Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia   作:ローレンシウ

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第九十話 Departure

 王女らと会談し、皆でアルビオンへ行くことを取り決めた翌日の早朝。

 王都へ出かけていろいろな用件を済ませた後、向こうで夜を明かしたディーキンは戻ってくるとさっそく同行者たちを起こして回り、一緒に朝食を摂ろうと呼びかけていく。

 

「アルビオンは遠いんでしょ、ちゃんと食べておかないと体が持たないの。ディーキンが用意するからね」

 

 そう言って、《英雄達の饗宴(ヒーローズ・フィースト)》の呪文で用意した豪華な食事の席に皆を座らせた。

 普段なら朝はあまり食べない者でさえもこの魔法の美食にはとめどなく食欲を刺激されると見えて、最初はあまり乗り気ではなかった面々も一口食べるや目を輝かせてがつがつと腹に収め始める。

 特にギーシュなどは、ワルキューレのごとく美しい給仕に神酒にも似た極上の葡萄酒を注いでもらって、いたく感激しているようだった。

 

「うまい! こんなものを用意できるなんて、まったく君は大した使い魔だな! もちろん、一番かわいらしいのはぼくのヴェルダンデだが……」

 

 そんなことを言いながら、ジャイアントモールの使い魔にも食事を分けてやっている。

 女性陣は食事中だというのに構わず土まみれの巨大モグラに頬擦りしているギーシュに呆れたり、少しばかり顔をしかめたりしていたが、彼はまったく気にしていないようだ。

 自分の愛しい使い魔は絶対に汚くなんかないという贔屓目なのだろうが、その内食事を口移しでもし始めるんじゃないかと思うほどの溺愛ぶりだった。

 

(……まあ、あれでまんざら中身のない男ってわけでもないんだけどね)

 

 モンモランシーはその辺を気にいってるのかしらね、などと呟きながらも、キュルケも肉などを自分の使い魔のフレイムに与えていた。

 フレイムは、常に高熱で消毒されてるから汚くないのである……少なくとも、主人として彼を可愛がっているキュルケの見解としては。

 

 ディーキンはというと、にこにこしながら屈みこんで、竜語でヴェルダンデとおしゃべりをしている。

 使い魔はみな召喚時に竜語の会話能力を与えられているので、ディーキンは折を見て他の使い魔たちとも話をしたり、歌を聞かせてあげたりして、今では学院の大半の使い魔と親しくなっていた。

 

『ヴェルダンデも、こういう料理したのを食べるんだね?』

 

『むぐむぐ……。ああ、普通の人間の食事はあんまり食べないが、こりゃうまい! よく太った極上のどばどばミミズにもひけをとらない味だね!』

 

『オオ、そうなの? じゃあ、これからも機会があったら御馳走するよ!』

 

『そいつはありがたい。……ところで、シルフィードはまだ寝てるのかな。あの大食いが食べに来ないなんてね』

 

『ああ。シルフィードなら今はお出かけしてるんだよ』

 

 ディーキンはヴェルダンデに、簡単に事の成り行きを説明してやった。

 シルフィードは今、王都の『魅惑の妖精』亭に行っているのだ。

 

『つまり、ご主人様と視界を共有できる俺とあいつとが交代で向こうとこっちとに滞在してだな。定期的に状況をチェックするようにしてもらえば、万が一非常事態が起きてもディーキンの呪文で戻って素早く対応することができるってわけだぜ』

 

 肉を平らげたフレイムがとことこと寄ってきて、話に加わった。

 

『へえ、いろいろと考えてるんだね』

 

 しきりにすりすりしてくるギーシュに心地よさそうに頬擦りを返しながら、ヴェルダンデは考え込んだ。

 

『……うーん、ぼくも手伝いたいんだが。しかし、ギーシュさまにもついていきたいしなあ……』

 

『気にすることはないぜ。お前は可愛がってくれるご主人と一緒に出掛けてこいよ』

 

 フレイムの言葉に、ディーキンも同意して頷いた。

 現状でこちらに残る面子は十分数が足りているだろうと思うし、それにヴェルダンデの主人であるギーシュは先日から他の面々が関わってきたタバサ関連の事情などを知らないのだ。

 ヴェルダンデを残らせて見張り役に加えれば、彼を通してタバサの母の姿や彼女の居場所などを見られてしまう可能性がある。

 もちろんギーシュは十分信頼できる人物ではあるが、そうはいっても知るだけでも危険が及ぶ可能性が多少なりとも増す危険な情報を、現状無関係の人間にまで無闇に拡げる必要もあるまい。

 

「……そうだ、ぼくはヴェルダンデをこの旅に連れて行きたいんだが」

 

 そんな話をしていた丁度その時、ギーシュが提案をした。

 

「無理」

 

「空の上のアルビオンに行くのに、モグラなんか連れていけるわけがないでしょ」

 

 タバサとキュルケに即座に却下されてがっくりと項垂れるギーシュだったが、ディーキンは彼の肩を持った。

 

「空を飛ぶのは魔法とかでできるけど、地面を掘って進むっていうのは魔法でも難しいの。ヴェルダンデは、いざという時に役に立ってくれるかも知れないよ?」

 

「そんなこと言ったって……。どうやってモグラをアルビオンまで連れて行くのよ?」

 

 ルイズが顔をしかめてそう言うと、ヴェルダンデが口をもぐもぐさせて、何やら抗議するように鳴き声を上げた。

 ディーキンはそれを聞いてうんうんと頷くと、他の面々に通訳してやる。

 

「ヴェルダンデは、地面を掘って馬にだってついていってみせるってさ。ラ・ロシェールの港町まで行けば、そこからアルビオンまでは飛行船に乗れるんでしょ?」

 

 ディーキンらはラ・ロシェールと呼ばれる空の港町までは馬で行き、そこからアルビオンに向かう飛行船に乗る予定だった。

 

 もちろん今回の冒険行は、アルビオン王家が相当追いつめられているらしいということもあり、急ぐべき旅である。

 空中に浮かぶアルビオンへ直接向かうのは、まったく経験のないディーキンらでは困難かつ危険と思われるので無理はできないにしても、せめてラ・ロシェールまではドラゴンなり幽体馬なりに乗った方が早くつけるだろう。

 実際ディーキンも、最初は王都で翌日の朝一番にラ・ロシェールへ向かってくれる竜籠を手配してくれるよう、ロングビルかスカロンに頼んでおこうと考えていた。

 

 しかしアルビオン出身のロングビルはディーキンの話を聞くと、ラ・ロシェールからの船は毎日出ているわけではなく、飛行船の燃料である『風石』を節約するためにアルビオンが街に近づく日を選んで数日おきに運航しているのだと教えてくれた。

 そして2つの月が重なる『スヴェル』の月夜の翌日、つまりは明後日がアルビオンがラ・ロシェールに最接近する日なので、その日はほぼ確実に船が出るらしい。

 

『逆に言えばその日の前後1~2日はまず船が出ないから、無闇に急いでみたところで街で足止めを食うだけだよ。馬で無理なく行けばラ・ロシェールには2日目に到着できて、そこで一泊した翌朝には船に乗れるさ』

 

 現地に詳しい人物からの助言なので、ディーキンも素直にそれを受け入れることにした。

 

 以前に彼女は向こうに身内を残していると聞いていたので、きっと心配しているだろうと思い、自分たちと一緒にアルビオンへ行きたくはないかとも聞いてみた。

 しかしロングビルは肩をすくめて、止めておくと言った。

 

『父を殺して家名を奪ったアルビオンの王族どもに会ったら、きっと叩き潰してやりたくなるだろうからね。あんたには恩があることだし、連中を助けようってのをとやかく言う気はないけど、手助けはお断りだよ』

 

 ディーキンは何か説得なりをするべきかと少し考えたが、結局は彼女の気持ちを尊重することにした。

 復讐は善の行いではないが、彼女が心を改めるにはまだ時間も必要だろう。

 今はこの店で、新しい暮らしを心穏やかに送り続けてもらうのが一番かもしれない。

 

 ならばせめて彼女の身内を危険なアルビオンから脱出させてここへ連れてこようかとも提案してみたが、それも断られた。

 自分の身内はハーフエルフで素性が知られれば殺されてしまいかねない、だから向こうでも人目を避けて隠れ住んでいるのであって、こんな王都の真っただ中へ連れてくることは危険過ぎてできない、というのだ。

 

 タバサの母親たちのようにしばらくは素性を隠して生活したらとも言ってみたが、それもだめだと言う。

 なんでも、彼女は現在幼い孤児たちを引き取って一緒に暮らしており、逃げるのならその子たちも連れてこなくてはならないらしい。

 

『住む場所や金はなんとかしてやれるにしても、なにせまだ年端もいかない分別の足りない子どもらだからね……。こんなところへ連れてきてうっかり他人の前で口を滑らせられでもしたら困るのさ。わかるだろう?』

 

 ロングビルはそう言うと、自嘲気味に笑った。

 

 ディーキンはじっと考えてみて、とりあえずその場でロングビルにあれこれ言うのは避けて、わかったとだけ言って頷いておいた。

 だが、もし必要になった時のためにと彼女を説き伏せて、その身内である彼女の義理の妹……ティファニアの住んでいる場所だけは聞き出しておいた。

 アルビオンの戦いを止めることに全力を傾け、それが成功すれば、彼女の身内たちもひとまずは安全になるだろう。

 しかし先々のことを考えればやはり早いうちに何とかしておかなくてはならないはずで、そのことも向こうへつくまでの間に考えておこうと、ディーキンは内心で決めていた。

 

(うーん……。ハーフエルフなんて、ウォーターディープでは珍しくもないんだけど……)

 

 ここではコボルドの自分がこうして人間に混じって生活できているのに、ハーフエルフのようにフェイルーンでは広く市民権を得ている種族は畏れられ殺害対象とされるなんて、なんとも奇妙な話だった。

 もちろん、アンダーダークのドロウやイリシッドの都市も地上の都市とはまったく違っていたし、場所が違えば習慣も違うのは当然ではあるのだろうが……。

 

 ディーキンは頭を振ると、とりあえずとりとめのない考えを脇に置いて自分の分の食事を平らげた。

 それから、自分は指輪の返却と出発の挨拶をしてから行くから食事が終わり次第外に出て馬の用意をしておいてほしい、あと自分の分の馬は要らないからと仲間たちに言い置いて、学院長室へ向かった。

 

 

「……ウーン……」

 

 指輪を返却し、出発の挨拶を終え……、用件を済ませて学院長室を出たディーキンは、出発の餞別にとオスマンから渡された品を手に持って唸っていた。

 

 それは、『魔道師の杖(スタッフ・オヴ・ザ・マギ)』。

 かの名高いエルミンスターが置いていったという、先日取り返してきた学院の宝物だった。

 まさかこれほど貴重な品を、無事に戻ってこられるかどうかも分からない冒険行に赴こうという自分たちに託すとは!

 

 ディーキンはもちろんびっくりして、固辞しようとしたのだが……。

 

『大切な生徒らがこれほどの大事に赴こうという時に役立てんで、何のための宝か! ……それにの、ここ二十年ばかりの間でその杖を十分に扱えたのは君だけじゃ。つまり、君が無事に帰ってこねばその杖もろくに扱えんガラクタになり下がる。ならば君が生還する確率を上げるためにも持って行って使うのが至当というものじゃ、違うかな?』

 

 オスマンは理路整然とそう言って、いいから持っていきなさいと手を振った。

 いくら自分には大した使い道がない品だとはいえ、フェイルーンでは国宝級かそれ以上というこの希少なアーティファクトにまったく執着した様子もないのはさすがと言うべきか。

 

 こんな責任重大なものを預けられてしまうと、ますますサブライム・コードの訓練を始めてよかったと思えてくる。

 まあ、ウィザードでない以上はリリック・ソーマタージだろうがサブライム・コードだろうが、フォクルーカン・ライアリストだろうが、これほどのアーティファクトを所持するのに分相応だとは到底思えないが……。

 それでもただのバードよりは、多少はマシというものだろう。

 

 まあとにかく……責任の重みに緊張はするが、非常に有益な品であることもまた間違いない。

 託された以上は、取扱いには十分に気を付けつつも存分に活用するとしよう。

 

「おじいさんの言うとおり、使わなきゃ預けてもらった意味がないからね―――ー」

 

 ディーキンは人目がないのを確認すると、早速杖を握りしめてコマンドワードを唱えた……。

 

 

「……うん?」

 

 ディーキンが庭で馬の準備をしている仲間たちの元へ戻ると、人が一人増えていた。

 羽根帽子を被った、精悍な髭面の青年……。

 

(アア、この人が魔法衛士隊の隊長さんだね)

 

 先程学院長室で、アンリエッタとマザリーニから魔法衛士隊・グリフォン隊の隊長を同行させることにしたという話は聞いていた。

 ぶっちゃけオスマンに渡された杖の方が気になり過ぎて、その時はあんまり意識していなかったのだが……。

 

 ルイズは何やら頬を染め、もじもじしながらその男の傍に寄り添っていた。いつになく妙な態度だ。

 キュルケはそんなルイズの様子を横目に見ながら、何だか白けたような、つまらなさそうな顔で、爪などを弄っている。

 タバサは男など気にせず本を読んでいて、ディーキンが姿を現したときだけ顔を上げてそちらの方を見た。

 シエスタは唯一の平民として、忙しく皆が乗っていく馬の用意をして働いている。

 ギーシュはというと、彼女に敬意を払う一人の男として、進んでシエスタの仕事の手伝いをしていた。

 

 当の魔法衛士隊の男は、ディーキンがやってきたのに気が付くと彼の方に近づいて、気さくな感じで声をかけた。

 

「やあ、君がルイズの使い魔かい? 亜人とは珍しいな」

 

 ディーキンは男に丁寧にお辞儀をして、いつも通り挨拶をする。

 

「はじめまして、ディーキンはディーキンだよ。コボルドの詩人で冒険者、そしてルイズの使い魔をやってるの」

 

 男の方も帽子を取って、軽く挨拶を返した。

 

「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長のワルド子爵だ。君は優秀な使い魔だそうだね、ぼくの婚約者がお世話になっているよ」

 

「どういたしましてなの。 ……ン、婚約者?」

 

「ああ。知らなかったのかい?」

 

 そう言うと、ワルドはルイズの肩にそっと手を置いた。

 ルイズはいっそう頬を赤くして、もじもじしている。

 

「オー……、そうだったの? 初めて知ったよ」

 

 ディーキンは目をぱちぱちさせて、首を傾げた。

 そう言えばこの間ルイズが作った幻覚の中にいた美青年に似ているようだ、あれは昔のこの男の姿なのだろう。

 人間の婚約なる制度には知識はあれど馴染みはないので、今ひとつピンとこなかったが……。

 

「さて、メンバーもそろったことだし、馬の準備もできたようだね」

 

 ワルドが口笛を吹くと、朝靄の中から一頭の幻獣が現れる。

 鷲の上半身に獅子の下半身という雄々しい姿形をしたそれは、グリフォンであった。

 フェイルーンにも同名でほぼ同じ姿をした魔獣がおり、召喚呪文の類で呼び出すこともできるので、ディーキンにも馴染みがある。

 ワルドはひらりとその背に飛び乗るとルイズを手招きし、彼女を抱きかかえるようにして一緒に跨らせた。

 

「では諸君! 出撃だ!」

 

 ワルドが杖を掲げてそう宣言し、グリフォンを駆け出させる。

 ギーシュがいささか感動したような面持ちでその後に続き、キュルケ、タバサ、シエスタも順々に出発した。

 ディーキンはというと馬には跨らず、自前の翼を羽ばたかせて飛び立った。

 そうしてタバサらの馬の速度に合わせて飛びながら、こっちを置いていきそうなほどやや過剰に速い速度で先頭を飛んでゆくワルドのグリフォンをじっと見つめる。

 

 頭の中では、つい先程オスマンから借り受けた杖を使って召喚したセレスチャルに頼んで使ってもらった、《神託(ディヴィネーション)》の文言について考えを巡らせていた。

 

(神託で気をつけろって言ってたのは、あの人のことなのかな……?)

 




サブライム・コード(崇高なる和音):
 バード系の上級クラスのひとつ。音楽と魔術を根を同じくする同一のものとみなし、歌のもたらす直観と天文学の数理的な知識とを等しく学ぶことで、時の曙に聞くことができたという伝説の創造の歌へ到る術を追い求める学徒たち。通常のバードより遥かに強力な呪文や呪歌を習得することができる。数あるバード系上級クラスの中でも実用性が高く、呪文能力を高めることにおいてはトップクラス。

リリック・ソーマタージ(歌う魔術師):
 バード系の上級クラスのひとつ。自らの魔術と音楽を共鳴させて和音となし、双方の効果を強くする術を学んだ者たち。バードよりも呪文能力を高めることに重点を置き、ウィザードやソーサラーの魔術も一部習得することができる。サブライム・コードよりも低レベルのうちからなることができるという利点があり、同様に実用性の高いクラスとみなされている。

フォクルーカン・ライアリスト(フォクルーカンの竪琴弾き):
 バード系の上級クラスのひとつ。極めて優れた人物だけがなることができるとされ、バードの知識、呪歌、秘術呪文に、ドルイドとしての信仰呪文、さらには剣技にまで長けるという超々万能型のクラスであり、極めれば文句なく強い。ただし前提条件が非常に厳しく、このクラスになって十分に能力を高めるまでの道のりが遠いのが難点。

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