Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia   作:ローレンシウ

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第六十八話 Duel again

「はあ……」

 

ある日の夕方、トリステイン魔法学院の自室で、ルイズは溜息を吐いていた。

ルイズの『使い魔』であるディーキンが、彼女の知らぬ間にタバサと一緒に出かけてから、もう3日以上も経っている。

 

無断で勝手な行動をとったことについては、何かと事情もあり、ディーキンにも考えあってのことだと、不承不承認めてはいる。

そもそも彼は自分の正式な使い魔ではないのだから、という思いもあった。

 

時間についても、異国であるガリアへ赴き、そこでタバサと一緒に何らかの任務を引き受ける以上は相応にかかるだろうと理解している。

まず3日や4日はかかって当然だし、仕事の内容いかんによっては、一週間以上かかったとしてもおかしくはない。

 

とはいえルイズは、一刻も早くディーキンに戻って来てもらいたいものだと思っていた。

彼が留守の間に、彼女の方でもいろいろと面倒な問題が持ち上がっていたのだ。

 

「どうかしたの、ルイズ。溜息を吐いて……。

 人間の身体のことはよく分からないけど、どこか具合が悪いのかしら?」

 

問題の大きな原因である天使(エンジェル)、『使い魔代理』のラヴォエラが、彼女の気も知らずに的外れなことを言ってくる。

心底心配そうに優しく自分の背中をさする彼女を、ルイズは肩越しに軽く睨んだ。

 

(あんたのせいで気苦労してるのに決まってるでしょ!)

 

……と、言いたいのは山々だが、そう言ってみたところで彼女に通じるとは思えない。

そのことは、この数日でルイズにも身に染みてよく分かっていた。

 

別に、ラヴォエラの使い魔としての働きぶりが悪かったわけではない。

彼女は引き受けた仕事を、いつでも真摯に務めてくれた。

ルイズの同行させたいところにはどこにでもついて来てくれたし、頼めば何でもちゃんとしてくれたのである。

天使にこんなことを頼んでいいのだろうかと、ルイズの方がかえって躊躇するような雑務でも、嫌な顔ひとつせずに引き受けてくれた。

 

ただ、ラヴォエラは何といっても天使であった。

 

天使はその魂の隅々まで完璧に善に染まった存在であり、決して嘘をついたり、相手を騙したり、盗みを働いたりはしない。

そのように高潔で信が置けるがゆえに、経験豊かな天使は極めて優れた交渉役ともなり得る。

だが、生憎とラヴォエラはまるで経験不足な若い天使で、人間の社会の常識にも酷く疎く、あまり融通も利かなかった。

 

その点において、彼女はディーキンとは大きく違っていたのである……。

 

 

 

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ルイズが初めて使い魔の代理としてラヴォエラを伴って食堂へ行ったとき、当然ながらその主従は、周囲の注目を集めた。

 

一応、ラヴォエラは「天使だなんていったら騒ぎになって面倒なだけだから」とルイズに頼まれて、人間のメイドの姿に変装していた。

周りの人間を欺くのか、と難色を示すラヴォエラを説得するのに多少の時間はかかったが、シエスタも手伝ってくれたのでどうにかなった。

アアシマールのシエスタには、天使の考え方と人間の考え方の両方がよく分かるため、交渉役には最適だったのである。

 

とはいえ、それで周囲の注目を一切受けずに済むかといえば、当然ながらそんなことにはならない。

使い魔の代理などという話は前代未聞だし、それが通常使い魔になるとは考えられない人間となれば、尚更のことである。

 

ルイズもそのくらいは勿論承知していたが、それでも天使だなどと、普通に考えて荒唐無稽なことをいうよりはマシだろう、と思っていた。

いっそしばらくの間使い魔を連れて歩かないのはどうかとも考えたが、その場合でもどうせ遠からず詮索は受けるだろう。

ディーキンはあちこちで顔を売って人気者になっているので、いなくなれば理由を聞かれないはずがない。

ゆえに、いっそ天使だという一点のみを伏せて、ディーキンはしばらく出かけていて彼女が使い魔代理だと正直に言う方がいいと結論した。

せっかく代理をよこしてくれたのに部屋に閉じ込めておくというのも、ディーキンとラヴォエラに申し訳ないことだろうし。

 

結果として、周囲から注がれる好奇の視線の中でルイズはかなり居心地の悪い思いをしたが、そればかりでは済まなかった。

それらの視線の中には、非常に意地の悪い性質のものも、いくつか含まれていたのである。

 

それは、生徒らの中でも殊更強くルイズを蔑み、長い間嗤いものにし続けてきた連中からのものであった。

最近彼女が召喚した奇妙な亜人の使い魔がやけに人気者な上、ルイズの評判も上がったために手を出しにくく、不満を募らせていたのだ。

その使い魔が今はおらず、代わりにやってきた代理とやらはどう見ても平民の使用人。

となれば、これは彼らにとって絶好の機会であった。

 

「やれやれ、あの使い魔にはとうとう逃げられたらしいね。

 まあ、『ゼロ』にしてはよく持ったじゃないか!

 おまけに、その代わりに平民のメイドを使い魔だなどと言い張って持ち出す度胸には恐れ入ったよ!」

 

と、挑発の口火を切ったのはヴィリエ・ド・ロレーヌ。

ルイズの同級生であり、『風』系統の高名なメイジを何人も輩出した名家の出身で、自身も風のライン・メイジだ。

その事を傲慢なまでに誇り、家格や実力で劣る他者を蔑む態度が鼻につく男子生徒だった。

 

「そうそう、大したもんじゃないか!

 さては例の盗賊退治の時のお手柄も、実はその話術の成果かい?」

 

「その口の上手さなら、将来はさぞやいい政治屋になれるぜ!」

 

何名かの意地の悪い生徒がロレーヌに追随するように声を上げて、ルイズを囃し立てる。

 

「あんたたちがそう思うのは自由よ」

 

ルイズは半目で彼らを睨むと、さらりとそう返しただけで、後は無視を決め込んだ。

 

こと風においては間違いなく当代最強のメイジを身内に持つルイズからしてみれば、ロレーヌの増上慢はむしろ滑稽なだけであった。

おまけにこの男は、入学直後に自分よりも秀でた風の使い手であるタバサに決闘を挑んで無様に返り討ちに遭い、学院中に恥を晒している。

そんなわけで、ルイズは彼からの嘲りなど、ほとんど意に介したこともないのである。

 

しかし、彼女の傍に控えている使い魔代理は、そうはいかなかった。

ラヴォエラはロレーヌの言葉を聞いて不審そうに首を傾げると、彼の傍に歩み寄って話しかけた。

 

「ねえ、あなた、どうしてそんなことを言うのかしら?

 私は確かにディーキンから代理を頼まれてここに来たのだし、彼はルイズから逃げ出したりなんかしないわ」

 

ルイズと、少し離れたところで給仕をしていたシエスタとが、ぎょっとして彼女の方に目をやる。

キュルケは逆に、これはまた面白いことが起きそうだと目を細めていた。

 

案の定、ただの平民だと思い込んでいたラヴォエラからの思いもよらぬ反論に、ロレーヌはたちまち憤慨し始めた。

 

「平民ごときが貴族に対して、何だその態度は!

 さすがにゼロの雇った平民だけあって、常識もゼロだと見えるな!」

 

しかし、人間の社会自体に疎い、ましてやハルケギニアのそれなどまったく知らないラヴォエラは、ますます困惑するばかりだった。

 

「ええと……、その、つまり、私の態度がいけなかったのね?

 じゃあ、どういう話し方で、あなたにルイズが嘘を言っていないとわかってもらえばよかったのかしら?」

 

ラヴォエラはむしろ、穏やかに話を進めたいと思って純粋に質問をしただけだったのだが……。

ロレーヌには、この非常識な言動は明らかな挑発か侮辱だとしか思われなかった。

 

「……どこまでもそうして舐めた態度をとるつもりか。

 いいだろう、そういうつもりならば、望み通りお前に礼儀を教授してやろう!」

 

ラヴォエラに対して杖を突き付けるロレーヌの前に、慌ててシエスタが割って入った。

 

「お、お待ちください、貴族様!

 その、この方は、まだこの辺りに不慣れなもので……、」

 

しかしながら、シエスタが出て来たことは、かえってロレーヌの怒りの炎に油を注ぐ結果となった。

彼は、平民の分際で先日ギーシュとの決闘に勝ったこのメイドのことも、内心気にいらないと思っていたのだ。

厳密に言えば引き分けということになってはいるが、実質的にはシエスタの勝ちであることにはギーシュ自身も含めて誰も異論はなかった。

 

「ふん、最近は生意気な使用人が増えているようじゃあないか!

 メイド風情が、たかだかドットのメイジにまぐれ勝ちしたくらいで調子に乗るなよ。

 この際、あの不甲斐ないギーシュに変わって僕が、お前にもついでに……」

 

「待ちたまえ!」

 

そこで、今度はギーシュが席から立って、ヴィリエに薔薇の杖を突き付けた。

 

その目には、爛々と怒りの炎が燃えている。

先の決闘以降、ギーシュはシエスタに対して、身分の差を超えた敬意を示すようになっていた。

 

「ロレーヌ、これ以上その女性と僕とを侮辱する気ならば、僕も君の相手になるぞ!」

 

「……ちっ。平民などに肩入れを……」

 

ロレーヌは忌々しげにギーシュを見て、舌打ちをした。

 

たかがドット・メイジのギーシュなどに負ける気はないが、そのギーシュを負かしたメイドと一緒となると、少々面倒かも知れない。

万が一にも負けたくはない、一年の時のような恥をかかされるのだけは嫌だった。

 

しかしそこで、先程ロレーヌに同調してルイズを囃し立てていた生徒らが立ち上がった。

 

「ロレーヌ、相手の人数が多いようじゃないか。僕も加勢しよう」

 

「それなら、僕も参戦させてもらおうかな」

 

ロレーヌは彼らと、にやりと意地の悪い笑みを交わした。

彼らはいずれもロレーヌの悪友で、それぞれ火のライン・メイジと、土のドット・メイジだった。

 

「よおし、これで3対3ってわけだ。公平だし、文句はないよなあ?」

 

同じ土メイジ同士でギーシュを足止めしている間に、殺傷力に優れる風と火の呪文でメイド2人を始末する。

その後は、3対1でギーシュを滅多打ちにしてやるまでだ。

これなら負けるはずがない。

 

「ま、待ってください。私たちは決して、貴族様に挑もうなどとは……」

 

「ちょっと待ちなさいよ、ロレーヌ! 決闘は禁止でしょう!」

 

シエスタとルイズが、それぞれ声を上げる。

 

彼女らは、なんとか問題を大きくせずに事を収めたいと願っていた。

しかしそこで、ラヴォエラの鋭い声が上がった。

 

「いいでしょう、邪悪な者たちめ!

 あらぬ言いがかりで他人を傷つけようというのなら、私があなたたちを成敗してあげるわ!」

 

見れば、先程の穏やかな様子とはうって変わって、鋭く吊り上った目でロレーヌたちを睨み、彼らに指をビシッと突き付けている。

 

これではもう、到底決闘は避けられそうにもない。

ルイズは、なんで来て早々こんな面倒なことを起こしてくれるんだという気持ちで頭を抱えていた。

 

一方シエスタは、天使という存在についてより詳しく理解しているがゆえに、ルイズよりもなお一層危機感を募らせていた。

なんとか穏健に対処してくれるよう、彼女を説得しなくてはという焦りで、額に冷や汗をかいている。

 

ラヴォエラは明らかに、あまりに悪意のあるロレーヌらの態度を見て、彼らに《悪の感知(ディテクト・イーヴル)》を試したのであろう。

そうしておそらくは、彼らが悪の存在であることを確かめてしまったのだ。

力の及ぶ限り悪しき者と戦い、それを打ち倒すことは天使の重要な務めのひとつであると、シエスタはよく知っていた……。

 


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