Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia   作:ローレンシウ

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第四話 Familiar role

 

「ええ、あんたの故郷とか、そういうことはあとでゆっくり聞かせてもらうわ。……で、質問はそれだけかしら?」

 

 こっちは早く契約を済ませなきゃいけないのに、いつまでも待たせるんじゃないわよといらいらしたルイズから声をかけられて、ディーキンは頭の中で物語の案をまとめるのを中断する。

 どうやらいろいろと考え込むのは後回しにしたほうがよさそうだ……が、あともう一つ二つ大事なことだけは、この場で聞いておかなくてはならない。

 

「アー、ごめんなの。でも、もう少しだけ聞かせてもらえる?」

 

「……まったくもう……、今度は何よ?」

 

「えーと、ディーキンは使い魔のことは知ってるつもりだけど、このあたりはディーキンの知らないところみたいだから勘違いしてるかもしれないの。だから使い魔になるかどうか決める前に、まずあんたの言う使い魔っていうのは何をするものなのかを教えてほしいんだけど……」

 

「なるかどうかじゃないわよ、あんたがゲートから出てきた以上はなんといおうと使い魔にはなってもらわないと困るの。……でも、これから長い付き合いになるんだし、自分の仕事をしっかり理解してもらわないと話にならないわね……。いいわ、手短になら説明してあげるから、しっかり聞きなさい」

 

 ルイズの言葉を聞いたディーキンは、首を傾げて考え込む。

 

「ありがとうなの、ルイズが説明してくれるのならディーキンはちゃんと聞くよ。あんまり覚えはよくないけどね。……ウーン、どうしてもならないといけないの?」

 

 ディーキンは、首を傾げて考え込んだ。

 

「……ええと、やたらに洗い物をさせられるとか、夜中に呼び鈴で叩き起こされて夜食を持ってこさせられるとか……。朝の着替えを持っていったら、『どうして今日の私は赤い服を着たい気分だってわからないの、このろくでなし!』って難癖つけられてぶっ叩かれるとか。まあそれくらいだったら、ディーキンはたぶん大丈夫なの。あんまり楽しくはないと思うけど」

 

 昔読んだそれっぽい物語の内容を思い出してそんなことをいいつつ、懐から羊皮紙とペンを取り出してメモを取る用意をする。

 実際、前の“ご主人様”に仕えていたときには毒を舐めさせられて昏倒したり、麻痺の魔法を掛けられて歯を抜かれたり、しまいには寝ぼけて上にのしかかられて死にそうになったりしたので、その程度なら虐待の内にも入らない。

 とはいえ勿論、そういう扱いをされて愉快だというわけでもないが。

 

 ルイズは呆れたような顔をしつつも、じっとディーキンの様子を見つめる。

 

「まったくもう、そんなことするわけないでしょ……、ふうん、あんた言葉遣いはあんまり賢そうじゃないけど、字が書けるのね。それに紙とペンを普段から持ち歩いててメモをとろうだなんて、なかなか勤勉そうじゃないの」

 

 ディーキンはそれを聞くと軽く肩を竦めて、それからえへんと胸を張った。

 

「フフン、どうせルイズは人間とちょっと話し方が違うからって、ディーキンをバカだと思ってたんでしょ? ディーキンはこれでも冒険者の吟遊詩人(バード)なの、だから物語や歌をすぐに書き留められる用意が欠かせないんだよ!」

 

 いつどこですごい英雄とか、でっかいドラゴンとか、囚われの美しいコボルドの少女とかに出会うかもわからない。

 だから、いつでも書き留められるようあらかじめ備えておくのである。

「……はあ? バードって……、あんたコボルド・シャーマンじゃないの?」

 

 コボルドは知能が低く、基本的に人語は解さない。だが、稀に生まれる先住魔法を使う知能の高いシャーマンは別である……。

 そういう知識を本で読んで知っていたので、ルイズはコボルドだと名乗る目の前の亜人は当然シャーマンの、大きさからみておそらく子どもだろうと考えていた。

 

 実際にはディーキンは肉体的には既に完全に成熟しており、子どもと呼ばれるような年齢ではない。

 犬と人間の中間のような姿で人間より若干小柄な程度のハルケギニアのコボルドとは違い、フェイルーンのコボルドはドラゴンの血を引く爬虫類型の亜人で、身長は成人男性でも人間の半分ほどにしかならないのだ。

 ディーキンは体内に眠る強大なドラゴンの血を覚醒させるのに成功したこともあって平均的なコボルドよりはむしろ体格がいいくらいなのである。

 

(……なんか外見が本で読んだのと全然違うし、本当にコボルドなのかしら?)

 

「シャーマン? ……ウーン、ソーサラーとか、アデプトの事? ディーキンはバードなの、卑劣なコボルドのソーサラーなんかじゃないんだよ」

 

「コボルドに詩人がいるなんて、聞いたこともないわ。ソーサラーとかアデプトっていうのはよくわからないけど、あんたたちの間じゃシャーマンの事をそう呼ぶのかしら?」

 

「ディーキンにはよくわからないの。ディーキンも自分以外のコボルドのバードには、まだ会ったことは無いけどね。でも、ディーキンは確かにバードだよ……、多分、他のコボルドにはバードの手ほどきをしてくれるご主人がいないからじゃないかな?」

 

「……よくわかんないけど、あんたは詩人で、それを教えてくれるご主人様がいたってわけね? まあいいわ。その話はあとで聞くけど、今日からは私が主人だからね!」

 

 そこまで話すと、ルイズは話が脱線していることに気が付いて軽く咳払いをする。

 不興を買っていないかとちらりと傍らで待っている教師の方を窺うが、幸いコルベールも2人の話に興味深げに耳を傾けていて、問題はなさそうだった。

 

「おほん……、ええと、話を戻すわ。まず、使い魔には主人の目となり耳となる能力が与えられるの。つまり、主人に代わって色々なものを見聞きしてくる仕事があるのよ」

 

「ふうん? あんたと使い魔の契約をすると、ディーキンの見てるものがあんたにも見えるようになるの?」

 

 ディーキンの知るウィザードやソーサラーの使い魔は主人と感覚的なリンクを持っており、おおよそ1マイル程度までの距離であればテレパシーで意志を伝えることができる。

 だが、主人が使い魔の目を通して直接物を見るというようなことは、それとは別に魔法でも使わない限りはできないはずだ。

 

(やっぱり、ディーキンの知ってる使い魔とはちょっと違うかもね)

 

 まあ、よく考えればアンドレンタイドの砂漠の遺跡では喋る上に魔法も使えるネズミの元使い魔を見た覚えがあるし、例外は結構あるものだ。

 それにウィザードやソーサラーは所持する使い魔によって自身も若干の特殊能力を得ることができる。

 たとえばネズミの使い魔なら体が頑健になるし、毒蛇の使い魔ならば口がよく回るようになりはったりが得意になる、といった具合だ。

 ここのメイジの使い魔は『使い魔と視覚を共有できる』という特殊能力を主人に与えるのだと考えれば、大して違ってはいないかもしれない。

 

「わかったの。じゃあディーキンはあんたが指示をくれたら、頑張って偵察してくるよ」

 

「よろしい。……ま、あんたじゃ私の代わりになにか見てくるとかはあんまり期待できないかもしれないけどね」

 

 ルイズはじろじろとディーキンの姿を観察する。

 ネズミやモグラ、カエル(絶対欲しくないが!)や鳥などのように、小さな隙間に入れたり地中・水中・空中を移動できる使い魔なら調査や偵察に役立つ。

 しかし、この『自分をコボルドの詩人だと言い張っているトカゲっぽい亜人』には、肉体的に人間と大して違った能力はありそうに見えない。

 変わった亜人だから目立つし、小さな子どもくらいの身長しかないので足も遅そうだし、体力も無さそうである。

 

「ンー……、いや、白くてでっかいドラゴンがいる洞窟とかは嫌だけど、大抵の場所は大丈夫だよ。ディーキンは、見た目よりは断然役に立つの!」

 

 これは決して大言壮語ではない。ディーキンは冒険者として非常な経験を積んでいるし、魔法もかなり心得ている。

 危険地域や水中その他特殊環境での偵察も、その気になれば魔法や道具を駆使して十分こなせるだろう。

 マジックアイテムによる変装のせいでルイズらはまだ気が付いていないが、翼が生えているから空を飛ぶことだって魔法無しでできる。

 

 そんなわけでディーキンは一旦は自信ありげに胸を張ったが、すぐに何か見落としに気が付いたように首を傾げた。

 

「……ああ、ウーン……。けど、あんたはメイジだから、あんたの行けないような場所はディーキンも無理かもしれないね?」

 

 バードは歌の魔法たる呪歌を操り、芸能をはじめ多彩な技能に通じている上に剣も魔法も扱える万能職である。

 その一方で、必然として剣も魔法も専門職には及ばない。

 秘術呪文を主たる売り物、専門とする職業ではないので、通常はメイジと呼ばれることもないのだ。

 自分の魔法でできるようなことは、見たところ秘術呪文を専攻しているメイジであるらしいルイズもできる公算が高いだろう。

 悪くても、スクロールなりワンドなりのマジックアイテムを駆使すればできるはずだ。

 

 先ほど自分を召喚したゲートはかなり強い魔法のオーラを放っていたし、それを作ったルイズは……、何故かあまり強そうに見えないが、まあ理屈から考えて相応に腕利きのメイジに違いない。

 少なくとも、さっき他のメイジたちが全員魔法で飛び去って行ったのを見る限りは空は飛べると見ていいだろう。

 となると、自分が空を飛べることや魔法を使えることは、『ルイズが行けないところに行ける』という根拠にはなるまい。

 ならば契約とやらを急かされている今この場では、余計な時間をかけて詳しくアピールするまでもない。と、そうディーキンは結論した。

 

 実際にはその認識は誤っているし、並大抵のウィザードやソーサラーでは少なくとも単純な魔力という面ではディーキンの足元にも及ばないだろう。

 だが、ディーキンは自分の実力に関してはかなり過小評価しているきらいがあるのだ。

 

 一方ルイズの方は、あんたもメイジだから、のあたりで苦々しげに顔をしかめていた。

 

「……あんたじゃなくてご主人様って呼びなさいっていったでしょ。まあ、今は大目に見ておいてあげるわ。それから次に、使い魔は主人の望むものを見つけてくるのよ。例えば、秘薬とか」

 

「秘薬? ええと、ポーションとかの材料とかのこと?」

 

「それもあるわね。それ以外にも、特定の魔法を使用するときに必要になる触媒よ。例えば硫黄とか、コケとか」

 

「ふーん?」

 

 つまり呪文の『物質構成要素』のことか、とディーキンは判断する。

 ディーキンの知るフェイルーンの呪文にも、発動の際に特定の物質を消費する必要があるものは結構ある。

 例えば《跳躍(ジャンプ)》の呪文を使用するにはバッタの後ろ脚が必要だし、《死者の復活(レイズ・デッド)》は高質のダイヤモンドを消費する。

 あまり高いものはともかく、安価な物なら使い魔に暇なときにそこらで調達させておくということはフェイルーンのメイジでも十分考えられる。

 

「うん、ディーキンはあんたが何を探してきてほしいか教えてくれたら、探してこれると思うよ」

 

「そう? ……まあ、効率は悪そうだけどね」

 

 ルイズはこれといって特別な能力もなさそうな上にこのあたりの地理に不慣れらしい亜人の子どもでは、やはり大して期待はできないと考えていた。

 もっとも今のところまともな魔法が使えないので、秘薬を手に入れてもらっても売却して小遣いにするくらいしかできないのだが。

 

(詩人だとかいってるし、人間の言葉を喋れるのは職業柄ってことかしら?)

 

 仮にコボルド・シャーマンだったとしても、まだ子どもみたいだし、先住魔法は使えないかもしれない。

 

(……まあ、あんまり期待し過ぎない方がよさそうね)

 

 あまり役に立たなさそうなのは少し残念だが、人生で初めて魔法が成功した上に珍しい亜人がでてきてくれたのだから十分だ、と自分に言い聞かせる。

 それに人間の言葉も話せるのだし、子どもっぽい感じはするが割と賢そうだ。

 やたら質問が多いし喋り方がうっとおしい感もあるが、トカゲじみた姿の割に不思議と魅力というか愛嬌があって……。

 こうして話しているうちに、むしろ可愛らしくも思えてきた。

 それが主人と使い魔の縁ゆえなのか、それともこの亜人自体の元々の特質なのかはわからないが。

 

(うんうん、まあ、十分当たりの部類に違いないわ。初めて成功した魔法でそこまで高望みはできないわよね!)

 

「最後に、これが一番大事なことだけど、便い魔は主人を守る存在であるのよ。その能力で主人を敵から守るのが一番の役目ね」

 

「オオ、その辺はディーキンの知ってる使い魔と同じだね。了解なの、もし戦いがあったらディーキンはしっかりあんたを守るよ」

 

 ルイズは張り切って胸を張るディーキンの様子を疑わしそうに見て、肩を竦めた。

 

「その心がけは褒めてあげるけど……、あんたはずいぶんちっちゃいし、カラスなんかにも負けそうじゃない?」

 

 それを聞いてディーキンは少しばかりむっとすると同時に、内心で首を傾げた。

 

 フェイルーンのメイジの使い魔は主として小動物……それこそルイズが言ったように、カラスや何かだったりする。

 だが、立派にメイジを敵から守る盾として役に立つのだ。

 使い魔となった時点で彼らはただの動物から魔法的な獣である魔獣の一種に変化し、姿形こそ変わらないが高い知能と戦闘力を獲得するからである。

 さらに、メイジの実力が上がれば使い魔もより賢く、強くなっていき……、やがては元が単なる猫やカエルであっても、並の人間を凌ぐ知能と巨人の類すら単独で打ち倒し得るほどの戦闘力を備えるようになる。

 

 ルイズの今の発言からすると、こっちの使い魔はメイジの実力が上がっても強くなれないのだろうか。

 仮にそうだとしても、カラスにも負けるとは少々言い過ぎではないだろうか。

 まあルイズにとっては自分はただのちいさなコボルドにしか見えず、いかにも頼りなく思えるというのはわかる。

 とはいえ、普通のコボルドだってカラスなどにはそうそう負けたりはしないだろう。

 

「ええと……、ディーキンはカラスと真剣に戦ったことはないけどね。でも、狼を殺したことはあるよ。だから、カラスに負けたりはしないと思うの。狼は、カラスよりは強いでしょ?」

 

「え、ほんと? ……ってことは、あんたは先住魔法が使えるのね!?」

 

 ルイズが驚きと喜びが混じったような表情でディーキンを見つめる。

 

 こんな小さな子どもの亜人が狼を殺したというなら、それは先住魔法を使ってやったのに違いあるまいと思ったのだ。

 狼を殺せるくらいの魔法が使えるのなら、最低でもドットか……、もしかすればラインメイジくらいの強さがあるかも知れない。

 そうなれば、この使い魔は間違いなく大当たりだ。

 

「……? ええと、本当だけど、その『先住魔法』っていうのは何? ディーキンは聞いたことがないよ」

 

「え……、ああ、そっちじゃそういう呼び方はしないんだっけ。あんたたちの言う『精霊魔法』のことよ。私たちの使う系統魔法とは違う、亜人が使う精霊の力を借りる魔法。知ってるでしょ?」

 

「……ウーン? 精霊の力を借りる魔法……、だね?」

 

 ディーキンは首をかしげた。

 どうやら、このあたりでは魔法の分類の仕方もだいぶ違うらしい。

 

(ええと……、先住魔法で、それは精霊魔法のことで、この人たちが使うのが系統魔法で……。ウーン、どれもぜんぜん聞いたこともないの。これじゃバードの沽券に係わるね、ディーキンはあとでこのあたりのことをもっと勉強しないと!)

 

 ディーキンの知っている魔法の分類の仕方はいくつもあるが、もっとも大まかな分類の1つは秘術魔法と信仰魔法の2つに分けるものだ。

 これがこちらでいう系統魔法と先住魔法(精霊魔法)にあたると考えると、ある程度つじつまが合う感じがした。

 

 フェイルーンとは大分言葉の意味なども違うようだが、それでもここの『メイジ』たちが秘術魔法の使い手であることは、おそらく間違いないだろう。

 ウィザードやソーサラーといった秘術魔法の使い手と、クレリックやドルイドといった信仰魔法の使い手とでは、纏っている雰囲気が違うものだ。

 ディーキンには相手が意図的に隠そうとでもしていない限り、その違いを見分けることくらいはできる自信がある。

 

 秘術魔法は己の内にある力によって発動させる魔法であり、対して信仰魔法は神や自然の諸力などの己の外にある力に助力を求める魔法だ。

 直接見ていないので何とも言えないが、『先住魔法は精霊の力を借りる魔法』という表現からは信仰魔法っぽい印象を受ける。

 

 もし仮にその分類で正しいとすれば、ルイズの質問に対する答えはノーである。

 ディーキンが使えるのはバードの魔法だが、それは秘術魔法に分類されるものであって、信仰魔法はディーキンには使えない。

 

 しかし、精霊(エレメンタル)を呼び出して使役する呪文は秘術魔法にもあり、ディーキンにも使用できる。

 だから『精霊の力を借りる呪文』が使えるかと言われれば、答えはイエスになる。

 

 そのあたりがよくわからないのでルイズに尋ね返したいところだが、話がごちゃごちゃして面倒になりそうだし、時間もないらしい。

 ディーキンの経験上、人間は概してエルフなどと比べて気が短く、細かいことをいろいろ質問するとすぐ機嫌を悪くして怒り出す者が多い。

 まあ、話の相手がコボルドだから鬱陶しく思われているというのもあるのだろうが。

 この女の子もあまり気が長そうなタイプには見えないし、とりあえず分かっている事実だけ答えて後で自分で調べることにしようとディーキンは決めた。

 

「アー、ディーキンにはよくわからないけど……、詩人(バード)の魔法でよければディーキンはいくらか使えるの」

 

「……は? 詩人の魔法? ……って、なによそれ、聞いたことないわ」

 

「ええと……、詩人の魔法は詩人の魔法なの。言葉通りなの。バードが使う魔法だよ」

 

 そこにそれまで事の成り行きを静観していたコルベールが口をはさむ。

 

「失礼、私も聞いたことがないが……、それは先住、いや精霊魔法とは違うものなのかね?」

 

「うーん、ディーキンはその精霊魔法っていうのがちょっとわからないの。たぶんディーキンのいたあたりとこの辺は呼び方が違ってるんだと思うけど……。あんたたちがバードの魔法を知らないってことは、このあたりにはバードはいないの?」

 

「いや、街の広場や酒場などではときどき見かけるが……、その、バードの魔法というのは何のことなのかが分からないのだが」

 

「? ……ええと、バードならだれでも魔法は使えると思うの。だから、それの事だよ」

 

 いまひとつ噛み合わない会話をしながら何がなんだかわからないという感じでしきりに首をひねっているディーキンを、ルイズが疑わしげな眼で睨む。

 

「吟遊詩人なんて平民のやる仕事でしょ、平民に魔法が使えるわけないじゃない! ……さっきからわけのわかんない事ばっかり言って……、あんた、本当に魔法が使えるんでしょうね?」

 

 せっかく魔法が使える亜人などという大当たりの使い魔かと思ったのに、実はこの子の戯言だったのでは……。

 そう思うと、ルイズはまた不機嫌になってきた。

 

「……もう! 使えるのならそのバードの魔法とやらで、ためしに何かやって見せなさい。それを見たら私たちにもあんたの魔法が何なのか分かるかもしれないでしょ、それが一番手っ取り早いわ!」

 

「ンー、まあ……、そうかもね」

 

 確かに、この分だと実際にこっちの魔法を見せる(そしてできれば向こうの魔法も見せてもらう)方が効率がいいかもしれない。

 今日はここに来る前にボスと一緒に冒険を済ませたばかりでさほど高度な呪文を唱える力は残っていないが、簡単なものくらいなら見せられよう。

 

 さて、そうなるとどんな呪文を見せたものか。

 

 力術などの破壊的な呪文は効果がわかりやすいが、音波系を除けばバードが得意な系統とはいえない。

 第一、そんな戦いで使うような代物を無闇にぶっ放すのはまずいだろう。

 心術の類はバードが最も得手とする系統のひとつであるが、効果が目に見えず分かりずらいかもしれない。

 そうなると、見た目に派手な演出もできる幻術がいいだろうか……。

 

 しかし……。

 

(ウーン、別に魔法の自慢をするわけでもないし、簡単な呪文でいいよね?)

 

 ディーキンは結局、そう結論を出した。

 

 大体にして相手は専業のメイジなのだから、バードの呪文程度が自慢になるはずもないだろう。

 試しに見せるだけなら簡単な術でいいし、ここには今のところ特に危険はなさそうだとはいえ、残り少ない魔法の力はできるだけ温存しておきたい。

 

「オホン……、分かったの。じゃあ、ディーキンはお気に入りの一番簡単な呪文をお見せするね――――」

 

 そう前置きするとディーキンはひとつ咳払いして、両手を自分の胸の前に持ってきて、くるくると宙を捏ね回すように動かす。

 同時に、短く歌うような調子で呪文を詠唱し始めた。

 

 ルーンを紡ぎ上げていくにしたがって、ディーキンの回している両手の間にほのかな白い輝きが生じる。

 

「《アーケイニス・ヴル・ミーリック―――》」

 

 ほんの二、三秒の短い詠唱の後に呪文が完成し、それと同時に輝きはディーキンの両手に吸い込まれるように消えた。

 ルイズとコルベールは、呪文が紡がれて光が生じ出すと食い入るようにその輝きを見つめていたが……、詠唱が終了してもそれっきり何も起こらないので、首を傾げる。

 

「……ちょっとあんた、今の呪文は一体何よ? 少し光ったけど、何も起こらないじゃないの」

 

 いぶかしげに問いかけてくるルイズに対してディーキンは軽く右手の人差し指を立ててちっちっ、と振って見せる。

 それから、その指で足元に落ちていた小石を差し示す。

 

 すると小石はゆっくりと持ち上がって、ルイズの目の前に浮かんだ。

 

「おお……、さっきのは『念力』の類の呪文だったのかね?」

 

 浮かんだ小石を見つめながらそう問いかけるコルベールに対して、ディーキンはふるふると首を横に振ると、今度はその小石を左手で掴んでそのまま掌の中に握り込んで隠した。

 一瞬精神を集中するように目を閉じ、しかるのちに掌を開くと、握り込んだ小石はペンキを塗られたように真っ青な色に変色していた。

 

「……?? て、手品とかじゃないわよね……、『錬金』の一種かしら? 石の材質を変えたとか?」

 

「いや、先程の念力の後で別の詠唱も動作もしてはいないようだったが……、それでどうやって錬金を?」

 

 ディーキンはまじまじと見入っているルイズとコルベールに少し得意気に笑いかけると、さらにいくつかの魔法的な現象を起こして見せた。

 

 小石を捨てると、開いた掌の上にいきなり安っぽい作り物の花を生み出す。

さらにその花びらを明るく発光して輝かせて見せたり、微風を起こして花を揺らして見せたりする。

 その後、空中で指揮棒を振るように造花を握った手を動かし、それに合わせて微かな音楽の演奏を作り出して見せる……。

 

 そんな調子で数分ばかり色々とささやかな魔法を生み出して見せた後、ディーキンは軽くお辞儀をしてこの“演芸”を終えた。

 

「えーと……、これがディーキンの、バードの魔法なの。《奇術(プレスティディジテイション)》っていうんだけど……、見たことないの?」

 

 ディーキンは始終不思議そうに今の演芸を見ていた2人の反応に、また僅かに首を傾げた。

 

 《奇術》はバードがよく演芸の彩などに使用する呪文であるが、ウィザードやソーサラーなどの専業メイジにも扱える術のはずだ。

 別名を“初級秘術呪文(キャントリップ)”といい、初学者の呪文の使い手が練習のために扱う簡単な、手品のような魔法である。

 どんな駆け出しの見習いメイジでも、使えて当然の呪文と言ってよい。なのにこの2人の反応は、全く未知の魔法を見たといった感じではないか?

 

「あんた、今の呪文は一体何をやったのよ? 効果は大したことないみたいだったけど、たった一回呪文を唱えただけなのに、どうしてあんなにいろいろな魔法の効果が起こせたの?」

 

 明かりに念力に、錬金に……。

 風の魔法や、それに他にも、よくわからないのがあった。

 最初の呪文でこのあたりの精霊と契約して、いろいろな現象を起こさせたのだろうか?

 

「……ううむ……、いや、先住魔法ならば口語を使うはずだから、君の使い魔が見せてくれたバードの魔法というものは先住魔法とは違うようだ。今の詠唱はむしろ系統魔法のルーンに似ているようだったが、彼は杖も持っていないし……、あのような組み合わせの呪文も、聞いたことがないな」

 

「ええと、なんでって……、そういう魔法だからなの。ディーキンには、それしかわからないよ。別にバードの魔法が、みんなこんな感じだっていうわけじゃないけどね」

 

 ディーキンは正直にそう答えた。

 

 呪文学の知識は相当以上に持ってはいるが、そうはいってもディーキンは、ある種のメイジのように魔法を理論的に研究しているというわけではない。

 バードは主に技術として、実用としての魔法の知識は磨いているが、魔法の根本的な理論や研究的な扱いは専門外なのである。

 自分が使う魔法が根本的にはどんな構成になっていて、なぜそのような現象が起こせるのか、といった話にまでは詳しくなかった。

 

 とはいっても、ある程度までの説明は勿論できるのだが……。

 今それをしたところで、おそらくは余計に話が長くなるだけだろう。

 

「ううむ……、非常に興味はあるが、今ここで話していても分かりそうにないな。後で日を改めてもう少し詳しい話を聞かせたり、別の魔法を見せたりしてもらえないかね?」

 

 コルベールはやや残念そうにしながらもそういうと、ルイズに続きを促す。

 出来れば心行くまで話して検討してみたいが、その前に今はまず契約を進めなくてはならない。

 

「……うーん。まあとりあえず、あんたが変わった魔法を使えるのはわかったわ」

 

 ルイズは嬉しいのかどうか微妙な感じの顔で、僅かに肩を竦めた。

 

 この使い魔は確かにいろいろな魔法を見せてくれたし、ろくに詠唱も動作もなしであれだけ多彩な現象を起こして見せたのは大したものだと思う。

 だが、ひとつひとつの効果はどれもこれもコモンマジックか、せいぜい各系統のドットスペルで可能な程度のものばかりだった。

 しかも念力は小石を何とか浮かべる程度だったし、錬金で作った花は一発で作り物とわかる不格好な代物で、風は花びらを揺らす程度。

 系統魔法にも似たような、子どものメイジがよく覚えて遊ぶ人形を躍らせたり花びらをまき散らしたりする手品まがいの呪文がいくつもある。

 

 まあ、これは簡単な呪文だという事だったが、高レベルのメイジなら同じドットスペルを唱えても威力が下位のメイジとは格段に違うものだ。

 してみると、この使い魔はハルケギニアの系統魔法でいえば、最低ランクのドットメイジくらいの腕前でしかないのだろう。

 もっと高度な呪文が使えたとしても、たかが知れている……、そうルイズは判断した。

 

 実際には《奇術》はその性質上どんな腕前の術者が使用しても一定の効果しか出せない呪文なのだが、そんなことは今のルイズには知る由もない。

 

(まあ小さな子どもみたいだし、そんなものよね……)

 

 第一、サモン・サーヴァントは成功したとはいえ、“ゼロ”の自分が文句を言える立場ではない。

 

 それにさっきの話からすれば、きっと全力を出せば、場合によっては狼を何とか殺せるくらいの魔法は使えるのだろう。

 ならば、非常時には護衛を務めてもらう程度はできないこともあるまい。

いやむしろ、人間の言葉が話せて、少しばかり変わった魔法も使えて、しかも珍しい亜人というだけで十分当たりの使い魔ではないか。

 

 ルイズはそう内心で結論して軽く頷くと、胸を張ってディーキンを見下ろした。

 

「さあ、使い魔の役目についてはこれで終わりよ。もう質問はないわよね? あんたも結構優秀そうな使い魔だってことが分かったし、納得したならそろそろ契約するわよ。……もう次の授業も始まっちゃってるんだから」

 

「ウーン、そうだね。ディーキンは、使い魔の役目についてはわかったよ。質問は今はもういいし、仕事もちゃんとできると思う……、だけど、ちょっとだけお願いがあるの」

 

 それを聞いて、早速契約を始めようと地面に膝をついてディーキンに顔を近づけていたルイズがぴたりと動きを止め、また不機嫌そうに顔をしかめた。

 

「……何よ、契約も済まないうちから御主人様に要求をしようってわけ?」

 

「アー、ごめんなの。でも、その契約とかをする前じゃないと、かえって失礼な話だと思うの」

 

「もう! いいわよ、もうずいぶん遅くなったんだから今更だし。何か知らないけど、言ってごらんなさい」

 

 うんうんと頷くと、ディーキンはルイズの顔を見つめてその“お願い”を告げた。

 

「ありがとうなの、ええと……。ディーキンは使い魔をするけど、やりたいこともいろいろあるから、ずっとはできないの。だから、しばらくしたらお暇をもらおうと思うんだけど、ルイズはそれでもいい?」

 





プレスティディジテイション
Prestidigitation /奇術
系統:共通呪文; 0レベル呪文
構成要素:音声、動作
距離:10フィート
持続時間:1時間
 初心者の呪文の使い手が練習のために使うもので、“初級秘術呪文(キャントリップ)”とも呼ばれている。
発動すると術者は一時間の間単純な魔法の効果を起こすことができるようになる。
1ポンドまでの物質をゆっくりと持ち上げたり、小さな物体に色をつけたり、きれいにしたり、汚したり、冷やしたり、暖めたり、匂いをつけたりできる。
粗雑な脆い物体を生み出したり、仄かに輝くボールを掌の上に浮かべたりといったこともできる。
微かな音楽の音色を作り出したり、食べ物の味や香りを良くしたり、つむじ風を起こして埃を払ったりなどもできる。
ダメージを与えたりすることはできず、この呪文で起こした変化は単に物体を動かすといった程度のものを除けば最大一時間で元に戻ってしまう。
 効果の強さに厳しい制限はあるものの、この呪文はその制限の範囲内でならば「何でもできる」という、一種の万能呪文であるともいえる。

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