Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia   作:ローレンシウ

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第三十六話 Nightlife

 

ミス・ロングビルこと『土くれ』のフーケが、密かに宝物庫へ侵入してお宝を盗み出していた、ちょうどその頃。

ディーキンはキュルケの部屋で、日中の務めや勉学を終えて集まった少女たちに詩歌を披露していた。

 

内容は、理不尽なまでに強い、ある神話級の英雄の活躍を題材としたものだった。

ディーキンが昔どこかの本で読んだ物語であって、ハルケギニアに元々存在する話ではない。

だが熱いものやコミカルなものなどいろいろなエピソードがあって、元々この物語が知られている場所では広く歌われており、根強い人気があるらしい。

 

 

 

 勇敢なる『ノーザンの拳』リューケは、たちまち賊の大群に取り囲まれた!

 

 彼と共にある仲間は、強い絆で結ばれた強敵(とも)が2人だけ

 敵はざっと1000人くらいさ

 さあ、ひとりあたり、最低300人ちょっとは倒さなくちゃならないね!

 

 ………

 

 ああ、悪党とはいえなんて気の毒なんだろうか?

 たったそれだけしかいないのに、3人もの英雄相手に挑まなくちゃならないなんて!

 

 

 

参加者はルイズ、キュルケ、シエスタ、タバサの4人の少女たち。

あとはエンセリックとデルフリンガーも、一応いる。

 

彼女らは最初、あまり女の子向けの話ではなさそうだと、若干苦笑しながら聞いていたのだが。

いつの間にかみなストーリーに引き込まれ、今や目を輝かせながら熱心に耳を傾けだしていた。

そのあたりは他の世界からもたらされた話の新鮮さや、話自体の出来の高い面白さ、そしてディーキン自身の技量によるものであろう。

 

最近のディーキンは、夜に少し時間を取ってキュルケの部屋に行き、彼女に演奏の助言を行ったり、彼女と合奏を楽しんだりしていた。

キュルケの趣味はハープの演奏であり、ディーキンの腕前を知った彼女がぜひ一緒にと自分から頼んだのである。

 

ディーキンからその件で許可を求められたルイズは当然非常に不満であったが、パートナーの前でまた狭量な態度を取るのも嫌で強く反対できなかった。

結局は渋々許すことにしたのだが、代わりに自分も立ち会わせてもらうといい出したのは驚くにあたるまい。

 

シエスタもまた、その事を知ると自分も参加させてくださいと熱心に頼み、同席を認められた。

普通なら平民が貴族の部屋へ上がり込んで演奏会に同席したいなどという願いが認められるものでもあるまいが、無論ディーキンがいれば話は別である。

 

そんなわけで参加人数がずいぶんと増えてしまい、キュルケは最初、少々不服であった。

 

本当なら自分の親友であるタバサも……いや彼女をこそ同席させたかったのである。

だが、その肝心のタバサはいつの間にかまたどこかへ出かけたらしく学院内に姿が見えなかったので、どうしようもなかった。

 

とはいえキュルケも、じきにこういうのも賑やかでいいかも、と思うようになった。

 

彼女は男子にはちやほやされているが、その奔放な振る舞いから、女子にはあまり人気がないのである。

同性の親しい友人と言えばこれまでタバサくらいしかおらず、そのタバサも社交的な性質ではないため、こういう集まりにはこれまで縁がなかったのだ。

 

そのタバサはといえば、ここ数日ばかり『任務』のために出かけていたが、つい先程学院に戻ってきていた。

それを見つけたキュルケから、早速誘いをかけられて同席したのである。

 

なお、キュルケはタバサが何日も学校をサボってまで出かけていた理由については無理に問い質そうとはしなかった。

タバサは自分の境遇についてキュルケに話したことはないが、彼女は友人が学院からいなくなるのを不審には思っても、無理に詮索したりはしない。

そのあたりが、まったく性格の違うこの2人がよい友人であり続けられる理由のひとつだった。

 

今夜はいくらか演奏の助言などを済ませた後で、せっかく大勢集まっているのだからと、自分の演奏を皆に聞いてもらっているというわけだ。

 

演奏は続き、主人公たちが幾度もの死闘を潜り抜けた後、物語はいよいよクライマックスを迎える。

ついに英雄は2人の古くからの友人たちとも別れることになるのだ。

 

 

 

 共に心が通い合い、幸せを掴んだ2人の仲間を置いて、英雄リューケはまた旅立った

 

 自分の墓標に、名は要らない

 看取る人も、なくていい

 

 自分が死ぬ時は、ただ荒野の果てに消えて、二度と姿を見せなくなるだけだ

 その日まで、旅は終わらない

 

 そう、死すならば戦いの荒野で!

 

 ………

 

 かくして、英雄は伝説となり、

 伝説は神話となる―――

 

 

 

そうして荘厳な演奏と共に長い物語を歌い終えて御辞儀をすると、少女たちから大きな拍手が贈られた。

 

「いいじゃないの、ディーキン! 私の実家で雇ってる音楽家だって、そんなに上手じゃないわ!」

「よかったです、先生! その……、今のもボスという人の話と同じで、本当にあったことなんですか?」

「本当に上手ね、ディー君。うっとりするわあ……。ああ、私も、そんな素敵な英雄と恋がしてみたいものね……」

「……イーヴァルディよりすごい、……かも」

 

ディーキンはそんな賛辞の数々に照れたように目を細めて顔を綻ばせると、もう一度御辞儀を返して回った。

 

「えへへ、ありがとうなの。ディーキンはご清聴に感謝するよ。

 この英雄のお話は他にもあるから、気にいってもらえたなら、また今度お聞かせするね?」

 

しかし、そういうと、気持ちが高揚してすっかり話にのめり込んでいた彼女らからは今すぐ続きをとせがむ声が上がる。

 

ディーキンはそれを聞くと、少し目をしばたたかせて、さてどうしたものだろうかと考え込んだ。

今披露したのはこの長い物語の大筋の流れであり、ごく一部のエピソードに過ぎない。

外伝なども含めた全部は、一夜ではとても語り尽くせないほどの量だ。

だからまだ、いくらでも歌える話はあるし、いい加減に夜遅いとはいえ歌う時間もまだ少しはあるだろう。

 

しかし……、切りもよいし、やはりこのあたりで今回は終えておくほうがよさそうだと、結局は判断した。

 

「オホン……。ディーキンの歌はね、つまり、ええと……、一夜の夢、なの。

 だからね、もう一度時間を取ってもらえるのなら、また別の夜に。

 ってことで、どうかな……?」

 

ディーキンはそんな事を言って断ろうとしたが、気持ちが高揚している少女たちは、なかなか承諾しなかった。

明日は『虚無の曜日』で休日だから、少しくらい遅くなってもいいからもっと聞きたいと、再三せがんで来る。

 

「ウ、ウーン……、」

 

ディーキンは嬉しさ半分、困惑半分で曖昧な笑みを浮かべて言葉を濁した。

なにせ、歌わせてくれと頼むことには慣れていても、歌ってほしいという頼みを断るのにはまったく慣れていなかったから。

 

それに本当のところは、自分もまだ歌いたくてうずうずしているくらいなのだ。

もっとみんなに楽しんでもらいたい、自分ももっともっと注目を浴びたい、という気持ちは大いにある。

もう今日はこれ以上歌いたくないなんてことは、ぜんぜん思っていない。

 

だが、引き際を弁えるのも芸人の嗜みだということは、ちゃんと心得ている。

 

歌にせよ、呪文にせよ、自分の芸を一度にあまりたくさん見せすぎてはいけない。

人気の出たシリーズは、一回で終わらせるよりも幾度かに分けて少しずつ披露した方がよい。

もう十分に好評を博したことだし、この熱狂が冷めぬうちに話を終えれば、続きを歌った時にもまた熱心に聞いてもらえることだろう。

続きを歌うその日までに自分の芸をまたひとつ増やしておけば、ずっとずっと新鮮な芸を披露し続けて、永く楽しみ続けてもらえるはずだ。

それが客のためであり、自分のためでもあるだろう。

 

それに今夜は、この後ちょっと出かけたい用事もある。

トリスタニアの『魅惑の妖精』亭で、先日約束した仕事をさせてもらおうと思っているのだ。

うっかりしてあまり長く延長し過ぎて、それに差し障りが出ても困る。

少し短いくらいで止めにしておいた方がいい。

 

ディーキンはそう自分に言い聞かせて、二つ返事で少女たちのリクエストに応えてしまいそうになるのをぐっと我慢した。

 

とはいえ……、どうやったら首尾よく断れるものだろうか?

仕事があるからと言えば納得はしてもらえるだろうが、せっかく夢見心地の良い気分に浸れている客を、こちらの都合でがっかりさせるのは好ましくない。

ましてや下手な断り方をして不機嫌にさせてしまうようではいけない。

となると、今の話の続きの代わりに、何か短い即興の話か音楽でもこしらえて、アンコールの演目として披露しようか?

それで満足してもらえるといいのだが……。

 

ディーキンがそんなふうにいろいろ考えていると。

最初は他の3人と同様に続きを聞きたそうにしていたタバサが、じっとその顔を見つめて、ぽつりと呟いた。

 

「やめた方がいい」

「………え?」

 

虚を突かれた他の3人が、一斉にタバサの方を振り向いた。

 

「彼が話したくないのなら、今夜は無理に聞かない方がいい」

 

それを聞いて、ルイズとシエスタは少し戸惑ったように顔を見合わせたが、やがて。

 

「そ、そうね……。貴族ともあろうものが無闇に続きを急かすなんて行儀が悪いし、また今度でいいわ。

 それにあんた、そういえば今夜はこれから仕事だかに出かける予定があるんだっけ?

 遅れないうちに行かなきゃね、引き留めて悪かったわ」

「す、すみません。私、無理を言って同席させてもらっていますのに、出過ぎた要求を……」

 

そういって、要求を取り下げた。

 

キュルケはと言えば、少し驚いたようにタバサの方を見つめ、やがてその表情が優しげなものに変化した。

当のタバサはキュルケのそんな様子になど気付きもせず、じっとディーキンの方を見て。

 

「ありがとう。いい歌だった。

 あなたの気が向いた時に、また続きを聞かせて」

 

そういってもう一度会釈をすると、それきり周囲の事など忘れたように、本を開いて黙々と読み始めた。

そんなタバサの態度を見て、キュルケの笑みがますます深くなった事はいうまでもない。

 

(やっぱり恋をすると違うわね~、この子がディー君のことをそんなに気遣ってるなんて……)

 

実際のところはというと、タバサは自分たちに続きをせがまれて嬉しいような、困ったような、そんな様子でいるディーキンを見ているうちに……。

ふと、ある人物のことを思い出したのだった。

 

その人物とは、自分が公女だったころに親しくしてくれていた、トーマスという名の平民である。

 

彼は自分の住んでいた屋敷のコック長を務めていたドナルドという男の息子で、自分より五つか六つほど年長だった。

手品が得意で、小さかった自分の遊び相手によくなってくれたものだ。

執事のペルスランには、高貴な身分の令嬢は平民と必要以上に交わるべきではない、としかられたものの、タバサはよく彼の目を盗んで厨房へと足を運んだ。

トーマスが教えてくれた遊びは、当時夢中であった読書と同じぐらい面白いものだったから。

 

彼は魔法も使わずに、ポケットから何個もボールや鳩を取り出してみたり、カードの模様を当ててみたり……。

果てはマントをかぶって、さっと姿を消してみせたものだ。

当時の自分は、一度も彼の手品のタネを見破ることができなかった。

あの頃の自分にとっては、不世出の天才と謳われた父を別にすれば、彼こそが周囲のどんなメイジにもまして、本当にすごい“魔法使い”だと思えたものだ。

兄のように感じてさえいたかもしれない。そんな彼の姿を、技を見て、当時の自分はいつも朗らかに笑えていた……。

 

それだけ彼の技に夢中だったから、自分は彼が今日はもう終わりだといっても、もっと見せて欲しいとしょっちゅうせがんだものだった。

そんな時に彼は決まって、嬉しいような困ったような、そんな顔をして、自分を宥めた。

 

『お嬢様、私の技はつまらぬ平民の手品、一時の慰みでございます。

 あまり一度に御覧になれば、すぐに飽きてしまいましょう。

 ……そうでございますな、3日後の八つ時にまたお越しくだされば、もう一度楽しんでいただくこともできましょう』

 

けれど幼い頃の自分には、3日という時間はとても長く思えて、不満たらたら、彼を困らせたものだった。

結局彼に予定の時間を延長してつき合わせてしまって、こっそり抜け出したのがばれて、後で怒られたりもした。

だが今思えば、ただでさえ貴族の令嬢と身分を弁えずに遊び、その上勉学の時間にまで遅刻させた彼は、もっと叱られていたのではないだろうか……。

 

そんなことを思い出したから、タバサはディーキンにあまり強くせがんで引き留めては悪いと感じたのだ。

 

さてディーキンは、演奏会の後始末を終えると、早速みんなに挨拶をして出かけようとしたが……。

せっかくだからルイズらにも一緒に来てもらえばいいのではないか、とふと思いついた。

 

仕事は夜遅くにすることになるので、翌日が休みでなければ勉学や仕事で忙しい彼女らを誘うことはなかなかできない。

それに、翌日には以前に頼んでおいた貴金属等の換金が済む予定になっているので、そのお金も受け取らねばならなかった。

まとまったお金が入ったら、彼女らに何か奢るなり贈るなりして、これまでお世話になったお礼もしたい。

 

「ンー……、ねえルイズ。明日は『虚無の曜日』で、みんなお休みなんでしょ?

 ディーキンはお金の受け取りもあるし、例のお仕事もしたいから、今夜のうちに出かけて街でお泊りしようかと思ってるんだけど……。

 もし、今日の話の続きじゃなくて、ええと、恋のお話とかでもよかったら……、みんなで聞きに来ない?」

 

キュルケとシエスタは喜んで、タバサは無言で頷いて、ディーキンの誘いに応じた。

優等生なルイズは、「こんな時間に夜遊びなんて……」と少し渋ってはいたが、結局は同行する事に合意した。

自分を差し置いてキュルケやシエスタやタバサらがディーキンと出かけるのは嫌だ、という思いもあったのだろう。

 

そんなわけで、一行はしばしの後、簡単に支度を整えてシルフィードに跨ると、夜の闇の中を王都へと向かったのであった。

 


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