そんなの知ってる。
でも、ゆかりちゃんが悪い。
マキちゃんも悪い。
なら、遠慮は要らないよね?
「…お願い、今日は終電逃してほしいな、なんて…」
そう言ったマキちゃんの顔は酷く疲れていて今にも泣きだしそうに歪んでいた。私は「分かった」とだけ答えて彼女の腕に自身の腕を回してその手をぎゅっと握り締めた。マキちゃんは振りほどくこともせずに私の手を受け入れたから、私の疑念は確証に変わってそれが酷く私の心を澱ませた。
マキちゃんは高校卒業と一緒にゆかりちゃんと付き合うようになった。昔から仲が良かったらしい彼女達であったけれど、まさか恋愛にまで発展するとはと周囲からも驚かれていた。でも、いつかこんな日が来るのだろうという予感を少なくとも私は持ち続けていたし、それに悲しさを覚えたのも両手では足りないくらいだ。…私も、マキちゃんが好きだったから、ゆかりちゃんが羨ましかったし同じくらい妬ましかった。
そんな付き合い始めた彼女達だったが、喧嘩は明らかに増えたように思える。特に、ゆかりちゃんが本格的にタレント業をするようになってからはマキちゃんに悩みを相談されることも増えた。「付き合い始めたら細かいことがやたら気になるようになっちゃって」なんて誤魔化されることもあるけれど、一番はやはりゆかりちゃんと共演するタレントさんとの人間関係に対する嫉妬なんだろうな、なんてのは分かる。なんてったって、酔っぱらったマキちゃんが私に相談、というか愚痴るのなんてそれが大半だったから。普段から自制心が強くて、その割に私にはどういうわけかガードの緩いマキちゃんがどれだけ自覚しているか分からないけれど。
それで、今日も私達は終電を過ぎて閉じられた駅を後にしてマキちゃんの家へと向かう。まだ若いし、それぞれの生活もあるからと、ゆかりちゃんとマキちゃんがまだ同居はしていないのはこういう時に便利だ。
「それじゃ、お邪魔しまーす…。…今日、お父さんいるの?」
「あぁ、今日は商店街の慰安会で別の店の人の家に泊まるって連絡来たの。…だから、モカちゃんを誘ったんだ。今日は一人でいられる気分じゃなかったし」
「…そっか。じゃあ、色々話してよ。今日はとことん付き合うからさ」
「…うん。ありがとうね、モカちゃん。何か飲む?チューハイとか、適当に選んでいい?」
「うん、私お酒はあんまり詳しくないからそうしてくれた方が助かるかな」
「分かった」
そうしてリビングに通された私はマキちゃんと缶のお酒で乾杯を交わす。お店で飲むのとは違う人工甘味料的な味わいに思わず顔をしかめるけれど、マキちゃんは気にせずに飲み進めるからそれとなくペースを合わせて、それとなく話を促した。
「…それで、今回はゆかりちゃんと何があったの?また、喧嘩した?」
「…それね。ゆかりちゃん、この前のドラマの打ち上げで男の人とキスしそうになったんだって」
「ん…!?だ、大丈夫だったの、それ…!?」
「ほっぺ引っ叩いて打ち上げ自体も逃げるみたいにして帰って来てくれただけど、それで心配になって、ゆかりちゃんは無防備すぎだよって怒ったらそこから言い合いになって…」
「あぁ、それは仕方ないね…。ゆかりちゃんもまだまだ駆け出しで色々先輩達に気を遣わないといけない立場だし…」
「…でも、それで自分を守れないなら駄目じゃん…。大体、ゆかりちゃんは無防備というか危なっかしんだよ…。私生活も滅茶苦茶だし、私が支えてあげないと駄目なんだから…」
「…駄目になってもいいんじゃないかな?ねぇ、マキちゃん。いつも言ってるけどさ、私にしときなって。…タレントなんて難しい職業の人と付き合うよりもきっとましだよ」
「…モカちゃんだって、DJなんて他の人には難しそうな職業やってるじゃん。私生活も滅茶苦茶なのはゆかりちゃんと変わらないし…」
「こ、高校生の頃よりはましだから!部屋とかもちゃんと片付けてるし、食生活も心配いらないくらいにはなってるし…!」
嘘。流石に掃除や洗濯は昔よりずっと出来るようになってるけれど、食事だけは今でも無茶苦茶だったりする。料理は下手だし外食とかはお金がかかるから、休日とかだと一日何も食べない日とかもあるくらい。でも、ここくらいは強がっておきたかった。
「本当かなぁ?でも、モカちゃんのお誘いには乗れないよ。私はゆかりちゃんが好きなんだもの。モカちゃんみたいにかっこいい人にお誘いしてもらえるのは嬉しいけれど、ゆかりちゃんも裏切れないし…。それに、私みたいなつまらない女と付き合ってもつまんないって…。モカちゃんも、そんな優しいことばっかり言ってると、ゆかりちゃんみたいに悪い狼さんに食べられそうになっちゃうんだから、気を付けなね?無防備なんだから…」
「…っ!」
思わず口から出かかった言葉を飲み込む。マキちゃんは他人を思いやれる強い子だけれど、その実地雷を踏むことも結構多い。さっきだって私の地雷を二つも踏み抜いた。一つは自分をつまんない女なんて言っちゃったこと。こっちはその女の子を十年近く好いているというのに。もう一つは私のことを無防備なんて言ったこと。自分に横恋慕を寄せている相手をほいほい家に上げること以上に無防備なことなんてそうあるだろうか。マキちゃんの方が余程無防備で不用心だ。
「…ん。分かった、気を付けるね」
「ん。分かればよろしい。それじゃ、そろそろ寝ようか?久しぶりに一緒に寝る?」
「…っ!…ぅ、うん」
でも、それをばれたら、もうきっと私達は元の関係に戻れなくなるから私はぐっと堪えてマキちゃんに賛同する。マキちゃんは満足したように笑って、“女友達”の私に一緒に寝る様に誘うから、私はいけないと思いつつもその誘いに抗えずに乗ってしまう。ごめんね、ゆかりちゃん。でも、ゆかりちゃんも悪いんだからね。今日は私の番だから。そんな言い訳をして私はマキちゃんと一緒に二階にあるマキちゃんの部屋へと向かう。
「じゃ、これでも着て?私のだから、多分サイズは困らないだろうから」
「うん、ありがと」
「それじゃ、私も着替えよっと。…なんか、高校の女子更衣室みたいで懐かしいね」
「そ、そうだね…」
無邪気に笑うマキちゃんだけれど、邪な私はマキちゃんの豊満な身体に思わず生唾を飲んでしまう。そんな思いを誤魔化すように急いで着替えて、私より先に布団に入っていたマキちゃんの隣に身体を預ける。
「じゃ、じゃあ、おやすみ?」
「あ、うん、おやすみ。でも、ちょっと電気は待っててもらっていい?」
ヘッドライトに手を伸ばそうとした私を制するようにマキちゃんは言う。その視線は手に持ったスマートフォンに向けられていた。
「…どうしたの?ライン?」
「うん。ゆかりちゃんから。明日、お詫びのデートしてくれるんだって。いやぁ、こう言うときだけはしっかりしてるんだから、彼女としては嬉しいやら腹立たしいやらだよ」
そう、嬉しそうに笑うマキちゃんだけれど、私は内心酷く乱されていた。そもそも、ついさっき地雷を踏み抜かれたばかりだというのに、私にとって特大の地雷を踏み抜いたマキちゃんにも怒りを覚えていたし、それはこんなタイミングでラインを送ってきたゆかりちゃんにもそう。誰だって、想いを寄せている人に目の前で恋人の惚気を聞かされて気分のいい人なんているわけがない。まして、その相手が自身に恋人に対する不満を打ち明けに誘った人なら猶更だ。段々と腹立たしくなって、私は取るべきではない、取ってはいけないと理解しつつもその手段に出てしまう。もう、戻れはしない。でも、構うもんか。マキちゃんとゆかりちゃんが悪いんだから。
「あぁ、返事は返す必要ないよ」
「え、どうしたの、モカちゃ…。って、な、なに…!?」
私はマキちゃんからちょっと乱暴にスマートフォンを奪ってヘッドレストに放り捨てる。そして、困惑するマキちゃんをそのまま押し倒した。高校の時ならいざ知らず、機材の運び出しや会場の設営の手伝いであの頃よりずっと力の付いた私にマキちゃんはすっかり抵抗を封じられたようだった。
「ど、どうしたの、モカちゃん…。ちょっと怖いよ…?」
「…マキちゃんが悪いんだからね?私の前で勝手に愚痴ったり惚気たり…。私の気も知らないで」
「も、モカちゃん…?」
「それに…、さっき私のこと無防備って言ってたよね?だから、教えてあげるよ。マキちゃんの方がよっぽど無防備で危なっかしいって、ね?」
「や、ま、待って…!んむぅ!?」
そんな制止の声も聞こえないふりをして、私は強引にマキちゃんの唇を奪う。どうなのだろう、ゆかりちゃんとはマキちゃんはどこまでしたのだろう?多分、キスくらいはしてるよね?でも、そんなこと知ったことではない、私で上書きしちゃえばいいんだ。まだ、夜は長いんだ。