Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia   作:ローレンシウ

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第四十話 Bald head

 

夜のトリステイン魔法学院。

窓から二つの月の光が差し込む学院のとある休憩室で、ロングビルとコルベールは遅い夕食の卓を囲んでいた。

 

ロングビルがここで食事をしようと提案したのには、いくつかの理由があった。

 

まず第一に、ここは『火』の塔にある部屋で、女子生徒らの寮が近いということだ。

コルベールの研究室もこの塔の傍にあるので、あまり不自然なく誘うことができる。

それに、まずないとは思うが、コルベールが興奮して食事中に自分に手を出して来たりしたら予定が狂いかねない。

万が一にもそんなことのないように、傍に女子生徒らの部屋があって迂闊に不埒な真似などのできない場所として選んだのだ。

 

そして第二に、こちらこそが本当に重要な点なのだが、この場所は宝物庫のある本塔から程よい距離にあるということだ。

具体的には、窓から本塔のおおまかな様子が見える程度には近く、何かあってもすぐには駆けつけられない程度には離れているのだ。

 

今の自分の目的を考えれば、この場所は実に都合がよい。

これからの予定について思いを巡らすと、学院長秘書ミス・ロングビルこと『土くれ』のフーケは、ひそかにほくそ笑んだ。

 

それから、かちこちに緊張して顔を赤くしながらも、なんとかこちらの気を惹こうと様々な話題を振ってくる目の前の中年教師のことを考える。

 

コルベールは、たかが同僚の女性から同じ学院内での夕食に誘われた程度のことで、滑稽なほどに着飾ってきていた。

頭に馬鹿でかいロールした金髪のカツラを乗せ、レースやら刺繍やらでゴテゴテに飾られた装飾過剰なローブを実に不恰好に着込んでいる。

最初にその姿を見た時、フーケは思わず吹き出しそうになった。

 

まったく、ちょろい男だ。

この間もちょっと食事の誘いに乗ってやっただけでデレデレして、まるで無警戒に宝物庫の弱点に関する考察だのをしゃべってくれた。

だからこそ、今回もこの扱いやすい男を利用してやろうと決めたのである。

案の定、今度はこっちから食事に誘ってやったというだけで、前以上に有頂天になっている。

 

単にこの間のお返しでこちらも誘っただけの、社交辞令の類だろうとは考えないのか。

もっとも彼に限らず、このあたりの貴族たちには、概していささか芝居がかって夢見がちな傾向があるような気はするが。

 

結局、前回この男から聞き出した考察は何の役にも立たなかった。

物理的な攻撃が弱点だなどと、まったく机上の空論もいいところだ。

確かに固定化以外の魔法はかかっていなかったから、物理的な攻撃を続ければいずれは破壊できるのだろうが……。

魔法以前に素の壁が分厚く頑丈で時間がかかりすぎるために、そんな手段は全然現実的ではない。

10分も20分も巨大ゴーレムでガンガン殴り続けていたら、その間に学院中のメイジが集まって来るだろう。

 

が……、とはいえ。

この男が学院の教師の中でもっとも勤勉で、いろいろと変わった研究をしているのは確かだ。

どう見てもうだつの上がらない、冴えない男なのだが、学院長からの信任も妙に厚いようだし……。

 

(もしかしたら、あの杖の使い方を知ってるかもしれないね……)

 

さほど期待してはいないが、まあ駄目で元々だ。

今回もまた上手く水を向けておだて上げ、さりげなく聞き出してみよう。

もしうまい具合に知っていて、口を滑らせてくれれば御の字だ。

 

「ミスタ・コルベールは本当に物知りでいらっしゃるわね。

 私などは無学なものですから、ミスタのお話についていくのが難しくて……。

 ……ああ、そうですわ。確かミスタは、宝物庫にある学院長秘蔵の2振りの杖のことなどご存知でしたわね?」

 

「え? ……あ、ああ! あれですか、ええ、それはもう、知っておりますとも!」

 

前回、宝物庫の弱点について聞き出そうとしたときに、コルベールがあの杖を見たことがあるのは確認済みだ。

まあその時は、まず宝物庫を破るのが優先で杖の性能などは二の次だったので、あまり詳しいことは聞かなかったのだが。

 

「ミスタ・コルベールは、本当に博学でいらっしゃるわ。

 私もこの間、『眠りの鐘』を取りに入った時に少し目にしたのですけど……。

 ミスタのおっしゃったとおり、両方とも奇妙な感じの杖でしたわね」

 

「い、いやあ……、光栄ですな。

 はは、博学だなどと……、ひ、暇にあかせて書物に目を通すことが多いだけで。

 ミス・ロングビルこそ、そ、聡明な上にお料理も上手ですな。

 こうして手作りの夕食などいただいてしまって。本当に多芸で素敵な方ですな。

 わ、わたくしなどは研究一筋とでも申しましょうか、はは。

 おかげで、この年になっても独身でして……」

 

フーケはその様子をにこやかな表情を繕って眺めながらも、内心では冷ややかに毒を吐いていた。

 

(そんなこと聞いちゃいないよ……。

 手料理食わせてもらったくらいで夢見てるんじゃないよ、このハゲ!)

 

ちょっと話を振ってやっただけでいちいち舞い上がってべらべらと、まったくウザったいハゲ親父だ。

余り物を挟んだだけのサンドイッチや、温めなおした昼間のミルクティーの残りをもらえたのがそんなに嬉しいか?

 

しかし、そんな胸中はおくびにもださずに、晴れやかな笑顔を維持する。

今回付き合っているのはいろいろと目的もあってのことなのだし、せっかく目当ての話も聞けそうなのだから、今しばらくは我慢しよう。

 

「……特に片方は、ずいぶん奇妙な形でしたわね。あんな杖、どうやって使うのかしら?」

 

「ああ、『破壊の杖』ですな。確かに、まったく奇妙な形でしたなあ。

 なんでもオールド・オスマンが昔助けられた恩人が持っていたものだそうですが……。

 使い方は……、そうですなあ、学院長しか知らないのではありませんかな」

 

それを聞いたフーケは、心中で忌々しげに舌打ちをした。

しかしすぐに気を取り直すと、目の前の男を信頼しきって期待に目を輝かせた女、のような表情を浮かべる。

 

「……そうですの。でも、ミスタ・コルベールのように博学な方でしたら、使い方の推測ぐらいはつくのではありませんか?」

 

「え? い、いやあ……。そ、そういわれると、ですな……」

 

舞い上がったコルベールは、ミス・ロングビルの気を引きたい一心で頭を働かせた。

宝物庫で許可をもらって杖を調べてみたときの記憶を、一生懸命に思い出す。

危険なものだということであまり詳しくは弄らせてもらえなかったが、それでもある程度の観察はしたはずだ。

その時に自分がした考察は、どんなものだったか?

 

「それはその、こうではないかという推測くらいは……、ええと……」

 

期待した顔で待ち続けるロングビルを失望させまいと頭をフル回転させて、どうにか十秒あまりで考えをまとめた。

そして、もったいぶって一つ咳払いをする。

 

「……おほん。ああ、失礼。

 その、まったくの推測ですが、それでもよければ……」

 

「かまいませんわ。それが正しいかどうかよりも、ミスタのお話だから興味がありますの」

 

フーケは机に肘をつくと、上目づかいにコルベールの顔を見つめる。

 

「そ、それは……、ま、まったくもって光栄ですなあ……。はは、は……」

 

すっかりのぼせ上ってゆでダコのように真っ赤になったコルベールは、額の汗を拭いてどうにか心を落ち着けると、真顔に戻って話し始めた。

 

「……突拍子もない話のようですが……、わたくしの考えでは、実はあれは杖でもマジックアイテムでもないのではないか、と思います」

 

「え……? まさか! だって、学院の宝物庫に秘宝として……」

 

「いや、そう思われるのはもっともです。順序を追って説明しましょう」

 

それから、コルベールはまず、自分がオスマンから聞いたこの杖にまつわる話をかいつまんで説明した。

 

それによると、オスマンは三十年ほど前、森でワイバーンに襲われ、その時に『破壊の杖』の持ち主によって命を救われたという。

その人物はワイバーンを、その杖から放った強力な魔法の弾丸のようなもので爆裂させて倒したらしい。

彼は見たこともないような服装の人物で、件の杖を2本携帯していた。

その後、深い怪我を負っていたその恩人はしきりに自分の故郷を想ってうわごとを吐きながら、手当ての甲斐もなく息を引き取ったそうだ。

そしてオスマンは杖の一本を彼の墓に埋め、もう一本を形見として宝物庫にしまい込んだ……。

 

フーケは、杖がもう一本あると聞くと早速その墓の場所を質問してみたが、コルベールもそれは教えられていなかった。

少々残念だったが、まあそれはまた機会があれば探ってみようと決めて、続きを促す。

 

「……さて、今の話によりますと……、杖が使われているところを見たのは学院長のみで、それもただ一度きりのことです。

 魔法の杖だと思ったのは、何かを撃ち出してワイバーンを一撃で爆発させて倒したという、ただそれだけの根拠によるものですな。

 ところが実際には、あの杖を『ディテクト・マジック』で調べてみても魔力は一切感知できません。

 それならば、実はマジックアイテムではなく、例えば火の秘薬から作った火薬を詰めた、炸裂弾のようなものを発射したのだとも考えられます。

 実際、あの杖の形は、メイジの杖というよりは銃や大砲の仲間だと考えたほうがまだ近いかと。

 持ち主の装いも、学院長でさえ見たこともないようなものだったということで、少なくともメイジ風ではなかったようですし……」

 

「……は、はあ、なるほど……。

 ……でも、魔力を感じないということに関しては、隠蔽してあるということも考えられませんか?

 強力なマジックアイテムでしたら、そういうものもあるでしょう?

 それに……、見かけない装いの人物だったというのなら、東方とか、離れた場所から来た方だったのかもしれません。

 そちらのメイジはこちらとは装いが違うのかもしれませんし、たとえ杖ではなかったにしても、魔法の品である可能性は……」

 

「そうですな、それはありえます。

 しかし、私としては、その可能性は低いと思っています」

 

「……なぜですか?」

 

内心の不機嫌さが僅かに表情に出ているフーケの様子にも気付かず、コルベールは説明を続けた。

こうして一旦研究や分析の話を始めると、先程まで夢中になっていた相手のこともすっかり頭からなくなるらしい。

そのあたりはやはり、生粋の研究者気質なのであろう。

 

「ミス・ロングビルは、確か土のメイジでしたな。

 ならば、あの杖の材質が、非常に珍しい金属だったことに気付かれましたか?」

 

「ええ、見た事もないような、不思議なものでしたわ」

 

「あんな珍しい金属を使って奇妙な形に作り、それをカモフラージュもしていないのではどう考えても人目を引きます。

 その事から考えるに、『破壊の杖』の製作者にはその正体を隠そうとする意図はなかったはずです。

 ですから、私はおろかオールド・オスマンでさえ看破できないほどに完璧な魔力の隠蔽を施している、というのは考えにくいことです。

 それだけのことができる製作者が本気で品物の正体を隠そうとするのならば、もっと目立たない作りにするか、そう見せかけるくらいはできたはずです」

 

一通り説明を終えたコルベールは、そこで一旦言葉を切ると、温くなったミルクティーを啜って一息入れた。

 

「………」

 

フーケはその間に、少し眉根を寄せながらじっと今の話を検討してみた。

 

駄目で元々と大した期待もせずに聞いてみた話だったが、予想外に興味深い内容である。

真偽のほどはともかく、ただの冴えない中年教師だと思っていた目の前の男のことを、多少は見直した。

 

しかし……、もし仮に、今の考察が正しいとすると……。

あの『破壊の杖』はマジックアイテムではないということで、普通の場所で高値で売るのは難しくなるだろう。

 

第一、コルベールの言うように銃や大砲の仲間なのだとすれば、そもそも弾や火薬が入っているのかどうかがわからない。

入っていなければ使えないし、仮に入っていても、一発撃てばそれまでだということになる。

いや、たとえマジックアイテムだったとしても、元々の持ち主が“2本”持っていた、という今の話からすれば、どの道使い捨てなのかもしれない。

たとえば火石などを動力としていて、それを補充すれば再利用できる、というような作りならば、かさばる本体を2つも持ち歩く必要はないはずだ。

 

してみると、使うにしろ売るにしろ、大きく価値が落ちたと言わざるを得まい。

今までにないほど高性能の武器だとすれば、分析して量産を目指すようなしかるべき相手なら、相当の高値で買ってくれるかもしれないが……。

どうにも、そこまでする気は起きない。

自分は盗賊であって戦争屋ではないし、手間や危険の度合いを考えると割が合わないだろう。

 

残念なことだが、まあそれについては今ここでどうなる問題でもない。

フーケは気持ちを切り替えて、また笑顔を浮かべた。

 

「とても興味深いお話でしたわ。

 将来ミスタ・コルベールのお傍にいられる女性は、幸せでしょうね。

 こうして、誰も知らないようなことを、たくさん教えていただけるのですから……」

 

少し夢見るような、うっとりした調子でそう言われて、コルベールはまた一瞬で真っ赤にのぼせた。

がちがちに緊張したぎこちない動作で、禿げ上がった額の額の汗をぬぐう。

それから、少しためらった後、咳払いをしてキリッとした顔を作ると、ロングビルを真っ直ぐに見つめ返した。

 

「……お、おほん。その、ミス・ロングビル。

 明日、ユルの曜日の夜に開かれる、『フリッグの舞踏会』はご存知ですかな?」

 

「……フリッグ……、ああ、ええ。

 確か、学校主催のダンスパーティでしたね。それが、どうかしまして?」

 

「ははぁ、いや、御存知ないのは当然です。貴女は、ここに来てまだ二ヶ月ほどですからな。

 その、なんてことはない、おっしゃる通り、学生たちも参加する、単なる学校行事のパーティなのですが……。

 ただ、ここでいっしょに踊ったカップルは結ばれるだとかなんとか、そんな伝説がありまして、学生たちは毎年熱心でして……、はい」

 

「……それで?」

 

フーケはにっこりと笑って、続きを促した。

 

「その……、もしよろしければ、僕と踊りませんかと……。

 いえ! けっして、その、妙な意味合いではなくてですね、はい!」

 

ますます笑みを深めて、表面上は嬉しそうに装いながらも、フーケは心中うんざりしてきていた。

 

ガキじゃあるまいし、たかが学校行事の舞踏会で一緒に踊ったくらいで結ばれるだとか……。

たかがリップサービスごときでどれだけ浮かれてるんだ、この純情ハゲは。

 

(……ま、いろいろと情報提供してもらったことだし。

 青臭い伝説だのはともかく、ダンスくらい付き合わない事もないけどね……)

 

もっとも、今夜から明日にかけてはいろいろと騒ぎが起きる予定なので、中止にならなければの話だが。

 

「まあ……。ええ、喜んで。

 舞踏会も素敵ですが、今はそれより、もっとミスタとお話がしたいですわね。

 もう片方の『守護の杖』については、どうですの?」

 

さらりと流してサンドイッチやミルクティーのお代わりなどを勧めながら、フーケは先程の話の続きを促した……。

 

 

(……ふう。結局、どれもあんまりありがたい話じゃあないね)

 

おおむね目当ての話を聞き終えたフーケは、にこやかに食後のビスケットなどをコルベールに勧めながら、内心溜息を吐いていた。

 

あの後、もう一方の杖についても色々聞いてみたのだが……。

わかったことは、そちらの方は間違いなく強力なマジックアイテムだが、使い方はやはり誰も知らないらしいということだけだった。

 

何でも、十数年前に学院長の友人であるとある遠方の地の魔道師が置いていった品なのだとか。

その人物はエルミンスターと言う名の老人らしいが、コルベールも彼について詳しいことは聞かされていないという。

そして、その老人は杖をここに置いたまま、ここ十数年あまり学院に姿を現していないらしい。

オスマンならば、あるいは使い方を知っているのかも知れないが……。

 

となるとどちらの杖も、使い方を誰か知っていそうな教師から聞き出したり、おびき寄せて使わせてみたりして知る、ということはできないわけだ。

使い方不明の杖では、いくら学院のお宝だと言っても高値で売り飛ばす事などできようはずもない。

かといって、捨て値で処分するには勿体無さすぎる。

 

(学院の教師の誰にも使い方がわからないってんじゃ、自分で調べてみるってのも難しそうだし……。

 こりゃあ、あのエロジジイから直接聞き出すしかないか)

 

まあそのあたりは、なんとか機会を見て疑われないようにやってみよう。

それよりも、そろそろ予定の時間だ……。

 

フーケは窓の外にちらりと目をやって、予定通りに事が動き出したのを確認した。

それから、未だにかちこちに緊張して赤くなったままビスケットを無闇にかじっては、咽てミルクティーで流し込んでいるコルベールの袖を引っ張る。

 

「ミスタ、あれを!」

 

「え、……っ?!」

 

注意を促されて窓の外を見たコルベールは、たちまちぎょっとした顔になった。

 

何と、いつの間にか窓の向こうに見える本塔の近くに、身の丈30メイルはあろうかという、巨大な土ゴーレムが出現していたのだ。

ゴーレムは、ゆっくりと本塔の方へ歩いて近づいていく。

 

「……あ、あれは……。学院の中であんな巨大なゴーレムを、一体誰が……」

 

コルベールはそう呟きながら、困惑気味の頭でとりとめのない思考を巡らせた。

 

ただの土ゴーレムとはいえ、あれほどの大きさは少なくともトライアングルクラスの土メイジでなければ作れないだろう。

だが生徒の中に、あんなゴーレムを作れるような優秀な土メイジがいただろうか。それとも教師の誰かだろうか。

 

いずれにせよ、学院内であんな巨大ゴーレムを作るなど非常識にもほどがある。

一体何の目的で……。

 

そこまで考えて、コルベールはハッと思い当たった。

 

本塔には、宝物庫があるではないか。そして巨大なゴーレム。

ということは……。

 

「ま、まさか、『土くれ』のフーケとかいう盗賊では……!?

 ……し、失礼しますぞ、ミス・ロングビル! あなたはここに残っていてください!」

 

そういって慌てて部屋を飛び出していくコルベールの後を、フーケも追いかける。

 

「いえ、私も学院の職員の端くれですわ! ご一緒します!」

 

口では殊勝なことを言いながらも、口元には密かに笑みを浮かべていた。

今ならコルベールは背を向けて走っているから、表情を見咎められる心配もない。

 

もちろん、あのゴーレムはフーケの事前の仕込みによるものだ。

あれだけ巨大なゴーレムは普通、術者がごく近くにいなければ作成や操作をすることはできない。

だが土の精霊力の結晶であり、永続するゴーレムやガーゴイルなどを作成する際に用いられる『土石』を使用すれば話は別だ。

フーケは小さな土石の欠片を用いることで、時限式で巨大ゴーレムが作成され、宝物庫の壁を自動的に殴るように、事前に仕込んでおいたのである。

土石は貴重なのであまり大きい物は用意できなかったが、この程度のごく単純で短時間の自動操縦ならば小さな欠片でもなんとか間に合うのだ。

 

コルベールがやっと外に飛び出したときには、ゴーレムは既に宝物庫の壁を殴り崩していた。

 

「ああ……! なんということだ、宝物庫が!

 やはり、物理的な衝撃に対する備えが十分ではなかったのか!」

 

もちろんそれを聞いたフーケは、内心で彼を嘲笑った。

 

(十分じゃないのはあんたのお頭の方さ、ハゲ頭さん。

 お利口だけど、外面も中身も抜けてるんだよ!)

 

ゴーレムが堅牢な宝物庫の壁を短時間で殴り抜けたのは、フーケの事前の仕込みによるものだった。

宝物庫の外壁は固定化で守られていて容易に変成させられないが、内側は別である。

あらかじめ宝物庫の内壁の一角にある種の酸を塗り、数日かけてゆっくりと融かして、薄く脆くしておいたのだ。

その仕込みが進むのに時間がかかったのと、休日で人が少ない方が作業がやりやすいのとで、決行を今日の『虚無の曜日』まで待ったのである。

 

もちろん宝物庫の中の杖2本は、昨夜のうちに既に盗み出し済みだ。

普段から犯行後に現場に残しているサインも、その際に事前に書き込んである。

 

だが、今ゴーレムが現れて壁をぶち抜いたのをコルベールが証言してくれれば、誰もが犯行は今日のこの時間だと思うだろう。

ゴーレムだけなら、あるいは自動操縦の可能性を推測する者もいるかもしれないが、現に宝が盗まれ、現場にサインまで残っているのだ。

 

フーケが今、この時点で犯行現場にいて、ゴーレムで壁をぶち抜いて宝物庫に押し入ったのは疑いようもない。

まさか昨夜の内に既にお宝が盗まれていたなどとは、誰も夢にも思うまい。

ましてやその犯人が、コルベールと一緒に離れた場所から“犯行の瞬間”を目撃していた、この学院長秘書だなどとは。

 

(これで私は、完璧に容疑者から外れられるってわけさ……!)

 

フーケはほくそ笑みながら、急いで宝物庫の方へ向かおうとするコルベールの後を追った。

一生懸命な彼には気の毒だが、どんなに必死に急いだところで、お宝はもうとっくに盗まれた後だ。

 

ゴーレムの方は、壁をぶち抜いた後は適当に学院外の草原のあたりまで歩いてから崩れるようにセットしてある。

仮に彼が追い付いて攻撃を加えられたとしても、その前に破壊することはまずできまい。まあ、仮にできたとしても何も困らないが。

 

「……あら?」

 

そんなことを考えていたフーケは、ふと学院の外から、ゴーレムに向かって飛んでくるものに気が付いた。

 

「あれは……、昨夜の」

 

見れば、それは昨夜、女子生徒らを乗せて学院の外に向かって飛んで行った風竜であった。

 

どうやら、あれから今まで、ずっと学院外で遊んでいたらしい。

宝物庫を襲うゴーレムを見かけていち早く事態を察し、賊を取り押さえようとしているというところか。

 

案の定、竜の背のあたりからは火球や竜巻、それに妙な爆発の呪文などが放たれたが、ゴーレムはビクともしない。

学生にしてはなかなか見事な腕前らしいが、今は自動操縦で攻撃に対応したりはできないとはいえ、30メイル級のゴーレムに対しては無力なものだ。

 

(やれやれ。まったく最近のお嬢ちゃんたちときたら、やんちゃなもんだねえ……)

 

夜遊びが過ぎる上に、無鉄砲ときた。

学生ごときが、自分の巨大ゴーレム相手に何ができる?

 

「い、いかん! 君たち、相手は凶賊だ、うかつに手を出すな!」

 

コルベールも事態に気付いたらしく、彼女らに自重するよう呼びかけている。

まあ、実際には事前のプログラム通りに動くだけの自動操縦だから攻撃されても反撃などはできないので、無茶をしようと危険はないのだが。

 

 

 

「ぜんぜん、効いてないわね……」

 

シルフィードの上で、キュルケが悔しげに呻いた。

 

彼女とタバサ、それにルイズが同時に攻撃したが、賊のものと思しき巨大ゴーレムには堪えた様子がない。

せっかく居合わせたのに残念だが、ここは教師らに任せた方がよいだろうか。

 

そう思っているところへ、ディーキンが声を掛けた。

 

「ねえ、キュルケ。今の火の球が、キュルケの一番強い魔法なの?」

 

「違うわよ。……でも、私の一番強い呪文でもあのゴーレムは焼ける気がしないわね。

 残念だけど、今の手応えでわかったわ」

 

キュルケは肩を竦めると、お手上げだと言うように手を広げてみせた。

しかし、ディーキンは首を横に振ると、ぴっと指を立てて見せる。

 

「チッ、チッ。諦めたらそこで試合終了なんだよ。

 ディーキンもお手伝いするから、キュルケはもう一回、その一番強い魔法ってやつでやってみて!」

 

「お手伝い、って……」

 

キュルケはいささか困惑した。

しかし、ディーキンの自信と信頼に満ちてきらきら光る目を見ていると、何も聞かずにやってみようという気になった。

 

「オーケー、私の一番の炎をお見舞いしてあげるわ。ディー君はそのお手伝いってやつをしっかり頼むわよ!」

 

「もちろんなの、ディーキンはいつだって期待に応えるよ!」

 

それから、ディーキンはすうっと目を閉じて精神を集中すると、キュルケに贈り物を渡すかのように腕を振り、歌うような呪文の詠唱を始めた。

甘い旋律に乗った魔力が、包み込むようにキュルケの体に纏わりつく。

 

キュルケは一瞬驚いたように目を見開いた後、自信に満ちた笑みを浮かべて呪文の詠唱を開始した……。

 

 

 

「………なっ……!?」

 

フーケは思わず、驚愕の叫びを漏らした。

 

突然、先程とは段違いの、スクウェアクラスのメイジが放ったかのような凄まじい業火が竜の背のあたりから伸びて、ゴーレムの体を包み込んだのだ。

業火に晒されて脆くなったゴーレムの体に、さらに続けて、再度竜巻が叩きつけられる。

ゴーレムは耐えきれずにバラバラに吹き飛んで、ただの土の山に変わった。

 

呆気にとられて見上げるばかりのコルベールとフーケの前に、シルフィードがゆっくりと降り立った……。

 





ハーモニック・コーラス
Harmonic Chorus /調和の合唱
系統:心術(強制)[精神作用]; 2レベル呪文
構成要素:音声、動作、焦点具(音叉)
距離:近距離(25フィート+2術者レベル毎に5フィート)
持続時間:精神集中、術者レベル毎に1ラウンドまで(解除可)
 術者は他の呪文の使い手の呪文発動能力を向上させることができる。
この呪文の持続時間の間、対象はその術者レベルと発動するすべての呪文のセーヴ難易度とにそれぞれ+2の士気ボーナスを得る。
この呪文はバードにしか習得できない。
 本文中のキュルケは、この呪文の効力によってスクウェアクラスのメイジ並みの術者レベル(魔力)でトライアングルスペルを放ったので、フーケのゴーレムに有効打を与えられたのである。

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