それを愛と希望の物語という   作:指輪のかけら

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どうも


いつもの日常

三門市。

異世界“近界民”――ネイバーの侵攻を受け続けてきたこの街では、異常はすでに日常の一部になっていた。

 

それに対抗するため設立された界境防衛機関ボーダーは、トリガーと呼ばれる兵装によって戦う組織である。

隊員はトリオン体と呼ばれる戦闘用の身体を形成し、そこで戦闘不能になっても本体へと強制帰還するだけだ。致命傷という概念は戦闘中には存在しない。

 

そのため、ボーダー本部の医務室もまた、一般的な病院とはまったく異なる空気を持っている。

 

骨折も銃創もない。手術室もほとんど使われない。

ここに来るのは主に、疲労、ストレス、生活習慣の乱れ、そして精神的な相談だ。

 

「……で、これも僕の仕事に入るのかな」

 

医務室の机に積まれた書類を見ながら、白衣の男――ロマンは小さくため息を吐いた。

 

「いや、普通に助かるだろ」

 

対面で気軽に答えたのはボーダー隊員の一人だった。

 

太刀川慶。

 

ボーダー最強クラスの実力者でありながら、生活能力の方は壊滅的であることで有名な男だ。

 

ロマンは額を押さえる。

 

「太刀川くん、これ大学の課題だよね? なんで医務室に持ってくるの」

 

「ここ落ち着くし」

 

「理由になってないんだけど」

 

「ロマン先生ならできるだろ」

 

「できるできないの問題じゃないんだよ」

 

ため息混じりに言いながらも、ロマンは結局ペンを取る。

 

断りきれない性格は自分でも理解していた。

 

その時、扉が静かに開く。

 

「失礼します」

 

入ってきたのは雨取千佳だった。

 

「あ、千佳ちゃん。どうしたの?」

 

「健康診断の結果、持ってきました」

 

「ありがとう。そこに置いておいてくれる?」

 

千佳が封筒を机に置くと、太刀川の方を見て小さく首を傾げる。

 

「また課題ですか?」

 

「そうなんだよ」

 

ロマンが疲れた声で答える。

 

「太刀川くんの大学生活は僕の仕事じゃないはずなんだけどね」

 

「先生、頼られてるってことですよ」

 

「便利な言葉だなぁ、それ」

 

千佳は少し笑ってから、机の上の紙束を見て言った。

 

「大変そうですね」

 

「大変だよ。医務室って何だっけって思うくらいには」

 

その時、再び扉が開いた。

 

「こんにちは」

 

三雲修だった。

 

「修くん。どうしたの?」

 

「作文の相談です」

 

「また?」

 

「はい」

 

即答だった。

 

ロマンは天井を仰ぐ。

 

「ここ、塾じゃないんだけどなぁ……」

 

「でも一番教えやすいです」

 

「それ褒めてないよね」

 

修は真面目な顔のままノートを差し出した。

 

ロマンはそれを受け取り、軽く目を通す。

 

内容はしっかりしている。だが少し堅い。

 

「ここ、もう少し簡単にしてもいいかもね。読む側が理解しやすいように」

 

「なるほど……」

 

修は素直に頷き、メモを取る。

 

その様子を見ながら太刀川が腕を組んだ。

 

「真面目だなぁ」

 

「太刀川くんとは違うね」

 

「それはそう」

 

即答だった。

 

千佳が小さく吹き出す。

 

医務室には、戦場とは違う時間が流れていた。

 

ここには怪我人はいない。

 

あるのは、日常の延長線上にある小さな問題ばかりだ。

 

勉強、進路、生活、そして時々の不安。

 

それを聞いて、少し整理して、少し楽にする。

 

それがロマンの役割だった。

 

「そういえばロマン先生」

 

修が顔を上げる。

 

「今日、玉狛で食事するんですが来ますか?」

 

「食事?」

 

「鍋です。材料が余っているらしくて」

 

「鍋かぁ……」

 

ロマンは一瞬だけ手を止める。

 

机にはまだ書類が残っている。

 

だが、その横で千佳と修が普通に日常の話をしている光景を見ると、少しだけ気が抜けた。

 

「……じゃあ、行こうかな」

 

そう答えると、修が小さく頷いた。

 

「わかりました。伝えておきます」

 

「ありがとう」

 

千佳が少し嬉しそうに言う。

 

「お肉、いっぱいあります」

 

「それは安心していい情報なのかな」

 

「いつもは遊真くんたちがたくさん食べるので」

 

「それは不安だね」

 

軽い笑いが医務室に広がる。

 

窓の外では、三門市の空を警戒ドローンが静かに巡回している。

 

ネイバーの脅威は消えていない。

 

戦いは日常のすぐ外側にある。

 

それでも、この医務室の中だけは、妙に穏やかだった。

 

ロマンはペンを置き、少しだけ息を吐く。

 

「……今日も、平和だね」

 

誰に言うでもなく呟いた言葉に、誰かが返事をすることはなかったが、それで十分だった。




次は早めに出します。

どの隊と絡ませる?

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