Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia   作:ローレンシウ

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第三十一話 Sentient Golem

ここはトリステイン魔法学院、深夜の中庭。

 

「へえ、まさか、そんなにすごい剣だったとはね……。

 こりゃあの武器屋は一世一代の大損をしたわね、あっはは、可哀想!」

「……ガンダールヴの、剣? 本物?」

「そ、その……、デルフさんがそんなすごい剣なのでしたらやっぱり、私のような未熟者が使わせていただくわけには……」

「いやいや、別におめえが悪いってわけじゃねえぞ、娘っ子。

 けど、俺はやっぱり使い手のための剣なんだよ。

 そりゃあ、坊主だってガンダールヴそのものじゃあないのかも知れねえが、思い出した以上はなおさら……」

「そ、そんな話、疑わしいものだとは思うけど……。とにかく、それは私があんたに買ってあげた剣でしょ!?

 何で勝手に、そのメイドにあげようとしてんのよ!」

 

ディーキンが《伝説知識(レジェンド・ローア)》で得た情報を語り終えた後、デルフがまたいろいろと思い出して興奮して、情報を交換して。

途中から爆発魔法の検証のために外でちょっと実験をしてみようとやってきたルイズらと合流して、また情報を交換して……。

そうして今は、実験を一時棚上げしたルイズらも交えて、こうしてみんなで賑やかしく話し合っているというわけだ。

 

「オホン。……ええと、その。順番に話させてもらっていいかな?」

 

こうも頭数が増えててんでに意見を主張していては普通ならとても収拾などつきそうにもないが、そこは腕利きのバード。

ディーキンは騒ぐルイズや愚痴るデルフを巧みに宥め、どうにか落ち着いて話を聞いてくれる状態に持っていった。

 

まず、ルイズに関しては、彼女に相談せずに贈り物の処遇を決めようとしたことについては素直に謝り……。

その上で、デルフをシエスタに与えるわけではなく貸すだけなのだということを説明し……。

さらに、“デルフ自身の権利”についても言及した。

 

「アア、ルイズの気持ちを考えてなかったと思われたのは申し訳なかったと思うの、それは本当に反省してるよ……。

 ディーキンはこんな立派な剣を買ってもらえて、本当にすごく嬉しいの。

 だけどディーキンじゃデルフを使えないし、彼にも使われる権利があると思う」

 

次いでシエスタが自分に指導してほしいと頼んでくれたこと、それがとても嬉しかったことをうちあけ、彼女に対しても責任を持ちたいのだと訴える。

そのように彼女の良識や周囲の他の面々の感情に訴えるような頼み方をした結果、ルイズは結局、どうにか納得してくれた。

ディーキンにとっては、やはり彼女はちょっと拗ねやすいだけの素直で善良な女の子だった。

 

そうして彼女のほうをひとまず片付けたディーキンは、今度はデルフに対応する。

 

とはいえ、先にルイズを説得した時の話の流れで既にデルフをシエスタが使う空気ができあがっており。

さすがのデルフも、今更になって彼女にはどうあっても使われたくないとは主張しにくい雰囲気になっていた。

 

「そ、そりゃあ……、俺は剣だからな。

 使われてなんぼだし、坊主が俺のことを考えてくれてこの娘っ子に渡そうとした、ってのは嬉しいけどよ。

 ただ、その、なんつうかよ、俺はやっぱりガンダールヴの剣だしな……」

 

ディーキンがそれを狙っていたのかどうかはさておき、明らかに最初より弱腰である。

そこで、今度は穏やかに諭すような調子で説得を始めた。

 

インテリジェント・アイテムは、使用されることに同意していなければ、持ち主に反抗することもある。

そのような反抗は、しばしば致命的な結果をもたらす場合さえあるのだ。

だから、渋々ではなく、ちゃんとシエスタに使われることに十分納得してもらわなくてはならない。

 

「ねえデルフ、あんたは自分がガンダールヴのための剣だっていうけど……。

 確かに、はじめはそのために作られたのかもしれないけど、それはもう六千年も前のことなんでしょ?

 あんたには自分の心があるんだから、他の生き方を試してみてもいいんじゃないかと思うの」

「……へっ。そりゃ、六千年は俺にとっても長いけどな。

 貴族が名誉にこだわるみてえによ、モノにはモノなりの筋を通す生き方ってものがあるんでえ。

 俺は昔も今もガンダールヴの相棒さ、そいつは変わりようがねえことだぜ」

 

それを聞いたディーキンは、ひとつ頷くと、意味ありげな微笑みを浮かべた。

 

「ンー……、そうなのかもね。

 けど、ディーキンは前に、自分の生き方を変えようとしたゴーレムに会ったことがあるよ――」

 

物語や説話、時には自分自身が経験した冒険などを例に引いて相手を窘めるのは、多くのバードが得意とする手口だ。

ディーキンはリュートを爪弾きながら、詠うようにして、自身の体験談を皆に語り始めた……。

 

 

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話は、ディーキンがボスやヴァレン、ナシーラらと共に地下世界を旅していたときのことにさかのぼる。

ディーキンとボスは、ある時アンダーマウンテンの支配者ハラスターによって、広大な地下世界へと送り込まれてしまったのだ。

 

2人はそこで、強大で邪悪なドロウ(闇エルフ)の権力者、ヴァルシャレスに対抗しようとする、善きドロウたちと出会ったのである。

ヴァルシャレスは急激に力をつけており地上の支配をも目論んでいる、と聞いたボスは、彼らに協力してヴァルシャレスと戦う決意を固めた。

そのための戦力となる味方を求めて、2人はヴァレン、ナシーラといった新たな仲間たちと共に、アンダーダークのあちこちを訪れて回っていたのだ。

 

手がかりを追って訪れたある遺跡の奥で、一行はなんと、自らの意思を持つゴーレムたちが2つの勢力に分かれて戦い合っている現場に遭遇した。

 

それは奇妙な戦であった。

彼らは互いに激しく戦い合い、何体ものゴーレムが倒れていった。

しかし、双方の陣営は倒れた味方を収容しては修理して甦らせており、戦は永遠に終わらぬように見えた。

 

一行はやがて双方の陣営から自分たちに味方してこの戦いを終わらせてほしいと頼まれ、ようやくその奇妙な戦いの始まった事情を知ったのだった。

 

彼らは完全な生命体の創造を志した『造り手』と呼ばれる魔術師によって、遥か昔に生みだされたのだという。

完全な人造物ではなく考えることも感じることもできる、センティエント・ゴーレムと呼ばれる存在だ。

しかし彼らの造物主は五百年も前に遺跡の奥深くへと自ら姿を消したきり、今も戻ってきていなかった。

 

『造り手とはアルシガードという名の強力な、しかし有限の存在であるウィザードにほかなりません。

 彼はこの隔離された場所へ、完全な存在、完全なゴーレムを造るためにやって来た……、

 しかし、ご覧の通り私たちは、とても完璧とは言えません。おそらくはそれが理由で、造り手はゴーレムに見切りをつけたのかもしれません。

 最初の3世紀は私も他のゴーレムと同じく造り手の帰りを待っていたのですが、200年前、私はついに見捨てられたことを悟ったのです。

 ですが造り手を永遠の存在であり、神であると考えている他のゴーレムは、この明らかな事実に耳を貸そうとしません』

 

一方の勢力の長、ゴールデン・ゴーレムのフェロンはそう言った。

彼らは、造り手はとうに自分達を見捨てておりもう戻っては来ない、だから自分達はこの遺跡から出て新たな生き方を見つけるべきだと主張した。

そして同じ考えを持つ多くの仲間が、彼の下に集まっていた。

 

対してもう一方の勢力の長、デーモンフレッシュ・ゴーレムのアガーツは、造物主の命に逆らうことは叛逆に他ならぬと断言した。

ゴーレムはみなこの地に留まり、造り手によって任じられた高僧である自分の命令に従わなくてはならないというのだ。

 

『造り手はずっと昔、他のデュエルガー(灰色ドワーフ)の同族たちと共に暮らしていた。

 しかし、彼はその計り知れない知力によって自分の種族の欠点に気付いてしまい、それに嫌悪感を募らせたのだ。

 ついに彼は同族の下を去り、自然が成し得なかった完全体を造るためにこの人里離れた場所をみつけた……。

 私、並びにほかのゴーレムたちは、そんな彼の完全体への探求の成果なのだ。

 アルシガードは我々に命を与えてくれた。

 ゆえに我らは彼への感謝を示し、造り手の秘密を知る価値もない者どもから、彼の実験室を守らねばならない』

 

彼はそう主張し、センティエント・ゴーレムに自由意思を与えている造り手のアーティファクトをフェロンらに引き渡すことを拒んでいた。

それを手に入れない限り、彼らは遺跡を離れることはできないのだ。

アガーツの下にもまた、今でも忠実に命令を守り続けようとする多くのゴーレムが従っていた。

 

フェロンは、アガーツは暴君に過ぎず、造り手のためではなく自分の権力のために支配しているのだと非難した。

 

『造り手は私に何も言ってきません。

 彼は私を造ってくれましたが、しかし、私は私、一個人なのです。

 自分で選んだ道を自由に生きる権利があるのです、それをアガーツは認めようとしないのです。

 彼は自分を造り手の高僧だと主張していますが、実態はその権利を悪用しているただの暴君に過ぎないのです!』

 

対してアガーツは、造物主への恩義と彼から与えられた使命を忘れて好き勝手に生きようとするフェロンらは不徳の輩だといった。

 

『我々の社会は発展しないと言われるが、しかしそれは永久的なものなのだ。

 肉体のある命には限界があるが、我々の存在はその限界を超越している。

 造り手がここを去る時に彼は私を高僧に任命した、そして我々はここで待機するように命じられたのだ。

 ここを去るような命令も、造り手を探すような命令も受けていない。

 どうして彼に背く必要があろうか?

 我々は造り手の子供、アルシガードの忠実なしもべだ。5世紀が経とうとも、肉体のある生物のように信念が揺らいだりしない。

 フェロンはアルシガードに命を与えてもらったのにも関わらず、造り手への恩義を受け入れず、私の権威も認めない。

 今、我々は果てしない戦争をしているが、最後には我らが勝利するだろう。それが造り手の意志だ!』

 

アガーツは一行に、フェロンを討って不道徳な教えを一掃して欲しいと提案した。

フェロンは一行に、なんとかしてアガーツの持つ力の源を手に入れて自分たちを解放して欲しいと懇願した。

そしてどちらの陣営も、望みが叶えらえればヴァルシャレスとの戦いの際には力を貸そうと約束した。

 

どちらに味方をしても、自分たちの本来の目的である、ヴァルシャレスと戦うための戦力を得ることはできそうだった。

 

だが、果たしてどちらの味方をするのが正しい決断なのだろうか?

あるいは、それ以外の行動を取るべきなのか?

 

 

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「………フェロンはね、こうも言ったの。

 自分たちは今よりもよくなろうとしているけど、そのためには自分たちの気質を改めなくてはいけない、って」

 

ディーキンはそこでちょっと視線を巡らし、最初は唐突な話を訝しげに聞いていた皆が、今や熱心にのめり込んでいるのを確認した。

そうして、誇らしげに胸を張る。

 

「ディーキンには彼のいうことがよくわかるの。

 ずっと前のディーキンはただのバカなコボルドだったけど、今は有名な冒険者で、有名なバードで、作家なの」

「……有名って、あんたが?」

 

ルイズがやや胡散臭そうな目をして聞き返した。

ディーキンにはそれに対して少しばかり不服そうな顔をして肩を竦めると、ちっちっと指を振って見せる。

 

「むっ……。やだなぁ、ルイズ。ディーキンはこうみえても、向こうじゃ少しは有名なんだよ。

 でも、今は別にそんなことが言いたいんじゃないの」

 

そこで一旦言葉を切ってデルフリンガーの方に向き直る。

 

「ウロコだらけのちっちゃなコボルドでも変われるってことは、おしゃべり金属のおっきいのだって変われる、ってことなの。

 ねえ、あんたはそう思わない、デルフ?」

「い、いや、そりゃまあ……、おめえの言いたいことは分かるけどよ。

 俺は別に、そいつらと違って、使い手に不満があるってわけでもねえし……」

「そうだね。でも、ディーキンが思うのは、あんたはただ、その使い手を待つだけじゃなくても―――」

 

と、話し込もうとしていたところへ、シエスタがおずおずと口を挟んだ。

 

「……あ、あの、すみません。

 その、フェロンさんとアガーツさんは、どうなったんですか?」

 

シエスタは話に横槍を入れてしまったことを恐縮そうにはしているが、続きが気になって仕方がないらしい。

見れば、他の面々の様子も概ね似たようなものだった。

高レベルバードの技量の高さと、実体験に基づく臨場感あふれる本物の冒険譚に、みな強く惹き込まれているようだった。

 

観客の希望を無下にするのもよくないので、ディーキンはデルフとの話をひとまず後回しにすることにした。

 

「アア、お待たせして申し訳ないの。

 ええと、その後はね―――」

 

 

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一行の行動の決定権は、ボスにあった。

 

彼は双方の言い分を真剣に検討した上で、一時決断を保留した。

そして、この争いに何らかの決着をつけるための更なる手がかりを求めて、造り手が去ったという遺跡の奥を目指したのだった。

完全な存在を追い求めていたという古の魔術師、アルシガードの辿った運命を突き止めるために……。

 

その探索は、決して生易しいものではなかった。

道中にはアルシガードが遺した危険な罠や守護者が、次々と立ち塞がった。

それは500年もの間、遺跡への侵入者たちも、そして上層部に残った彼の忠実なゴーレムたちも、突破することのできなかった障害だった。

 

だが、一行は傷つきながらも罠を踏み越え、最も強大なミスラル・ゴーレムの守護者をも打ち砕いた。

そしてついに、遺跡の最深部へと辿り着いたのだ。

 

そこで見つけたのは多くの貴重な呪文書の収められた書棚や複雑な実験装置の類などが並べられた研究室と、『造り手』アルシガード本人であった。

アルシガードはなんと、まだ存在していたのだった。

強大で忌まわしいアンデッドである、デミリッチと化して。

 

一行はその悪しき存在に対する嫌悪感を押さえて彼と言葉を交わし、様々な事を聞き出そうとした。

彼が完全な存在を追い求めた理由は何か、ゴーレムにそれを見出そうとした理由は何か。

そしてゴーレムたちを捨てて、デミリッチとなったのは何故か―――。

 

アルシガードは心の中に直接響く禍々しい声で、しかし意外なほど素直に、それらの質問に答えてくれた。

 

『全ての生物は……、お前たちも、私の子供たちでさえそうであるように、欠陥品なのだ。

 遥か昔に、私は肉体の弱点を学んだ。

 友人や家族は、おまえを裏切るだろう。だがそれは、彼らのせいではない。

 それは、完全を求める肉体の弱点なのだ。私はそれを理解した時、完璧な生物を造り出すことを誓った。

 欠点なく造られた人造物には、不完全な生き物にはできないことができる。それゆえに私は、ゴーレムという子供たちを造ったのだ』

 

彼は自分の技術に完璧さを追求し、一切の妥協をしなかった。

そしてついに、彼は心と意志の自由を持つ、単なる人造物ではない生物としてのゴーレムを造り上げた。

 

しかし、そのゴーレムたちでさえも完璧ではないことに、彼はやがて気が付いた。

 

ゴーレムたちは生物のように知性や自己認識能力を持ってはいたが、学習や成長は見られなかったのだ。

しかも彼らは素材となった石や鉄のごとく頑なで、社会を形成させようと試みてみても、独立した個体としてしか行動しなかった。

相互関係を構築したり仲間意識をもつことがなかったのだ。

彼らは結局、主人と従者の概念しかもちあわせておらず、生物を生物たらしめる事項をこなせなかった。

 

『ゴーレムたちは明らかに、疑問と恐怖を抱いていた。彼らは変わることを恐れ、進化することを恐れていた。

 私が与えた意志の自由が、強さではなく欠点となってしまった。他の生物と同じように、彼らもやはり欠陥品だったのだ』

 

そしてある時、アルシガードはふと考えた。

 

あるいは―――自分がいることが、彼らの成長の足かせとなっているのではないか。

自分が干渉しなければ、彼らは自らの性質の限界を乗り越えて、社会らしきものを生み出すかもしれない。

 

『………今思えば、私は彼らを破壊すべきだった。

 だが、私もまた不完全な者だった。

 愛着という感情が私の考えを曇らせ、自分をそのようにごまかさせた。

 そうして私は、子供たちを生かしたまま、彼らからただ去ることにしたのだ―――』

 

 

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途中で、デミリッチとは何か、アンデッドというのは――といったような質問を度々挟んできたルイズやタバサに簡単に解説しながら、そこまで語り終える。

そうして、ディーキンは小さく溜息を吐いた。

 

「……アルシガードは悪い人で、ただの浮かぶガイコツだったけどね。

 彼も自分のゴーレムが大事で、だからこそ自分から離れることで変わって欲しかったんだって。

 ディーキンも、もし前のご主人様がディーキンの事をそんなふうに気遣ってくれてたら、すごく嬉しいって思うの」

 

ディーキンは、旅立つ時に以前の主人、ホワイトドラゴンのタイモファラールが返してくれた人形の事を思い出していた。

 

今でも荷物袋の奥に大事にしまってあるそれは、麻布に乾燥した干草などを詰めて作られた、とても粗末で小さな人形だ。

非常に磨り減っていてそこかしこで破れてしまっているが、昔のディーキンにとっては非常に大切なものだった。

 

ボスがタイモファラールから預かったといってその人形を差し出したときに、ディーキンは主人が自分を解放したことを知ったのだ。

彼はさして執着した様子もなく、幾ばくかの金銭と引き換えに、溜息をひとつはいただけでディーキンを解放したという。

しかし、返された人形には小さな布切れが付けられており、そこにかすかな文字でメッセージが記されていた。

 

『若きものよ、そちの夢を追うがよい、幸運を。 ……T』

 

タイモファラールは万事に無関心で皮肉っぽく、短気で乱暴な悪いドラゴンだ。

自分も何度も痛い思いや恐ろしい思いをさせられたし、決していい主人ではなかったのだろうけど。

それでも彼からは様々なことを学んで感謝しているし、自分の事を少しは案じてくれていたのだろうと信じている。

 

当時はようやく得た自由がただ嬉しくて、それに夢中で、気が付いたのは随分と後になってからだったのだが。

 

フェロンたちは、最終的には自由になれた。

彼らはついに自由を得たことだけがただ嬉しくて、造り手の運命など気にもならなかったようだったけれど。

いつかは創造主の思いも理解するだろう。

 

ディーキンはそう信じている、何故なら自分自身もそうだったから。

 

「ディーキンはね、使い手とかブリミルとかいうのが、どんな人たちだったかは知らないけど……。

 でもあんたがずっと新しい使い手が来てくれるのを待つっていうくらいだから、いい人だったんでしょ?

 なら、きっとデルフがずっと待ち続けるより、新しい生き方を見つけることのほうが喜んでくれるはずだと思うの」

 

そうして、物語を交えながらの交渉を今しばらく続ける。

 

デルフが、使い手の元に戻ることをいつまでも切望してはいるけれど、シエスタを試してみて、よければしばらく使われてみてもいい……、

ということを承諾してくれるまで、もうそう長くはかからなかった。

 

 

「それで、ええと……。その後は、どうなったのですか?」

 

デルフとの話が一通りまとまった後で、シエスタがデルフを背負いながらそういって話の続きをせがんだ。

最初は腰に差そうとしたが、どうにも刀身が長すぎて収まりが悪く、背負うしかなかったのだ。

メイドの仕事をするときにまさか剣を背負ったままというわけにもいかないから、普段は部屋に置いておくことになるだろう。

 

デルフはいつも持ち歩いてもらえないのかと若干不満そうだったが、まあエンセリックと一緒にしておけば、話し相手もできてお互いに退屈はするまい。

 

「ン? アア、その後は、あんまり楽しい話じゃないよ。

 今は必要ないし、またいつか機会があったら話すの。それより、まだ他の用事があるからそれを終わらせないとね。

 後回しになったけど、ルイズはここに、自分の魔法を調べる実験に来たんでしょ?」

 

ディーキンはその後の物語の顛末をしみじみと心に思い浮かべながらも、彼女らにはまだ話さないことにした。

いろいろと思うところがあるし、必ずしも明るい話というわけでもないからだ。

 

 

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―――アルシガードの話の中には、あるいは歪んだものかもしれないが、自分の創造物に対する愛情が確かに感じられた。

 

ボスは彼を憐れみ、ゴーレムたちが彼の望んだとおり、数百年の時をかけて今、ようやく変わろうとしているということを伝えた。

そしてアルシガードに、彼らの下に戻って争いを収めてくれるように、と提案した。

 

だが哀しいかな、デミリッチと化したアルシガードは既に、昔の心を持ち合わせてはいなかったのだ。

 

『ゴーレムの失敗は私に原因があった。私の肉体自身が欠陥だったのだ。

 弱く、年老いた不完全な造り手に、どうして完璧な生物など造れるものか?

 脆弱な肉体を捨て去り、デミリッチになると、私の考えを曇らせていたものはなくなった。

 私の子供たちは失敗作だ、私は何を施すべきだったのか本当に理解する前に、彼らを造ってしまった。

 私の研究は既に最終段階に入っているが、いかに変わろうと彼らは絶対に完全体にはなれない。だからこそ、彼らを破壊した方がいいのだ』

 

アルシガードは最終的に、この話は時間の無駄だったと言い切った。

話に応じたのは自分が不完全な生物だったときの悲しい名残に過ぎず、そこには何の目的もない、と。

そして彼は、話を打ち切り、それ以上の一切の交渉を拒否して襲い掛かってきた。

 

その闘いは、それまでに一行が経験した数々の戦いの中でも有数の熾烈さだった。

デミリッチの肉体は頭蓋骨のみで物理的にはほぼ無力だが、並みのリッチを遥かに凌ぐ常軌を逸した魔力を備えている。

全員が限界まで力を出し切って戦い、最終的に勝利を収めた時には、持てる力の殆どを使い果たしてしまっていた。

 

虚しい勝利ではあったが、その死闘の見返りとして彼の研究室の中の数々のマジックアイテムと、ゴーレムの製造装置とを手にすることができた。

そうして一行は事の顛末を『造り手の子供たち』に伝えるべく、しばし休息を取った後来た道を引き返したのだった。

 

フェロンは造り手が死んだことを聞くと大きな溜息を吐き、ごくあっさりとその事実を受け容れた。

彼はさして悲しんではいないようだったが、あまり喜んでもいなかった。

 

『教えてくださったことには感謝します。

 ですが、造り手が死んでも状況は何も変わりません。

 アガーツは決してそのことを認めないでしょう、造り手の死は彼の権力の終わりを意味するのですから』

 

果たして、その通りだった。

 

アガーツは造り手が死んだと聞くと首を振り、造り手は永遠の存在であり神である、そのような考えは神に対する冒涜だといった。

ボスは造り手の死が事実であり、自分がこの手で葬ったのだということを、非難されることを覚悟の上で強く断言した。

 

しかし、それを聞くとアガーツは唇を歪めて、ボスの耳元でこうささやいた。

 

『―――いいか、私は造り手の高僧だ。もし彼が死ねば、私の権力の資格も彼と共に死ぬ。

 私は造り手が戻ってくるまでの間、ここを支配するように指示されたのだ。

 造り手が死ぬはずはないが、もし造り手が二度と戻ってこないならば、私の支配も永遠に続くことになる。

 信仰とは壊れやすいものだ、私はそれを壊そうとする者から守らなくてはならん。フェロンのような輩からな。

 ……わかるか?』

 

その言葉で、一行はアガーツの真意とその正体を、ようやく確信することができた。

 

彼は決して造り手を盲信するだけの人造物などではなく、フェロンにも劣らず、自分の意志に溢れた生物だったのだ。

ただ、その意志が利己的なものだったというだけのことだ。

フェロンの言うとおり、彼はただ自分のためだけにこの地に留まり、造り手の命令を利用して権力の座に居座り続けることを選んでいたのだった。

 

アガーツはボスが自分の言葉の裏を察して、手にした情報を伏せておいてくれることを願ったのだろう。

だが、彼が卑劣な暴君であるとわかった以上、パラディンであるボスがその企みに手を貸すはずがない。

ボスがきっぱりと要求を拒み、フェロンの要求に従うべきだと告げると、アガーツは激高した。

彼は永遠なる造り手の名にかけてこの異端者どもを殺せと配下のゴーレムたちに命じ、一行に襲い掛かってきた。

 

だがそれは、愚かな選択だった。

 

造り手の残した最強の守護者も、造り手自身すらも退けた一行にとって、アガーツやその配下のゴーレムたちなどは既に敵ではなかった。

結局、アガーツは自分の選んだ行動で、自分の運命を絶ってしまったのだ。

一行は暫しの戦いの後にさして危なげもなく彼らを殲滅すると、奪取した力の源をフェロンの下へ届けた。

 

この一連の出来事は必ずしも後味のよいものではなく、ボスもこの冒険をあまり成功とも名誉とも思っていないようだった。

造り手やアガーツ、そしてアガーツに従う数多くのゴーレムたちを結局救えず、破壊せざるを得なかったのだから。

しかし、それによってフェロンたちが念願の自由を手にし、地上支配を目論むヴァルシャレスに抵抗するための戦力が得られたのもまた確かなことだった。

 

フェロンたちは、ついに自由を得たことを喜んでいた。

彼は、自分たちは旅立ちを決意するのにさえ500年の時を要した、実際に準備を整えて旅立つにはさらに長い時間がかかるだろうと言っていた。

それは、人間の視点から見れば停滞しているとしか見えないかもしれない。

しかし、彼らが自分たちなりに、確かに進歩しようとしていることを、ディーキンは知っている。

 

ディーキンはいつか、この冒険をボスやフェロンを中心として、一冊の本に詳しくまとめるつもりでいる……。

 




D&D世界におけるゴーレム:
 D&Dのゴーレムはハルケギニアの同名の人造とは違い、呪文ひとつですぐに作成できるというようなものではない。
高価な費用と時間と労力とを費やして組み立てた素体に様々な魔法を掛け、地の元素界から来た霊を封じ込めることによって作られる。
素材の違いによって分類される様々な種類のゴーレムが存在し、一旦作られたゴーレムは破壊されない限り永続的に存在し続けられる。
 最もよく使われる素材は鉄、石、粘土、屍肉だが、その他の金属や宝石などのより変わった素材から作られたものも稀にある。
ハルケギニアでしばしば見られるような巨大なものは一般的ではなく、大きさは大抵身の丈3m弱程度である。
だが、殆どの魔法や超常能力に対して完全な耐性を有しており、かつ物理的な打撃に対しても強く、種類によって差はあるがいずれも大変に強力である。
 一般的にゴーレムは精神を持たず作成者の命令に完全に忠実であるため、戦い方は単純で自ら戦略や戦術を組み立てることはできない。
作中で言及されているセンティエント・ゴーレムは、自ら思考する能力を持つ特殊な存在である。

リッチ/デミリッチ:
 リッチとは、強力な呪文の使い手が自ら望んで変じたアンデッド(かつては生きていた者が歪んで甦った、生ける屍や幽霊のような存在)である。
古びた豪奢な装束を身に纏っているが、体は痩せ衰えて萎びた肉が張り付いた骸骨のようで、眼窩には赤い光が燈ったおぞましい姿をしている。
しかし、その痩せ衰えた外観にもかかわらず肉体的にも強靭で、優れた知力と魔力を備え、触れただけで生者を麻痺させる力を有している。
また、その生命力の精髄を抽出して封じた経箱を破壊しない限り、倒されても数日後には再び甦ってしまう。
ヴァンパイアと並んで知性を持つ強大なアンデッドの代表格ともいうべき存在であり、真の英雄でもなければ歯が立たない。
 デミリッチはリッチの中でも強大な者が更に変成した存在で、肉体は頭蓋骨しか残っていないにもかかわらず、並みのリッチを遥かに凌ぐ力を有する。
それを打倒し得るのは、壮大な叙事詩や神話に名が残るほどの力を持つ英雄の中の英雄だけである。
 D&Dにおいてリッチは人気の高いモンスターであり、デミリッチのほかにも様々な変わったバリエーションがある。
ドラコリッチ(ドラゴンのリッチ)、アルフーン(マインド・フレイヤーのリッチ)、バエルノーン(エルフのリッチ)などがその一例である。

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