『ひゃあああぁぁっ!?』
「え、何!?」
ガシャガシャとけたたましい音とそれなりに大きな叫び声がキッチンから響いたのを聞いたのは、裏命がマスターから教わったキーボードの練習から一息ついてドリンクボトルに口を付けようとした丁度そのタイミングだった。思わず零しそうになるのをなんとか堪えた裏命は部屋から飛び出して、キッチンへと急ぐ。
「か、可不ちゃンどうしたノ!?大丈夫!?」
「ひえぇ…。り、裏命ちゃぁン…」
バタバタと向かったキッチンの扉を勢いよく開いて慌てたように声を掛ければ、叫び声の主である可不はキッチンの床にアヒル座りをした姿勢で溶けたホワイトチョコまみれになりながら涙目になっていた。
「お、お菓子作ろウとしてチョコレート溶かしてたラ、転んで頭から被っちゃいましたァ…」
「アララ…、また派手にやっちゃったネェ…」
ぐずりながら言う可不に苦笑しながらも、熱中していたキーボードの練習で気が昂っていた裏命に今の光景は少々目に毒だった。何故か些か露出過多気味のミニスカートのメイド服に身を包み、よりにもよってホワイトチョコにまみれている可不の姿は裏命の劣情を煽る。思春期の男子かと自分を叱責しながら、裏命は冷静に言葉を選んだ。
「と、とりあえず片付けヨ?固まったら片付けるの大変だシ」
「うぅ…。そうですネ…」
「うんうん。…そういやホワイトチョコなんて珍しいネ。誰に渡すつもりだったノ?」
「え、裏命ちゃンですヨ?」
こてんと首を傾げながら可不が言ったその一言に裏命の思考はピシリと凍る。
「わ、私、ニ?」
「はい。狐子ちゃンが裏命ちゃんはホワイトチョコ好きだからあげたらきっと喜ぶって教えてくれたンです。メイド服も恥ずかしかったんですケド、裏命ちゃンが好きだからって貸してくれテ…」
だからあげたかったんですけど。そう残念そうに続けられた可不の言葉が一つづつ脳に届くのにつれて、裏命の理性が悲鳴をあげる。狐子に対する罵倒も次々と出てくるが、それ以上に頭の中を支配するのは沸沸と湧き上がる可不に対する情欲で、『もう据え膳デショ?』『食べちゃってモよくなイ?』と裏命の内側の悪魔達が口々に笑う。そんな彼女らに一人残った天使が『駄目!可不ちゃンにそんな考え無いんダカラ!』と必死に抗っていた。裏命も必死に天使に従って悪魔達の教えに耳を貸さないように努めてはいるものの、それも時間の問題のようだった。
「…り、裏命ちゃン?どうしたんですカ?」
そんな内面の戦いに俯いていた裏命の顔を可不は心配そうに覗き込む。そんな可不の薄いメイド服から覗くホワイトチョコにも負けないくらいに綺麗な首筋と胸元に、遂に理性の糸がプツリと切れた。裏命の天使が欲望の悪魔達に破れた瞬間であった。
「…可不ちゃン」
「は、はい、裏命ちゃ…、キャアッ!?」
先程より幾らか低い声に少し怯えた可不は、その声の主である裏命に急に押し倒されたことに思わず悲鳴を上げた。そのまま視線を上げれば、頬から額まで真っ赤に染めた裏命の険しそうな顔があって、可不は思わず怯んでしまう。
「り、裏命ちゃン…?やっぱり怒っちゃいましたカ…?」
「ンー?怒ってないヨ?狐子ちゃンには分からないケド、可不ちゃンにはむしろ感謝してル」
「で、でも…こんな風ニ倒しちゃってますシ…」
「ウン。だから、チョコレートの代わりに可不ちゃンを食べちゃおうかなっテ」
「た、食べ…?…ぇ、エェッ!?」
それまで不安そうにしていた顔を真っ赤にして可不は狼狽える。その様子に裏命はにんまりと口角を上げた。
「あ、分かるンだ?そういや可不ちゃン結構少女漫画好きだもんネ?そういうのも知ってるカァ。…えっち」
「や、わ、私はえっちじゃ…!そ、それニそういうのはしっかりお付き合いしてから…!」
「ウン、だからこれは私達だけノ秘密ってことデ。少しだけイケないことしちゃお?ン…、ちゅ」
「ヒャアッ!?り、裏命ちゃ、ンうぅっ!?」
少しだけ悪い妖艶な笑みを浮かべて、裏命は可不の鎖骨の下にひとつ口付けを落とした。その感触に跳ねる敏感な身体に笑みを深めて、顔を下げていく。
狐子達三人は収録終わりにショッピングに行くと言っていたから帰りは少し遅いはず。じゃあ少し悪いこと、してもいいでしょう?狐子ちゃんには後でお礼とお小言を言わないと。裏命は思考の隅でそう考えながら、恥ずかしそうに声を我慢する可不の緩やかなメイド服の胸元にそっと手をかけた。