偽りの死者   作:おぢさん

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プロローグ

 乾いたハイウェイの路肩に、一台の古びたプジョーが止まっていた。

 ボンネットを開け、中年の男が中を覗き込んでいる。

 その横を、黒いスポーツカーが静かに減速しながら通り過ぎ、少し先で止まった。

 夕陽を反射した漆黒のボディが、ゆっくりと後退してくる。

 運転席の男、マイケル・ナイトが窓を下ろした。

「ずいぶん年季の入った車だな」

 中年の男は顔を上げ、困ったように笑った。

 ぼさぼさの髪の毛、意志の強さを表すかのような眉、左右の視線が微妙にずれた藪にらみながら、陽気なイタリア人。

「いやぁ、どうも。古い友人みたいなもんでしてね。機嫌を損ねると、すぐこうなるんですよ」

 その時だった。

「エンジンの点火系統に問題があります。応急修理は難しいでしょう」

 男は目を丸くした。

「……しゃべった?」

「ああ、よくしゃべるんだよ」

 マイケルが肩をすくめる。

「私はKITT。Knight Industries Two Thousand。略してKITTです」

「いやぁ……こりゃ驚いた」

 男は感心したように車を見回した。

 その時、助手席側のドアが小さく開いた。

 どこからともなく現れたバセットハウンドが、当然のような顔で後部座席へ飛び乗る。

「あ、おい、ドッグ」

 男が止めるより先に、犬は丸くなって落ち着いてしまった。

 KITTがわずかに間を置く。

「彼とは気が合いそうです」

 マイケルが吹き出した。

「珍しいな。普段は人間にも文句ばっかりなのに」

「礼儀をわきまえた同乗者は歓迎します」

 後部座席で、ドッグは完全にくつろいでいた。

 男は頭を掻く。

「すみませんねぇ。こいつ、遠慮ってのを知らなくて」

「問題ありません。シートを汚さない限りは」

「おいKITT、お前いま完全に犬相手に譲歩しただろ」

「彼はあなたより静かです」

「傷つくなぁ」

 男は思わず笑った。

 その笑い方には、妙な人懐っこさがある。

「実は近くのスタジオまで行きたかったんですがね。ちょいと知り合いがトラブルに巻き込まれたらしくて」

「スタジオ?」

 マイケルの表情が少し変わる。

「ハリスンのところか?」

「ああ、知ってるんですか?」

「偶然だな。俺たちもそこへ向かう途中なんだ」

 KITTが静かに割り込む。

「目的地が一致しています。同行を提案します」

 男は少し驚いた顔をした後、困ったように笑った。

「いやぁ、助かります。ほんとはレッカーでも呼ぼうかと思ってたんですが」

「私の開発チームが車両修理を引き受けるそうです」

「おい、勝手に決めるな」

「既に連絡済みです」

 マイケルは額を押さえた。

「こいつ、時々俺を置いて話を進めるんだ」

 男は何度も頷きながら、感心したようにKITTを見る。

「いやぁ……便利な車ですねぇ」

「ありがとうございます」

「でも、ちょっと怖い気もするなぁ」

「よく言われます」

 マイケルは助手席のドアを開いた。

「乗るかい? ……ええと」

 男は帽子を軽く持ち上げた。

「フランクです」

「俺はマイケル。こっちはおしゃべりな相棒」

「訂正します。“有能な相棒”です」

「はいはい」

 フランクは、自分の車からよれよれのレインコートを取り出すと、手に持ったまま小さく笑い、黒の車へ乗り込んだ。

 夕陽の中、黒いトランザムは静かに走り出す。

 路肩には、古びたプジョーだけが取り残されていた。

 

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