(トレーナーさんの)賢さが不足しているようですね   作:龍角散ガム

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マルゼンスキー

 

「Endless beat on the corner! ギリギリを攻めていかなきゃ♪ いつだってスリルと踊る気分♪ 一気にハートはディスコタイム♪」

 

 カラオケボックスの一室で、バブリーな扇子をパタパタ振りながら歌っているのは、『あなた』の担当ウマ娘、マルゼンスキーです。

 

 驚異のスピードとパワーで数々のレースを制覇し、「スーパーカー」の異名を持つマルゼンスキー。

 

 その走りはまさに別格。

 誰よりも速く、誰よりも華やかにターフを駆け抜ける姿は、多くの観客を夢中にしていました。

 

 面倒見の良い姉御肌な性格もあり、多くのウマ娘たちから“お姉さん”的存在として慕われているマルゼンスキーですが、トレーナーである『あなた』の前では、少し様子が違います。

 

 視線は熱っぽく、距離感も近め。

 笑顔を向けられるだけでご機嫌になり、隣を歩けば尻尾はふわふわ揺れっぱなし。

 いわゆる、ゾッコンというやつです。

 

 『あなた』が笑えば「もう、ナウいんだから♡」と頬を染め、目が合えば胸はドキドキ。

 まるで恋のアクセルを踏み込んだスポーツカーみたいに、気持ちは止まりません。

 

 それもそのはず。

 マルゼンスキーは、『あなた』のおかげで数々のGⅠレースへ出走することができたのですから。

 

 マルゼンスキーというウマ娘は強すぎました。

 圧倒的な速さでターフを駆け抜け、ライバルたちを次々と置き去りにしていく。

 

 その姿を見たURA上層部は、レース界がマルゼンスキー一色になることを危惧しました。

 その結果、彼女は有馬記念を除くGⅠレースへの出走停止処分を受けてしまったのです。

 

 ですが、その決定を良しとしない人物がいました。

 それが、『あなた』です。

 

 『あなた』は、マルゼンスキーの走りに心を奪われていました。

 誰よりも自由で。

 誰よりも楽しそうで。

 まるで風と一緒に笑っているかのような、その走りに。

 だからこそ、大人の事情で彼女の走りが奪われることを許せなかったのです。

 

 そこで『あなた』は、マルゼンスキーの出走停止撤回を求める活動を始めました。

 

 トレセン学園の構内。

 駅前広場。

 街角。

 

 ありとあらゆる場所で、『あなた』はマルゼンスキーの魅力と、彼女からレースを奪う理不尽さを熱弁しました。

 

 当然ながら、最初は誰も『あなた』の話に耳を貸しませんでした。

 

 「決まったことだから」

 「相手がURAじゃ無理だ」

 「たった一人で何が変わるんだ」

 

 そんな冷たい言葉を浴びせられても、『あなた』は活動をやめませんでした。

 

 雨の日も。

 風の日も。

 雷が鳴る日でさえも。

 

 駅前で声を張り上げ、何枚もビラを配り、喉を枯らしながらマルゼンスキーの走りを語り続けたのです。

 スーツは雨に濡れ、靴は擦り切れ、それでも『あなた』は立ち止まりませんでした。

 

 そんな『あなた』の熱意に、少しずつ人々の心は動かされていきました。

 最初は遠巻きに見ていた人々も、やがて足を止めて話を聞くようになります。

 

 そして、マルゼンスキーを慕う後輩ウマ娘たちもまた、『あなた』の活動へ加わるようになったのです。

 

 レース界がマルゼンスキー一色になるのではない。

 マルゼンスキーという存在が、新しい風を運んでくるのだと。

 彼女の走りは、レース界をもっと熱く、もっと華やかにしてくれるのだと。

 

 その想いは、少しずつ世論を動かしていきました。

 やがてURA内部でも、「出走停止を見直すべきではないか」という声が上がり始めます。

 

 そして——。

 長い時間をかけた『あなた』の活動は、ついに実を結びました。

 

 マルゼンスキーのGⅠレース出走停止処分は撤回。

 彼女は再び、大舞台を走れるようになったのです。

 

 そんな『あなた』を見てきたマルゼンスキーが、惚れないわけがありませんでした。

 気づけばマルゼンスキーは、『あなた』にメロメロのラブラブ首ったけ。

 恋のエンジンをフカしまくるのに、そう時間はかからなかったのです。

 

 トレーナーが住むアパートの隣へ引っ越し、「実は片付け苦手で……♪」なんて理由をつけては何度も部屋へ招待。

 毎日のように手料理を振る舞い、ソファで肩を寄せ合いながらラブロマンス映画を見る。

 そんな甘い時間が、すっかり日課になっていました。

 

 日本ダービーだけでなく、恋のレースでもマルゼンスキーはブッチぎりで走っていたのです。

 もっとも、クソボケの『あなた』は、その想いにまったく気づいていません。

 

「まぁ、普段はお姉さんポジションだし、たまには甘えたいんだろうな〜」

 

 そんなふうにしか考えていないのです。

 

 マルゼンスキーがどれだけ視線を送っても。

 どれだけ距離を縮めても。

 どれだけ“その気”な空気を出しても。

 『あなた』には、まるで伝わりません。

 

 その鈍感っぷりに、マルゼンスキーは「もうっ、ニブいんだから♡」と頬を膨らませることもあります。

 けれど、そんな不器用な優しさも含めて、『あなた』のことが好きでした。

 

 そして現在。

 『あなた』とマルゼンスキーは、ストレス発散という名目のカラオケデートの真っ最中です。

 

 マルゼンスキーは『あなた』へ熱い視線を送りながら、持ち歌やバブリーなナンバー、恋愛ソングをノリノリで歌い続けています。

 

 片手にはラメ入り扇子。

 時折ウインクまで飛ばしてくるサービス付きです。

 

 そんな彼女を前に、『あなた』はタンバリンやマラカスを鳴らしながら全力で盛り上げていました。

 

 「ふぅ〜、たくさん歌ったせいか、ちょっと疲れちゃったわ〜♪ ねぇ、次はトレーナーくんの番♡ 歌、聞かせてほしいな〜♡」

 

 てんきゅっきゅん♡な甘い声を漏らしながら、マルゼンスキーは『あなた』の肩へと身を預けます。

 もっとも本人は、「距離近いなぁ」くらいにしか思っていませんが。

 

 自分が歌ったところで、本当にマルゼンスキーのストレス発散になるのだろうか。

 そんな疑問を抱きつつも、担当のお願いに応えるのもトレーナーの役目です。

 

 『あなた』はタッチパネルを操作して持ち歌を予約すると、コホンと小さく咳払いをしながらマイクを手に取りました。

 

「ひゅーひゅー♡ 頑張って、トレーナーくーん♪」

 

 マルゼンスキーはラメ入りのバブリー扇子をパタパタ振りながら、上機嫌で黄色い声援を送ります。

 

 やがて部屋の照明が少し落ち、カラオケルームが静寂に包まれました。

 モニターへ表示された曲名。

 『あなた』が選んだ持ち歌。

 その曲は——

 

 

 

 

 『MachineGun Kiss』

 

 

 

 

 イントロが流れた瞬間、マルゼンスキーの耳がピクリと跳ねます。

 そして。

 低く甘い歌声で、『あなた』は歌い始めました。

 

 普段はどこか鈍感で、恋愛とは無縁そうなトレーナー。

 けれど今だけは違いました。

 

 情熱的で。

 真っ直ぐで。

 まるで抑え込んでいた想いをぶつけるみたいな歌声。

 そのギャップは、マルゼンスキーのハートへ直撃しました。

 

 尻尾はぶわんぶわん。

 視線はトロトロ。

 胸の恋愛メーターは完全にレッドゾーンでした。

 

 そして曲が終わった瞬間——。

 

 ドサッ!

 

“うわっ!?”

 

 『あなた』は勢いよくソファへ押し倒されました。

 何が起きたのか理解できず目を白黒させる『あなた』の上へ、マルゼンスキーが覆い被さるように乗ってきます。

 

 近い。

 とにかく顔が近い。

 

 マルゼンスキーの頬は熟れたリンゴみたいに真っ赤で、潤んだ瞳は恋心でキラキラしていました。

 

「も、もう……♡ 普段は全然気づいてくれないのに、こんな情熱的な歌を歌うなんて……♡」

 

“ま、マルゼンスキー……?”

 

 恐る恐る名前を呼ぶ『あなた』。

 ですが、それは完全に逆効果でした。

 ギリギリで抑え込んでいたマルゼンスキーの恋心が、ついに限界突破してしまったのです。

 

「こんなの反則よぉ♡ ズルいじゃない、トレーナーくん♡ そんな声で、そんな歌を歌われたら……お姉さん、もう我慢できないんだから♡」

 

 足は尻尾でしっかり絡め取られ、両手も優しく押さえ込まれています。

 逃げ場なんてありません。

 

「今まで我慢してた分……全て曝け出しちゃうわ♡」

 

 そう囁きながら、マルゼンスキーは『あなた』の額へこつんと自分の額を重ねます。

 

 

 

「一億、二億、百億キスを……たぁ〜っくさん浴びせちゃうんだから♡♡♡」

 

 




たづな「バブリーなウマ娘にバブリーなラブソングを。それも、『あなた』と担当ウマ娘さんの軌跡をなぞるような歌詞の曲を歌うなんて……それはもう告白しているのと同意義ですよ」
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