Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia   作:ローレンシウ

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第百五十三話 Negotiation

 

「狂っている」

 

 酒場での軽い食事を終え、内密な話だから一応は人目を避けようということで、酒場の二階にある宿泊室に場所を移して。

 そこでシェフィールドからの話を聞き終えたタバサは、きっぱりとそう言い切った。

 

「そうね。でも、何か問題があるかしら?」

 

 敵意のこもったタバサの冷たい視線など意にも介さず、シェフィールドは平然とそう応じる。

 

 連れのワルドは、部屋の外で念のために見張りをしていた。

 彼には『アンドバリの指輪』を用いた精神制御を施してあるとはいえ、後々効果が解呪されることもあり得るので、デヴィルに知られてまずいような話の核心部分はあまり聞かせたくなかったのだ。

 

 いかにディーキンやタバサに害意のないことは既に確かめてあるにもせよ、ただ一人の護衛も離れさせて単身このような話し合いに臨むとは、並大抵の度胸ではないだろうが……。

 シェフィールド本人としては、今は可能な限り相手の疑いを取り除き、信頼を得ることこそが肝要だと考えていた。

 

「互いに利益のある取引よ。それに、私や陛下の意図がどうあれ、悪魔どもを排除するのは必要なことでしょう?」

「…………」

 

 それはその通りだし、彼女の話にはおそらく嘘はないのだろう。

 だがたとえそうではあっても、その内容は確かに狂っているとしか思えないようなものであった。

 

 一方ディーキンはといえば、彼女と違って特に不快そうではなかったものの、他人が見ても何のことだかわからない程度に話の要点をメモした羊皮紙を見直しながら、少し首を傾げて考え込んでいた。

 

「……ウーン。ええと、ディーキンはたぶん、あんたたちほどには頭が鋭敏じゃないからね! たくさん聞いたから、もう一度話を整理させてもらってもいい?」

 

 そう言ってシェフィールドの同意を得てから、これまでに聞いた話の内容をひとつひとつ確認していった。

 

 まず、彼女の主であるガリア王ジョゼフは、レコン・キスタおよびその背後にいるデヴィルたちとつながりがあり、はっきり言えばハルケギニア随一の大国であるガリアの国力をもって、密かに彼らの活動を後援しているのだという。

 その目的は、別にハルケギニア全土の王になりたいとか、そんな大層なことではない。

 ただ、心を震わすような刺激がほしいからというだけ。

 そのためだけに、この世界が異界から来た悪魔どもの手によって、古今類を見ぬほどの惨禍に巻き込まれる様子を見ようというのである。

 

 そんな話を聞かされれば、狂っていると吐き捨てるのも無理はない。

 凡そ誰であってもそう思うだろう。

 ましてやタバサは、ただでさえ伯父であるその男を、父の命を奪い母と自分を苦しめてきた仇として個人的にずっと憎んできたのだ。

 

「それで、ご主人のジョゼフさんがそうするのを、あんたは止めたいんだね?」

「そう思うのは、別に不思議なことではないでしょう?」

「でも、それは世界のためじゃない」

 

 タバサがいつになく冷ややかな調子で、そう口を挟んだ。

 シェフィールドは、あっさりと頷く。

 

「ええ。いかにあのお方の望みであっても、悪魔どもは危険すぎる。いつか、間違いなく身の破滅を招くことになるわ。ジョゼフさまご自身は、それでも構わぬとお考えでしょうけどね」

 

 もちろん、それを伏せて世界のためとかガリアのためとか、故郷や身内のためとか言っておくこともできた。

 しかし、そんな嘘をつかない方が、かえって信頼されやすいだろう。

 

「私はあなたたちに協力して、世界を危機から救う手助けをする。代わりに私は、あのお方と自分の無事を保証してもらう。何か問題があるのかしら?」

「…………」

「母国と世界との危機を目の前にして、取るに足らない自身の嫌悪感の方を優先されるなどということは、まさかないでしょうね? ガリアの王族ともあろうお方が」

「っ!」

 

 タバサは返事を返さず、代わりにほんのわずかにだが、悔しげに、憎々しげに、端正な顔を歪めた。

 よりにもよってその王族の資格をオルレアン家から剥奪した張本人であるジョゼフの手の者が、ぬけぬけとそんな正論を盾にしているのだから、それも当然だろう。

 

「……それで不十分でしたら。事が済んだ後には、あなたにガリア王の座を差し上げてもよいのですよ、シャルロット公女」

 

 そんなタバサの様子を見て、シェフィールドはやや口調を改めるとそう言った。

 それで懐柔できると思ったわけでもないが、信頼を得るためにできる限り正直に話すのはいいとして、あまり同盟する相手の憎悪を煽り立て過ぎるのも得策ではあるまい。

 

 いきなり何を言い出すのかとやや訝しげに眉をひそめたタバサに対して、言葉を続ける。

 

「ガリア王の座を失えば、ジョゼフ様もご無理はできなくなるでしょう。これまでのように権力を使って大きな災厄を振り撒くことがもうできないとわかれば、別の方法を考える以外にないはずですから。民衆にも新しい王が必要でしょうし、そうすればあなたは、正当な地位に就くことができるわけで……」

 

 順序に従えば、次の王は現王ジョゼフの娘であるイザベラなのだが、そのあたりはどうとでもなるだろう。

 彼女は魔法の才に乏しく、品位にも欠けるため人望がないのだ。

 

「興味ない」

 

 タバサはそっけなくそう言って、首を横に振った。

 

 ジョゼフのような狂人が王位から引き下ろされねばならないのは当然だろうが、自分がその後釜に座りたいとは思っていなかった。

 母からは、父も密かに伯父に嫉妬し、その座に執着していたのだと聞かされている。

 それがために、己と家族の身に悲劇を招いたのだ。

 そんな呪われた地位になど、およそ頼まれても就きたくはない。

 

 それに何よりも、国王などという体面を保たねばならぬ職務に就いたら、自分が本当に添いたい人の傍には、いられなくなってしまうだろうし……。

 

「なら、受け取られなくても結構ですわ。他の誰かが候補に立つでしょう」

「オオ、王さま?」

 

 冷めた様子のタバサとは対照的に、ディーキンは興味ありげに目を輝かせていた。

 一度は零落した少女が玉座に着くサクセスストーリーなんてのは、詩人の大好物なのである。

 とはいえもちろん、彼女に無理強いする気などはさらさらないのだが。

 

「でも、あんたとジョゼフさんとは、その後でどうするつもりなの?」

「そうね……。私が故郷である東方の国へ、あの方を連れてゆきましょう。そこで静かに暮らしながら、ゆっくりと心を揺さぶるようなものを探していただくわ。もし、どうしてもまた災厄を撒き散らしたいと仰せになったとしても、その時害を被るのは遙か遠方の国で、あなたたちに累は及ばないはずよ」

 

 それは、シェフィールドの正直な考えだった。

 

 彼女は、ただ愛するジョゼフと共にいられさえすればそれでよかった。

 できればこれ以上災厄など撒き散らさず、どこか遠方の地で、たとえば自分の故郷で二人きりで過ごせるのなら。

 それさえ叶えば、後はどうなろうと興味はない。

 

 ただしその前に、後顧の憂いとなり得るものだけは、可能な限り取り除いておきたいものだとは思っているが。

 

 デヴィルも、天使も。

 ジョゼフ以外の『虚無』の使い手や、その使い魔も。

 そして、ガリアやアルビオンそれ自体も、なくなってくれるようならば、彼女としてはそれに越したことはないのである。

 

「……ンー。ディーキンは、いい話かなと思うけど」

 

 そう言いながら、尋ねるように、傍らの少女の顔を見た。

 

「あなたがいいと思うのなら、私はそれに従う」

 

 個人的にはもちろん思うところはあるのだが、心からディーキンのことを信頼している彼女としては、彼の決定に異を唱えるつもりはなかった。

 それに、個人的な遺恨のある自分は口を開けば感情的な意見にならない自信がないし、この件に口を挟むのは相応しくないとも思う。

 

「じゃあ、ええと。オーケーだと思うの」

 

 そう言って、ひょいと手を差し出し、シェフィールドと握手を交わす。

 

「それで、ディーキンたちは何をしたらいいのかな? それにお姉さんは、どんな手助けをしてくれるの?」

「ええ。説明するわ」

 

 シェフィールドは満足したように微笑むと、グラスにワインを注いで全員に勧めながら話し始めた。

 

「あなたたちは、このアルビオンでいま勝っている。叛徒どもへの勝利は目前と、そう思っていることでしょうね」

 

 しかし、そうではないのだと彼女は言う。

 

「ガリアの方では、この戦況を打開できるような兵器がアルビオンへ送られるべく、量産体制に入っているわ。あなたたちもニューカッスルで見たのではないかしら、『ヘルファイアー・ヨルムンガンド』よ」

「あれを、たくさん作れるの?」

 

 ディーキンは、目を丸くした。

 

 彼女が話しているのは、ヘルファイアーという名称からして、ニューカッスル城前での決闘で出くわした人造のことに間違いあるまい。

 あれは明らかに九層地獄の『ヘルファイアー・エンジン』を元にした兵器らしかったが、ヘルファイアー・エンジンの製作には相当な腕前を持つ地獄の業火の使い手が必要だと聞いている。

 量産できるような代物だとは、到底思われなかった。

 

「ガリアの国力とエルフの技術、そして『ミョズニトニルン』であるこの私の能力をもってすれば、決して不可能なことではないわ」

 

 シェフィールドはそう言って目を細めると、誇らしげに、自分とジョゼフとのつながりである額のルーンを指し示す。

 

「!」

「オオ……」

 

 始祖の使い魔であるミョズニトニルンは『神の頭脳』と呼ばれ、あらゆるマジックアイテムを使いこなしたという言い伝えを、タバサとディーキンは知っていた。

 つまり、彼女はジョゼフ王の単なる側近ではなく使い魔であり、彼女の主はルイズと同じ『虚無』の使い魔ということになる。

 予想もしていなかったことというわけではないが、無造作に明かされたのはやや意外ではあった。

 

「驚くことはないでしょう、『ガンダールヴ』。容易に想像できたはずだわ」

 

 シェフィールドは、そう言って小さく肩をすくめて見せた。

 

 そう、いずれにせよ容易に想像され得ることで、明かさずともいずれ露見したであろう。

 ならば先に言っておく方が、隠し立てなどしていないという証になる。

 それに、自分が確かに戦の趨勢に影響を及ぼすような貢献ができると信じてもらうためにも、ミョズニトニルンの能力を明かす方が話が早い。

 

「アー、そうかも。……それじゃあ、えーと……、つまり。あんたの協力がないと、デヴィルはそのヘルファイアーなんとかを作ったり、動かしたりはできないってこと?」

「その通りよ」

 

 ディーキンの推測を、シェフィールドは悠然と頷いて肯定した。

 

 本来、ヘルファイアー・エンジンのボディは『冷たい鉄』と呼ばれるハルケギニアには存在しない材質で作らねばならず、あらゆるものを融かす超高熱のエネルギーを内部に封じ込めておくためには、熟達した地獄の業火の使い手による長時間の作業を必要とする。

 それをアルビオン産軽量鉄で代用し、強度の不足はエルフの技術を用いて本体に施した『反射』の効果とミョズニトニルンの力とで補い、強引に地獄の業火を内部に封入・維持しているのだ。

 

「それどころか、ゴーレムの体内に溜められた地獄の業火は、制御を失って暴走すれば自軍を壊滅させる恐ろしい爆薬となることでしょう。つまり、私が致命的なタイミングで援助を打ち切れば、間違いなくアルビオンにおける王党派の勝利は約束されることになるわ。正面からの戦いで大きな犠牲を払うことを避けられるのだから、協力の見返りとしては十分ではなくて?」

「それは……もちろんなの。ディーキンは、教えてくれたことに感謝するよ」

「どういたしまして。もちろん感謝だけではなくて、それに見合うだけの働きを、あなたたちのほうにも期待しているのだけど……」

 

 そう言って、上目遣いにディーキンらの方を見る。

 

「ウン。それでお姉さんは、ディーキンたちに何をしてほしいと思ってるの?」

「ええ。戦いに勝ってアルビオンの悪魔どもを全滅させたとしても、ガリアに残っていたのでは意味がないわ。やつらはまたじきに、新たな策を練り直すでしょう」

 

 だからディーキンとその主人、そして天使たちには、アルビオンでの決戦と並行して、ガリアに残ったデヴィルどもを一掃してほしいのだ……と、シェフィールドは言った。

 

「私が知っている限りの悪魔どもの拠点を教えましょう。それに、兵器や薬物の生産工場の位置もね。私一人ではどうにもならないけど、あなたたちが手分けをして不意討ちで一斉攻撃をかければ、壊滅させることも不可能ではないはずよ。その時に、民衆に対してジョゼフさまに退位していただくべきだと示すことができるような材料も、手に入れられることでしょう。どう?」

「……ウーン……」

 

 ディーキンは、ちょっと首をかしげて考え込んだ。

 

 はたして、そううまくいくものだろうか。

 彼女が知っている拠点や生産工場が、すべてであるという保証はない。

 いや、用心深く狡猾なデヴィルのこと、十中八九間違いなく、それ以外にも非常用の拠点を持っていることだろう。

 これまでに得た情報からすると、このハルケギニアで活動しているデヴィルたちの背後にいるのは、おそらくディスパテルと呼ばれるアークデヴィルであるらしい。

 聞いた話では、彼は偏執的なまでの慎重派として知られており、常に何種類もの予備計画や脱出ルートの確保を怠らないのだという。

 彼女は優秀な人物なのだろうが、そんなアークデヴィルの裏をかいてすべての拠点を抑えることができているとまでは、さすがに思われない。

 

 もしかしたら、この女性もその可能性には既に気が付いていて、自分たちを煽動しておとりとして利用した上に、さらに別の策を練っていたりするのかもしれないが……。

 いずれにせよ、素直にそのまま乗っかってはまずいように、ディーキンには思えた。

 

「悩むようなことかしら。お互いにとっていい話のはずよ。悪魔と戦うとなれば、天使たちも反対はしないはず。天使というのは、そういうものなのでしょう?」

 

 そう言って決断を迫るシェフィールドには、確かに別の考えがあった。

 

 たとえ、ガリアにあるすべてのデヴィルの拠点を自分が把握していないとしても、問題のないような策。

 ガリアごと、アルビオンごと、悪魔も天使もすべてを叩き潰す、恐ろしい計略が。

 

「……うん。そうだね」

 

 しばし考えた後に、ディーキンは頷いた。

 

「ただ。ひとつだけ条件っていうか、お願いがあるんだけど……」

「何かしら、『ガンダールヴ』?」

 

 シェフィールドは心の中で拳を握り締めながら、微笑んでそう尋ねる。

 だが、続くディーキンの言葉には、彼女も、そしてタバサも、耳を疑った。

 

「ディーキンはね、戦いを始める前に、一度ジョゼフさんと会ってお話がしたいと思うんだよ。どうにかしてデヴィルに気付かれずに、会わせてもらうことはできないかな?」

 





冷たい鉄:
 遥か地下深くで採掘されるこの特殊な鉄は、強度こそ通常のものと変わりないものの、フェイ(妖精)やデーモンなどの一部の存在に対しては、彼らがもつダメージ減少能力などを克服できるきわめて有効な武器となる。
 作中で言及されたヘルファイアー・エンジンを本来の製法で作るには、4000ポンドの冷たい鉄を12人のセレスチャルの血に付け、地獄にしかない硫黄と酸の希少な混合物で磨かなくてはならないとされる。
その上で、術者レベル25レベル以上の秩序にして悪の術者が最低でも80000gpの費用を掛けて組み立てねばならず、製作には鎧鍛冶や武器鍛冶の技術も必要となる、きわめて高度な人造である。

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