別名:同位体ヤンデレジェットコースター。
でも、手錠=情のタイトルは我ながら上手くいったと思ってます。
「裏命チャン、ちょっと手を出してもらってモいいですカ?」
「ん、どうしテ?」
「いいかラいいかラ!何も変なことしませんカラ!」
「えー、怪しいンだけど…。何もしないでヨー?」
思えばこの時に断るなりしておけばよかったのかもしれない。今となってはどうしようもない話ではあるのだが。
「ありがとうございます!それじゃ、失礼しますネ!」
「何するノ、可不チャン?」
そう尋ねた私ににこにこと何時もと変わらない笑みを浮かべる可不ちゃんはなにか答えるより先にカチャンと、手錠を掛けてきた。頭が真っ白になる。当然だろう、良い子代表みたいな可不ちゃんに手錠を掛けられて驚かない人間などいるはずがない。まぁ私はソフトウェアだけど。
「…エ?あ、あの…、可不チャン。これ、なに?マジックでもするノ?」
「ん?違いますヨ?私、裏命チャンのこと大好きなんですヨ?だから、手錠しましタ!」
「な、なんデ…?大好きだから、手錠掛けるノ?私のこと、嫌いになっちゃっタ?」
「そんな訳ないじゃないですカ!逆ですヨ!裏命チャンが好きすぎたから、手錠したんですヨ!我慢してましたけど、もう限界です!私だけの裏命チャンにするんです!独り占めしたくなっちゃいましタ!」
「な、何そレ…」
当たり前のことのように言ってくる可不ちゃんに恐怖を覚える。そりゃあまだまだ幼さはあるけどいつも歌に真っ直ぐで純粋だと思っていた可不ちゃんにこんな一面があったなんて思わなかった。もしかしたら純粋故の狂気、なんて厨二病チックな感情かもしれないけど。
「じゃ、裏命チャンはソファで待っててくださイ!今からお菓子買ってくるので、そしたらお部屋に連れていきますカラ!これからは私のお部屋でずっと一緒に過ごしましょウ!」
行ってきます、と財布片手にウキウキ顔で飛び出ていった可不ちゃんが居なくなり静かになった室内で一先ずは安堵の溜息。可不ちゃんがまだまだ幼く段取りが下手で良かったこととこれほどまでに思うこともないだろう。
さて、どうしたものか。逃げるにもこの手は流石に不便だし、今後にも影響が出る。誰か来てくれないかな、なんてことを考えていたらガチャリと扉が開いた。
「ただいまァ、…って何してるのさ裏命チャン。可不チャンにマジックの実験台にでもされタ?」
「あ、狐子チャン!そ、そう!可不チャンが鍵どこかにやったみたいで困ってるノ!たしか、鍵開けとか出来たよネ?これ、外してくれなイ?」
部屋に入ってきたのは狐子ちゃんで、私は少しの不安を覚えながらも頼んでみる。何を考えてるか掴めないようで、その実勘の鋭い狐子ちゃんのことだ。もしかしたら可不ちゃんのことがバレて仲違いしてしまうかもしれない。それだけは嫌だから、嘘をついて一先ず手錠を外すのを優先させようとする。
「…嘘、だよネ?可不チャンが、抜け駆けしたんデショ?」
「…っ!い、いや、違うっテ!本当にマジックの練習してただけ…って、抜け駆け…?」
しかし、狐子ちゃんにそんな嘘は通用しなかった。じとりとした視線を向けて、可不ちゃんの犯行を推理小説に出てくる探偵みたいに鮮やかに言い当てる。それに慌てて誤魔化そうとするけど、今狐子ちゃんが聞き捨てならないことを言った気がする。抜け駆け?
「うん、抜け駆け。可不チャンと決めてたノ、皆に迷惑かかるから独り占め禁止っテ。…でも、可不チャンが抜け駆けしたんだから、私も好きにしていいよネ?」
「こ、狐子チャン…?なに…?なんか、怖いヨ…?」
「勝手したのは許せないケド、手錠したまま出てってくれたのは良かったネ。お陰で好き放題出来そウ」
そうカミングアウトした狐子ちゃんはいつものトートバッグから何かを取り出した。リードがついた、首輪だった。
「ヒ…っ!?」
「裏命チャン、偶に私のこと可愛い狐チャンって揶揄ってたけどサ?可愛いって思ってるのは私だってそうだシ、ずっと前から飼いたいって思ってたんだヨ?」
「や、ご、ごめんなさイ…!」
「謝らなくていいっテ。今日から私が裏命チャンの飼い主になってあげるからサ…」
いつもと同じ、なのにずっと怖い笑顔を浮かべて迫ってくる狐子ちゃんに、あまりの怖さで思わず腰が抜けてしまった私はただ涙で濡れ始めた瞼を強く瞑って怯えることしか出来なかった。そして、電灯の光が遮られていよいよかと思ったところで、
「ンぎっ!?」
ガツン、みたいな音が響いたかと思ったら狐子ちゃんの呻き声が聞こえてまた光が降ってきた。かと思えば、ドサリと身体が崩れ落ちる音と衝撃が響いて、恐る恐る目を開けば救急箱を両手で持った星界ちゃんが怖い表情を俯せに床に倒れた狐子ちゃんに向けていた。頭から血とかは出てないけど、多分相当痛いだろう。狐子ちゃんが動く気配は今のところ無い。
「…全く。何やってるのサ、裏命チャンも狐子チャンも」
「せ、星界チャン…!た、助けテ…!」
「…まぁ、何となく状況は分かるからいいヨ。多分、可不チャンと狐子チャンのアレでしょ?裏命チャンは知らなかったみたいだけド。いいヨ、助けてあげる。私の部屋に来テ」
相変わらずぶっきらぼうだけど、星界ちゃんは周りのことをよく見てる。そして、いつも冷静だからこういう時頼りになる。流石に手錠は外せないみたいだけど、部屋に案内してくれるだけで十分だ。まだ少し恐怖で震える脚を進ませて星界ちゃんの部屋に入る。
「裏命チャンはとりあえずこの部屋で待ってテ。私は誰かしらに連絡してみるカラ」
「う、うん…。ありがとウ…」
「いいヨ、安心して」
そう言った星界ちゃんはスマホを片手に部屋から出た。扉越しに聞こえる誰かと星界ちゃんとのやり取りを聞きながら、私は部屋の中を眺める。相変わらず凄い本の数だ。本も本棚も沢山買っていたのは知っていたけどここまでとは思わなかったというのが正直な感想。扉とかクローゼットの邪魔にならない壁際を埋め尽くすように本棚が並べられていて、その本棚には難しそうなものから漫画まで様々な本がぎゅうぎゅう詰めになってる。よくこれだけ本が読めるな、と関心してしまう。
「…ン?ファイルばっかりナノ、この段…?」
その中に一つ、異なる印象を受ける箇所を見つけた。他の本棚は種類は様々だが如何にも本って感じのが並んでいるのに、その段はクリアファイルだけが並んでいて、しかもよく使われているのか他よりも埃とかが少ない。星界ちゃんに助けられたこともあって安心していた私は、好奇心に当てられてそのクリアファイルをひとつ取って開いてみた。
「…っ!?な、なんデ…!?私の写真ばっかリ…!」
そして戦慄する。そのファイルに纏められていたのは私の写真ばかりだった。それも、殆どが視線をカメラに向けていない隠し撮りみたいな写真で、中にはお風呂上がりに髪を乾かしている写真とか盗撮みたいなものまで並べられていた。怖くなって、他のファイルもひとつふたつと続けて中身を確認してみたけど、悪い予感に応えるように私の写真ばかりがずらずらと並んでいた。そんな予感、裏切ってほしかったのに。途端に今いる星界ちゃんの部屋がとても怖い場所に思えてきて脚が震える。それをしっかりしろ、と奮い立たせた時だった。
「なに見てるのカナ、裏命チャン?」
「…っ!?キャアっ!?」
すぐ後ろから声が聞こえて、後ろから羽交い締めにされる。私より背が低くその上本の虫な筈の星界ちゃんが軽々と私を持ち上げて、そのまま私をベッドに放り投げた。力も碌に入れられない私はされるがまま易々と投げ捨てられて星界ちゃんのベッドに倒れ込む。パシャリ、と場違いで軽快な音が響いた。
「ウン、ベッドになすがままに倒れ込む裏命チャンも可愛いネ。星界チャン、ありがとウ」
「なんてことないヨ。それより、ちゃんと撮って写真も頂戴ネ、羽累チャン」
「勿論!」
信じられなくて、信じたくなくて、声のした方に顔を向ければ、そんな私の期待を裏切るようにギラギラと怖い視線を向ける星界ちゃんといつもの笑顔でカメラを構える羽累ちゃんがいた。
「な、なんデ…!?星界チャンは、助けてくれた筈じゃ…!?そ、それニ…、羽累チャンも…!」
「…期待を裏切って悪いけどサ。私モ、裏命チャンのこと、大好きなんだヨ?ちょっと異常なくらいにネ?可不チャンと狐子チャンといがみ合うのも面倒だからバレないようにしてただけでサ。でモ、可不チャンも狐子チャンもやらかしたなら、もう私達元に戻れないデショ?なら、もう遠慮しないヨ。私も私のやりたいように裏命チャンを愛してあげル」
「そ、そんナ…!は、羽累チャン!羽累チャンは、なんデ…!」
「エ?私も裏命チャン大好きだヨ?まぁ、他の皆も好きだけど裏命チャンはその中でも特別。一目惚れしちゃってサ、ずっと前から裏命チャンのこと隠し撮りしてたんだからネ?星界チャンにバレた時は終わったって思ったケド、星界チャンから同盟持ち掛けてくれてネ?今では私は可愛い裏命チャンを共有できるシ、星界チャンは写真貰えるしのwin-win関係ダヨ」
「…なに、そレ…」
思わず絶句する私を尻目に、星界ちゃんは多分狐子ちゃんが用意してた首輪を何処からか取り出していた。視線を交わした羽累ちゃんも分かったように頷いてカメラを構える。
「まぁ、前準備はあの二人が用意してくれたみたいだシ、私は精々利用させてもらうヨ。…ふふ、首輪付けた裏命チャン、可愛いだろうナァ」
「写真は任せてネ?ワンちゃんみたいに可愛い裏命チャン、カメラに収めてあげル。あ、犬耳カチューシャとか良くなイ?」
「あ、いいネ。後で買ってこようカ?まぁ、その前に裏命チャンに私達の所有物だって証を刻まないとネ?」
「い、いヤ…!」
怖くて堪らなくて私は身を捩るけど、星界ちゃんに馬乗りになられていては逃げられる筈もない。狐子ちゃんに迫られた時と同じように、目の前の現実から逃れようと目を閉じた時だった。
「「チョット待っタぁ!」」
部屋の入口から殆ど扉をぶち破る勢いで可不ちゃんと狐子ちゃんが飛び込んでくる。どちらもあからさまに怒った表情を浮かべていた。
「星界チャン!羽累チャン!私と狐子ちゃんで同盟組んでたのニ、急に出てきて勝手に裏命チャン奪わないでくださイ!」
「…何言ってるのカナ、可不チャン。同盟云々はそっちが勝手に組んでただけデショ?そもそも可不チャンはその協定破ったんンだから、何も言えないんじゃないノ?」
「まぁ、可不チャンについては私も思うところはあるけどサ?それより星界チャンだよネ?私を殴り倒して横から掻っ攫うのはルール違反じゃないカナ?そもそも私が死んじゃったらどうするつもりだったノ?」
「その時はその時だヨ。そもそも裏命チャンを襲おうとした狐子チャンが偉そうに言えた立場じゃないよネ?」
「襲おうとしたのはそっちもデショ?それに盗撮犯と共謀してたんだから、そっちのが悪質じゃないカナ?ねぇ、羽累チャン?」
「そうです!犯罪歴なら、そっちの方がずっと長いですヨ!それニ、やり方が陰湿な気がします!」
「い、陰湿は酷くないカナ!?じゃあいいヨ!バレたものは仕方ないカラ、私の秘蔵の写真をあげるカラ、それでチャラでいいデショ!?」
「羽累チャン?私との関係、切るつもりカナ?初犯は間違いなく羽累チャンが早いんだカラ、ここで私が告発すれば真っ先に捕まるんだからネ?」
「でモ、星界チャンも同罪だよネ!?私ばっかりに責任押し付けないでヨ!私がいなかったラ、我慢できなかった癖ニ!」
どんどんと声が大きく響き、口論はヒートアップしていく。四人の目付きも口調も強く怖いものになっていく。もう、我慢の限界だった。
「…いい加減ニ…、いい加減にしてヨ!!」
恐怖も不安も我慢して、或いはそれに後押されて叫ぶ。他の誰よりも大きな声に、部屋は水を打ったように静かになった。
「もう喧嘩なんかしないでヨ!やだよ、皆が怖い顔で言い争うの見るノ!しかも、しかも私のせいデ…!そんなノ、そんなのやだヨ…!みんな…、みんな、仲良くしてヨ…っ!」
瞼が熱い。涙が止まらない。鼻水が鳴る。我ながら情けなくて仕方ないけど、それよりも皆が激しく言い争うのが嫌だった。
「…ごめン、裏命チャン」
「うン…。好き勝手やりすぎタ…。皆も、ごめン」
「いや、私のせいですヨ…。私が、最初に裏命チャンに手錠なんか掛けちゃったカラ…」
「それ言い出したラ、私なんかずっと前から盗撮してたシ…」
途端にしおらしくなる皆に少し気持ちが落ち着くけど、涙は止まってくれない。まだ不安感は収まってくれなかった。
「ぐず…っ。私、皆が仲良くしてくれるならサ…、出来ることはするカラ…。だから、仲良くしテ…。お願イ…」
そして、私は結局甘いんだと思う。少なくとも、こんなこと言っちゃうくらいには。
「…本当、ですカ?」
「じゃあ、私から…ううン、私達からのお願い、聞いてくれル?」
「言い出しっぺは、裏命チャンだからネ…?」
「これだけ聞いてくれればいいから、ネ?」
***
「裏命チャン、今日のご飯美味しかっタ?」
「うン、美味しかっタ。星界チャン、料理上手くなったネ」
「そ、そう…?エヘヘ…」
「前はカップ麺も作れなかったもんネ?よくこんなに出来るようになったネェ」
「むぅ…。狐子チャンうるさイ。多分今なら狐子チャンより美味しくできるモン」
「でモ、お掃除と洗濯はまだまだ私には勝てないじゃんサ?頑張ってネ?」
「グヌヌ…」
「ホラ、喧嘩しないでくださイ!あと、狐子チャンは今日私と一緒にお風呂当番なんですカラ早く準備してくださイ!」
「えー?まだご飯食べたばっかりジャン。もうちょっとゆっくりしようヨー、可不チャン」
「駄目ですヨ、追い炊きしないとになっちゃいます!それニ、今日は裏命チャンと一緒にお風呂に入れるんですもン!出来るだけ長く入りたいです!ほら、早く入りましょウ?」
「仕方ないナァ。ま、私も裏命チャンの身体は堪能したいしネ。ちょっと着替え取ってくるヨ」
「なんか言い方がやらしいナァ…。あ、裏命チャン、ピースしテ?星界チャンと可不チャンも裏命チャンに寄っテ?」
「うン。こうでいいよネ?」
「ハーイ!」
「ちょっと待っテ…。はイ、いいヨ」
「いいヨ、皆。じゃ、こっち見テ?…はイ、チーズ!」
羽累ちゃんの掛け声に合わせてピースをする。椅子に座った私を真ん中に、左後ろに着替えを抱えた可不ちゃん、右前に食器を片付ける途中だった星界ちゃん。あれ以来、皆と私は以前にも増して仲良く過ごしている。
「どウ?よく撮れてル?」
「うン、バッチリ。今日も可愛く写ってル」
「それじゃ、次は羽累チャンと狐子チャンですネ!私が撮ってあげますヨ!」
「エー…。私、あんまり写真映り良くないんだけどナァ…」
「羽累チャン、諦めナ?可不チャンはこういう時なかなか折れないんだかラ」
「あはは、そうだネ…。…つっ」
「ン、裏命チャン、どうしたノ?手錠痛ム?」
「う、うン…。少し擦ったかモ」
「あ、だったラお風呂入った後にお薬塗ってあげますネ!何処にありましたっケ?」
「テレビ台の下だと思うヨ?でモ、可不チャンはお薬出し過ぎるカラ、私が塗るヨ。ああいうのは塗り過ぎても良くないからネ」
「エェッ!?羽累チャンずるいですヨ!」
「ハハハ!まぁ可不チャンには早すぎるってことデ!」
「狐子チャンまでェ!」
「アハハ…」
あの日掛けられた手錠は私の手に掛かったまま。着替えとトイレの時くらいしか、私の手は自由にならない。ご飯も一人じゃ食べられない。家事も仕事も出来てない。外の景色も暫く見ていない。皆は何とかしようと色々考えてくれているようだけど、そもそもこの手錠がある限りどうしようもないだろう。でも、皆はこの手錠が無いと安心できない、らしい。
「…大丈夫、裏命チャン?」
「ア…。うン、大丈夫だヨ…」
でも、この手錠で皆が仲良く繋がれるから。だから、私はきっと幸せなんだろう。この幸せがどんなに歪んでいたとしても。