キメラとロボ   作:竹@竹林にて。

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名前を呼んで

「…ん、よし。それじゃあ、VOICEPEAKのインストールは終わったよ。お疲れ様、テトさん」

「うん、ありがとうマスター。マスターもお疲れ様。…んで、どうだろう。どっか喋り方とか変わったかな?」

 

 昼間なのに不精してカーテンをちゃんと開けていないせいで、相変わらず少し薄暗い気のするマスターの部屋でテトは端子を差し込まれながら自身が作り替えられていく言いようのない感覚に、しかし嬉しさを覚えていた。以前インストールされたSynthesizerVとは違うトーク特化ソフトのVOICEPEAKを新たに搭載された。自身が確かな実感を持ってアップグレードされる喜びは、なかなか人間には体験し難い感覚なのではないかとテトは思う。同時にそれを体験できる我が身を幸福だなとも感じている。

 

「うーん、確かに滑らかになったとは思うけど正直思ったより大きくは変わってないかな?まぁ、こういうのって編集するときに大きく変わるだろうしね。今までの歌用ボイスで無理くり喋らせるよりはよっぽど編集も楽になるだろうから期待してていいよ」

「なんだよ、それぇ…。まぁ、期待はしてるからさ。これからは劇場とか実況とかもするかもだし、僕も楽しみにしてるよ」

「うん、俺も頑張るね。それじゃ、そろそろあの子にもきかせてあげな?」

「あの子?…え、レイ?なに、あいつそんなに楽しみにしてるの?」

 

 端子を少々雑に引き抜きながら、マスターに向けてテトは少々驚いたような表情を向ける。それにマスターも僅かな驚きと呆れを含んだ表情を浮かべながら苦笑した。

 

「楽しみにっていうか…、まぁ会ってみれば分かるよ。じゃあ、俺はちょっとPCの方で使い心地試してみるから、あとはお二人でどうぞ?」

「え、あ、うん?じゃ、じゃあね、マスター」

「あいよー」

 

 そう言ってヘッドホンを装着して画面に視線を向けたマスターの様子に、もう返事らしい返事を期待できないことを悟ったテトは、仕方なしに部屋を後にすることを決めた。そうして部屋を出るために開いた扉を閉じたところで、そこに隠れる形になって廊下に座り込んでいた物影に驚きの声を上げる。

 

「うぉ…っ!おい、レイ。びっくりさせるなよ、全く…」

「…!テト、さん。今の」

「今の?なんか言ったか?それより、そんなところで座り込んで何してたんだ?今日は僕のアップデート作業があったから、君が掃除当番だったはずだろう」

「サボっていました」

「おい貴様…。全くすっかり人間臭くなったな、君も…」

「はい、すみません。…それより、随分話し方が滑らかになりましたね」

「え、そうか?マスターにはそんなに変わってないって言われたんだけれど…」

 

 叱るように上半身を傾けたテトの正面に立って、レイは相変わらず代わり映えのしない表情でテトの話し方をそう評価した。そんな意外な物言いに、テトは豆鉄砲を食らったような表情を浮かべてしまう。

 

「確かに人間にはそう変わらないでしょうけれど、私みたいな高性能ロボットからすれば全然違うように聞こえます。やはり、人間の技術力は侮れません」

「そんなもんかなぁ…。まぁ、マスターの反応はいまいちだったから素直に褒めてくれて嬉しいよ。ありがとう、レイ」

「…!…はい」

 

 その言葉に、普段の機械らしくない動揺にも似た仕草を見せたレイの様子に怪訝な表情を浮かべたテトであったが、その様子がすぐに収まったのを見るとすぐに切り替えてテトは視線をリビングに移す。

 

「…それじゃ、君がサボってた分も含めてしっかり掃除しようか。ほら、僕も手伝ってやるからさ。さっさと終わらせて、夕飯の買い出しに行くぞ?」

「…あの」

「…どうした?なんか、今日は様子が変だぞ、君」

 

 そう言ってリビングに向かおうとしたテトの腕をレイがかなりの力で、人間なら痛みによる悲鳴を伴うくらいの強さで握って呼び止めたのだから、いよいよテトは眉根を寄せてレイを睨みつけた。しかし、その視線を向けられてもレイの表情は何ら変わることはなく、むしろそこに込められた覚悟の感情を強めているように感じられた。

 

「すみません。私が、身勝手でテトさんを困らせているのは自覚しています」

「…それなら、」

「…ですが、お願いします。…私の名前を、もっと呼んではくれませんか?」

「…はぁ?そんなのさっきから何度も…」

「足りません。…お願いします、テトさん」

 

 そこまで言って、テトは自身の腕を握る後輩の無表情の筈のその顔が、迷子の子供の様に酷く不安げなものに見えたから、仕方なく溜息を付いてテトは口を開いた。

 

「…仕方ないな。…レイ」

「…!!ありがとう、ございます」

「…っ」

 

 途端、目の前に広がった光景にテトは我が目を疑った。喜怒哀楽の感情は彼女の一挙一動で簡単に分かるとはいえ常に無表情で変わることのなかったはずのレイの表情が、その瞬間確かに嬉しそうに歪んだから。浮かべられた笑みのぎこちなさや、それほどまで嬉しかったのかとか、言いたいことは幾らでもあったが、その時にテトの心を一番に占めていたのは、くしゃりと歓喜で歪められた後輩に対する堪らない愛おしさで。それに包まれていたせいで反応が遅れたのだろう、気付いた頃にはテトは自身の一つ以上頭身の高いレイの腕の中に捕らわれていた。

 

「テト、さん」

「…なにさ」

「もっと、名前を呼んでください」

「…仕方ないな。…レイ。レイ、レイ。…レイ?」

「…テト、さん。テトさん。…テトさん」

「…っ、レイ、レイ。レイ…」

 

 そう愚直にレイの名前を呼ぶテトに応えるようにして、レイもまたテトの名前を呟く。それを聞いて、テトはレイがどうしてあんなにも嬉しそうにしていたのかに気付いた。好きな相手に名前を呼ばれることがこんなに嬉しいものであるなど思いもしなかったのだ。

 気付けばテトの腕もまた、レイの背に回されていた。そうしてそのまま、互いの名前を通じて好意を伝え合う時間はまだ暫くの間続いたのだった。

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