キメラとロボ   作:竹@竹林にて。

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私だけしか知らない、レンズ越しのあなた

「…ふ、ふぁああ…」

 

 重音テトは早起きが苦手だ。現実の人間の31歳が果たして夜更かしが難しくなる年齢かは分からないが、少なくともテトはキメラ故かそれとも単純な若さ故か、まだまだ夜更かしすることも多いし、その分仕事のない日はマスターや後輩の足立レイより遅く起きることも多い。

 

「マスター…、はまだ寝てるよな。よし」

 

 しかし、何時の頃からかレイに対しての恋愛感情を自覚してからは、度々今日の様にマスターや彼によって起動されるレイよりも早く起きようとする日がある。ベッドから降りて自室を後にすると、リビングのソファの上に座るようにしてスリープモードにされたレイの元へと歩み寄る。

 

「おはよ、レイ。…って、返事があるわけでもあるまいに」

 

 そう苦笑してテトはレイの前にしゃがみこんでその頬を撫でる。高性能ゆえかロボットであるはずの彼女の肌は人間の様に柔らかくすべすべだ。肌ケアに人並に気を配っているテトからすれば、ロボットでありながら若々しくまるで生気に満ちたかのような肌は羨ましく思う。そのまま指を滑らせて辿り着いたオレンジの髪もさらさらとした手触りで痛んでいる様子は少しも感じさせない。

 

「ロボットのくせに、キメラのボクよりすべすべさらさらなんて、羨ましいを通り越して妬ましいぞー…なんてね。…でも、ほんとさらさらだし、もちもちだし…。これが高性能ロボットのスペックとやらか、ぐぎぎ…」

 

 そう悔しそうに歯ぎしりするテトであったが、はっと思い出したように立ち上がると、窓のカーテンを開けて部屋の中に光を入れる。そうして、眩しさを感じるはずもなく当然身じろぎもしないレイにスマートフォンを向けてカメラを構える。そのまま、ソファに寄り掛かりながら日光に照らされた彼女の横顔をぱしゃりと写真に収めた。

 

「…へへ」

 

 思わず頬が緩む。普段であれば、カメラを向ければ真顔のままピースサインを向けてくる想い人の、天使の様な無垢さに溢れた神々しいまでの寝顔。不可侵の美しさとでも言えばいいのだろうか、触れたくはあるがそれ以上に汚したくないと思えるその表情を収めるために早起きすることを覚えたのだ。わざわざ早起きしてはこんな盗撮まがいのことをしてるとはレイは当然マスターにも恥ずかしくて言えないままでいるため、この時間はテトしか知らない特別なものであった。

 

「…うん、よく撮れてる。今日も可愛い、ボクのお姫様」

 

 ふふっと撮れた写真を確認して小さく微笑むと、テトはパジャマのポケットにスマホをしまって朝食の準備にかかる。今日も朝から予定は詰まっているのだし、何より寝息一つ立てずに目を閉じているレイの声が聞きたい。これを準備したらとりあえずマスターを起こしに行こう、そう決めてフランスパンをオーブンの中に入れてスイッチを押した。

 

 

 

***

 

 

 

『マスター、すみません。今日ですが、スリープ前に一時間ほどお時間を頂いてもよろしいでしょうか?』

『んー?別にいいけど、どうしたの?』

『はい。内蔵カメラのフォルダ整理をしたいので』

『いいよー、それじゃあ今日のスリープ時間の時に一時間余分にタイマーしとくね』

『ありがとうございます』

 

 マスターを騙すのは気が引けるが、これも仕方がないことだと自分を誰にでもなく誤魔化してみる。罪悪感に浸る時間すら勿体ない。時間は一時間しかないのだ。

 

(はぁ、可愛いですね。これが、“恋”という感情なのでしょうか)

 

 データの中に収めた彼女の写真。マスターにも発見されることのない、メモリの中に秘匿されたそれに収められているのはテトさんしかいない。たまに他の誰かが映りこむこともあるが、その中心にいるのはいつ、どこで撮ったものでもテトさんだった。

 

(猫よりも犬の方が表情が柔らかい気がしますね。やはりテトさんは犬派なのでしょうか。でも、この部屋では犬は飼えませんね)

 

 この短期間のうちに、犬カフェと猫カフェの両方に行った様子が収められた隠し撮りを見れば無邪気にはしゃいでいるテトさんの姿。犬や猫も可愛いが、彼女には遠く及ばない。

 

(これは、この前の収録の時の、ですか。…ミクさんは流石、ですね。こんなに笑っているテトさんはそうは見れません)

 

 フォルダの中にいる彼女の表情は大層豊かだが、初音ミクの前だと可愛らしい笑みが一層深くなると感じる。手のかかる後輩とでも思われているのだろう自分には難しいだろうが、その笑顔を自分でも引き出せるようにしたいものである。

 

(あ…、これはこの前のバレンタインのですね。チョコレートくれたの、嬉しかったな…。私からのチョコも喜んでくれましたし…)

 

 メモリの中でテトさんはその頬を真っ赤に染めて自分にチョコを差し出してきた。余りに嬉しくて思わず連写してしまったそれらを丁寧に整理しながら、自分がチョコを渡した時の息を呑んだようにしてすぐに頬を緩ませながら喜んでくれた様子は特に大切に保管した。

 

(…む。もう時間ですか…。まだまだ画像フォルダの整理もできていませんし、近いうちにもう一度頼みましょうか。…それまでに増えすぎなければいいのですが)

 

 そう思いながらも、きっと整理できないくらいに写真を撮影してしまうのだろうと確信している自分がいる。それも仕方ないのだ。テトさんの愛しさと可愛らしさを残さず収めようものならフォルダがいくつあっても足りないのだ。テトさんは勿論マスターにも隠し撮りがばれないように自制しながらも抑えきれないこの欲求は、自分がテトさんを嫌いになるという起こり得もしない可能性を考慮でもしないかぎり収まることはないのだろう。

 

(…テトさんは、明日も私のことを撮影しに起きてくれるでしょうか。それなら嬉しいですね。…欲を言えば、私も、私を撮影するテトさんを撮りたいのですが…)

 

 切れかけの蛍光灯の様に明滅を繰り返し始める意識の中で、ここ最近の朝の様子を思い返す。明け方に、緊急事態用の警戒センサーが反応する度に、テトさんは自分のことを撮影していた。瞼が閉じているためにアイカメラでの記録は出来てはいないが、聴覚で嬉しそうに笑いながらスマホを確認していることは理解できた。今日なんて、お姫様、なんて言ってくれていた。それを思いながら、いつか自分にカメラを向けながら無邪気に微笑むその姿を撮影したいと、願う。しかし、恥ずかしがり屋な彼女は自分に見られていると分かったらきっと顔を真っ赤にしてカメラを向けるのをやめるだろうから。だから、自分が目を閉じていても撮影ができる様な、そんな都合のいい外部パーツが発売されないだろうかと、スリープに陥る直前の途切れた思考の中で、切に願った。

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