Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia   作:ローレンシウ

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第二十六話 Girls and Deekin

 

「お帰りなさいませ、先生、ミス・タバサ」

 

パタパタと翼を羽ばたかせて窓から入ってきたディーキンと後続するタバサを、シエスタが丁重に御辞儀をして出迎える。

ディーキンはきちんと足の汚れを落としてから、廊下に降り立った。

 

「オオ、ただいまなの、シエスタ。

 ……あれ、ルイズと……、キュルケもいるの?」

 

ディーキンはシエスタに御辞儀を返してから、後ろで顔を引き攣らせているルイズと、呆気にとられたような顔をしているキュルケを見て、首を傾げた。

 

「こんなところで、みんなで何してるの?」

「ちょ、ちょっとディーキン?

 あ、あなた、い一体こんな時間までミス・タバサとどこへ行っていたのかしら?」

「ああ、ええと、そのことだけど、出かける前に言ってなくて申し訳なかったの。実は……」

 

何やら剣呑そうな雰囲気のルイズにひとまず頭を下げると、ディーキンは事情を説明しようとした。

が、そこでキュルケが何やら優しげな顔で背後からルイズの肩をそっと押さえる。

 

「ルイズ……、召喚したばかりの使い魔がいきなり他の子と逢引していてショックなのはわかるけどね。

 いくらあなたがその子の主人でも、そんなことを聞くなんて野暮ってものよ?」

「………アー、」

 

キュルケは気を利かせたつもりなのかもしれないが……、ディーキンは事情はよく分からないものの、何かまずい事になったような、嫌な予感がした。

案の定、ルイズは落ち着くどころかいきなり顔を真っ赤にして錯乱し、キュルケを振り解くと猛烈な勢いでディーキンに詰め寄る。

 

「あ、あああ逢引ですってぇ!? はは放しなさい!

 ディーキン、ちょっとあんた、私に上手いこと言っておいて、なな何を……!!」

「……へっ? いや、その……、ルイズ? ちょっと、あの……」

 

ちょっと怒りっぽいところや勝手なところもあるようだけれど、話せばちゃんとわかってくれる、優しくていい人。

……というのが、現在のディーキンがルイズに対して抱いている印象である。

 

ルイズ自身のプライドの高さと、彼女の良識に訴えるディーキンの説得とが、昨夜から何度か噴き出しそうになった彼女の激情を抑えてきたのだ。

ゆえにディーキンはまだ、ルイズの感情の起伏の、時に極端なほどの激しさをよくわかっていなかったのである。

彼女のバーバリアンのごとく激怒して感情を爆発させる予想外な暴走ぶりに、流石のディーキンもしばし困惑してしまった。

そもそも過去のトラウマから、大声で怒鳴られて詰め寄られるような状況自体が苦手だというのもあるが。

 

(……もしかしてルイズって、レイジ・メイジみたいな魔法使いなのかな?)

 

そんな場違いな疑問が頭をかすめたりする。

助け舟を出してくれたりしないかな、という他力本願で、ちらりとシエスタの方を窺ってみるが………、

 

「そ、そんな、先生がまさかミス・タバサとなんて、いくらなんでも……、

 いえ、でも先生みたいな方だったら、ミス・タバサのような高貴な方でも、もしかして……」

 

彼女もまた何やら混乱している様子で、頬を染めてあたふたしたりぶつぶつ言ったりしている。

 

(……ンー、ダメそうだね……)

 

これは自分でまたなんとかルイズをなだめて、話を聞いてもらうしかないか。

そうディーキンが諦めかけた時、それまで黙っていたタバサがルイズの肩を杖でこんこんと叩いて注意を引いた。

剣呑な形相のままそちらに顔を向けたルイズに、タバサは怯えた様子もなく落ち着いて深々と頭を下げる。

 

「ミス・ヴァリエール。私は今日、あなたの使い魔に大きな借りができた。

 あなたにも、そのことでお礼とお詫びを言わなければならない」

「……えっ……?」

 

普段は石のようにだんまりを決め込んで他人とコミュニケーションを取ろうとしない級友の意外な言葉に、不意を突かれたルイズの勢いが弱まる。

が、タバサがその先を続けようとした矢先、ルイズから離れたキュルケがそっとその友人を抱き締めるようにして口を挟んだ。

 

「……タバサ……。あなた、彼の主人にお詫びしなきゃいけないだなんて、もうそんなところまでいったのね。

 でも誰に対してもお詫びする事なんかないわよ、恋はすべてに優先するものよ!

 あなたがそういう趣向だったなんて意外だったけど、私は応援するわ」

 

何やら、盛大な勘違いをしているようだった。

 

別にキュルケとて、男女間に恋愛以外の、親愛や敬愛などの愛情も成立し得ることを認めていないわけではない。

だが、そういった愛情は、ある程度長い期間を経て成立するものだと思っている。

少なくとも彼女の見解では、短期間のうちに成立する強い愛情は、激しく燃え上がる恋愛以外にはまずないのである。

 

それに、自分もこの使い魔には好感を持っているし仲良くしたいと思ってはいるが、この友人が人と仲良くするのはそれとはわけが違う。

彼女はひどく非社交的な性質で、自分以外には友人らしき人物もおらず、それどころか他人と口を聞くこと自体が滅多に無いのだ。

自分だって、彼女と初めて出会ってから友人となるまでには紆余曲折あって、随分と長い時間がかかったものだった。

 

なのにこの使い魔とは、知り合った翌日に一緒に外出までするとは。

キュルケの中ではもうこれは、彼女は彼に恋をしているということで120%確定しているといってよかった。

 

「違う」

 

友人が何やらえらい勘違いをしているらしいことに気が付いたタバサは、彼女の腕の中からするりと逃れると杖でその頭を軽く叩いた。

それから改めてルイズに説明をしようと向き直り……、その形相を見て、今ので完全に手遅れになった事に気が付いた。

 

「お、おおおお詫びですっkせbcんlrちぇんfrふぇふぇmでm:!?!?」

「あ、あの、ミス・ヴァリエール……、ちょっと落ち着いてください、もう夜中ですし、その……」

 

キュルケの言葉に完全に錯乱して、SAN値を失って一時的に狂気にでも陥ったのかと思うような凄まじい状態になっているルイズ。

自分も頬を染めてうろたえながらも、ルイズを宥めようと必死に彼女を押さえるシエスタ。

状況の変化に全然付いてこれていない様子で、目を丸くしているディーキン。

 

そんな3人の様子を見ながら、タバサは騒ぎを穏便におさめるのは諦めて小さく溜息を吐いた。

 

(……ヴァリエールがあのメイドの制止を振り切って杖を持ち出したら、軽いウインド・ブレイクを当てる)

 

こうなれば、実力行使で止めるしかあるまい。

 

普段なら別に待ったりもせず、今すぐそうするところなのだが……。

仮にも恩義と負い目がある相手に対して、やむを得ない状況になる前にこちらから手を出すのはためらわれた。

 

「もう、照れちゃって。初心だから仕方ないわね~」

「とてつもない勘違い」

 

未だに勘違いしている様子で、この状況でも上機嫌で暢気にこちらの頭を撫でてくるキュルケの方を軽く睨む。

といっても睨んだことに気が付くのは普段のキュルケかディーキンくらいなもので、傍目にはちらりと目を向けただけにしか見えないだろうが。

 

(………それにしても………)

 

キュルケが余計な事を言って状況を悪化させたせいとはいえ、ルイズがここまで錯乱したのは、タバサにとっては意外だった。

 

確かに彼女は頭に血が上りやすい性質だとは思うが、誇り高く礼儀作法を弁えた公家の令嬢でもあり、普段はこうまで取り乱すことはまずない。

他の生徒達から嘲笑されても通常はエスカレートし過ぎない程度に言い返したり、教師に仲裁を求めたりする程度だ。

キュルケと言い合いをしている時にはもう少し熱くなることが多いが、それでもこうまで逆上するのはかなり珍しい。

授業中に教室を爆破したことは幾度もあるが、あれは別に逆上した結果とかではない。

 

召喚が済んでからまだ丸一日しか経っていないというのに、もうそれだけ彼女にとって、彼は大切なパートナーになっているということなのか。

 

「………」

 

タバサは微笑ましさ半分、羨望半分といった胸中で、じっと状況の変化を見守った。

 

「ええい! 放しなさいって……、言ってるでしょうがあぁぁ!」

「わ、わっ!?」

 

ルイズがついにシエスタを振り解き、腰から杖を引き抜いた。

腕力でいえばシエスタの方が明らかに勝っているはずだが、怒りの力がその差を埋め合わせたのだろう。

激怒してパワーが増すあたり、いよいよもってバーバリアンじみている。

 

「あああ、あんたには……、ちょっとお仕置きが必要みたいね……!!」

 

どうやら狙いは、自分ではなく彼女の使い魔の方らしい。

彼女が誤解したまま、感情に任せて自分の大切な使い魔を傷つけてしまうのを止めるためにした、というのであれば大義名分も立つだろう。

後はルイズが杖を振り上げると同時に、こちらも杖を振って、風を解き放つだけだ。

 

そう考えて、タバサは杖を握る手に力を込め直した。

 

タバサは風のメイジとして、また豊富な実戦経験を持つ者として、呪文の早撃ちには相応の自信を持っていた。

現に先刻シルフィードを救出しに向かった際には、腕利きの傭兵メイジの女頭領との手合せでも圧勝している。

加えて、呪文発動に必要な詠唱も、先程ルイズがシエスタともめていた間に密かに済ませてある。

ルイズにはどんなに詠唱の短い呪文を唱えても同じように爆発を起こせるという点での優位はあるが、所詮は素人に過ぎない。

彼女の唱える呪文がなんであろうとも、絶対に自分の方が速い。

 

タバサのその考えは正しい。

それにもかかわらず、彼女が実際に風を放ってルイズを押さえ込む事は無かった。

 

それまでただおろおろしていたようにしか見えなかったディーキンが一瞬で杖を持ったルイズの懐に飛び込み、素早く彼女の杖を払いのけたからだ。

 

「ルイズ、待って!」

「……あ……、っ?」

 

ルイズは一瞬あっけにとられた後、凄まじい形相で間近のディーキンを睨み付けた。

 

「こ、この……、あんたっ……!」

 

ディーキンはそれに対して特に表情を変えるでもなく、ただじいっとルイズを、真っ直ぐに見つめ返した。

今朝方、キュルケの件で少々揉めた際にも見覚えのあるその視線に、逆にルイズの方が少したじろぐ。

 

「ルイズ」

「……な、何よ」

 

ディーキンはコホン、と小さく咳払いをして、ぴっと指を立てる。

 

「ディーキンは確かにルイズに失礼なことをしたけど、こんなところで呪文を使っちゃダメだと思うの。

 ここには他にも人がいるし、学校のものだっていっぱいあるの。

 ここで魔法を使ったらみんなに迷惑になるし、そうしたら後で、ルイズだって怒られるでしょ?」

「う………、」

「もしルイズがすごく怒ってて、どうしてもこらしめないと気が済まないっていうなら、ディーキンだけならいくらでも殴っていいの」

 

そういうと、ディーキンは御辞儀をするようにしてルイズの方へ頭を突き出した。

気が済むまで好きなように殴れ、と言う事だろう。

 

「―――う、う~~……、」

 

ルイズはそれを見て、戸惑いながらも一旦は腕を振り上げたものの、振り下ろすこともできずに困ったように落ち着きなく視線を彷徨わせていた。

まさかこんなしおらしい態度の小さな子に、手を上げることができようか。

僅かな間にすっかり怒りが冷めてしまったようで、今は頬に残る紅潮だけがその余韻を留めている。

 

ディーキンはそのまましばらく待ってから、ちらりと上目遣いにルイズの方を窺う。

そうして彼女が手を出してこないのを確認すると、もう一回頭を下げ直してから口を開いた。

 

「……殴らないでくれるの? ありがとう、ルイズはやっぱり優しい人だよ。

 それで、その、言い訳をするつもりはないけど……、ちょっと、説明させてもらいたいことがあるの。

 ちょっとだけ、お話をしてもらってもいいかな?」

 

 

「わあ……」

 

シエスタは先程までの焦りと困惑からすっかり解放されて、事の成り行きに感嘆の溜息を洩らした。

 

目の前でルイズが凄まじい形相をして、今にもこちらへ呪文をぶっ放そうとしていた。

その様子を見てもディーキンは怯えもせず、怒ったり失望したりもせず、これまでに彼女が見せてくれていた良識や優しさの方を信じた。

安直に力で抑え込んだり魔法に頼ったりせずにひたすら理を解き、自分の非は詫び、良識的な対応に努めた。

だからこそルイズもそれを感じ取って普段の自分を取り戻し、衝動に任せた自分の行為を止めたのであろう。

 

敵意に対して敵意を返さないのは高貴な善の証であり、それが功を奏して、争いを未然に防ぐことができたのだ。

天界の高貴な来訪者の血を引くシエスタがそれを目の当たりにして、感銘を受けないわけがなかった。

 

(やっぱり、先生は神様の御遣いです!)

 

少なくとも、シエスタ自身にとってはそれは明白な事実だった。どんな証拠よりも、行動がすべてを明らかに示している。

そしてそれは、彼の『主人』であるところの少女にとってもそうであるに違いない、とシエスタは思った。

 

実際にはいささか大げさでロマンチックに過ぎる見解かも知れないが、パラディンにして善の来訪者となれば、概ねそんなものである。

 

彼女は慈悲深い運命の導きと人の善意とを、心から信じているのだ。

それが、信じる者の前にこそ姿を現すものだ、ということも含めて。

 

 

(……あらあ? もしかして、意外とライバルが多いのかしら?)

 

キュルケはこの成り行きにいささか首を傾げつつも、自分以外の4人の様子を交互に窺うと、そんなことを考えた。

 

ルイズがあれほど昂ぶらせた感情を爆発させずに、説得されて抑えるのは見たことがない。

たとえ相手が自分の使い魔であるにせよ、短期間のうちにああまでなるものだろうか。

そこに何か、それとは別の感情が混じっているとしても、不思議ではない。

 

それに、あのメイドもだ。

彼女の事はよく知らないが、それでもディーキンを見つめる目に何か熱っぽい感情が籠もっていることは、一目でわかる。

 

「タバサも大変ね……」

 

キュルケはそうひとりごちる。

自分の親友の(たぶん)初めての恋なのだから、なんとかしてうまくいかせてやりたいものだが、と思った。

 

 

「……………」

 

タバサは表情こそほとんど変えないものの、内心では愕然としていた。

 

自分はあらかじめ事態の展開を予想し、事前に詠唱を済ませ、状況の変化に対応するべく心の準備をしていたのだ。

その自分よりも、状況を把握できずにただうろたえているだけに見えた彼の、ディーキンの行動の方が速かったというのか。

彼は自分が杖をほんの一振りするよりも先に、数歩分は離れたルイズの懐まで一瞬で潜り込んで、彼女の杖を払いのけてみせたのである。

座学でも実技でも人後に落ちたことはなく、ここ2~3年ばかりの間には命がけの任務を度々こなして、幾多の実戦経験を積んできた自分よりも………。

 

タバサは結局放たれることのなかった呪文が籠もったままの杖を、知らず知らずのうちにぐっと握りしめていた。

 

その胸中には複雑に絡み合った様々な感情が去来して、いらだちに似た不快なざわめきを生じさせている。

タバサは決して、ディーキンが嫌いなわけではない。

むしろ、はっきりその逆だと言える。

非常に好ましい人物だと思っているし、キュルケの考えているようなニュアンスではないにしても、これからも親しく付き合っていければとも思っている。

 

それでも今、彼を見てタバサの胸中に生じた感情は間違いなく不愉快なものだった。

タバサがこんな気分になったことは、これまでになかった……。

 

 

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「そ、そういうことなら早く言いなさいよ!」

「アー、ゴメンなの。もっと早くいいたかったんだけど、何だかルイズが怒ってるみたいだったから……」

「まったく、ルイズはよく人の話を聞かないで騒ぎ出すからね~」

「あなたのせい」

「ミス・タバサの使い魔の竜を助けるなんて、さすが先生です!」

 

その後、廊下で話し続けるのもなんだからとルイズの部屋に場所を変えて、事の次第を説明した。

ディーキンが中心に、タバサが補助に回って。

その甲斐あって、どうやらルイズらの誤解も解けたようだ。

 

といっても、完全に正確な事実を伝えたわけではない。

タバサが事前に、シルフィードの正体はルイズに対してはまだ伏せておいてほしいと希望していたからである。

そのため、今回ディーキンがタバサと一緒に行動した理由については、

 

『タバサの使い魔が学院から離れて散策中にちょっとした事故にあって負傷し、身動きが取れなくなってしまった。

 生憎とその場所は危険な動物や妖魔がごく稀にだが目撃されている所で、負傷している幼竜では襲われれば命の危険があった。

 ゆえにタバサが急いで助けに向かおうとしていたのをディーキンが見咎めて声を掛け、高速で移動できる手段を提供しようということになった。

 急ぎの用件だったのでルイズに報告もせずに出てしまったが、申し訳なかった』

 

という話にしておいてある。

 

キュルケに関してはまだ一部の誤解が解けていない節もあるが、まあそれはディーキンは知らない事なので、タバサが一人で何とかするしかあるまい。

それで解決するかどうかは不明だが。

 

「……それで、その馬より高速で移動できる方法って何よ?

 あんたがそんなことをできるなんて聞いてないわ、そんなことができるなら私にも早く教えなさいよ!」

 

今までは正式な使い魔ではないということであれこれ問い質すのは遠慮していたのだが、自分以外の者が知っているとなると話は別だった。

仮にも私は主人なんだから、他の女に教える前に自分に教えてくれるのが筋だろう、と拗ねているのだ。

もちろん今回は緊急事態だったのだということは理解しているが、隠し事をされたようでどうにも気に入らない。

 

「魔法? それともあんたのその背負い袋の中に、そういうマジックアイテムでも入ってるの?

 私は、……その、一応、あんたの主人なんだから。

 タバサには教えておいて、私には教えないっていうのはないでしょ!」

 

ルイズはそういってディーキンを問いただした。

無論、決まりが悪いのを隠すためにさっさと別の話題に変えたかった、というのもあるだろうが。

 

それに対してディーキンは少し考えると、自分のできることを今すぐに全部説明するのは無理であるから、明日からおいおいにさせてほしい、と申し出た。

 

それはまあ、本当の事ではある。

ディーキンに“できること”となると非常に多いし、所持しているアイテムなども多岐にわたるので、全部の説明などとても今すぐはしていられない。

 

それに今日はもう随分と呪文を使っているので、これ以上消費したくはなかった。

まだ数に余裕はあるし別に冒険中というわけでもないし、本当は今日寝る前にできる限り説明してしまう方が効率的といえば効率的なのだろうが……、

呪文数の消費をできる限り抑え、万一の時のために力を温存しておこうとするのは、冒険者としての習慣である。

 

また、それとは別に。

自分にできることや所有している品々を特段隠し立てる気はないものの、たださっと見せて終わるのは勿体ない、という思いもあった。

 

ディーキンはバードであり、バードは本来エンターテイナーである。

ただ力を誇示して威張るような、幼稚で品のない事は好きではないが、芸術的な演出でもって感嘆や驚異の視線を向けられ、注目されるのは大好きだ。

せっかく公開するなら、今すぐではなく劇的で格好良い演出を考えて、バードとしての面目を施したいのである。

そうしてみんなをより長期にわたってわくわくさせ、楽しませることができれば、それを傍で感じられれば、バードとしてそれ以上の喜びはない。

それこそが、バードである自分が本来最も得意であることを……、少なくともそうであるべきことを、みんなに示して見せることにもなるはずだ。

 

今すぐいろいろと教えてほしい、タバサに後れを取ったままでいたくない、という気持ちのルイズは当然ごねた。

他の3人も、早く知りたくてうずうずしている様子であった。

 

だが所詮、腰を落ち着けて話しはじめてしまえば、彼女らを説き伏せるなど<交渉>上手のディーキンにとっては造作もないことだ。

 

続けて、帰りに立ち寄ったトリスタニアで換金のため貴金属等を鑑定に預けたことをルイズに伝える。

それから、虚無の曜日にそれを受け取りにここにいるみんなで一緒に出掛けるのはどうか、お金が入ったら何か奢るから……、と提案してみた。

 

キュルケもシエスタもタバサもそれに同意したので、内心みんなより先に知りたいと思っていたルイズもやむなく頷く。

 

そこでディーキンは続けて、それとは別に、明日の放課後に2人で一緒にトリスタニアへ出掛けないか、とルイズに提案した。

件の幽体馬の速さをもってすれば、授業後に軽く王都で夕食でも食べてその日のうちに学院へ帰るくらいは余裕である。

 

久し振りに王都へ、しかも平日に足を運べる上に、望み通りディーキンと2人で邪魔されずに出かけられる。

しかもキュルケやシエスタよりも先にその高速移動の方法を見ることができるとなれば、ルイズが文句を言うはずもなかった。

 

これにはルイズのご機嫌をとる他に、平日でも王都まで余裕で往復できることを示せば外出するのが容易になるだろうという打算も含まれている。

これからもちょくちょく学院から出かけたいと思っているので、ルイズから平日の外出許可を楽に取れるようになれば、自分にとっても都合がよいのだ。

 

それ以外のいろいろな事……、シエスタを決闘で勝たせた秘密とか、そんなことに関しては、放課後等の暇なときに来てもらえば話すということでまとめた。

 

ルイズは、放課後に話すのなら彼の“主人”として傍にいる自分が真っ先に話せるだろう、と考えて了解した。

シエスタは、大好きな“先生”にこれからいろいろ教えてもらえるとなれば文句などあるはずもない。

キュルケは、ルイズより先にあの子を捕まえて悔しがらせてやったり、タバサを連れて………、といった具合に、今後の方針を楽しみに思案している。

タバサは、放課後に個別に好きな時に訪れることを受け容れてもらえるのなら、自分にとっては都合がいいと考えた。

そしてディーキンは、毎日少しずつ来てもらえれば、その間にいろいろとみんなを楽しませる演出を考えておく時間が稼げるだろう、と目論んでいた。

 

かくして、全員にとって納得のいく約束を結んで、今夜はお開きとなった。

ディーキンは自分に“できること”の手始めとして、その<交渉>の腕前を彼女ら相手にきちんと実演して見せたのである。

 





バーバリアン(蛮人):
D&Dの基本クラスの一種。文明社会の洗練されたファイター(戦士)とは違う、パワフルな辺境の闘士。
ファイターほど優れた武技の持ち合わせはなく、高い技術力で作られた重装鎧を身に帯びることにも慣れていない。文字の読み書きをできないものも多い。
しかし彼らには驚異的な生命力と危機に対応する直観力があり、荒野を駆けまわることに慣れているために高速で移動できる。
また、己の内に煮えたぎる激怒を力に変えて、一時的に脅威的な筋力と頑健さを得られる能力を備えている。

レイジ・メイジ(激怒魔道師):
D&Dの上級クラスの一種。目もくらむような怒りに我を忘れることで、その根源的な感情から莫大な魔力を引き出す変わり種の魔道師。
彼らは一般的な魔道師のような学究的準科学的なやり方ではなく、原初的な情熱に基づいて魔法を使う。
バーバリアンのように激怒しながら呪文を使うことで、その威力や詠唱速度を向上させることができる能力を備えている。

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