死神とカスミソウ   作:竹@竹林にて。

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そして、少女と少女は。

 涙で顔面を汚しながらつむぎの元を逃げるように去って、それから寮に帰ることもなくひまりは霊体のまま街の空を浮遊していた。つむぎの病室も訪れていない。寮での楽しい思い出からも、つむぎへの淡い恋心からも逃げるようにただ何も考えずに空を浮く。そんな風に一週間、死神の業務にも手を付ける気になどならず自身の存在理由を見つけられずに過ごす鬱屈した日々を過ごしているひまりであったが、深い溜息を付くと思い立ったように病院へと飛んだ。別につむぎと話すつもりはない。ただ、この街を去って思うままに世界を巡るその前につむぎの姿をその眼に収めたかった。そうして曇天の空を飛び病室が見える屋上へと降り立ったひまりであったが、今の時刻は誰もいない筈の屋上に一人の姿をその視界に収めた。加えて、霊体化しているはずの自分に視線を移すその紫髪の冷たい印象を与える女が何者かなどひまりには当然の様に理解できた。

 

「…死神のお仲間ですか?すみませんが、私はもうその資格などない身です。…そうですね。ここ一カ月の不手際に対する罰なら甘んじて受け入れますが、どうしましょうか?」

「はぁ、自分の都合をそのようにぶつけないでもらいたいものですね。そもそも自己紹介もなく話を進めるなど無粋だと思いませんか?」

「…それもそうですね。では、私から。半年ほど前からこの街の死神を任されていました、冥鳴ひまりと言います」

「そうですか。では、私も。死神として特務を任されています、結月ゆかりと申します」

 

 そう、冷たい言葉の応酬を重ねてひまりはゆかりを観察する。見た目は不健康そうに細いが、相当の手練れであることは何となく察せられた。死神同士で力を比べることなど今までの任務の中でしたことはないが、自分はきっと正面切ってこの死神に勝てないだろうという情けない確証がある。

 

「これは、ご丁寧に。それで、わざとらしく述べた特務について教えてもらってもよろしいでしょうか。…きっと、その特務でいらしたんでしょう?」

「話が早くて助かります。私の特務は単純明快でして、死神としての任に背いた裏切り者を処する対死神用の死神です。貴方を処罰しに来ました」

「…そう、ですよね」

 

 そう諦めたようにひまりは呟いた。これは、つむぎの姿も見られないかもしれないかもしれないなと、諦観とも絶望ともつかない感情が溜息となって口から零れる。

 

「冥鳴ひまり、さん。貴方にはこの一カ月の間に幾つもの任規違反が課せられています。直近一週間の魂回収の怠慢。およそ月前半の要回収の魂の無断横領。そして何より、非回収対象の魂の無断回収並びに無断横領。これらの罪状は、およそ死神としての責務を貴方に任せられるものではないと判断され、その処罰を与えるべく私が派遣された次第です」

「…はい。間違いありません。それで、処罰とは具体的には?」

「向こう二百年の権能の没収とそれに伴う禁錮刑。また、抵抗があった際にはそれに見合った刑罰を処することも任せられています」

「…存外、刑罰としては緩いんですね。打首とかされるものかと思ってたんですが」

「死神も人手不足なんです、察してください。…一応、横領した魂を差し出せば減刑となりますが、今手元にはありますか?」

「生憎ですが、既に私的利用しました。何に利用したかを言うつもりはありませんが」

「そうですか…」

 

 さもつまらなさそうに身体を背けて、ゆかりはこつこつと屋上を歩く。そうして屋上の端まで歩いて行って階下を覗き込むと口を開いた。

 

「…魂の植え継ぎ」

 

 ゆかりの口からぼそりと零れたその言葉がひまりの耳に届く。途端、ぞわりとした寒気がひまりの背筋を襲った。

 

「春日部つむぎさん、でしたか。可愛らしい方ですよね。快活さと善良さ、それに伴わない肉体の弱さを持った女学生。他の死神の方々は形式ばかり気にして碌に調べなどしませんでしたが、貴方の身辺調査で見つけました。自転車事故での入院に伴って不自然なまでに生気を得たイレギュラーな存在。…その様子だと、当たりのようですね。貴方の代わりに本来亡くなるはずだった彼女から回収することも可能ですが…」

 

 そう言ったゆかりの頭目掛けて青い炎が飛ぶ。それを何でもないように如何にもな大鎌で受け止めて、ゆかりは顔側面に置いていた鎌の刃をずらしてひまりに視線を移す。その呼吸は荒く不自然に乱れ、鬼気迫る表情でゆかりを睨みつける。そんな血気に満ちた彼女の周りにはふよふよと青く燃え盛る髑髏状の炎が浮いていた。

 

「彼女に…、先輩には手を出さないでください…!私はどうなってもいいから…!」

「…無理、ですね。輪廻から外れた魂を元の場所に戻すのも、私の役割です。…反抗するのなら容赦はしませんが」

「…上等、です…!私の刑期とかそんなものはどうでもいい…、あの人の未来だけはもう奪わせない…!」

 

 実力差は理解していながらも、ひまりは震える身体を立て直してゆかりと正面切ることを決意した。その決意を試すかのように、ゆかりは鎌を構えるとひまりに向かって突進する。それに面食らいながら、辛うじて後退しながら振るわれた大鎌を避けたひまりはゆかりへと炎を弾き飛ばす。それを難なく躱しながら距離を詰めて二度、三度と大鎌を振う。そのまま二人の躱しては攻撃しての応酬が繰り返される。しかし(霊体の二人を見ることが出来るものなどいないはずではあるが)どちらが優勢など傍目に見ても明らかだった。すんでのところでどうにか大鎌を躱しながら無理な体勢になりながらもどうにか炎を射出するひまりに対して、ゆかりは冷静に炎を躱しながら涼しげな表情で鎌を振う。そうして辛うじて戦闘を維持していたひまりであったが、空へと弾き飛ばされるようにしてどうにか避けつつ放った炎を躱されてゆかりが鎌を振り上げる。それを躱そうと身を捩ったその腹部目掛けて、ゆかりは脚を突き出した。

 

「っ!?ぐぅうっ!?」

 

 腹部に脚を突き刺されたその衝撃に呻き声をあげながら弾き飛ばされたひまりの身体は、物理法則も無視して弾き飛ばされる。上下も左右も分からなくなった身体はそのまま空を切って、

 

「っ!か、はぁああ…っ!」

 

 どすん、と厳かな気配を感じる何かに叩き付けられて強制的な移動を終えた。疲労と痛みで碌に動きそうにない身体に鞭打ってここは何処かだけでも確認したその視界の先に映ったのは、病院に行く途中にぽつんと建てられた教会の十字架とステンドグラスだった。

 

「やはり、まがいなりにも神を祀る場所になら透過もある程度疎外されますか…。どうですか?死神の身体で感じる物理的な痛みって結構なものでしょう?」

 

 いつの間にやら教会に辿り着いていたゆかりはひまりに向けてそう淡々と告げる。痛みでもう動けそうにないひまりはせめて火の一つでも灯そうとゆかりを睨みつける。それを忌々し気に睨みながらゆかりは口を開いた。

 

「ひまりさん…、貴方は何も分かってません…!余所の、誰とも知らない魂を無作法に受け入れた魂がどうなるか貴方に分かりますか…!?人の器を超えた生気に塗れた肉体は、やがて異端の誹りを受けます…。言い換えれば、迫害の対象です…。そうして、それまで繋がっていた人とも離れ離れになって孤独に死んでいくんです…!そして、死後もそう…。輪廻の流れから外れた魂は、その魂からかけ離れたピースを奪われて最後には僅かな欠片になって人間にすらなれない小さな魂となって生きていくしかない…!貴方はあの子を救おうとして、あの子の未来を奪ったも同然なんですよ…!?」

 

 そう、絞り出すように言葉を吐き出すゆかりに、ひまりはしかしその視線を緩めない。

 

「だから…!今のうちに、死神として途中でも戻れるように、罪を認めてつむぎさんの魂を私に…」

「…貴女は、つむぎ先輩の魂は孤独で死んでいく、と言っているようですが…」

「…っ!?」

「それを決めるのは貴女じゃない…。まして、私でもない…!どう生きていくか、誰と付き合っていくか、幸せになれるのかを決めるのは…、つむぎ先輩です…!誰を見て言っているか分かりませんが…、つむぎ先輩はそんな弱い人じゃない…!優しくて、温かい強さを誰よりも持っている…!つむぎ先輩は、幸せを掴んで周りの人と繋がっていける強さを誰よりも知っていて、それを持っている…!私は、先輩を信じています…!だから、諦めません…!」

 

 そう言って、身体を受け止めた柱を支えに立ち上がり、ひまりはゆかりに対して抵抗の意志を示した。それに驚いたように目を見開いて、すぐにゆかりはひまりに鋭い視線を向け直す。

 

「…そう、ですか。なら、もう話す言葉などありません…。ここで、終わりにしましょう」

 

 そう言い残してゆかりは大鎌を構える。立ち上がりはしたものの、ひまりに抵抗の力など残されてはいない。精々睨みつけることしか出来ない。あぁ、ここで終わりか。ごめんなさい、つむぎ先輩。そんな考えだけ頭をよぎって、ひまりは重い瞼をゆっくりと閉じた。

 

「ご覚悟を…!」

 

 その言葉と共に、びゅおんと鎌が空を切る音が響いて、

 

「————だめぇっ!」

 

 そんな叫び声と共に、ひまりの身体に何かがぶつかる衝撃が走った。ひまりは我が耳を疑った。それは、最後に聞きたかったはずの声だったから。その声に弾かれるように瞼を開ける。

 

「…つ、つむぎせんぱ、い…?」

「へ、へへ、へ…。ぎり、せーふ…?」

 

 開けた視界の先、自分に抱き着くようにして身を挺していたのは、紛れもなく入院着に身を包んだ春日部つむぎその人だった。最早崩れ落ちる寸前だったことも忘れて、ひまりはつむぎへと手を伸ばす。

 

「つむぎ先輩…!?つむぎ先輩…!だ、大丈夫ですか…!?」

「へへ…。ちょー…っと、やばいかもね…?もう、あんまり見えないやー…」

「そ、そんな…!?つむぎ先輩、つむぎ先輩…!」

 

 突然飛び出してきたつむぎに驚いたのはゆかりも同じだったようで、ひまりに名前を呼ばれるつむぎに驚きと忌々しい視線を向けながら、ゆかりは一人呟く。

 

「…呆れましたね。霊体の死神が見えるまで、死神の鎌でも一度で刈り取れないまで、他所の魂を植え継ぎしてたなんて…」

 

 そう、つむぎから一度目で刈り取った魂を覗き込んで、ゆかりは一層眉根を寄せる。丁寧な作業と言えば聞こえはいいが、元にあったつむぎの魂に他の魂を念入りに絡ませて決して離れないように結び付けている。これは、離すのは相当根気がいるだろう。

 

「つ…、つむぎ先輩…?」

「あー…、そこの…、死神?のお姉さん、でいいのかなー?」

「…っ。はい、何でしょう?」

 

 鎌を地面に刺して頭を掻いていたゆかりに、突如としてつむぎが声を掛ける。油断していたところに声を掛けられて思わず息を呑んだが、努めて冷静にゆかりは冷淡な口調で言葉を返した。

 

「あーし、よく分からないけどさ…。あーしの魂を差し出せば、ひまっちはいくらかは赦してもらえるん、だよね…?」

「…えぇ。当然、全部とはいきませんが」

「ならさー…、あーし、全部魂差し出すよ?だから、ひまっちのこと赦してほしいなー…?」

「つ、つむぎ先輩…!?何言って…」

「これは、あーしが背負うべきものだから…。ひまっちには、背負ってほしくないかな、って。でも、その代わりに、さ」

 

 そこまで言ってつむぎはもうすっかり弱り切った笑顔を浮かべて、ひまりに呟いた。

 

「あーしのこと、絶対に忘れないで、ね?」

 

 やめて、それだけは言わないで。ひまりが口にしようとした言葉が出てくるより前に、意を決したように振り下ろされた大鎌がつむぎの身体に残された魂だけを刈り取って、そしてつむぎの魂は肉体から完全に切り離された。

 

 

***

 

 

「…さて、これで残ったのは貴方だけですよ。ひまりさん。…幸いつむぎさんの魂だけは回収できましたので、いくらかは減刑されるでしょう。もう諦めて、私と一緒に来て処罰を…、っ!?」

 

 そこまで呟いて、ゆかりは思わず目を見開いた。ひまりが生気を失った目で自らの身体に青の炎を灯そうとしていたから。反射的に、鎌の刃の付け根で腕を弾いて炎を空中へ飛ばす。その様をひまりはやはり活力の一切を失った瞳で捉えている。

 

「…っ、何をしているんですか!?死神が、死神としてその命を絶ったなら、もう輪廻の流れに戻ることもない!ただ、消耗品として世界に摺り潰されるだけです!知らないはずないでしょう!?」

「…いで」

「…?なんです?」

「もう、邪魔しないでよ…?お願いだから…。つむぎ先輩を、守れないで…。情けなく、助けられるだけで…。こんな私に、価値なんて…」

「…っ!ふざけたこと言わないでください…!貴方にはまだ、死神として助けられる命があるはずで…」

「だめなの…」

「駄目?」

「私には、もう、つむぎ先輩しかいないから…。あの人がいない世界になんて、希望はないの」

 

 そう、光の失われた瞳を向けるひまりに、ゆかりはわざとらしく溜息を付いた。

 

「…そんなに、この魂が、つむぎさんが大切ですか?」

「…当然でしょう?」

「…仕方ないですね。じゃあ、裏技を使わせていただきます」

「…うら、わざ?」

 

 それにこくりと頷くだけして、ゆかりは死神の権能とは違う、少なくともひまりは目にしたことのない不明瞭な力を携えて空を裂いた。途端、開かれたのは白い光だけが漏れる謎の隙間。ぼんやりと、綺麗だなとひまりは思った。

 

「今から貴方の魂を刈り取って、この、つむぎさんの魂と一緒にこの隙間へ投げ込みます」

「な、投げ込む…?」

「この隙間は、可能性の隙間。貴方が望むような、つむぎさんと共に生きられる世界に繋がるかもしれない」

「…っ!」

「…ふぅ。あからさまに生気を取り戻しましたね。いいでしょう、その意気です。…ですが、当然思う通りにいかないかもしれない。出会わないどころか、最悪の形で出会うことになるかもしれない。それすら最悪ではなくて、違う世界に離れ離れになるかもしれません。…だから、これは一種の賭けです。貴方が、その賭けに乗るのならば私は貴方に協力しましょう」

「…貴方は」

「うん?」

「貴方は、私達をどうしたいの?…気を遣ってもらっているのだけは、分かるけど」

 

 その問いに、ゆかりは腕を組んで思案する。そうして少し悩んだ素振りを見せて、呼吸を一つ零すと口を開いた。

 

「…私も、貴方と一緒ですよ。愛する人を放っておけなくて、禁忌に手を出した始まりの継ぎ者。原初の裏切り者。ただそれだけ。強いて言えば、それでお節介焼きなだけです」

「…っ」

「それで、どうしますか?貴方は、この可能性に手を伸ばしますか?」

「…そんなの、決まってます」

 

 微笑みを浮かべたまま物言わぬ骸と成り果てたつむぎの身体をぎゅ、と抱きしめてひまりはいくらか生気を取り戻した瞳をゆかりに向けて言った。

 

「…私は、私の、私達の可能性を信じます」

「…そう、ですか。そうですよね。そうじゃないと、話した意味がありません」

 

 そう独り言ちながら笑みを浮かべたゆかりは、ひまりに向けて鎌を構える。

 

「では、僭越ながら三つほど忠言を。ひとつ。魂になっても死神は多少は意志を残します。離れ離れにならないように、しっかりとつむぎさんの魂を掴んでいてください。ふたつ。つむぎさんの為にも、つむぎさんが遺した『忘れないで』の願いは魂に刻んでおくように。そうすればきっと悪い結果にはならないでしょう。みっつ…といっても、これは貴方に一つだけ聞いておきたいことなのですが」

「…はい」

「…何か、やり残したり思い残したことはありますか?私にできることなら、少しなら叶えましょう」

 

 その言葉にぽかん、と少しの間言葉を失っていたが、直ぐに思い当たったようにくすりと笑ってひまりは口を開く。

 

「…それなら、ひとつ。つむぎ先輩に、花を手向けてくれませんか?…私がいつも買っていた、ピンク色のカスミソウを」

「承りました。それでは、よい旅を」

 

 その言葉と共に、大鎌は振り下ろされた。幸いなことに、痛みは微塵にもなかった。

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