「花を売ってくれませんか?…お見舞いに、丁度いいやつ」
そう、絶望したような、今にも泣き崩れそうな表情で告げる茶髪の女学生に、何か告げようかと一瞬考えて花屋の店員は言葉を飲み込んだ。店員の彼女には野暮や無粋といった感情はよく分からないが、今彼女に言葉をかけるのはまさしくそれだろうと判断したからだ。かしこまりました、とだけ言葉を告げて手早く淡いピンク色のカスミソウをまとめて少女に差し出した。ありがとうございます、そう言った少女の表情が泣き出しそうなのは変わらないが口元が僅かに緩んだのを見て、店員は少々の安堵を得ることが出来た。そうして、たどたどしい手つきで支払いを済ませて大事そうに花束を抱える彼女を見送って、店員は彼女が遭遇した不幸が最悪の形で終わらないことを祈ることしか出来なかった。
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「すみません、今日もお願いします。ピンク色のカスミソウを」
一か月間、毎週の様に訪れる少女の顔色が次第に明るく生気に満ちていくのを見ながら、店員は喜んで、と笑みを零してやはり手早くカスミソウを花束にまとめていく。花束が作られているのを待つ間、女学生の少女は微笑みを浮かべながら楽しげに店先に並べられた花々を眺めている。それだけの心の余裕を持つことが出来るほどに彼女は回復した。見舞いに行った彼女にとって最悪の事態はどうしようもなく避けられたことは明瞭で、自然と店員も嬉しい心持になる。その心持のまま、花束を受け渡す際に聞いてみた。よろしければ別の花も贈ってみては如何ですか、と。そう言われて少女は言い淀む。余計なことを聞いたかと少々後悔の念がさしかけたが、
「私も、それとなく聞いてみたことがあるんですけど。…その、この花がなんとなく私っぽくて、可愛いから好き、って…」
そう伸ばした茶髪から覗く耳を赤く染めながら俯く少女に思わず浮かれ心地になって、店員は遠慮する少女を押し切るようにして花束の料金はサービスだと笑いながら病院へと送り出してやった。その日は快晴で、夕焼けが輝いて見えたのを覚えている。
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花束をサービスして推定彼氏の元へと少女を送り出して一週間と少し。今週はまだ来ていないな、と店員はカスミソウの少女のことを考えながら店じまいの準備を始めていた。夕暮れが近づくにつれて空も曇りだし、これは降り始めるかななんて滅入る気持ちで思いながら片付ける店員の背に声がかかる。
「すみません。ちょっといいですか」
その声に僅かな期待を持って振り返れば、しかしそこにいたのはいつもの少女より少しだけ年上に見える紫髪の女性だった。僅かな落胆を抱えながら、しかしそれを出さないように、どうしましたかと尋ねる。あの娘のことを大分気に入ってるのだな、と思わず心の中で苦笑した。
「ここ最近、茶髪の学生の女の子が来ていませんでしたか?その娘がお見舞いに買っていた花…。ピンクのカスミソウを売っていただけないでしょうか?」
そう言葉を告げられて、店員の頭にすぐにあの少女の顔が浮かぶ。喜んで、と思わず大きな声で告げて急いで花束にカスミソウをまとめた。あの娘の代理ですか?花束を渡しながら女性に尋ねる。尋ねられた紫髪の彼女は、目を伏せて笑みを零しながら口を開いた。
「まぁ、そんなところです。…ありがとうございます、あの娘もきっと喜びます」
そう言って代金を払った彼女を見送ってすぐ、カウンターに置き去られた折り畳み傘に気が付いて店から飛び出した店員だったが、本当に数瞬の内に彼女の姿はどこかへと消えてしまった。すぐに店先に飛び出たのに、と不思議に思った店員であったがすぐに思い直す。あの娘の知り合いのようだったし、もし来週に来たらその時に彼女に渡してもらおうと。雨が降り始めた窓に視線を移しながらのそんな淡い期待を見透かしたかのように、カスミソウの彼女は来週も再来週も、それからもずっと店を訪れることはなかった。