偽りの死者 作:おぢさん
倉庫の奥から、突然、短い悲鳴が響いた。
乾いた金属音が続き、その直後に何か重いものがぶつかる音がする。
ざわついていた人々が一斉に顔を上げた。
「今の……!」
誰かが叫び、次の瞬間には廊下を駆け出している。
暗い倉庫の扉が乱暴に開かれた。
中は闇だった。
窓もなく、昼間でも照明がなければ何も見えない空間。
人の気配だけが息苦しいほど密集する。
「誰かいるの!?」
「おい、返事しろ!」
混乱した声が飛び交う。
その時。
「灯りを!」
誰かの声が響いた。
次の瞬間、入口脇の照明が一斉に点灯する。
白い光が闇を切り裂き――そして全員が息を呑んだ。
天井の梁から、男が吊られていた。
プロデューサーだった。
首が不自然な角度に折れ曲がり、体はわずかに揺れている。
照明機材のコードが首に食い込み、その下には倒れた脚立。
女性の大きな悲鳴が上がる。
別の誰かが後ずさりし、何かを倒す。
「う、嘘だろ……」
「誰か警察を――!」
パニックが広がりかけた、その時だった。
「全員、落ち着け!」
鋭い声が倉庫に響く。
フェイスマンだった。
普段の軽薄さを消した顔で、入口側へ回り込む。
「誰も外へ出るな。現場を荒らすなよ!」
その声には妙な説得力があった。
ざわめきが少しだけ収まる。
その中で、不意にネッドが小さく笑った。
「おやおや……予定外だな」
ぼそり、と。
だが、妙に通る声だった。
数人が振り向く。
モンキーが眉をひそめる。
「……どういう意味さ?」
ネッドは肩をすくめた。
「なに、個人的なことだよ」
いつもの、人を食ったような笑み。
だがその目だけは、吊られた死体ではなく――周囲の人間を観察していた。
誰が動くか。
誰が怯えるか。
誰が逃げようとするか。
まるで舞台役者が観客を眺めるように。
その様子を、ジェシカ・フレッチャーは黙って見ていた。
視線は鋭い。
ネッドの軽口を聞いても、表情一つ変えない。
ただ静かに、観察している。
そしてそのジェシカを、今度はハンニバル・スミスが見ていた。
ハンニバルは葉巻を口元へ運びかけ――途中で止める。
ネッド。
ジェシカ。
そして、青ざめた顔で沈黙し明りのスイッチのそばに立ち尽くす一人の男。
ハンニバルの目が細くなる。
その瞬間、彼だけは理解した。
自然とハンニバルの顔に笑いが浮かぶ。
それは獲物を見つけた肉食獣の笑いに似ていた。
警察に連絡し、担当の者が到着するのを待て、と言われたものの2時間近くたっても誰も現れない。
皆はじりじりと忍耐が削られていた。
そんな時に倉庫前の砂利道に、低い唸りを響かせながら黒い車が滑り込んできた。
黒いトランザム。
何かのセンサーだろうか、ボンネットには左右にゆらめく赤いランプ。
静かに停止する。
ドアが開き、まず降りてきたのは革ジャンを着た青年だった。
続いて、レインコート姿の中年男がゆっくりと地面に足をつける。
「俺はマイケル・ナイト、探偵だ」
軽く周囲を見回しながら言う。
「こっちはフランク。俺の手伝いをしてる」
その言葉に、ジェシカ・フレッチャーが小さく首を傾げた。
「探偵さんが、どうしてここに?」
マイケルは肩をすくめる。
「スポンサーの依頼でね。どういうわけか“この事件を見てこい”って話さ」
軽い冗談のように言うが、その目は倉庫を一度だけ鋭く見た。
その時だった。
ネッド・ダイアモンドと、フランクの視線が、自然に交差する。
一瞬、空気が変わる。
「久しぶりだね」
ネッドが先に口を開いた。
「こんなところで再会とは思いもしませんでしたね」
フランクは軽く答える。
「君は探偵に転職したのかい?」
「いやぁ……偶然ですよ。マイケルの手伝いをしてるだけでしてね」
フランクは周囲をちらりと見てから続ける。
「それに、ここに来る途中でウチの車がスネちゃいましてねぇ」
その言い方に、ネッドは小さく笑った。
「相変わらずだな」
黒いトランザムの中から、短い鳴き声が響く。
「ワン!」
まるで同意するように。
ネッドはそちらを見て、少しだけ目を細めた。
「なるほどね」
その言葉は軽いのに、妙に意味を含んでいる。
その場の空気は、一瞬だけ静止した。
マイケルはネッドとフランクを見比べる。
ジェシカはマイケルを見ている。
そしてネッドは、誰とも目を合わせていないようで、全員を見ていた。