「へへ…三連休がついにやってきました…休める…」
バイトが終わり、私は街灯に灯された大通りをとぼとぼ歩いていた。
「綺麗…」
最近、月をよく見るようになった。どうしてかはわからないけど、なんだかつい見てしまう。実家の時はなんともなかったのに。
「実家…うっ…」
なんだか嫌なことを思い出しそうになったので、すかさずイヤホンを耳に装着して、スマホで音楽を流すことにする。
『remember』
かの有名な仮想空間『ツクヨミ』の管理人にしてトップライバー、私の推しでもある『月見ヤチヨ』のデビュー曲。これを見つけた瞬間に、流さない手はなかった。
『大切なメロディーは流れてるよ あなたのハートに♪』
くぅぅ、癒される。バイト終わりの疲れた身体に心地よいメロディーが染み渡る。きっと私はヤチヨを推すために生まれてきたのだろう。この瞬間だけは、そう思えた。
『あ!流れ星だ!』
『帝様の願いが叶いますように!』
「……」
なんだか気の毒なカップルの声で歌に集中していた私の意識が引き戻される。流れ星という言葉を聞いた瞬間に、私は手を合わせていた。
『神頼みするやつは阿保や』
お母さん語録が頭に浮かんだが、それでも私は願ってしまう。神様、仏様、ヤチヨ様…どうか!
「か、金…フッ」
どうやら私は疲れているみたい。そう自分を冷笑しながら、私は親友の待つアパートへと帰路についた。流れ星の向かった先がちょうど同じ方向だと気付かずに。
「……は?」
アパートに着いた。それはいい。でも、その横の電柱が七色に光っているのは、なんで?七色って…
「ゲーミング……電柱……?」
ゲーミング電柱。全くもって意味不明だ。しかし、そうとしか言えないこの状況に、私は頭を抱えた。おかしいよね。今朝は全然光ってなかったよね?昨日も、一昨日だって…自分の目元に触れてみる。うん、スマコンは装着していない。つまり…
「ふっ、なんだ、幻覚か」
やっぱり疲れているんだ、私。しかし、立ち去ろうとする私を呼び止めるように突然、電柱の継ぎ目から白いスモークが噴き出した。本当に勘弁して欲しい。
正直なところ、電柱が光っていても、踊っていても、歌っていようが別に気にしない。でも、それは私の住むアパートのすぐ隣であるこの電柱であれば話は変わってくる。
「なんで、ここなの?」
なにかな?この三連休をこのゲーミング電柱と過ごせとでも言うのかな?
敢えて言おう。ふざけるなと。部屋の前でこんなに輝かれたら勉強に集中できないでしょうが。
しかしながら、このボロアパートのためなんかに駆けつけてくる大家はいないのだ。つまり、この電柱が目障りなら自分でなんとかしなければならないということだ。……くそう。
覚悟を決めて一歩を踏み出す。帰るんだ。親友が待っている我が家に帰るんだ。そう自分に言い聞かせながら立ち去ろうとする。だから、もうどうでもいいんだ。たとえ柱の真ん中に扉ができても、竹のような取っ手が生えても、それが徐々に開いていっても…
バタン。
つい、反射で閉めてしまった。いや、開くのは勘弁してほしい。本当に。
しかし__
「ぐぉっ、うっ、力づくかい…」
抵抗虚しく押し返されて、扉がばいーんと開かれてしまう。その扉の中には…ベビーベッド?そしてふりふりのクッションにピンクのガラガラ、クルクル回るメリーゴーランドのような玩具。そしてそれらの主である、
「ふぇ……ふぇ……」
「あ、赤ちゃん?」
“いまは昔……では、なくて。”
“今とあんまり変わらない、少しだけ未来の世界。”
“普通…普通?うん、普通の女子高生ありけり。”
“名をば、酒寄彩葉もなむいいける。”
“彩葉って呼ぶべし♪”
“彩葉が家に着くと、なんと、もと七色に光るゲーミング電柱なむ一筋ありける。”
“あやしがりて寄りて見るに、電柱の中光たり。”
“それで彩葉はこう言ったの。”
「ん?????」
ーーーー
「たぁい♪」
「……彩葉、いつのまに子供を…」
「いや産んでないわ!」
バイトから帰ってきた彩葉。
明日から三連休。
彩葉に抱かれている赤ん坊。
そうか、やっと始まったのか。超かぐや姫の物語が。このときを何十年、何百年、いや、何千年待ち望んだだろうか。彩葉とかぐやと、そして俺の新たな物語。ハッピーエンドも、本当のハッピーエンドも、そんなものはいらない。俺が欲しいのは、“最高”のハッピーエンドだ。
「えっと、リンネ、何から説明すればいいのかわからないけど、この赤ちゃんは電柱から出てきて、いや、この電柱がなんかゲーミング色に光って、そこから……」
「オーケー、彩葉、落ち着いて。まずは深呼吸から。すーはー、すーはー。よし、落ち着いたね。じゃあ、順序を整理しよう。彩葉の話を聞く限り、
1、電柱がゲーミング色に光っていた。
2、そのゲーミング電柱から扉が出てきて、赤ちゃんが出てきた。
3、ほっとけずに抱きかかえた瞬間扉が閉じてしまった。
って感じだけど、間違ってない?」
彩葉はあからさまにテンパってしまっている。いつものような優等生っぷりはどこへやら、目をぐるぐるさせながら支離滅裂な説明をしてくる。慌てている姿もかわいいが、少し落ち着かせる。
「…ありがとう、少し落ち着いた。うん、それで間違ってないよ」
「よかった。……でも、この赤ちゃん、どうするつもり?傍から見れば彩葉が攫ったみたいだよ」
「たい♡」
「えっ、それは、……無理無理無理無理無理!」
「ふえええええええええええええええ!」
彩葉の不安を見抜いたかのように、赤ん坊の伝家の宝刀、大泣きが飛び出した。ド深夜に容赦ない泣き声が住宅街に降り注ぐ。ちょっと勘弁してほしい。
「ヤバッ!彩葉、人目についたら面倒だ!ひとまずボクの部屋に行こう!エアコンつけてあるから今の彩葉の部屋よりは涼しいはず!」
「わっわかった!」
俺と彩葉は高速移動で俺の部屋へと入る。人通りが少なくて誰にも見られなかったのは不幸中の幸いともいうべきだろう。
「あーよしよし、よーしよし」
「ほーら、怖くない怖くないよー、べろべろべろ〜」
俺が赤ん坊を抱いて、その隣で彩葉が変顔なりおどけるなりしてなんとか赤ん坊をあやそうとする。だが、
「ふやああああ」
アカン。泣き声止まんない。よし、ここはヤツに力を貸してもらおう。
「彩葉、子守唄、子守唄だ!子守唄さえ歌えば多分なんとかなる!あいにく俺は全く覚えてない。だから彩葉、頼む!」
「えぇ!?子守唄、子守唄…だめだ、記憶にございません…」
「じゃあそれっぽいの!優しい感じの歌とか!」
「優しい感じの……あ」
『大切なメロディーは流れてるよ あなたのハートに♪』
「すぅ…すぅ…」
「や、ヤチヨパワーすげー…」
彩葉はヤチヨの『Remember』を歌い、赤ん坊はさっきまでのギャン泣きが嘘のように穏やかな表情で眠った。ヤッチョ、ありがとう。
『おまかせあれ〜』
イマジナリーヤッチョには帰ってもらって。
「つ、疲れた〜」
へなへなと床に伏す彩葉。赤ん坊との遭遇で吹っ飛んでいたバイトの疲れが、今になって戻ってきたようだ。
「とりあえずお疲れ様。バイトで疲れたでしょ?ごはんは用意してあるから。この子はボクが見とくよ」
「ありがとう。いただきます……でも、これからどうすればいいのかな。やっぱり警察とか?」
「やめといた方がいい。どうせイタズラって思われるだけだ。俺は彩葉がそんな嘘つかない人だってのはわかってるけどさ、彩葉のこと何も知らない人はそうはいかない。ゲーミング電柱から赤ちゃんが出てきちゃったなんてファンタジーなかなか信じてくれないさ。ひとまず、ボクたちでなんとかするしかないだろうね。大丈夫。ボクもいるからさ」
「そっか……」
「とりあえず、今日はもう遅いしもう寝よう。細かいことは明日ゆっくり考えよう」
「うん。本当にごめん。巻き込んじゃって」
「一年前、駅で約束したことを覚えてないとは言わせないよ。お互いがお互いを頼る。それに、真隣で育児に疲れてぶっ倒れてほしくないしね」
「……ありがとう」
エアコンがガンガン効いている俺の部屋で三人で夜を明かし、翌日。彩葉と話し合ったところ、とりあえず俺たちで面倒を見ることになった。そして面倒を見るということはそれ相応の準備も必要なわけでして……
「無理無理無理無理!オムツ高!」
「粉ミルクってけっこうするんだな……」
やってきたのは子育ての味方と謳われる西竹屋。赤ちゃん用品の全てがここで揃えることができるらしいので、彩葉と開店凸をかました。
だが、少し問題があって……
ベビー服、2200円
オムツ、1499円
粉ミルク、1540円
その他諸々で……
「合計で一万三千二百四十三円です」
「ふじゅ〜Payで」
“ふじゅ〜♪”
可愛らしい電子音が、店内に響く。そう、全部揃えるとなると結構なお値段がするのだ。あぁ、俺のふじゅ〜の残高が……まあ、余裕だけど。
「リンネごめん、お金出してもらっちゃって。あとで返すから……なんで私たちはこんなことを……」
彩葉が赤ん坊を、俺が荷物を担いで帰路についた。
ーーーー
この三日間、俺たちは赤ん坊に振り回された。
「うえっ」
「やばいぐずった!おーよしよし。頼むから泣かないで〜。彩葉、子守唄お願い!」
ーー
「あう〜」
「はいはいミルクね。かしこまりましたお姫様。リンネ、お湯沸かして」
ーー
「ふええええ」
「え、急に泣きだした!何?どうしたの⁉︎」
「あ、これオムツかも。替え持ってくるね」
ーー
「えーう」
「どうしたの?あー、だっこね。おーよしよし」
「きゃっきゃ」
「リンネ、なんか慣れてない?」
「小さい頃から親戚の子の面倒見てたからねー」←嘘。前世の子育て経験
ーー
「ふひひひ」
「しっかしよく笑うねー」
「ほんと。よく泣くし、感情豊かって感じ」
ーー
そんな感じで気付けば三日目の晩。
赤ん坊が彩葉のリモコンで遊んでいた。連動しているタブレットでニュースや映画、ドラマを流しては変え、流しては変えと、なかなかにうるさいことをしていた。彩葉は寝苦しそうにしているし、楽しそうにしているところ悪いけど、やめさせるか。
「はいはい、もうおやすみのお時間ですよお姫様ー」
俺は赤ん坊を抱きかかえて眠る。俺は忘れていた。とても大事なことを。どうして忘れてしまっていたのかは、俺にもわからない。育児の疲れかもしれないし、殺人級の睡魔に当てられていたからかもしれないし、シンプルに忘れていただけなのかもしれない。
「ねえねえお腹すいたー」
体をゆすられて目が覚める。どうやらお姫様はお腹が寂しくなってしまったようだ。
「ミルクー」
「少々お待ちくださいませー今お湯を沸かしますからねー」
俺は寝ぼけた頭を働かせながらお湯を沸かす。数分の間を置いて、沸かしたお湯を哺乳瓶に入れて、粉ミルクを入れる。少し振った後にまたお湯を追加して、人肌くらいまで冷ます。おかしいな。いつもはミルクを飲むまで泣きじゃくるのに、今回は全然泣き声が聞こえない。まあ、近所迷惑にならないからちょっとありがたい。うーん、このくらいでいいか。
「お待たせ致しましたお姫様、どうぞお召し上がりくださーい」
膝の上に彼女を乗せて哺乳瓶の乳首を差し出すと、ちうちうとこの三日間と同じようにミルクを飲み始めた。もう慣れたものよ。
「んっんっ……ぷはっ。飲み終わったよー」
「はーいじゃあゲップしましょうねー」
トントンと彼女の背中を優しく叩く。いつもすぐにゲップをするので、そこはまあ、ありがたい。
「ねーこれいつまでやるのー?」
「あなたがゲップするまでですよーはーいトントン……あれ、全然ゲップ出ない……ん?」
「どしたのー?」
「……えぇっ⁉︎」
「うぉっビビったぁー……」
びびったのはこっちだ。んでびびって思い出したよ。3日目の晩。即ち今日の夜に赤ん坊がえげつない急成長をしやがることを。通りで全然ゲップをしないわけだよ!てか赤ん坊が喋るわけないだろ!
「ちょっとリンネ、夜中に大声出さないでよー。なんかあったの……ってえぇ⁉︎」
俺が大きな声を出してしまったせいで彩葉が起きてしまった。そして……
「お引き取りください!」
間髪入れずに彩葉がそう目の前の少女に告げた。西竹屋で買った育児用品を差し出しながら。恐ろしく早い梱包。俺でなきゃ見逃しちゃうね。
「てか怖っ!なんですぐデカくなんの?怖っ」
「んー……まあ、最近は何もかものスピードが速いんですわ」
「それ、答えになってなくない?」
「とにかく、得体の知れないものはお断り!」
そう言って彩葉が無理矢理少女を追い出そうと腕を引っ張るも、少女も負けじと抵抗する。あー、お互いそんなに力込めたらすっぽ抜けた時に……あっ
見事にすっぽ抜けて、少女がゴロゴロと後ろに転がって…
『ゴン!』と鈍い音を立てて部屋の壁に思いっきりぶつかった。
「「大丈夫⁉︎」」
俺も彩葉も思わず心配してしまう。めっちゃ痛そう……
「頭いたーい!助けてー!」
そう言って叫ぶ少女。痛そうだなーと俺は呑気に眺めているが、どうやら彩葉はそうではないようで。
「私、子供助けてる暇なんてないよ……」
彩葉が困ったように呟き、へなへなとその場に崩れ落ちる。無理もないだろう。なにせ電柱から赤ん坊が出てきて、世話をしていたら急に10歳前後の少女へと成長を遂げてしまうとかいう、アニメみたいな事象に相対しているのだから。
「彩葉……」
暗い雰囲気が彩葉を包み込みかけたその時、
『ぐうぅぅぅぅぅぅ』
そして、
『ぐうぅぅぅぅぅぅ』
「あ……」
彩葉のお腹からも同じ音が響いて。
『ぐうぅぅぅぅぅぅ』
『……はは』
俺のお腹も、仲間外れは嫌だと言わんばかりに音を鳴らした。そしてそれを聞いた少女は、
「助けてー?」
と、ぶりっ子のように言う。
「……そんなまで見られちゃったら、ねぇ、彩葉?」
「……はぁ」
なんだか庇護欲を掻き立ててくる視線でこちらを見つめる少女に、俺たちは見事に陥落した。