偽りの死者 作:おぢさん
「これで我々は撤収します」
ロサンゼルス市警の鑑識官がフランクに報告する。
フランクは差し出されたクリップボードの書類にサインを入れて、ボールペンをさりげな くポケットに入れようとしたが、さっとのびた鑑識官の手がそれを阻止した。
「何かあれば連絡します。それでは」
鑑識官はそれだけ言って、警察のバンに乗り込むと走り去った。
フランクはそれを見送ってから殺人現場の倉庫に向き直る。
遺体はすでに回収され、倉庫の空気だけが重く残っていた。
鑑識が写真を撮り、遺体を運び出していくその過程を邪魔する出なく、静かに見守っていた数人の「目撃者たち」。
警察が引き上げたあとも3人が残っていた。
ジェジカとマイケルと、フェイスワン。
「事故か?」
マイケルが小さく腕のコムリンクに問いかける。
答えが聞こえる前にフランクが言った。
「殺人ですよ」
あっさりとした口調だった。
だが、声音には苦々しさがこもっている。
フェイスワンがその横顔を見て、わずかに口角を上げる。
「おたく、何者? 警察とは随分顔が利いてるみたいだけど?」
フランクは軽く額を掻く。
「いやぁ……こんな商売してるとね。刑事さんや鑑識さんと、自然と顔なじみになりまして」
はぐらかすような笑い方だった。
フランクは倉庫に向かってゆっくり歩き出し、自然と三人もそれについてく。
足元を気にしながら、何もない床を丁寧に見ていくフランクを入り口から見守る3人。
死体があったすぐ目の前でフランクは立ち止まり、周囲や天井を見回す。
「この倉庫の明かりは、どうやってつけるんで?」
唐突な問いだった。
フェイスマンは無言で障害物を避けながら壁際のスイッチへ向かう。
手前にあるオブジェをかいくぐってスイッチの前に立つと、芝居じみたしぐさでフランクに向き直った。
「ここさ」
カチ、と音がして照明が消える。
倉庫は昼間なのに入り口から漏れる光だけの暗い空間となった。
再びスイッチが動かされた音とともに明かりが付く。
フランクはその光の切り替わりを見たまま、黙り込む。
死体が吊られていた“空間”を見上げるようにして、しばらく動かない。
やがて、ゆっくりと視線を落とし――
額を搔きながら考え込む。
そして、葉巻を出して口にくわえる、動きを止めた。
入口付近にいる皆を見て口を開く。
「誰か、火持ってませんか?」
一瞬だけ、空気が緩む。
「煙草を吸う習慣がないんだ」
マイケルが軽い口調で答える。
「あー。あたしもね、カミさんにやめろとしょっちゅう言われるんですがこればっかりはやめられなくてねぇ」
フランクは未練を隠そうとせずに、葉巻をポケットに戻す。
そして、壁際のスイッチを再び見て、そして倉庫の外に向かって歩き出した。
無人になったはずの倉庫に動きがあった。
撮影に使われるマネキンが無造作に置かれていた一角。
のっぺらなマネキンの頭がどけられると、ほどよく日に焼けた健康的な肌の、落ち着いた洗練された渋みといたずら小僧のような茶目っ気が同居する白髪まじりのロマンスグレーの頭が現れた。
その隣からは、細身の、こちらも健康的に日焼けした、ころころと表情が変わる、どこか狂気をまとった少年を連想させる風貌の男が現れ、どこに隠していたのか野球帽を取り出して被る。
「どうすんだよ、このままじゃネッドが犯人にされちまうよ」
「慌てなさんなって」
余裕なくマードックに詰め寄られたハンニバルは余裕の表情を崩さない。
「あのレインコート、何者? やけに警察とは仲がいいけどさ」
「さてねぇ。たばこの趣味は合いそうにないのは確かだね」
ハンニバルは愛用の葉巻、ブラニフの吸い口を切って口に咥える。
「ハンニバル。ここでは吸わないでくれ、火事になっちゃうよ」
マードックに言われ、ハンニバルは苦笑してライターをポケットへ戻す。
二人は物があるれる倉庫の中を物音ひとつ立てず、裏口から抜けていった。