「ついに、この時が来た」
俺は、スマコンを目に装着しながら、一人感慨にふけっていた。
十数年、今までよりも、ヤチヨを待たせてしまったかな。今日は両親は出張でいないし、好きなだけどんちゃん騒ぎができる。
…そう、やっと、ヤチヨに会える。今回も、しっかりと約束を果たそう。ヤチヨを、一人にはしないんだ。
それでも、なぜか手が震えてしまう。まあ、無理もないのかもしれない。だって、俺にとってこれは最終局面。全ての目的地なのだから。怖いのかも、しれない。でも、行くしか、ない。行くんだ。最高のハッピーエンドのために。
改めて決意を固めた俺は、目を閉じて、電脳の世界にダイブした。
「……おぉ、鳥居?ってことは、入れたのか」
俺の前に鎮座するのは、巨大な鳥居。つまりここは紛れもない、ツクヨミのチュートリアル空間だ。
「太陽が沈んで、夜がやってきます」
声が、聞こえた。
声のする方向へ顔を向ける。そこには、忘れるはずのない。縄文時代から8000年。苦楽を共にし、歩んできた、かけがえのない存在。
「仮想空間ツクヨミへようこそ!管理人の月見ヤチヨで〜す!……今回は、いつもより長かったね。でも、よかった。約束通り、ちゃんと帰ってきてくれたから。」
「当然だろ?俺は“輪廻”だからな」
俺の言葉に、ヤチヨは一瞬ハッとした表情を浮かべ、儚い笑顔でぽろぽろと静かに涙をながす。
「そっか。ふふ、それ、初めて再会したときも言ってたよね。……おかえり、リンネ」
「…あぁ。ただいま、かぐや。」
俺も耐えられずに涙を流す。そして、互いをぎゅっと抱きしめる。
あぁ、やっと帰って来れたんだな。俺の、居場所に。
そう、実感した。
▽
「さて、感動の再会はここらへんでおしまい!ツクヨミに降り立つなら、それに相応しい姿じゃないとね!その恰好じゃあ、つまらないでしょ?」
ヤチヨはそう言って、俺の前に一つのモニターを浮かべる。その画面には、服や髪型、装飾品がぎっしりと映っていた。
「好きに選んで、いいんだよな?」
「勿論!好きなだけ悩んじゃって!」
ヤチヨはそう言って、こちらに背を向ける。なるほど、俺のセンスの腕の見せ所ってわけか。任せろ。俺の8000年で培われた美的センスってやつを見せてやるぜ!
▽
「……ふぅ、こんなもんかな!ヤチヨ、お待たせ!」
キャラメイクが終了し、ヤチヨを呼び寄せる。
「うん、準備が整ったみたいだね!」
そう言ってヤチヨは俺の手を引いて、鳥居の前に並び立たせる。
「…リンネ、ヤチヨ……いや、私ね、ずっと、楽しみにしてたんだ。あのとき、リンネに託された時から、ずっとね」
「かぐや…」
「でも、ついにこの時がやってきた!私は、すっごく嬉しいよ」
「……俺もだ」
「……じゃあ、行こうか」
「あぁ。」
俺とヤチヨは、共に鳥居に向かって足を踏み出した。パシャパシャと、水音が響く。その音たちは、俺の新たな門出を祝福しているようだった。
鳥居を通り抜けると、目の前に広がっていたのは、七色の夜景が輝く、平安京や江戸の城下町を思い出させながらも、所々に近代文明を感じさせられる、不思議な空間だった。
「…わぁ、さすがリンネ。すっごくかっこいい。8000年の美的センスの玉藻の前だね!」
そう言われて、俺は今の自分の姿を確認する。
腰まで伸びた漆黒のウルフカットポニーテールには白いメッシュが入っていて、月光のような輝きを見せている。
衣装は武士装束がベースになっており、ツクヨミらしい近未来的デザインが上手いこと取り入れられている。
黒と白を主体とした布地に、月、竜、星を思わせるような模様が散りばめられていて、個人的にとても気に入った。
頭部にはまるで黒曜石のような竜の角、腰からは白銀混じりの竜の尻尾が伸びている。
うーん、我ながら素晴らしいデザインだ。
顔は特にいじってないタレ目な儚げ女子のままだし、8000年モノの美的センスは伊達じゃないってことだね!
「ありがとう、ヤチヨ。でもこの衣装さ、まるで俺のためにあるみたいなデザインじゃん?もしかしてだけどさ、ヤチヨ…忖度してる?」
「な、なんのことかな〜?ヤッチョはツクヨミの管理人!そんな誰かの肩を持つようなことはしないのです〜。そんなことより、今すぐツクヨミを楽しもう!ほらほら、楽しいものがいっぱいだよ〜!」
あからさまに焦ったヤチヨは俺の手を引き、半ば強引に町へと駆け出した。俺はヤチヨに引っ張られ、ツクヨミの夜に溶けていった。
▽
俺とヤチヨは散々遊び倒した後、ツクヨミのどこかにある茶屋風のワールドで、ヤチヨと共に茶をしばいていた。
ツクヨミは本当にすごい。屋台には様々なアイテムが並び、ふととあるワールドを覗いてみれば、パリコレの如くファッションショーが開かれている。ゲームのワールドに行ってみれば、射的や輪投げ、かにすくいなど、祭りの縁日にあるようなアミューズメントが並んでいた。
きっと、ツクヨミの中で暇という概念は存在しないんだろうな。
「味しないな〜…」
見てくれは最高に美味しそうなパンケーキを思いっきり頬張った俺は、ついそんな感想をこぼしてしまった。
「味覚に関してはまだ技術が足りなくて…ヨヨヨ〜、ヤッチョもあのふわふわで美味しいパンケーキがまた食べたいのです…」
そう、ツクヨミには味覚も嗅覚もない。だから、ヤチヨはここで何かを食べても味を感じることはできないし、花を顔に近づけても香りを楽しむことはできないし、人を思いっきり抱きしめても、その温もりを感じることはできない。なんとかしてやりたい気持ちは山々だが、悲しきかな、俺はその方面の知識は持ち合わせていない。悔しいが、未来の天才科学者に任せるとしよう。
「そういえば、もうすぐ配信じゃなかった?時間大丈夫?」
「配信については大丈夫!今から始めるから!はいっこれ着て!」
「え⁉︎今からってどういう、てか、なにこれ、着ぐるみ?」
慌てる俺を意に介さず、ヤチヨは配信の準備を始める。もし配信にこのアバターのまま映ってしまったら、考えるだけでも恐ろしい。仕方ない。ヤチヨの十数年ぶりのワガママだ。付き合ってやるか。
「ヤオヨロー!神々のみんな〜、お待たせ!今日も最高だった?今日はなんと、いつものお部屋を飛び出して、ツクヨミワールド生放送でお送りするよ〜!」
ヤチヨはいつもの調子で配信を開始した。でも、心なしかいつもより楽しそうに思えた。
「そして今日は!スペシャルなゲストをお呼びしてるよ〜!なんと!ヤチヨと8000年の時を過ごした大親友が、来てくれました〜!」
そんなヤチヨの発言に、コメント欄が驚愕に溢れる。
『ヤチヨの大親友⁉︎どんな人なんだ⁉︎』
『幼馴染みたいな感じなのかな?』
『wkwk』
『ヤチヨ結婚して』
俺の話題で持ちきりになったコメント欄の中に、一つ不純物を発見した。
ヤチヨと結婚?寝言は寝て言えよ。ヤチヨと結婚するなんて8000年早いね。身の程を知れ小童が」
『え?』
『初手からキレてる⁉︎』
『声めっちゃ良い!』
『ぐう正論』
「あっ……コ、コラコラ〜!おいたはだめだよ〜。これは初登場から伝説かな〜?」
「え?口に出ちゃってた?すまんすまん。しかしあまりにもムカついてしまったからつい、な!」
いけないいけない、口に出てしまっていたようだ。でも、ふざけたことを言う方が悪いんだよ。そうだよ。ヤチヨと結婚するのは彩葉なんだからさ。…彩葉だったら、ごめん!
「もう〜っ。じゃあ、気を取り直して、紹介するね!この子はヤチヨの大親友!ヤチヨと一緒に8000年の時を過ごした、大切な人なんだ!じゃ、自己紹介よろ〜っ」
ちょっとハプニングもあったが、ついに俺の自己紹介の時間がやってきてしまった。とはいえ、急なことだからなにも考えちゃいないぞ?
だが、ヤチヨのワガママに答えるのは十数年ぶりとはいえ慣れっこだ!やってやんよ!
「ヤオヨロ〜、とでも言っておこうか?俺は
「はい!自己紹介ありがとう〜!じゃあ、今日はこの前のアンケートで募集した質問に、リンちゃんが答えていくよ〜!」
「なんだと⁉︎そんなこと、聞いてないぞヤチヨ!」
「言ってないからね〜♪さぁ!まず一つ目の質問だよ!何かな何かな〜?」
おいおいおいそれは想定外だぞ?普通に雑談するだけじゃないのかよ!
畜生め!これは後で“お話”だな。
『なにも聞かされてないのか』
『可哀想笑』
『びっくりするリンちゃん可愛い』
『俺リンちゃん推すわ』
コメント欄も大盛り上がりだ。今になってちょっと緊張してきたな。でも、ヤチヨ、楽しそうだ。いつもの配信が楽しくなさそうというわけでもないんだが、心そこにあらずって感じだった。でも、今のヤチヨの心は、ちゃんとここにある。それを感じて、俺は少し、嬉しく思った。しょうがない。今回は“お話し”は見逃してやるか。
「じゃん!1個目の質問はこれ!えーっと?『スリーサイズを教えて』!さあリンちゃん、記念すべき1個目の質問だよ!答えて!」
「…誰が言うかーーーッ‼︎‼︎」
…前言撤回。後で“お話し”だ。
俺こと邪馬台リンの初登場回は大成功(?)を納め、ヤチヨのチャンネルの準レギュラーかつ、新人ライバーとしての活動を始めることになったのだった。