Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia   作:ローレンシウ

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第八十話 Faustian Pacts

秘密の地下通路の捜索を終えた一行は、その後ほどなくして学院へ帰還することにした。

既に十分な収穫があったのだし、翌日にはルイズの上の姉がやってくる予定になっているということもある。

今日は早めに帰って休み、見つけたものを調べるのは学院に戻ってから落ち着いた環境でゆっくりとすればよいだろう、という判断だ。

 

ディーキンは見つけたもののうち、書類やその他細々したものは自分の荷物袋に仕舞い込んで持っていくことにした。

それ以外の重たくかさばる物は、シルフィードに積み込んで運んでもらうことにする。

屋敷に残っていた使用人用の魔法の荷物入れなども活用すると、めぼしいものは大方積み込んで持ち帰ることができそうだった。

そうして準備を済ませると、一行はシルフィードとディーキンの用意した幽体馬とで学院に向けて出発した。

 

その途上で、ディーキンはいつになく難しい顔をして、エンセリックと共に屋敷で発見した研究記録の束を調べていた。

別の乗騎に乗っている他の仲間たちとは大分距離が離れているので、話を聞かれる心配はなかった。

シエスタに頼んで、デルフリンガーも相談役として借り受けている。

 

「ねえ、デルフ、エンセリック。あんたたちは、ここに書いてあることについてどう思うの?

 タバサのお父さんは、自分のお兄さんが『虚無』じゃないかって思ってたみたいだけど……」

 

ディーキンは、2振りの剣に意見を求めてみた。

 

「そうだなあ……。ジョゼフとかいうやつに実際に会ったことはねえから、確かなことはわからねえ。

 けど、そこに書いてあることが本当なら、確かにそいつは『虚無』っぽいかもな」

 

「私には『虚無』とやらのことはわかりませんから、何とも。

 ただ、この記録を書いたシャルルという人が並大抵の人物ではなかったことは確かですね。

 そのシャルルが劣等感を抱くほどの兄だというのなら、ジョゼフとやらも凡庸な人物ではないのは間違いないでしょうね」

 

「ウーン……、」

 

隠し戸のさらに奥に隠されていた、シャルル大公の研究記録……。

そこには、彼の進めていた調査・研究や、考察などに関して、順を追ったかなり詳しい記述が残されていた。

 

それによれば、シャルル大公は希代の天才メイジと呼ばれながらも、以前から兄ジョゼフへの劣等感に苛まれていたらしい。

 

他の者たちがどれほど兄を暗愚だと揶揄しようと、実の弟である彼は兄の優秀さに気付いていたのだ。

魔法は使えずとも、ジョゼフには優れた頭脳があり、王としての才能があった。

昔から、一緒に遊んでいても、一緒に学んでいても、自分が兄に勝っていると思えたのはただ魔法の腕前だけだった。

 

そして、実の父である当時のガリア国王も、おそらくは2人の息子たちの能力についてよく知っていただろう。

慣習から言っても、順当にいけば王に選ばれるのは兄のほうに違いないことをシャルルは理解していた。

 

だから彼は、幼い頃から一心に努力を重ね、特に自分の長所である魔法の腕前を磨いてきた。

周囲の者たちにも常に如才のない態度を示して、着実に評価を高めてきた。

 

そこまでなら、兄への対抗意識、競争心を持っていたというだけのことであって、別に不健全な話ではないだろう。

事実、最初の頃はシャルル大公はまっとうに努力をしていただけだった。

嫉妬深くはあったかもしれないが、非難されるようなことをしてはいなかったのだ。

 

しかし、自分の魔力を高めようと魔法の研究を続けていくうちに、雲行きが怪しくなってきた。

古の昔に失われた『虚無』について調べていたシャルル大公は、兄こそがその担い手なのではないかと疑い始めたのである。

 

もし、兄が始祖と同じ『虚無』を扱える素質の持ち主だったとしたら……。

自分が誇りにしてきた希代の魔法の腕前も、伝説の復活という輝きの前に完全に霞んでしまうことになる。

次の王になるという自分の望みがかなうことも、まずなくなるだろう。

 

その頃から、シャルル大公には焦燥が見え始めたようだ。

 

各地の遺跡を密かに調査させ、そこから見つけ出した古の魔法、特に『虚無』に関する調査・研究に熱心に取り組み続けた。

しかし、調査を進めれば進めるほど、兄こそが『虚無』に違いないという確信はますます強まるばかりだった。

 

彼はその事を兄に知られまいと、自分の研究や調査の内容に関しては一切外に漏らさず、厳重に秘密を守るようにした。

そうしながら、さらに深く『虚無』について調べ続けた。

自分にも王家の血は流れているのだから、なんとか『虚無』を扱えるようにならないものか、と考えたのだ。

それさえできれば、伝説を復活させた功績は、兄ではなく自分のものになる。

 

また、その頃からシャルル大公は、自分の評価を少しでも高めようと、あまり感心できない手段も取るようになっていったようだ。

裏金を渡したり裏取引を持ちかけたりして、より多くの家臣を味方に付けようとしたり。

兄の悪評を吹聴させて、評判を貶めさせたり……。

 

彼は、幼い頃から望んできた王の座を得ることにそれだけ執着していたのだろう。

あるいは、そうすることでずっと抱いてきた劣等感を振り払い、自分が兄よりも優れていることを証明したかったのか。

 

だが彼は、道を踏み外し始めたにもせよ、ただ姑息なだけの男ではなかった。

賞賛されるべき才能と努力の男であったことは疑いない。

長年の調査の結果、ついに『虚無』の呪文にまで辿り着いたのだ。

 

彼が始祖ブリミルに縁のある場所と伝えられる遺跡から発見したのは、太古の時代のものと思しき白紙の書物だった。

普通ならば、ただ古いことしか取り柄のないゴミだとして片付けるところだろう。

長年『虚無』を研究してきたシャルルだからこそ、その重要性に気がついたのだといえる。

 

彼は、使い道の分からないガラクタのように見えるものが始祖の秘宝として各地の王家に伝えられていることを知っていた。

ガリアに伝わる『始祖の香炉』も、その手の秘宝のひとつだ。

そして、トリステイン王家に現存する始祖ブリミルが記述したという古書、『始祖の祈祷書』は、これと同じく白紙の書物だという。

 

シャルルは以前から、始祖がそれらに『虚無』の秘密を隠して子孫たちに遺したのではないか、という仮説を立てていた。

とはいえ、各国の秘宝である以上は、持ち出して調査するわけにもいかなかったのだ。

 

もしもこの白紙の書物が何らかの理由で失われた『虚無』の秘宝、もしくはその試作品か何かであったなら……。

シャルルはそう期待して、入念な分析を行ってみた。

 

「《秘密のページ(シークレット・ページ)》のような呪文の存在は忘れ去られ、《魔法解呪(ディスペル・マジック)》すらも無い。

 そのような状況で、彼はこの本の秘密に気が付き、しかもある程度の内容の解読にまでこぎ付けたのですから。

 相当な注意力と努力が無ければ成し得なかったことでしょう、大したものですよ」

 

今は亡きシャルル大公を賞賛するエンセリックに頷いて同意を示しながら、ディーキンは件の本を開いてみた。

 

二重の隠し戸に大切に保管されていたこの本は、『虚無』の担い手が開いた場合のみ内容が読めるような仕掛けになっているらしい。

しかしシャルル大公は、研究を重ねて隠された文面を少しずつ解き明かしていたようだ。

一緒に見つかった研究記録の束には、既にいくつかの『虚無』の呪文が解読され書き留められていた。

 

「うん、向こうに戻ったら、ルイズにこの本と、こっちの記録の束を読んでもらって……。

 明日来るっていうお姉さんにも、一緒に見てもらうのがいいかな?」

 

自分の妹が伝説の系統だなどと聞かされて、その女性がどんな反応をするかまでは、もちろんディーキンにはわからない。

だが、別に身内に隠さなくてはならないような理由もないだろう。

 

それはさておき、シャルル大公の方はといえば……。

ついに伝説の『虚無』の呪文までも発見し、研究が順調であるにも関わらず、ますます焦燥を深めていたらしい。

 

というのは、研究すればするほど、『虚無』は自分にはどうしても使えなさそうだということが明らかになっていったからだった。

他の系統魔法と『虚無』には大きな違いがあって、何度詠唱を試みても無駄だった。

それにそもそも、完全な形で『虚無』を扱うには、自分の精神力ではまるで足りないらしいのである。

 

だが、シャルル大公は不屈の精神の持ち主だった。

 

それでも諦めず……、ならばかつて『虚無』によって作られた魔法の品を扱うことで同等の力を行使できないか、と考えた。

遺跡の探索を続けさせ、使い方の遺失した古い時代のマジックアイテムを大量に運び込んで研究し始めたのだ。

地下の研究室には、そうして見つかったたくさんの魔法具が並んでいた。

 

その中には、スキルニルなどのハルケギニアのマジックアイテムに混じって、フェイルーンの物と同じスクロールやワンドなどもあった。

それにポーションや、指輪やアミュレットなどの各種装備品に、もっと珍しい品々まで、多種多様だった。

もちろん、先程手に入れたシールド・ガーディアンのアミュレットもそのひとつだ。

 

そうした品の中には、古すぎて魔力が綻んだのか、あるいは事故で破損したのか、既に魔力を失ってしまっているものもあったが……。

それにしても、なかなか大した収穫だったといえるだろう。

 

「始祖ブリミルの時代にはこの世界と私たちの世界につながりがあったという仮説が、これでほぼ確実になったわけですね。

 ……しかし、どうやらシャルル大公は、あまり芳しくないものまで見つけてしまったようで。

 とても優秀だったためにその使い方まで理解できてしまったというのが、またいけなかったのでしょうね」

 

どうやらシャルル大公は、研究を続ける中で、他次元界のクリーチャーを召喚する魔法の品を見つけ出したらしい。

研究から、『虚無』の呪文には他の次元界に門をつなげたり、そこから生物を呼び出したりするものがあると既に知っていた彼は……。

その扱い方を見つけることでこそ『虚無』と同等の力が手に入ると信じ、それを熱心に研究し始めたのである。

 

そうして努力を重ねた末に、彼はついにその品を使いこなすことに成功した。

しかし、彼がそれを使って最初に呼び出すことに成功したのは……。

よりにもよって、九層地獄界のデヴィルだったのである。

 

「これで、現在のガリアにはデヴィルが巣食っているであろうことは、ほぼ確実になりました。

 そして、その最初の出所が誰だったのかも、また明らかになったわけです」

 

「……俺にゃあ、悪魔だののことはよくわからんがよ。

 それにしてもまあ、あの小さい娘っ子には話しにくいことになったみてえだわな」

 

「うん……」

 

ディーキンが、顔をしかめて頷いた。

 

彼は二重の隠し戸の最奥から見つけた文書を広げて、今一度目を通し直してみた。

最初に読んだときは目を疑ったが、残念ながら何度読み返してみても、内容に変わりはない。

 

それは、奇妙な皮紙の束を綴った文書であった。

 

実のところ、材質は羊の皮ではない。

仔牛の皮とか、竜の皮とかいったものでもない。

 

それは、人型生物の皮であった。

おそらくは人間か、あるいはエルフか……。

処女か、それとも赤子か……。

 

その内容は、多数の仰々しい約定の事項がびっしりと書き連ねられたもので……。

要約すれば、ある見返りの提供と引き換えに、自身の永遠の魂を対価として差し出すという契約書であった。

最後のページの末尾にある署名欄には、契約者自身の血で書き入れられたサインがある。

 

“シャルル・ド・オルレアン”

 

そこにははっきりと、そう記されていた。

何度見直してみても、九層地獄バートルのデヴィルが用意した『売魂契約』の書面に間違いなかった。

 

このようなことを、彼の妻であるオルレアン夫人や娘であるタバサに、一体どう伝えたらよいものか。

 

いや彼女らへの対応だけではない、デヴィルがこの世界に間違いなくいるというのなら、それに気付いた自分は一体どう行動したらよい?

こうなった以上、フェイルーンの仲間たちにも協力を求めるべきだろうか。

ルイズらには、どこまで協力を求めてよいものか。

それに、シャルル大公の兄である現国王のジョゼフは、一体どこまでこの件に関わっているのか……。

 

ディーキンはあれこれと思いを巡らせながら、学院への帰路を急いだ……。

 




売魂契約:
 読んで字のごとく、デヴィルが提供する何らかの見返りと引き換えに、死後に自分の魂をそのデヴィルに引き渡すという契約のこと。
富でも、地位でも、権力でも、名声でも、異性でも……、デヴィルは定命の者が欲しがりそうなものは何でも与えてくれる。
 彼らが提示する報酬はかくも魅力的だが、その結末の悲惨さは常に報酬の魅力を上回る。
地獄に落ちた魂は言語を絶する拷問を受けて、デヴィルが活動するために必要な信仰エネルギーを最後の一滴まで搾り取られるのだ。
その後、生前のすべての尊厳・技能・記憶を失って絞りカスとなった魂は、精神を持たない最下級のデヴィル・レムレーに形質変化される。
 レムレーのほとんどは捨て駒として使い捨てられるが、運が良い一握りの者は、生き延びてより高位のデヴィルに“昇格”する。
生前己の世界でどれほど優秀だったり地位の高かったりした者であろうと、レムレーのままで終わる可能性が非常に高い。
しかし大半の悪人は、自分は悪魔と友好を結んでいるから地獄でも特別扱いを受けられるだろう、すぐに昇格できるだろうと自惚れている。
そもそもそう思っているからこそ、悪魔に魂を売り渡すなどという無謀で愚かな行為を選択したのである。
 最終的に地獄に堕ちた人間のそんな思い上がりを嘲り、身の程を教えてやることは、デヴィルにとっては結構な喜びである。

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