死神とカスミソウ   作:竹@竹林にて。

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双子の姉妹と、少女。

「よっ、つむぎ。心配しとったけど、大分調子よさそうやん」

「ははは~、本当にね~。あーしも自転車にぶっ飛ばされてから暫く目ぇ覚まさなかったって聞いた時はビビったけど、今は全然調子いいよ。何なら事故に遭う前より調子いいんじゃないかってくらい」

 

 そう言いながら屈託なく笑う包帯頭のつむぎに苦笑しながら、茜はベッドの傍らの物置台に持ってきた紙袋を置いて丸椅子に腰かけた。

 

「あ、もしかしてラインで言ってた漫画?サンキューね。テレビも昼間はニュースばっかで退屈でさぁ。スマホと睨めっこしてるのも飽きてきたから助かるよー」

「ほんま心配して損したくらいのもんやなこいつは…。まだ寝ててもよかったんちゃう?」

「えー、ひどーい!」

 

 そんな不謹慎な言いぐさも冗談に変えてつむぎと笑う茜は、ふと物置台の上に紙袋の前から陣取っていた花瓶へと視線を向ける。

 

「そういやその花瓶の花、誰が持ってきたん?」

「ん~?ひまっち…、ひまりちゃんだよ?冥鳴ひまりちゃん。知らない?」

「ん~…、分からん!同級生にそんな娘いたか?」

「あぁ、寮の娘だから茜ちゃんは分からないか。一個下の娘でぶっきらぼうだけど優しい娘なんだ~。えと…、たまたま事故現場、の近くにいたらしくて、あーしが入院して目が覚めないうちからお見舞いに来てくれてたらしいんだよねぇ。ほんとはあんまりよくないことだけれど、あんまりに切羽詰まってたから花束を受け取るのだけは許してもらえたんだって」

「へ~、先輩想いやなぁ。いい子やん」

「でしょ~?」

 

 そう言いながらだらしなく頬を緩ませるつむぎの様子に、茜はつむぎがひまりという後輩に寄せる感情の大きさを少し羨ましく、同時に微笑ましく思った。実家を離れて寮で暮らすつむぎを、恐らく彼女自身の家族と同じくらいに大切に思っている人物がいるのはさぞ心強いだろう。緩んだ頬を悪戯につまみながら、茜はまだ見ぬ優しい後輩に思いを馳せた。

 

 

***

 

 

「カレーが食べたい…」

「そんなこと言われても、私にはどうしようもできないって…」

「むぅ~。葵ちゃんカレーパンとか買ってこれない?最近お腹空くこと多いんだよね~」

「そんなことしたら出禁になりそうだからやだ」

「え~?」

 

 不満げに頬を膨らませるつむぎに溜息を付きながらこれで我慢して、と緑茶のペットボトルを葵は差し出した。相変わらず不満そうにしながらも、つむぎはペットボトルはしっかりと受け取ってすぐに口を付けた。

 

「てか、茜ちゃんは?今日、一緒に来るって言ってなかったっけ?」

「補習だって。数学の小テストで赤点取ったんだってさ、まったく」

「いやぁ、あーしが言えたことじゃないけど茜ちゃんは相変わらずだね~」

 

 ペットボトルのキャップを締めながらけらけらと笑うつむぎにまったくだよ、と肩をすくめてみせた葵の視線は、つむぎの手から離れたペットボトル近くに置かれた花瓶に移る。

 

「んで、これがお姉ちゃんの言ってた、ひまりちゃんの花?」

「ん~?そうだよ~、綺麗だよねぇ」

「カスミソウかぁ、ピンクのもあるんだね。うん、綺麗」

「カスミソウって言うんだ。あーし、花は詳しくないからさ。ひまりちゃんっぽい可愛い花だとしか分からなかったや」

「そういうところだぞー、つむぎちゃーん」

 

 そう言いながらぽちぽちとスマートフォンを弄る葵の姿をぼんやりと眺めるつむぎに、何かを分かった風の表情に変わった葵はにまりとした顔でつむぎに笑いかけた。

 

「ねぇねぇつむぎちゃん…。その様子だと、カスミソウの花言葉とか分からないよねぇ?」

「うん?なんか変な花言葉だったりするの?ひまりちゃんの花だから好きだし、気にならないけどさ」

「ううん?気になるなら調べてみればぁ?」

「えー?教えてよー!」

 

 特設の一人用の病室とはいえ、そこに似つかわしくない声を上げながら抗議するつむぎの声を背で受けながら、今度はお姉ちゃんと来るよ、と言い残して病室を後にして葵はエレベーターへと向かう。そのままぽん、と一階のスイッチを押して待っていると、

 

「あ、ごめんなさい」

「いえ…。私も、少し急いでいたので。前を見てないで、ごめんなさい」

 

自分と同じ制服に包まれた茶髪の少女が開いたエレベーターの隅間を潜り抜けるようにして現れたのに少しあっけにとられた。ぶつかりかけたことを謝罪して、そのまま小走りで駆けていく彼女の後姿を眺めていた葵がふと視線を足元に移すとピンクのカスミソウの花が一つぽつんと落ちていた。

 

「…へぇ。あの子が、ひまりちゃん、かな?」

 

 入ったエレベーターの鏡に背を預けて花を眺めながら頬を緩ませる。ぱっと見ただけだがかわいい子だった。アメジストみたいな紫の目が綺麗でもあった。何より、あんな元気な姿の友人に周りが見えなくなるくらい懸命な様子で見舞いにいる子がいることが嬉しかった。

 

「…頑張れよー、つむぎちゃん」

 

 もしかしたら、その友人に春が訪れるかもしれないと思うと、嬉しさと楽しさが同時に込み上げてくる。今度会った時に、お姉ちゃんと一緒に揶揄ってやろうか、なんていけない感情が湧き上がってくるのにも愉快さを覚えながら、葵は鼻歌交じりに帰り道を急いだ。

 

 

***

 

 

「つむぎも明日にゃ退院かぁ。なんだかんだ早く終わったんやない?入院期間」

「そうだねー。まぁ、退院後もリハビリとかあるかもだからまだ学校には来れないかもらしいけど、死にかけから一月は多分かなり早いよね」

「まぁ、大分調子よかったもんな。ホンマ、事故前にちょくちょく体調崩してたんが嘘みたいな回復っぷりよな」

「あぁ、それは思った。ギャルっぽい癖に体調崩しがちだから正直心配してたけど、蓋を開けてみれば、だったよねぇ」

 

 アーケード街の花屋を後にして、姉妹二人で並んで茜と葵は病院への道を歩く。その花屋で買った一足早い退院祝いの花束を見ながら、茜は何の気なしに呟く。

 

「そういや、カスミソウ?やっけ。あれは入れないんか。つむぎも気に入ってたぽかったんに」

「だぁめだよ。カスミソウはひまりちゃんの花なんだから」

「うわ出た。自分だけどんな子か見たからって、なんもかんも知った顔しよってからに」

「ふふーん、補習で行けなかった人には分からないでしょうねぇ」

 

 悔しそうな顔を浮かべる茜と対照的に余裕気に笑っていた葵が不思議そうな顔を浮かべたのは、総合病院の大きな全貌が見えてきた頃だった。赤いランプを灯した警察車両が何台か止まっていて、野次馬が少なからずいるのを抑えている。そこにあるのは、何年も前に廃された教会であった。

 

「なんだろ、あれ」

「行ってみるか?つむぎも窓から見えて気になってるかもしれんし、帰りにはもう終わってるかもしれんやろ?雨も降りそうやから早いとこ済ませるもんは済ましとこ」

「そだね」

 

 そう頷き合って、二人は意味も特にない謝罪の言葉を重ねながら人ごみの中をかき分けていく。そうして、警官だけが遮るものになったところまで進んだところで、

 

「…はぁ?」

「うそ…」

 

 思わず、茜はそんな間抜けな声を上げて、葵に至っては持っていた花束を足元に落としていた。それほどに目の前の光景は目を疑うものだった。

 向けられた視線の先、そこには穏やかな顔で笑いながら教会の鐘の下で寄り添い合うようにして倒れる二人の少女がいた。一人は茜でも分かる。入院着に身を包んだつむぎに他ならなかったから。もう一方の少女は、葵にしか分からなかった。エレベーター前で会った時の自分達の着てる制服とは違う、所謂ゴシック服、もっと言えば映画で見る様な海外の喪服を身に纏ったひまりだったから。

 二人とも、穏やかで、幸せそうな顔で、胸元に手向けられた花に手を添えるようにして、死んでいるその姿を見て、茜も葵も言葉を失う他なかった。

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