Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia   作:ローレンシウ

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第百六十二話 Transient light

 

「くぅっ……!」

 

 間一髪で巨大な氷柱をかわしたウィルブレースが、顔をしかめる。

 手合わせは、タバサが『遍在』を作り出してからは一転して、ウィルブレースの方が守勢に追い込まれていた。

 

 タバサの作戦は、数の優位を生かした役割分担だった。

 偏在と本体のうちどちらか片方が絶え間なく攻め、もう一方はひたすら敵の行動を妨害するのだ。

 泥沼となった地面から足を引き抜こうとすれば、再び固めることでそれを封じ、固まった土を砕いて脱出しようとすれば、今度は風の捕縄を絡み付かせる。

 完全に動きを封じられないようにしながらどうにか攻撃をかわすのに手一杯で、なかなか反撃に転じることができない。

 

「……ふふっ」

 

 明らかな劣勢に立たされながらも、しかしウィルブレースには、まだどこか余裕があった。

 

 対峙する相手の、これほどまでに隙のない連携を生み出せる技量の高さと、それを維持し続けられる集中力の高さ。

 まだ稚ささえ残っているような年頃でこれだけの境地に至った彼女の人生にははたしてどれほどの物語があったのだろうかと、バードらしく思いを馳せて、戦いながらも微かな笑みを浮かべられる程度には。

 

「……」

 

 一方で、圧倒的に優位に事を進めているように見えるタバサの側も、実は見た目ほどに余裕のある状況ではなかった。

 確かに押してはいるが、なかなか攻めきれない。

 

 このままずるずると長引けば、呪文を立て続けに唱えているこちらは、いずれ精神力が尽きてしまう。

 あるいは、その前に体力が尽きるかだ。

 

(そうなる前に、勝負に出なくては)

 

 そう決意したタバサは、次に仕掛ける段で行動を変えた。

 これまでは本体と分身のうち一体が攻撃、一体が行動の妨害を受け持っていたのを、双方で同時に行動を妨害するように切り替えたのだ。

 

「む、……っ!?」

 

 一体だけからの妨害はかろうじて振り払っていたウィルブレースだが、二体から同時に妨害を受けては、かわしきれない。

 絡みついてきた風の捕縄から逃れきらないうちに、今度は蜘蛛の糸がまとわりつき、さらには不可視の縄や、液状化した地面が追い打ちをかけてくる。

 振りほどくよりも早く新たな束縛が足されて、ついには完全に身動きが取れなくなった。

 

 そこへ、すかさず偏在が飛び掛かって組み付き、密着状態からウィルブレースに剣を突き立てようとする。

 

「ぐっ!」

 

 さすがのウィルブレースも少し焦った様子で、一刻も早く束縛を振りほどこう、偏在を振るい落とそうと身を捩ってもがきながら、どうにかその剣をかわすので手一杯の様子だった。

 

(上手くいった)

 

 向こうがこちらを侮って剣だけで戦おうとしている間に、素早くこの状態まで持ち込んでしまうことがタバサの狙いだった。

 

 ウィルブレースは先ほどから、念動力だの電撃だのをわざわざ手をかざしたり掲げたりしながら使っていたが、それはあくまで気分の問題であって、疑似呪文能力とやらは本来は詠唱や動作なしでも、精神を集中するだけでも発動できるのだということは、これまでの経験やディーキンから聞いた情報で知っている。

 だから、ただ捕縄を絡み付かせて身動きを封じた程度では不十分なのだということはわかっていた。

 いざとなれば彼女は、瞬間移動で逃れるなりドラゴンにでも化けて強引に束縛を引き千々るなり、どうとでも対処できるだろう。

 しかし、組み付かれて至近距離から刺殺されかかっているような状態では、さすがに精神は集中できず、疑似呪文能力とやらも使用できまいと踏んだのである。

 

 偏在が身を捨てて組み付いていても、はたしてどれだけの間、彼女の行動を封じておけるものかはわからない。

 だが、ほんの数秒もあれば、それで片はつけられよう。

 

「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ハガラース……」

 

 タバサの周りの空気が揺らいだかと思うと、一瞬のうちに凍りついた。

 凍った空気の束が、無数のヘビのように体の周りを回転し始める。

 氷と風が織り成す芸術品のような美しさを備えながらも、その実は触れたものすべてを凍らせながら引き裂いていく、おそろしい死の氷嵐だ。

 

 攻撃を行う前に、ウィルブレースの間近にいる偏在を通して一度だけ、打つ手がなければ降伏するようにと勧告はするつもりだが。

 数瞬のうちに降伏の声が無ければこれを解き放ち、最後まで組み付いたままの偏在ごと、敵を引き裂く。

 

 

 

「打つ手がなければ、降伏を」

 

 敵に逃れる隙を与えぬよう、組み付いたまま攻撃を続けながらも、タバサの偏在は短くそう申し出た。

 ウィルブレースはその攻撃を払いのけながら、間近で彼女と視線をかわす。

 

「『偏在』というものは、それぞれが意思と力を備えた存在で、本体が遠隔的な制御を行っていない時であっても己の判断で行動することができると聞きましたが……」

 

 じっと彼女の目を見たまま、ウィルブレースは呟いた。

 

「では、あなたは生きているのですか? その命はどこから来て、どこへ行くものなのでしょうか?」

 

 偏在は、この状況で一体何を言い出すのかと怪訝に思ったが。

 いずれにせよ、降伏の意思はないようだ。

 その情報を受け取った本体のタバサは、まだウィルブレースの言葉が終わるか終わらないかのうちに、彼女に向けて杖を振り下ろした。

 

 それに伴って、渦巻く氷嵐の目がタバサの身体から杖に移り、次いで杖の振るわれた先、ウィルブレースのいる場所に向かって猛然と突っ込んでいく。

 

「やはり。私を抑えたまま、ここで道連れとなる気なのですね」

 

 ウィルブレースはちらりとそちらの方に目をやっただけで、また偏在の方に視線を戻した。

 

「次に同じ呪文が使われたときに、あなたはまたあらわれるのですか。それとも、それはまた別の偏在で、あなたは永久に失われてしまうのでしょうか……」

「……」

 

 何が言いたいのかと、偏在はやや苛立たしく思いながらも、相手の一挙手一投足から目を離さないようにした。

 適当に話を長引かせながら、こちらの隙を窺うつもりかもしれない。

 案の定、ウィルブレースは迫りくる脅威には目を向けず、やがてじっと目を閉じて精神を集中させながら、口の中で何事か唱え始める。

 

 その集中を妨害することで彼女の行動を潰そうと、偏在がすかさずウィルブレースの首を全力で絞め上げながら、急所へ向けて剣を振り下ろした。

 そして、驚愕に目を見開く。

 

「……、っ!?」

 

 ウィルブレースはもがこうとも、その攻撃をよけようともしなかった。

 彼女は首を絞め上げられてもびくともせず、剣はその体を覆う神秘的な防護の力……エラドリンのダメージ減少能力は、銀製の武器やホーリィの付帯能力では克服できない……によって、勢いを殺されてしまったが、それでもいくらかは食い込んで、極上の葡萄酒のような美しい赤い血を流させた。

 なのに、まるで苦痛を感じていないかのように、ウィルブレースの集中は微塵も揺らがなかったのである。

 

 わずかの乱れもなく最後まで呪文を紡ぎ終えると、ウィルブレースは破壊的な氷嵐が間近に迫る中、微笑みながら偏在の顔の手を伸ばし。

 突き飛ばそうとするのではなく、逆に彼女を抱き寄せて、頬を近づけながら囁いた。

 

「さあ、行きましょう。これが終わったら、あなたのことを話して聞かせてくださいね?」

 

 一瞬後に殺到した氷の嵐が、地をずたずたに裂きながらその場を蹂躙したときには、既に彼女らの姿はそこになかった。

 完成した《次元扉(ディメンジョン・ドア)》の呪文によって、ウィルブレースと、そして偏在のタバサとは、本体のタバサのすぐ真後ろに瞬間移動していたのである。

 

 

 

「……!」

 

 本体のタバサは、偏在を通した視点で、自分の攻撃からウィルブレースが逃れたことを知った。

 自分のすぐ真後ろ、一足で斬り付けられる間合いにまで瞬間移動で近づかれたことも。

 

 すぐに飛び退きながら振り返ったが、ウィルブレースの方はといえば急いで仕掛けるでもなく、落ち着き払って、いまだに自分に組み付いたままの偏在の頬に軽く唇を触れさせたり頭を撫でたりしながら地面に下ろしてやっていた。

 偏在はそれでも自分の役目を果たすべく健気に組み付き続けよう、攻撃を続けようとはしていたのだが、なんといっても相手は超常的な頑強さを誇る来訪者でライオンなどの猛獣にも引けを取らないだけの膂力を備えているのだから、呪文による束縛から逃れられたいま、その身ひとつではどう頑張ってみても子ども扱いの域を出ない。

 結局、ほどなくして大人しく引き下がり、本体の傍らに戻ることとなった。

 

「では、仕切り直しましょうか」

 

 ウィルブレースはそれを微笑んで見届けてから、落ち着いてまた剣を構え直す。

 

 タバサはしかし、すぐにそれに応じようとはせず。

 傍らの偏在が、彼女に代わって疑問を口にした。

 

「どうして、わたしまで連れてきた?」

 

 間の抜けた質問のような気もした。

 ごく普通に考えれば、相手にはそれだけの余裕があるということ、つまりは軽くあしらわれているということに過ぎないように思える。

 

 しかし、浅手とはいえ流血するような手傷を負っているのだ。

 いくら自分の力に自信があるにもせよ、万が一にも集中が乱れれば離脱に失敗し、攻撃をまともに受ける危険もあっただろう。

 そこまでしてやることだろうか。

 

「どうして、と言われましても……」

 

 ウィルブレースは剣を下ろすと、ちょっと困ったような顔をして考え込んだ。

 実際のところ、先ほどは時間の余裕もほとんどなかったのでそんなに深く考えてやったわけではなく、そうしたかったからだとしか説明のしようがないのだが。

 

 本来なら、最も確実な対処法は精神集中を阻害されて失敗する可能性のある呪文や疑似呪文能力を用いるのではなく、トゥラニ・エラドリンの別形態である光球の姿に変化して、真下の地面に潜ることだっただろう。

 非実体の光球は組み付かれて抑え込まれることはないし、大地という強固なガードの中に潜り込んでしまえば、どんなにすさまじい氷嵐も恐れるに足りない。

 あるいは、瞬間移動で逃げるにしても、自分だけが移動するならあえて回数制限のある呪文を消費しなくとも疑似呪文能力の《上級瞬間移動(グレーター・テレポート)》で十分だった。

 

 けれども、それでは偏在のタバサが取り残され、本体の呪文によって無残に消えてゆくことになる。

 彼女もいっしょに連れて逃げるには、《次元門》の呪文しかなかった。

 

「……あなたの英雄的な、身を捨てた戦いに感銘を受けたから、ですかね。それを無下にしたくはなかった。それと、あなたとの出会いがあれきりで終わるのが嫌でした。後であなた自身からお話を伺ってみたかった、あなたの本体からではなくて。……理由は、そんなところだと思いますよ」

 

 偏在というのがどのようなものか、ウィルブレースはまだ、正確には知らない。

 だが、いや、だからこそ、かくも英雄的な戦いをした者にそのような最期を迎えさせることは、ウィルブレースの本意ではなかったのだ。

 あるいは偏在など、単なる本体の影、ただ一時風と共にさまよいあらわれ、また消えてゆく儚い存在に過ぎないのかもしれない。

 もしそうならばなおのこと、言葉を交わして、永久に自分の心の中に、そして歌の中に留めておきたいではないか。

 

 バードがあえて危険を冒す理由など、それで十分だ。

 

「……」

 

 脇で聞いていた本体のタバサは、それを聞いて目を二、三度しばたたかせた。

 

 ああ、そうか。

 彼女の目には、あの人と同じものが見えているのか。

 

「わかった。感謝する」

「……仕切り直し」

 

 タバサの偏在と本体は頷き合うと、同時に剣と杖を構え、もはや小細工なしで、正面からウィルブレースに挑みかかった――。

 

 

 戦いが終わった後、ウィルブレースはタバサの偏在と一緒に少し辺りを散歩しながら、先だっての希望通り、彼女からいろいろと話を聞き出していた。

 

 本体はウィルブレースから《重傷治癒(キュア・シリアス・ウーンズ)》の疑似呪文能力による手当てを受けて、しばし休んでいる。

 もちろん偏在も同じように癒してやろうとしたが、通常の生命体ではないためか効果がなかった。

 本来の役目は既に終わっているのだし、あとはいくらか話をしてやってから消えるだけだから支障はないが。

 

「つまり。あなたのような『偏在』というものは、作成された時点までの本体の記憶をもっているわけですね?」

「そう」

 

 話の内容は、主として偏在の性質についてだった。

 

「では、あなたが消えた後、次に作られる偏在はあなたと同じ意思をもつものなのですか? それとも……」

「わからない。でも、本体は偏在を同時に何体ももつことができるし、それぞれの人格のようなものは、元々乏しい」

 

 偏在は作成された時点までの本体の記憶をもち、本体とのテレパシー的なつながりと、使い魔のように集中することで知覚を共有できる能力とを備えている。

 常に本体が偏在を制御し続けているわけではないが、偏在にも個別に知性と判断力があり、しかし個我は乏しく、命令がない間は自分の判断で本体が望むと思われることを最善を尽くして実行する。

 

「本体が自分の意思で偏在を消滅させた場合には、その時点までの偏在が見聞きしたすべての記憶は本体に取り込まれる。破壊された場合には、最後にテレパシーで接触した時点までの……」

 

 ウィルブレースは、説明を続ける偏在の目をしげしげと見つめた。

 

「……なにか?」

「では。あなたはやはり、本体と同じ記憶はもっていても、心はそれとは違うということなのですね?」

「わたしは本体のタバサがこれまでに何をしてきたか、その時にどう感じたかの記憶をすべて持っている。だから、彼女が何を望むかは判断できるし、その望み通りにする」

「それは記憶です。知的生命体には、『記憶』『肉体』『魂』の三つが必要だとよく言われますが、あなたが本体と共有しているのは記憶だけなのでしょう」

 

 たとえば、と、ウィルブレースは指を立ててみせた。

 

「あなたは、わたしがつい先日、ディーキンと臥所を共にしたことがあると言ったら、どう思いますか?」

 

 偏在は首をかしげて少し考え込んでから、それは本当か、と尋ねた。

 

「もし本当なら……、『タバサ』は動揺すると思う」

「でしょうね。そして、あなたは自分の持っている彼女の記憶からそう判断するだけで、自分自身がそう感じているわけではない。つまり、本体の心と、あなたの心は違うということですね」

「そう。偏在に魂はない。この世界にとって、わたしは一時的な、仮初の客に過ぎない」

 

 だから、と、偏在は続けた。

 

「特にわたしを指名して話すことに意味はない。本体のタバサと話しても変わらないし、おそらくそれ以上のものが得られる。あなたがわたしに何を期待しているにしても、それは蜃気楼か、すぐに溶けて消える氷の塊を掴もうとしているのと同じ」

 

 ウィルブレースは微笑みを浮かべて、頷いてみせた。

 

「そうかもしれません。でも、そういったものほど追い求めたくなる、つれない客の心ほど掴みたくなるのがバードというものなのですよ」

 

 偏在はそれに何か答えようとして、ふいに視線を宙にさまよわせた。

 ややあって、口を開く。

 

「……ディーキンから本体に、連絡があった。彼はこちらの世界にもう戻ってきていて、おみやげと話があるから会いたいと言っている。シルフィードを呼ぶより、あなたに頼めるなら、そのほうが早いと思う」

「おや、そうですか」

 

 おそらくは《送信(センディング)》か、永続化した《テレパシー結合(テレパシック・ボンド)》あたりによる連絡だろう。

 戻ってきたということは、いよいよデヴィルから裁判の日時に関する通達があったのか。

 そうでなくても、何かしら面白い話は聞けるに違いない。

 

「それは楽しみですね、よろこんで。……でも、戻る前にもうひとつふたつだけ、お尋ねしたいことが……」

「なに?」

 

 ウィルブレースはまず、先ほどの戦いを通じて何か得られるものはあったか、これから地獄へ向かうにあたっての自信はついたか、と尋ねた。

 偏在はそれに対して少し考え込んでから、曖昧に頷く。

 

「得られるものはあった、と思う。自信は……」

 

 それは、何とも言えない。

 

 あの後、二人がかりで剣での真っ向の勝負を挑んではみたものの、結果は完敗。

 目にも止まらないアクロバティックな動きと剣捌きに、自分たちの技量ではまったく太刀打ちできなかった。

 ワルド子爵もそうだったが、この世界でなら一流と呼ばれるくらいの剣の使い手であっても、彼女やディーキンとはまったくレベルが違うようなのだ。

 もちろん、負けたなりに学べるところはあったし、少しは善戦できた部分もあったかな、とは思う。

 だが、はたして地獄では通用するものかどうか。

 

 偏在は具体的に、先日本体が後れを取った悪魔の名前(ディーキンが教えてくれた)を挙げて、戦ったらどうなると思うかを尋ねてみた。

 

「『ピット・フィーンド』? 九層地獄界の主ともいえる者どもですね。あなたとタバサだけで、ということでしたら、戦わないようにお勧めします」

「……そう」

 

 自分でもそんなものだろうなとは思っていたが、こうはっきりと言われると、さすがに少しは落ち込む。

 

「ええ。あなたとタバサは間違いなく英雄ですが、いまの時点では、強力なデヴィルを相手にするのは難しいかもしれません。戦いに行くわけではないとはいえ、不安はあるでしょう。そこで、もうひとつの質問と、提案があるのですが……」

 

 ウィルブレースはそこで一旦言葉を切ると、偏在の顔をじいっと見つめた。

 

「まず、質問のほうなのですが。タバサは、もうディーキンと臥所を共にされましたか?」

 

 いきなりそんなことをストレートに聞かれた偏在は、まずきょとんとして。

 次いで困惑して、眉根を寄せた。

 意図はわからないが、本体のタバサはもちろんそんな質問には答えたがらないだろうから、自分も答えるわけにはいくまい。

 

 まあ、あるかないかと問われれば……。

 寝床を共にしたこと自体は、一応は『ある』のだが。

 

 ディーキンはここ最近ずっと忙しそうにしているが、父と再会し、伯父と語らったあの日の夜は、一緒にプライベートな時間を過ごすことができた。

 まだわからないことが多く、気持ちも千々に乱れているから、どうか今夜だけは傍にいて話し相手になってほしいとすがるように彼に頼み込んで部屋に招いたあの夜が最後で、その時に……。

 

「……ああ、いえ、決して興味本位ではなく。私が思うに、次の提案に関係のあることなのですよ? だって……」

 

 彼を差し置いて、自分が先にタバサと『ひとつになる』のでは、いささか失礼だろうから。

 と、ウィルブレースはそう説明した。

 

 

「なんと、コーラですか。以前に、ペプシマンがくれたものを飲んだことはあるのですが……。これは、製造元が違っているようですね?」

「そうなの。これは『コカ』ってやつだよ。ヌカじゃないからね?」

「……?」

 

 ディーキンとウィルブレースは、クーラーボックスを囲んでポテトチップスをつまみながらおみやげのコーラを飲んで、楽しく歓談していた。

 タバサは例によって話に付いて行けず、おいてけぼり気味だったが。

 

 ちなみに偏在は、ずっと出し続けておくわけにもいかないので、惜しまれながらもウィルブレースと別れの挨拶を交わした後、すでに消されている。

 

「さっきデヴィルから、裁判の日時の通達があったの。遅れないように、準備をまとめて出発しないとね」

「そうですか。それで、勝てる見通しはついたのですか?」

 

 ディーキンは、ふっふっふ、と、自信たっぷりに不敵な笑みを浮かべて見せた。

 

「大丈夫なの! ディーキンは来るべき地獄での裁判に備えて……、伝説の『ベンゴシ』に、勝ち方を教わってきたから!」

 

 そう言って、自慢げにぐっと胸を張る。

 

「ディーキンはなんと、“あの”ナルホドくんが弁護するところを、最初から終わりまでぜんぶ傍聴してきたんだよ。裁判で勝てるコツは、ばっちりつかんだの!」

 

 それを聞いたウィルブレースは、興奮した様子で目を輝かせた。

 

「それはすごい、もはや勝ったも同然ですね! ぜひ後で、詳しいお話を」

「……??」

 

 一方で、タバサは困惑するばかりだった。

 そのナルホドくんって誰だよ。

 

 ディーキンはそんな戸惑った様子のタバサの手をしっかりと握ると、唐突な行動に頬を赤らめた彼女の顔を見上げながら、熱っぽく頼み込んだ。

 

「タバサ。裁判の当日は、ディーキンの助手をよろしくお願いするの!」

 

 ディーキンが学んできた裁判で勝てるコツ、その1。

 まず最初に、超常の能力を持っていたり手品が得意だったりする、頼りになるかわいい女の子をサポート役につけておくこと。

 


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