Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia   作:ローレンシウ

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第二十七話 Imperial City

ディーキンがタバサと戻ってきた翌日。

独占欲を燻らせたルイズは、その日の授業が終わるとすぐに隣に座っていたディーキンに話し掛けた。

 

「ほら、ディーキン。昨夜の約束は忘れてないでしょうね?」

「もちろんだよ。ディーキンは物覚えは良くないけど、約束はちゃんと覚えるの」

「よろしい。なら、さっさとトリスタニアへ行くわよ。もたもたしてたら日が暮れちゃうわ!

 あんたのいう、その……、ファントム・スティード? っていうのがどれだけ速いのか知らないけど、今日は平日で時間がないんだから」

 

時間がないというのは、まあ本当ではあるが。

ルイズとしては、邪魔者のキュルケやタバサに呼び止められたりシエスタがやって来たりする前に出かけたい、というのが本音である。

 

今日、授業中こそディーキンはルイズと一緒にいたが……。

食事や休み時間の間は、寸暇を惜しむようにしてあちこちへ出かけ、いろいろな者と交流している様子だった。

 

他の使い魔や、学院の教師・生徒、それにマルトー料理長をはじめとする平民の使用人たち……。

その中にはきっと、シエスタだって含まれているだろう。

 

授業に出なければならない自分より先に、シエスタがディーキンと楽しくやっているのではと思うとルイズは内心気が気ではなかった。

かといって、正規の使い魔ではないディーキンに対して授業外でも出歩かずに傍に居ろと要求するような狭量な姿勢を見せたくもない。

だからこそ先約があって、堂々とディーキンを自分一人で連れ出せる放課後をじりじりとした気持ちで待っていたのだ。

 

ルイズのその考えに反して、実際にはディーキンは、今日はシエスタと大した話はしていなかった。

 

日中はルイズに授業があるように、シエスタにも色々と仕事があるのだ。

秩序を重んじる彼女としては、自分の仕事をおろそかにしてディーキンと話し込むことなどそうそうできるわけがない。

彼女が今日ディーキンと一番落ち着いて話をしていたのは、ルイズが起き出す前に水場で会った時である。

その際にも、ごく短時間談笑をして、ちょっとした冒険譚と短い演奏を聞かせてもらっただけだ。

シエスタとしては本当なら一日中でも話を聞いていたい気持ちだったが、だらだらと話を長引かせて後の仕事に差し障りを出すようなことはできなかった。

たとえ他の使用人たちが何かとシエスタを英雄扱いしてくれていて、そのくらいで文句をいわないとしても。

 

まあどうあれ、ルイズとしてはそんな事情は知るわけもない。

彼女はディーキンを抱えるようにして教室を出ると、足早に外へと向かっていった。

 

 

「あらあら、あの子もせっかちねえ……」

 

ディーキンを引っ張ったルイズがいつになくそそくさと教室を出ていくのを見て、キュルケは苦笑した。

 

「いいの、タバサ? ディー君がルイズに連れてかれちゃったわよ?」

 

隣りに座っている、彼に惚れている(に違いないと確信している)親友に悪戯っぽく問いかける。

タバサの方は本を開いたまま、その言葉に対して僅かにじとっとした目を向けた。

 

「あなたの言う意味が分からない」

「またまたぁ。いいのよ、私にはちゃんとわかってるから」

「……全然わかってない」

 

睨まれたキュルケは、むしろ楽しげにその視線を受け流した。

 

本当に意味が分からない、どうでもいいことであるならば、この友人はからかわれようと返事もせず、目も向けないだろう。

この反応は間違いなく照れや嫉妬の産物だ、とキュルケは解釈した。

彼女としては、いつも無表情で幸薄そうな自分の親友が、そんな感情を持つようになったことが素直に嬉しかったのだ。

 

ちなみに昨夜キュルケが自室に招いていた男たちは、彼女がルイズの部屋でディーキンの話に夢中になっていたため、全員約束をすっぽかされていた。

部屋に戻ったキュルケは彼らに詰め寄られてようやく約束の件を思いだしたが、すっかり興味が別に移っていたので話もそこそこに強引に追い払った。

 

彼女は根は人がいいし、悪人ではないけれど、些細な約束なんて気が変わったら知ったこっちゃない混沌派なのである。

勿論タバサのように大切な友人が相手なら別だが、キュルケからしてみれば彼らはあくまで遊びの相手であって、微熱が冷めたらそれまでだ。

どうせ向こうだって、美人でナイスバディの女だから言い寄っているだけで大して真剣でも何でもないのだから、特に悪いとも思わなかった。

 

「さっ、恋に遠慮は不要よ。私達も行きましょ」

 

返事も聞かずに、タバサを引っ張るようにして、キュルケはルイズの後を追った。

 

「…………」

 

友人の思い込みを解くのを諦めたのか、彼女の好意を無下にしても悪いとでも思ったのか、それともただ単に億劫なのか。

あるいは、本当にディーキンの後を追うのがやぶさかでもないのか……。

 

なんにせよタバサは、結局は本を読みながらも、引きずられるまま大人しくキュルケについていった。

 

 

「……ちょっと、何であんたたちがくるわけ?

 昨夜、今日は私とディーキンの2人で出かけるっていってたのを聞いてなかったのかしら!」

「別にー? 私たちもた~またまタバサのシルフィードで、ちょっとトリスタニアへいこうかって話になったのよ。

 行き先が同じならせっかくだからご一緒に、ってね」

「駄目に決まってるでしょ! 今は私がディーキンと話す時間なの、邪魔するんじゃないわよ!」

「あーら、邪魔なんかする気はないわ、ただついて行くだけよ?

 側にいるだけでも邪魔だなんてヴァリエールは心が狭いわね、彼氏とのデートって訳でもないでしょうに」

「な、なな、何いってるのよ!」

 

ルイズがそうしてキュルケ相手に熱くなっている間に、タバサは目立たないように、すすっとディーキンに近寄った。

 

主人であるルイズを説得するよりも、使い魔であるディーキンの同意を取り付けるほうが楽で話が早いだろう。

ディーキンが説得すればルイズが簡単に折れるであろうことは、先日の経験からタバサにはよーくわかっているのだ。

一旦同行すると決めた以上は時間を有意義に使いたいし、さっさと話をまとめて出発するに限る。

 

「……だめ?」

「ンー、ディーキンはみんな一緒の方が楽しいけど……」

 

ディーキンはルイズと約束したこともあって、最初は少し遠慮気味だった。

が、タバサに、

 

「頼めばルイズも分かってくれるはず。

 それにあなたが一緒に出掛けてくれれば、シルフィードも喜ぶ」

 

と言われると、すんなり折れた。

ディーキンは別にガチガチの秩序派というわけでもない。バードだから当然だが。

ルイズをちゃんと説得して合意が得られれば、そのくらいの予定変更は構わないだろう、と結論したのだ。

 

かくしてディーキンが、

 

「ルイズ、ディーキンはいつもルイズと一緒にいるの。

 でもキュルケやタバサは、わざわざ来てくれたんだから、一緒に行ってあげるのは当然だと思うの」

 

と、何やら放蕩息子を諭す父親のような論調でルイズを説得した結果、程なく話はまとまった。

そうして、当初の予定を変更して、ルイズ、キュルケ、タバサ、シルフィード、そしてディーキンの5人で、トリスタニアへ向かうこととなったのだった。

 

 

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「すごいすごーい!!」

「シルフィードより、はやーい! ……あはははは!!」

 

ルイズとキュルケがディーキンの作りだした幽体馬(の影術版)に跨って、高速で空を飛ばしてはしゃいでいる。

 

出発当初は人数が増えたことに不貞腐れていたルイズだったが、元より乗馬好きな事もあってすっかり機嫌が直ったらしい。

キュルケも、ペガサスなどの幻獣よりずっと速く、火竜並みかそれ以上の速度で空を駆ける馬を乗りまわすという経験にはかなり興奮しているようだ。

 

「きゅきゅい、きゅい~きゅ~い!(お姉さまたちが重いせいなのね、そうでなきゃ、私が馬なんかに負けるはずがないのね!)」

「……………」

 

タバサとディーキンを乗せたシルフィードはムキになってスピードを上げるが、まだ幼竜の彼女では全速の幽体馬には追いつけないようだ。

しまいに余計な負け惜しみを言って、主人に杖で頭を叩かれた。

 

「うーん……、タバサ?」

「何?」

 

何やら首をひねって考え込んでいたディーキンは、隣で本を読んでいるタバサに声を掛けた。

 

「もしかしてタバサは、ディーキンが名前を変えた方がいいと思う?」

「……?」

 

唐突に脈絡のない話を振られて、タバサは怪訝そうに首を傾けると、ディーキンの方を見た。

 

「何故?」

「ああ、その……、つまり、ディーキンはルイズの使い魔になったから、もしかしてもっと良い名前が必要かもって思ってたの。

 ルイズにはなんだか、すごく長くてかっこいい名前があるじゃない?」

 

タバサは軽く首を横に振る。

 

「別に……、あなたにはもう、ちゃんとした名前がある。

 ディーキンのままでいいはず」

 

名前は大切、と呟くと、何やら思うところでもあるのか、タバサは少し遠くを見るような目になる。

ディーキンはじっとその様子を見て、きまり悪そうに頭を掻いた。

 

「うん、そうだね……。タバサは、そう思ってくれる?

 あの、ただね、その……、ディーキンって名前は好きなの。でも、響きが、その……、ええと。

 きっと、ディーキンが書くボスやルイズの本を手にした人が、ディーキンの名前を声に出すと、顔をしかめるかもしれないの。

 子どもっぽい名前だから、青二才が書いたと思ってね」

 

2人の迷惑にならないかな、と、割と真剣な様子で聞いてくるディーキンに、タバサは少し呆れた様子で返事をしようとして……、

そこへ、シルフィードが口を挟んだ。

 

「名前? お兄さまの名前は格好いいのね、とってもいい名前なのね。

 けど、イルククゥもお父さまたちから貰った大切な名前だけど、シルフィードってお名前も素敵よ。

 お兄さまも、使い魔になったんだから、お姉さまに名前を考えてもらうといいのね!」

 

タバサは僅かにじとっとした目で、不躾に口を挟んだ自分の使い魔を睨む。

 

「彼の名前を考えるとしたら、それはルイズの仕事」

「きゅい、でもあのピンクの髪の子はセンスなさそうなのね。お姉さまの方がきっとお上手なのね!」

「……ルイズに失礼」

 

杖でまた軽くシルフィードの頭を小突いたタバサはしかし、ちらりとディーキンの方を窺って、少し考え込んだ。

 

確かに、彼には別にシルフィードと違って新しい名前など必要ないと思うし、仮につけるとしてもそれはルイズの権利だとは思う。

しかし、自分が彼の主人のように、彼に名前を付けられたら……と考えると、どこか心惹かれるものがあった。

 

「……よく考えると、それもありかも知れない。あなたには何か、名乗りたい名前がある?」

 

タバサにそう聞かれて、ディーキンは少し考え込む。

 

「ウーン? はっきりした考えがあるわけじゃなかったけど、ディーキンはボスの名前が好きだな……、

 アア、でも小さなディーキンには合わないかな、そんなことをしてもボスはきっと喜ばないだろうし。

 ルイズのもかっこいいと思うけど、ちゃんとすらすら言えないと思うし……」

「……あなたがルイズと同じ名前を名乗っても、彼女が困る。他には?」

 

「ええと、じゃあ……、“ドナルド”にしちゃうとか?

 ドナルド・スケイルシンガー、いかにも人気者って感じの名前だと思うの」

 

「―――ドナルド?」

 

その名前を聞いた途端、タバサの脳裏に、唐突にある光景が閃いた。

 

 

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「ランランル~、ランランルゥ~~♪」

 

食堂でいつもの妙な鼻歌を少し変えたような歌を口ずさみながら、オーバーリアクションでダンスを踊っているディーキン、もといドナルド。

回り中の生徒から嫌な注目を集めているが……、陽気ながら妙に威圧感のある雰囲気のせいか、誰も咎められないようだ。

 

「……君、悪いが、レディたちが嫌がっているようなんだが。

 その妙な歌とダンスを止めてくれないか?」

 

勇気を振り絞ってギーシュがそういうと、ようやく他の生徒からも、賛同する声がぱらぱらと上がりはじめる。

それを聞いてぴたりとダンスを止めたディーキン、改めドナルドは、唐突にグルゥ! と振り向くと、ものすげえいい笑顔で親指を横に向けた。

 

「お前ら

 表へ出ろ」

 

 

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(……何、今の光景?)

 

物凄い嫌な光景を思い浮かべてしまったタバサは、ふるふると首を振ってその妄想を振り払うと、顔をしかめた。

なんでまた、脈絡もなくそんな光景を思い浮かべてしまったのか、さっぱり訳がわからない。

 

一方でディーキンの方はといえば、どうやらタバサとは違うキャラクターを想定していたらしい。

片腕を前に突き出してアヒルのように甲高く騒がしいだみ声でわめきながら、前傾姿勢のままぴょんぴょん飛び跳ねている。

飛行中のドラゴンの上で、ずいぶんと器用なことをするものだ。

 

タバサはそれを見て、ますます頭が痛くなってきた。

 

「妙なお芝居は止めて、今は飛んでいる最中、危ない。

 ……あとその名前は駄目、なんだかよくない感じがする」

「ウーン……、そう?

 残念だけど、タバサがそういうのなら、ディーキンは止めておくよ」

 

ディーキンは若干未練がありそうな様子で、渋々同意すると飛び跳ねるのを止めた。

 

「……一体、どうしてそんな名前を思いついたの?」

「え? ええと……、ディーキンは、確か、スクロール上のどこかで読んだの。

 うーん。もうちょっとで思い出すかも……」

「いい、思い出さなくていい。とにかく、他の名前に」

 

「じゃあ、ええと……、筋肉モリモリマッチョマンの、“ザ・ディーキネーター”っていうのはどうかな?

 強そうに聞こえるでしょ?」

 

「―――ディーキネーター……?」

 

 

-----------------------------------

 

 

「来いよワルド、杖なんか捨てて……かかってこい!」

 

何故か身の丈2メイル近くもある、筋肉モリモリマッチョマンのディーキンがナイフを構えて、羽根帽子を被った髭面の青年を挑発している。

 

あっさりその挑発に乗って杖を捨てると、「やろうぶっころしてやる!」とか端正な面立ちに似合わぬ暴言を吐いてナイフを抜き、襲い掛かってくる青年。

その腹を、ディーキンの投げた金属のパイプがぶち抜いた。

 

「地獄へ堕ちろ、ワルド!」

 

 

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(……………)

 

またしても妙な光景を思い浮かべてしまったタバサは、自分の頭がおかしくなったのではと本気で心配になって、ぶんぶん頭を振った。

っていうかワルドって誰だ。

 

「ねえ、どうしたのタバサ。頭でもいたいの?」

「……何でもない、気にしないで」

「そう? それで、ディーキンの名前は……」

「……その話は、もう止めて。あなたの名前は、ディーキンが一番いい」

 

タバサは強引に話を打ち切ると、ディーキンから視線を外して、先程の嫌な妄想を忘れようとまた本に集中し始めた。

 

 

「もうトリスタニアが見えて来たわ! 本当に、物凄く速い……!!」

 

そのころ、ルイズは得意の乗馬で幽体馬を乗り回して上機嫌であった。

夢中になって走り、キュルケもぶっちぎって(別に彼女にはタバサらを置いてけぼりにしてまで無理に追いつく気もなかったのだが)随分と先行している。

 

「……夕食にはまだ、ちょっと早すぎるわね」

 

太陽の位置を確認して大まかな時刻を確かめたルイズが、そうひとりごちる。

彼女は夕食だけでなく、できれば何か記念になるようなプレゼントでも買っておいてやりたい、とも思っていた。

 

ルイズは昨夜、皆と別れた後にディーキンにいくつか質問をしていた。

どんなものを換金するよう頼んだのかという彼女の問いに対して、ディーキンはまだ換金しなかった硬貨や貴金属、宝石などをルイズに見せた。

その中には見たことのない珍しい宝石や美しい金属細工など、貴族であるルイズの目から見ても相当に価値の高そうな品がいくつもあった。

それにルイズは、ディーキンがハルケギニアでは非常に高値がつくであろうマジックアイテムをいくつも所持しているらしいことも知っているのだ。

 

ディーキンが換金を頼んだ貴金属等の代金は、査定と用意に少々時間を要するので、次の週の虚無の曜日に受け取りに行く予定になっているとのことだった。

つまり現時点でのディーキンは、まだハルケギニアの通貨は持っていないことになる。

しかし換金が済んでしまえば、かなりの額のまとまった現金が入るであろうことは明らかだ。

 

となると、主人らしく使い魔の金銭面での面倒を見る機会はまだ換金が済んでいない今しかないかもしれない、とルイズは考えたのだ。

 

「みんなが来たら、先に街を見て回ろうかしら。

 あいつが欲しがるようなものが、何かあると良いんだけど……」

 

 

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王都トリスタニアへ到着し、街を歩く一行。

 

シルフィードは自分も行きたいとタバサにゴネていたが、ルイズやキュルケには正体は秘密だから駄目、とすげなく却下されて結局留守番になった。

ディーキンが後でお話とか美味しいものとかを用意するからと宥めたら、あっさり機嫌は直ったが。

 

「ここはブルドンネ街、トリステインで一番の大通りよ。この先には宮殿があるの」

「フンフン、そうなの?」

 

ルイズはディーキンに、ここぞとばかりに得意げにあれこれと説明した。

ディーキンはそれに対して相槌を打ったり、メモを取ったり、時折質問をしたりしてルイズに付き合っている。

 

説明された内容の半分くらいは既に昨日タバサとこの街へ来た時に知っていたが、わざわざそれを言ってルイズの気分を害するようなことはしない。

それにおおむねは既に知っている内容でも、聞き流さずしっかり耳を傾ければたまに何かしらの新しい情報が入ってきたりするものだ。

 

大通りというだけあって、平日ながら結構な数の人々が行き来していた。

 

皆マントをつけていない平民で、老若男女、様々な職業の人々がいるようだ。

今日は変装していないので、人々はディーキンに好奇の目を向けてきたり、若干ぎょっとした様子で道を開けたりする。

しかし学生とはいえ貴族が3人も一緒ということで、珍しいペットか使い魔の類だと思われたのだろう、取り立てて騒ぎが起こるようなことはなかった。

 

ディーキンも目を向けてくる人々には軽く会釈したり、笑いかけたりして、自分は無害で友好的な存在だとさりげなくアピールしていた。

人々の反応からして今のところ効果のほどは怪しいが、これからもこの街にはくるつもりだし、その時にはルイズらが一緒でないこともあるだろう。

一人で街を歩いていても危険のない存在だと納得して受け入れてもらわなくてはならないのだから、小さなことからコツコツと努力しておくべきだ。

 

さておき、通りには露店が立ち並び、商人たちが様々な品物を売っていた。

食料品や日用雑貨などのありふれた品を売る店が大半だが、中にはちょっと変わったものを売っている店もあるようだ。

 

厄除けだの恋愛成就だのの効果があると謳って、護符や装飾品などを売っている店があった。

ルイズはちょっと興味を示していたが、ディーキンが見た感じでは殆どの品にはなんら魔力などはなく、おもちゃも同然の安ピカ物ばかりだ。

高価な品の一部には微弱な魔力を付与してあるものもあるようだが、それにしたところで魔力の系統から見て、お守りに役立ちそうな代物ではない。

おそらくはただ気分的に何らかの魔力を込めてみたというだけの代物だろう、おおよそ気休め以上の有意な効果があるとは思えなかった。

ルイズのように高級品に慣れている貴族の令嬢には、それがかえって物珍しかったのかもしれないが。

キュルケもタバサに、「いい機会だからこういうの買ってみない?」などといって勧めていたが、タバサの方は興味ゼロの様子だ。

 

遠方から仕入れた各種の名品とやらを並べている、胡散臭い店もあった。

たとえば、ロバ・アル・カリイエの海岸で取れたものだとかいう、黄金色の巻貝。

ディーキンの目には、そこらで拾ったかたつむりの殻に金色の塗料を塗っただけに見えた。

火竜山脈近くで採掘された、希少な銀の一種でできているという指輪。

しかしどう見ても、銀ではなくスズ製であった。

ドラゴンの牙から削り出したという、『勇者イーヴァルディ』だかを象った小像。

たぶん、本当は牛かなにかの骨から作られているのだろう。

絶体絶命の危機に陥った時に鞘から抜けば、一度だけ奇跡の力を発揮してくれるとかいう『封印の剣』。

ちょっと手に取ってみたが、すぐに重量が全部鉛製の鞘によるもので中は空っぽだとわかって、興味を失った。

他の品も、それらと同程度か、それ以上にも出来の悪いガラクタばかりだ。

何かほしいものがあったら買ってあげるわよ、とのルイズの申し出を、ディーキンは丁重に辞退した。

 

大きな緑色の魔女帽を被った小柄な桃色の髪の少女と、チョコレート色のかわいい猫とが店主を務める、やたらにメルヘンな店もあった。

かわいい人形、キャンディのビン、安物の香水にびっくり箱……、と、バラエティに富んだ品揃えをしているところからすると、雑貨屋だろうか。

あと、『カエルの王子様、キス一回1ドニエ』と書かれた札の横に、かごに入った大きなカエル(ルイズが悲鳴を上げた)がいた。

 

「オオ、カエルの王子様? 何かのお話で聞いたことがあるよ。

 ンー、キスって、するのはディーキンでもいいのかな? 男の娘とかでも大丈夫なの?」

「……絶対やめなさい、いろいろな意味で。

 もう、そんなろくでもない物にいちいち興味を持たないでちょうだい。あんたには何か、他にほしい物はないの?」

「ンー、そう? 残念だけど、ルイズがそういうのならやめておくの。

 買ってもいいならディーキンにはほしい物はいろいろあるよ、ええと……」

 

ディー君と王子様がキスなんて面白そうじゃない? などとからかわれてキュルケと言い合いになったルイズをよそに、ディーキンはちょっと考え込んだ。

今言ったとおり、余裕さえあれば欲しいものはいくらでもあるが。

とりあえず、早めに見繕っておきたいものとなると……。

 

「……ウーン、じゃあ、武器とか防具とかを売っているところはある?

 この辺のお店には、あんまりちゃんとしたものはおいてないみたいだけど」

「まったく、これだからツェルプストーは見境がないにも……、

 って、え? 武器?」

 

ディーキンが興味を持ちそうなものとして、何か珍しい小物とかちょっとした魔法の道具のようなものを考えていたルイズは、意外そうな顔をした。

 

「武器とか防具って……、そりゃ、その、使い魔としては主人を守るのは大事だけど。

 あんたは魔法だっていくらか使えるんでしょ、だったら何もそんな、平民の護身用みたいなものを買わなくたって。

 それにあんた、剣とか鎧とかは、もう持ってるみたいじゃないの」

「そんなことはないの。ディーキンは魔法も使えるけど、戦う時は武器を使うことの方が多いよ。

 それに今持ってる武器や防具に満足してないわけじゃないけど、この辺りはディーキンが住んでたところとは随分違うみたいだからね。

 何か珍しいものがないか、ちょっと見てみたいんだよ」

 

ディーキンの説明は全くの事実である。

 

バードが覚える呪文には直接的な破壊に優れた代物は少ないし、呪文を使える数もごく限られている。

ウィザードやソーサラーのように魔法だけを使って戦うというのはかなり無理があるので、ほとんどのバードは戦闘時には武器も普通に使うのだ。

とはいえバードは、ファイターのような戦闘専門職に比べれば攻撃力も耐久力もずっと劣る。

正面から敵陣に斬り込んでいくことは少なく、後方から呪歌や呪文を使う合間に飛び道具などで支援する、という形が多いだろう。

ディーキンは今では近接戦もかなりいけるようになったが、ボスやヴァレンがそれ以上に圧倒的に強いので、前線に立つことは少なかった。

 

フェイルーン全体で見ても非常に強力な部類の、エピック級と呼ばれるような武具を所持しているのだから、今の武具に不満があるわけではない。

ただルイズにも言ったとおり、このハルケギニアにはどんな武具があるのかを見てみたいと思っているのだ。

召喚された日の夜、ルイズらの反応から、ディーキンはこの世界では非常に強力な武具が珍しくないのではないかと考えていた。

その後いろいろと書物などを見て、今ではどうやらそうではなく、この世界では単純に武器を使う戦士に対する評価が低いらしいと理解している。

しかし、だからといって元の世界には無いような変わった武器があるかも知れないという、興味や好奇心がなくなったわけではなかった。

 

それを差し引いても、いちおうルイズの使い魔を引き受けたわけだし。

今のところ危険などはなさそうな環境ではあるが、いざという時のためにもそういったことを早いうちに把握しておくのは大事なはずだ。

 

「そ、そうなの?」

 

ルイズの方はといえば、魔法をある程度使えるなら、その力は武器を使う平民の戦士などより遥かに上であると考えている。

それはハルケギニアにおける、ごく一般的な見解でもある。

メイジ殺しなどという存在もいるにはいるが、それは希少な存在であり、あくまで例外的なものに過ぎない。

そのメイジ殺しにしたところで、充分戦闘訓練を積んだ腕利きのメイジには、奇襲でもしない限りはまず勝てないとされている。

 

召喚した際に見た手品まがいのような魔法から当初は大した腕ではないと思っていたが、その評価は昨日今日で大分改められた。

ディーキンの使う魔法はハルケギニアの魔法とは大きく性質が違うようだから、一概には判断はできないが……。

それでも食堂で沢山の食器を運んでみせた謎めいた魔法や、先程のすごく速い空飛ぶ馬を作る魔法などは、きっとそれなりに高度なものだろう。

 

ならばいざ戦いとなった時には主に魔法に頼るに違いない、武器や防具を持っているのはあくまで保険的なものだろう……、と、ルイズは考えていた。

第一、ディーキンの幼児のごとく小柄な体格は、武器で戦って強そうには全く見えない。

 

(もしかして、戦いに使えるような呪文はほとんど覚えてないってことかしら?)

 

ハルケギニアでも、物品の加工や治癒などを専門にしてそれだけに特化している『土』や『水』のメイジの中には、そういう者が結構いる。

ディーキンがこれまでに見せた魔法は戦いとは関係ないものばかりだったし、大方そういうことなのだろうとルイズは結論した。

となると、残念だがやはり護衛としてはあまり期待できないのだろうか……。

 

彼女がそう考えるのは無理もないことである。

事実キュルケも、おおむねルイズと同じように考えていた。

もっとも彼女の場合、武器が好きなんて亜人とはいえやっぱり男の子なのね、というように解釈して、微笑ましげに眺めていたが。

 

ただ一人、昨夜のディーキンの俊敏な動きを見ていたタバサだけが、興味を惹かれたように本から顔を上げて、やりとりに耳を傾けていた。

 

「ンー……、ダメかな?」

「いや、その、あんたが見たいなら、そりゃ駄目ってことはないけど……。

 でも本当に大したものはないと思うわよ、あんなところ」

 

ルイズはいまいち気乗りしない様子であったが、ディーキンが本当に見てみたそうにしているのを確認して仕方なく同意する。

そうして、以前見かけた武器屋の位置を記憶の底から掘り起こすと、大通りから離れて狭い路地裏に入っていった。

 

 

華やかな表通りから外れた路地には、ゴミや汚物が道端に転がっており、悪臭が漂っていた。

 

ルイズとキュルケは顔を顰めると、ハンカチなどを取りだして鼻に当てた。

タバサは平然と本を読み続けている。

ディーキンはむしろ興味深そうに、くんくんと匂いを嗅いだり、転がっている物を調べてみたりして、ルイズに文句を言われていた。

 

「ちょっと、そんなものを調べて回らないでちょうだい!

 もう、だからあんまり来たくなかったのよ、こんな汚いところ……」

 

ルイズは四つ辻の所で立ち止まると、きょろきょろとあたりを見回す。

 

「ええと、確か前にピエモンの秘薬店の近くで見かけたから、この辺りのはずなんだけど……」

 

ディーキンも一緒にきょろきょろ探し始めたが……。

 

「―――あそこ」

 

そこらの看板に頑張って目を走らせている2人を尻目に、タバサは本を開いたままですっと杖を持ち上げる。

その杖が指し示す先に、剣の形をした銅の看板がぶら下がっていた。

 

「あ、あった! ……ありがとう、ミス・タバサ」

「タバサでいい」

「ありがとうなの、タバサ。

 ええと、タバサはこの店の場所を知ってたの?」

「前に見た」

「あら、こんな場所に来るなんて一体何の用事があったのかしら?

 まあ、あなたにも色々あるんでしょうけど……」

 

そんなやりとりをしながら、一行は店の石段を上り、羽扉をあけて武器屋の中に入っていった……。

 


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