死神とカスミソウ   作:竹@竹林にて。

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病弱ギャルと、少女。

『…むぎ先輩!?つむぎ先輩!いや、いやぁ…!』

 

 そう、薄れかけた意識の中で、普段の平静とした様子とはかけ離れた錯乱した姿の後輩を見て、嬉しく思った。あぁ、こんなくたばり損ないな自分でも彼女を助けることくらいは出来たのだと。それで、途絶えてもいいかもな、なんて思っていたつむぎの意識は、

 

「…ん、ぅう…?」

「っ!?つ、つむぎ…!?つむぎぃ…!」

 

 そう、母親の泣き疲れたような、それでいて酷く安心したような声で引き戻された。生きている。私、生きている。その事実に、つむぎは酷く泣きそうになった。まだ、生きているんだ。よかった、と。

 

 

***

 

 

『つむぎ、本当に大丈夫?頭、痛くなったりしてない?』

「もー、心配性だなぁ。大丈夫。あれから、生まれ変わったみたいに身体の調子いいんだから。もう退院してもいいんじゃないかってくらいに痛みもないんだもん」

『身体が調子いいのは嬉しいけど、馬鹿なこと言わないの!ちゃんと、先生の言うこと聞いて大事にしてなさい!』

「はーい、分かってるって。…あ、友達来たから一回切るね?ごめん」

『う、うん。じゃあ、今週末も行くからね?それじゃあ、またね?』

 

 そういって心配性な母親に内心で謝りながらも通話を切ると、それを見計らったかのようにあの日助けた後輩、冥鳴ひまりが病室へと入ってきた。

 

「…通話中、失礼しました。つむぎ先輩。今日も、来させていただきました」

「あはは、そんな畏まらなくていいのに。毎日みたいに来てくれてありがとうね、ひまっち」

 

 そう言って笑い掛けると、ぐっと表情をこわばらせて、それを誤魔化すように苦しそうに笑うから、やはりひまりは自分に負い目を感じているのだろう。そんなもの、必要ないのに。つむぎはそう思わずにはいられない。

 

「…そんな顔しなくていいんだって。あーしがしたかっただけ、あーしがひまっちを助けたかったから助けて、それでへまをしただけ。悪いのは、ケータイ見ながら自転車使ってたあのバカなんだからさ。ひまっちは悪いことなんかないんだよ?」

「…でも、私」

「それに、最近は調子もいいしさ。全然痛くもないくらいだもの。だから、気にする必要なんてないんだよ?それよりも、ひまっちには笑っててほしいな?折角助かった命なんだもの、楽しまないと損だよ…って少し大袈裟かもだけどさ」

 

 そう笑顔で言ってみせる自分はきっと卑怯者だろう。一応は命の恩人と言っていい人間にそんなことを言われれば、ひまりもどうしようもない。まして、どこか浮世離れしているようでその実真面目なひまりのことだ、自分では気にもしないような色んなことを考えて悩んでいるのだろう。そんな彼女にこれは重荷になるかもしれないと思いつつ、つむぎはこれだけは伝えたかった。真面目な彼女は、悩みながらもきっとこれをしっかり受け止めて、これからの人生で前を向いて進んでくれると思ったから。

 

「そういや、寮の方はどうなの?あーしがいない間に何か変わった?」

「あ、はい。近々他の皆さんも来る予定だと言っていました。もんちゃんも来るそうですよ。あの子、すごい張り切ってました」

「へぇ~、もんちゃん来るのか。騒がしくなりそうだなぁ」

「…特別室とはいえ、病院ですからね?あんまり騒ぎすぎちゃだめですよ?」

「大丈夫だって!お母さんにも口酸っぱく言われてるし!」

「本当に大丈夫なんですか、もう…」

 

 そう話題を変えれば、ひまりの顔も幾らか綻んだ。後輩に説教じみたことを言われるのは先輩として何処か恥ずかしさを覚えないでもないが、彼女の笑顔に比べればそんなもの安いことこの上ない。自分の恥で彼女の笑顔が買えるならいくらでも払ってやろう。つむぎがそこまで考えたところで、

 

「…ん、ふぁあ…」

「ん、眠くなりました?」

「うん…、そうかも。ごめんね、ここ最近昼間にも眠くなることが多くて…」

「そりゃあそうですよ。ただでさえあまり身体が強くないところに、事故に遭ったんですから…。いくら調子が良くても、身体は疲れや無理をちゃんと分かってるんですよ」

「あはは、そうかもね。ん…、ごめん。来てもらって悪いけど、寝ちゃいそう、かも…」

「…私のことなんか、気にしなくていいですから。ほら、眠いならちゃんと眠ってください。心配しなくても、起きるまでここにいますから。お話なら、あとでいくらでもできますよ」

「でも…、あんまり遅くなったら」

「その時は、流石に帰ります。…それとも、こういうのって重かったりしますか?」

「いや…、それは…。…それなら、ちょっと寝ようかな?おやすみぃ…」

「…はい、おやすみなさい。…いい夢を」

 

 そう、わざわざ見舞いに来てくれた時間に寝る様な不躾な先輩に、優しく微笑みながら安心させるように撫でてくれるひまりに甘えて、つむぎは少しの間の夢の中に旅立つことにした。いつもの昼寝より、よく眠れそうな気がしたのはきっと何も可笑しくはないと思いながら。

 

 

***

 

 

「それじゃあ、今日は帰るのだ!心配してたけど調子よさそうで安心したのだ!」

「うん、ありがとね!もんちゃんが来てくれて私も嬉しいよ」

「また来るのだ!今度は雪さんとかうさぎとかも連れてくるのだ!」

「はいはい、それじゃああんまりずっといるのも失礼だし帰るわよ、もん。それじゃあ、つむぎちゃん、お大事にね。私も、近いうちにはうちゃんとかそらさんとかと来るから。病室に他に誰もいないからってあんまり夜更かしとかしちゃだめよ」

「むー、めたんさんもそんなこと言う…。心配しなくても、無茶はしませんよーだ」

「ふふっ、それじゃあね」

「ばいばいなのだ!」

 

 その挨拶に手を振って返して、めたんとずんだもんを部屋から見送る。さっきまで喧噪と言っていいくらいに賑やかだった病室は急に静かになって、寂しさとか物足りなさがつむぎを襲った。何となく手持ち無沙汰に感じて、ベッドから立ち上がってみる。今では、医師の先生にも驚かれるくらいに回復したのだ。頻度の減った点滴が抜かれた今くらいベッドから降りてもいいだろう。そうして、病室の大きな窓に近寄って外を見る。ここから見ると、意外に教会って病院と近かったんだなと思う。数年前に廃墟になった割には手入れが行き届いているように見えて居心地がよく、寮からも丁度いい距離にあることもあったからよく体力をつけるために散歩に行っていたのだ。特に誰に言うでもなく行っていたが、快気祝いがてらひまりかずんだもん辺りを誘って散歩に行ってもいいかもしれない。

 

「何、してるんですか?先輩」

「げ」

 

 ごほん、と後ろから咳払いが聞こえて振り向くと、笑顔を向けながらも少々の怒りが透けて見えるひまりがいつもの淡いピンクの花束を抱えながら佇んでいた。その笑顔にあはは、と愛想笑いで返してみるが、彼女は足音の代わりに花束をかさかさと揺らしながらつむぎへと近付いてきて頬を掻いていた腕を掴んだ。

 

「もう。まだまだ無茶しちゃダメなんですから、大人しくベッドに戻ってください」

「いやぁ…、点滴も取れたし気分転換がてら、ね?」

「それでもです。ただでさえ、あんまり体力に自信ないんですから」

「あはは…、ごめんごめん」

 

 そう、心配混じりに怒られて背を押されてはベッドに戻るほかあるまい。言われた通りにベッドに横になったつむぎに少し安心したように息をついたひまりは、慣れた手つきで花瓶の花を入れ替える。

 

「でも、回復してきてるのは本当だよ?確かに、入院前はあんまり身体強くなかったけどさ」

「それが心配なんですよ…。私みたいに、サボりじゃない理由での体育見学常連の方は身体を大事にしないとですからね」

「…それ、何処で聞いたの?結構隠してたつもりだったんだけど」

「普段から休みがちなところ見てたら何となく察しますよ。まぁ、決定的なところは七先輩から。昨年クラス一緒だったらしいじゃないですか」

「あー…、七ちゃんかぁ。確かに隠してるとは言ってなかったけど…、そこは言わないでほしかったなぁ」

「…私には言いたくなかったですか?」

「まぁ、うん。変に心配させたくなかったし…」

「後輩心が分かってないです、先輩は…。あんまり、強がらないでください…」

「あ、ご、ごめん!泣かないで!」

「分かればいいんです」

「…ひまっち、偶に強かだよね?」

「先輩に習いましたから」

 

 そう意地悪そうに笑うひまりの姿に、つむぎは若干の悔しさを覚えつつも頬が緩むのを抑えられない自分がいた。心配されるのは昔から余り好きではなかったけれど、最近はこんな自分を想ってくれる人がいるんだと申し訳なくありつつも嬉しかった。一度命の危機に瀕したからなのかは分からないが、一年前の自分にこんな心変わりすると言っても信じなかったろう。

 

「…うん、今日も綺麗」

「おー、ひまっちお手製のカスミソウだ。相変わらず可愛いよねぇ」

「花束作ってくれたのはお花屋さんなので、私のお手製ではないですけど…」

「まぁ、いいじゃん?何度も言ってるけど、私、この花好きだよ?ひまっちみたいに可愛くて」

「も、もう…。揶揄わないでください…」

 

 そう言って頬を染める姿がいじらしい。やはり自分は彼女のことが相当お気に入りらしいと、つむぎは思った。

 

「そういえば、ひまっちは今日も一人だよね」

「はい。それが何か?」

「いや、さっきもんちゃんとめたんさんが来たからさ。すれ違ったりとかした?」

「あぁ、一階で会いました。なんか、もんちゃんに『僕も花持って来ればよかった』なんて変な対抗心燃やされましたけど」

「あはは、もんちゃんらしいなぁ。…って、そうじゃない。寮の人とか、他の人と一緒に来たりとかしないの?あーしからしてはひまっちが来てくれるだけで全然嬉しいけれど」

「んー…、私他の人たちと予定合わないんですよね。七先輩とかも、部活あるから時間合いませんし。それに、二人っきりで会いたいですもん」

「ふーん、…うん?なんで?」

「あ、変な意味はないですよ。勘違いしないでくださいね」

「そんなぁ…。愛しの先輩だよ、あーし」

「大丈夫ですよ、私は先輩のこと好きなので」

「す、好きならなおのこと…」

「先輩として」

「も、もう!揶揄わないでよ!」

 

 そう言えば、ひまりはしてやったりといった風に笑顔を見せる。よく笑うようになったものだ、とつむぎは嬉しく思った。入寮当初の素っ気なさが嘘みたいだ。その分強かにもなった気がするが、そこは自分が苦しむだけなので問題はないと割りきっている。

 

「でも、先輩がいないと寮も少し寂しいんですから早く帰ってきてくださいよ。皆、首を長くして待ってますから」

「うん。もう少しかかるかもだけどそう長くはかからないと思うから待ってて、って皆に伝えといて。実際、お医者さんもびっくりするくらいに順調に回復してるみたいだし」

「本当ですか。よかったです」

「うん。それもこれも、ひまっちのお陰かな?」

「…っ、それは、どういう?」

「?だって、ほとんど毎日お見舞いに来てくれるし。他の人もだけど、多分ここ最近のあーしのエネルギーって、ひまっちのお見舞いパワーがくれてると思うんだよね。うんうん、ひまっちはあーしの天使さんだよ」

 

 その一言に、何言ってるんですか、とか軽口が飛んでくるかと思えば何も言葉は返ってこない。何か変なこと言ったかと少し不安になってつむぎが一人頷いていた顔を上げれば、言葉を失ったように驚いた顔をするひまりの姿があった。

 

「ひまっち、どうしたの?」

「…あ、い、いえ。私にそんなこと言うなんて、ちょっと驚いただけです。…そうですか、天使ですか」

「うん。ここ最近調子いいの、絶対ひまっちのお陰だもん」

「…私は、そんないいもんじゃないですよ」

「うん?なんか言った?」

 

 ぼそり、と零されたひまりの言葉が聞きたくてつむぎが聞き返そうとしたそのタイミングを見計らったように、

 

「ん…、あれ…」

「…どうしましたか?もしかして、今日もまた眠く…?」

「うん…、またっぽい…。なんでだろ…、もんちゃん達と話してるときは何でもなかったのに…」

「きっと、私が沢山来てるから気を許せてるんですよ、多分。…安心してください。今日も、いられるだけいますから」

「ん…。いや…、今日は、頑張って起きてる…」

「…無理しないでください。一緒にいられるだけで、私は嬉しいんです。あなたの傍にいられれば、私はそれで。…その為なら、私は何でも…」

「…ひま、っち?」

「…大丈夫です。ほら、おやすみなさい」

 

 その言葉を最後に、つむぎの意識は途切れる。途切れる間際に見た、ひまりの苦しそうに笑うその顔が、嫌につむぎの脳裏にこびりついた。どうにか早く目覚めようとしたつむぎであったが、起きる頃にはもう面会時間は過ぎていてひまりは帰った後だった。それが、どうしてかとても悔しくて悲しかった。

 

 

***

 

 

『それじゃあ、来週の水曜日には退院できそうなのね?』

「うん。あーしの体調次第では遅れるかもだけど、今の体調ならそれも無さそうだし」

『よかったわね、つむぎ!退院後はこっちに戻ってくる?それとも、そっちのお祖母ちゃんの家に居させてもらう?私としては、戻ってきてほしいんだけれども…』

「うーん、できればこっちに居たいかなぁ。学校とか寮の皆となるたけ離れたくないし」

『そう…。じゃあお祖母ちゃんに言っておくわね。つむぎからも退院前にちゃんと言うのよ?』

「分かってるって。…あ、誰か来たっぽい。一回切るね」

『そう、お見舞いが多くてありがたいわね。ちゃんとお礼は言うのよ』

「うん、じゃーね」

 

 そう言って通話を切る。最近は心配する様子も落ち着いてきてくれて、なんだかいよいよ退院の実感が湧いてきている。有難く思わないわけではないが、いつまでも大丈夫かどうかと心配されては、こちらとしても不安が過ってしまうからいい傾向なのだと思う。

 それよりも、だ。つむぎとしては、昨日の不穏なひまりの様子が気になって仕方がなかった。途中まではなにもおかしくない、普段通りのひまりだったはずだ。素っ気なくも優しさに溢れた信頼と信愛のおける後輩だったはずである。きっかけは多分『自分の体調がひまりのお陰だ』という何の気なしに放ったあの発言。自分では何ともなく思っていたが、今になって思えば多分彼女は動揺していた。それはつまり、彼女が動揺するだけの何かを抱えているということで。それを思うと、今でも不思議に思う。日中に眠くなるのは、彼女と会うときだけだった。他の誰かの見舞いの時やスマホやテレビに耽っている時は、調子のいい身体が眠気を訴えることもなかったのに。更に言えば、この調子のいい身体もどういうことなのだろう。人並の生活ができるようになっていたとはいえ、昔から身体はそこまで強くなかったはずなのに。どんどんと疑念が渦巻いて、いけないと思いながらもひまりへの不安が膨れ上がっていった。

 

(…ごめんね、ひまっち)

 

 そう、ラインで連絡をくれたひまりに内心で謝りながら、つむぎは既読を付けないように気を付けて寝ているふりをすることにした。もし、彼女が何かを抱えているならば、何かは寝ている最中に行われるはずだから。だから、ひまりを試すことにした。何もないならば、彼女にただ悪いことをしていることになるのだから自分はそれこそただの悪者でしかないのだろう。そう思いつつも、一度気になってしまったら確かめずにはいられないのがつむぎだった。

 そうして、目を瞑り布団に横たわっているとやはり不思議に思う。入院前はこうしているだけで自然と眠気が襲ってきたはずなのに、以前より余程活力が有り余っているように感じる身体は眠ることを許さない。まるで自分の身体ではないようだった。そんなことを考えているとコンコンとノックの音が部屋に響いた。

 

「先輩、今日も来させていただきました。…先輩?失礼します」

 

 そう言って、申し訳なさげに静かに開いた扉の音と、それが閉じられたと一緒に自分に近づいてくる誰かの気配。そんなもの、この声の主であるひまりでしかないだろう。花束が擦れる音がしないから、今日はカスミソウは持ってきていないのだろう。昨日持ってきてくれたので当然と言えばそうかもしれないが。そうぼんやりと考えていたつむぎの口元に、ひまりのものであろう手が添えられる。

 

「…よかった。生きてる」

 

 そう、酷く安心したような声にちくりと良心が痛んだが、それでもとつむぎは寝たふりを継続した。そうしたつむぎから手が離れ、ふわりと風が吹く。窓でも開いたのかと思ったがそんな音はしなかったし、何より窓ではなくまるで床から吹いているかのように下からの風圧を感じていた。加えて、電灯とは明らかに異なる光が瞼の隙間を縫って瞳に刺さる。そんな未知に僅かな恐怖を感じたつむぎは意を決してその瞼を開き上体を起こした。

 

「…え、せんぱい?」

「ひ、まっち。なに、その恰好…」

 

 開かれた視界の先で、ひまりは酷く驚いたような表情を浮かべていた。しかし、その姿はこれまで見慣れていた制服姿とは違う海外の喪服めいた黒いドレスに身を包んでいた。掌もどうしてか紫の蛍めいた淡い光に包まれていて幻想的だと思うのに、どうしてか室温が調整された病室である筈なのに身震いするほどに寒く感じられて妙に息苦しかった。

 

「ど、どうしたの…。お洒落でもしたの…?それに、なんか寒くて…」

「…先輩、ごめんなさい」

 

 つむぎの口から零れた疑問を遮るように謝罪をして、ひまりは淡く紫に輝く右手をつむぎの額に添えた。途端、これまでひまりとの見舞いで感じていた眠気がつむぎを襲う。

 

「どうにかばれないように気を遣っていたのですが、ですが気付かれてしまっては仕方ないです。…ごめんなさい、今までありがとうございました」

「ひ、ひまっち…?それって、どういう…」

「…これは夢のようなものなんです、先輩。今までの私は、先輩の人生にとって影法師の様な曖昧な存在なんです、それで構いません。…それに、私のやりたいことはとうに済ますことが出来ました。これで、先輩も大丈夫だと思います」

「ま、まって、ひまっち…。はなしを…」

「こうなっては、もう私は会うことが出来ません。私のことは忘れて、これからの人生を楽しんでください。…そう言っても、つむぎ先輩は忘れてくれないでしょうけど。でも、どうか重荷にはしないで。それだけが、私の願いです」

「や…、いや…、ひまっち…」

「この半年弱、私は幸せでした。ありがとうございます、つむぎ先輩。…お元気で」

 

 辛うじて保っていたつむぎの意識はそこで途切れた。自分の身体に何が起こっているのか、ひまりがどういった存在で自分に何をしたのか。気になることは山ほどあったが、そんなことよりも、今にも泣きだしそうな悲痛な面持ちでそれでも笑顔を無理矢理に作ってみせる後輩を支えてあげないといけないのにという苦痛だけが心を刺して、自分もどうしようもなく泣きそうになったことが強く心に残った。

 

 

***

 

 

 ひまりに別れを告げられて一週間、退院を前日に控えたつむぎの気持ちは未だ少しも晴れないでいた。見舞いに来たずんだもん等の寮生や同級生、母親の前ではそれを隠してはいるが、あれ以来一度も来てくれない後輩の姿が気がかりで仕方がない。ラインの連絡も通話も反応が無い現状手詰まりを感じていたが、やはり諦めきれずにいる。お別れにしたってあんな突き放すようなやり方じゃなく、こちらも相応の感謝を伝えて後腐れなくすっきりとした気持ちで終わらせたかった。

 

「…はぁ。ひまっち、どうしてるんだろ…」

 

 そんな溜息ばかりが口から漏れて気が滅入ってしまう。そんな気分を紛らわせたくて、つむぎはもう点滴からも解放された自由な身体を窓際まで運んで、灰色の空とその下に広がる広い町の眺めに目を向けた。教会、一緒に行きたかったな。気晴らしのつもりがそんな思いまで胸に浮かんで、いけないと思いながら町から空へと視線を移した時だった。

 

「…え、ひまっち?」

 

 そんな間抜けな声が漏れる。しかし、それも仕方のないことだった。少なくともつむぎはそう判断する。鉛色の空の下、町の上。そんな宙ぶらりんの中を、二人の人影が浮いて、或いは飛んでいた。一人は大きな鎌を振り回す紫髪の女性、もう一人は周囲に髑髏を浮かべながら掌から紫の女性に向けて青い炎を飛ばす冥鳴ひまりその人だった。まるで、ここ最近見ていない深夜アニメの戦闘シーンの様な現実味がない光景に、気でも狂ったのかと目を擦るが、二人が動いて争っているのは変わっておらず、片方がひまりであることも確かであるようで。

 

「、あぁ…っ!?」

 

 もう一度擦ろうと目元に手を添えたその瞬間に、炎を躱しながら紫髪の女性がひまりの腹部目掛けてその脚を突き刺した。ついで、弾き飛ばされたひまりの身体が教会目掛けて飛んでいく。それを追う様に空を走る鎌の女性の背中を見たつむぎは、今まで正気を疑っていたのも忘れて病室を飛び出した。

 

「え、ちょ…。か、春日部さんっ!?」

 

 人気の少なくなった昼過ぎの病院ロビーでたまたますれ違ったナースの声も無視してつむぎは走る。そうして実感するのが、体力が有り余っているように感じていたのは何一つ間違いでなかったということ。日常生活に支障がないとはいえ、体育には少々心許なかった体力は、教会を目前に控えたところまで進んでも息切れ一つ起こさないまでに回復している。入院で本当なら満身創痍になるくらいには体力は落ちているはずなのに、とやはり自分が何かされたことを改めて確信して木々に囲まれた教会の門をくぐって。そこまで進んだつむぎの目の前にあったのは、鐘の吊り下げられた柱を背にして身を沈ませるひまりと、それに対峙する鎌の女性の姿だった。

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