情報を引き渡すことで、こちらの得る利益は?」

 

 答える代わりに、シェフィールドは腰から一本の短杖を引き抜くと、鉄格子越しにワルドにその青白く光る先端を突きつけた。

 彼女はメイジではないが、『ミョズニトニルン』の能力によって、ワンドに込められた呪文を解放することができる。

 

「この場で殺されない権利か」

 

 シェフィールドは鷹揚に頷いた。

 それから、おもむろに懐にもう一方の手を差し入れると、そこから取り出した一本の鍵をちらつかせる。

 

「こちらの満足がいくだけの情報が提供されれば、追加報酬を検討してもいいわ」

 

 

 

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(これで、大凡の見当はついた)

 

 ワルドから話を聞き出し終えたシェフィールドは、ここまでに得た情報を総合してそう判断した。

 

「アルビオンでシャルロット公女が共にいたあの亜人は、『虚無』の使い魔……『ガンダールヴ』だったか。そして、その主人はルイズという名の、トリステインの名門ヴァリエール家の息女……」

 

 あの亜人は、その見慣れぬ姿からして、おそらくはデヴィルどもと同じく異界から来た存在。

 つまり、異界に関する知識をもっているということだ。

 

(おそらく、シャルロット公女は何かのきっかけで、ルイズという少女が『虚無』の使い手であることを知った。もしくは、その使い魔が異界の知識に通じていることを知った。そして、それがオルレアン公夫人を救ってくれるものと考えたのだ)

 

 彼女が協力する見返りとして、母を救うことを求めたのだとすれば。

 それならば、異国人の身でありながら、危険をおしてトリステインからアルビオンへの使者としての旅に同行したというのも納得がいく。

 おそらく、アルビオン王族のもつ『虚無』の秘宝、もしくは彼女の母国であるガリアのもつそれをいずれ手に入れるために力を貸してほしい、とでも言われたのだ。

 

(いずれにせよ、使える)

 

 不確定な『虚無』の使い手やその使い魔に縋らずとも、こちらで治療薬を提供すると嘯いて懐柔するか。

 あるいは、母親の安全を盾に脅すか。

 いずれせよ、既に『虚無』の使い手に近づいて、おそらくはある程度の信頼を勝ち得てもいるであろう彼女の筋から辿っていけば、こちらに有利な形で『虚無』の主従に接触することができるはずだ。

 

 なんとかうまく話をつけて、自分とジョゼフの身の安全を約束させたうえで、連中と連中が召喚したセレスチャルどもとをデヴィルにぶつけて始末させてやるのだ。

 

「他にも、使える駒は手に入ったことだしね……」

 

 自分に大人しく後続する、先ほど牢獄から連れ出してやったワルド子爵の姿を眺めやって、シェフィールドはにんまりとほくそ笑んだ。

 


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