偽りの死者 作:おぢさん
庭先では、夜風に混じって葉巻の煙が漂っていた。
マイケル・ナイトはナイト2000にもたれ、腕を組んでいる。
その横で、フランクは相変わらず火の消えた葉巻を口に咥えたまま、何か考え込んでいた。
そこへ、足音。
「お邪魔だったかしら?」
振り向くと、ジェシカ・フレッチャーが立っていた。
「あぁ、どうもどうも」
フランクは慌てて少し姿勢を正す。
ジェシカは軽く微笑した。
「ちゃんとご挨拶してなかったわね。ジェシカ・フレッチャーです」
「いやぁ、どうも。フランクです」
マイケルが横で微妙な顔をする。
「普段は教師を?」
フランクが何気なくジェシカに尋ねる。
「あぁ、いや、そんな大したもんじゃありませんで。あたしの甥がね昔通ってた学校の話をするんですが、あなたに雰囲気が似た先生の話をするんですよ」
「なるほど。あなたがフィリップの“自慢のオジサン”ね」
フランクが急に目を丸くした。
「え?」
「キャボットコーブで国語教師してたわ。その時の教え子にあなたみたいによくしゃべる子がいたのよ」
「驚いた! じゃぁあなたがあのフレッチャーさん?」
フランクはフレッチャーに向き直る。
「甥っ子はもうね、すごくもう自慢するんですよ。あなたのサインが入ってるのをね」
フランクの興奮に、マイケルが思わず吹き出しかける。
フランクは止まらない。
「もう自慢するんですよ。“最高のシナリオライターからもらった”って」
ジェシカは穏やかな笑みを崩さない。
だが、その視線だけは鋭かった。
「聞いていた通りだわ」
一瞬、沈黙。
フランクは葉巻を持ったまま固まる。
マイケルは二人を交互に見た。
フランクは困ったように頭を掻いた。
「いやぁ……甥っ子ってのは、余計なことまで喋るもんですねぇ」
「あなたたちは、よく似た一族ね」
ジェシカは小さく笑った。
「フィリップから聞いていた以上に面白い方ね」
「いやぁ、そんなことありませんよ」
「いいえ」
ジェシカは首を振る。
「少なくとも、判事を騙して真犯人を逃がしたことのある人はそう多くないわ」
フランクも、マイケルも、ジェシカを見る。
そしてフランクが恥ずかしそうに俯いて額をかく。
「いやぁ、その話はですね……」
ジェシカは構わず続ける。
「弁護人はメイスン先生だったわね」
完全に沈黙するフランク。
「ちょっと待て」
マイケルが言う。
「何の話だ?」
ジェシカは肩をすくめる。
「古い事件よ」
「古い事件?」
「余命いくばくもない元女優が夫を殺した」
ジェシカは静かに言う。
「そして女優が人生を全うするまでの数週間、ある役者が真犯人の振りをした」
フランクが顔を覆う。
「ある刑事と共謀して判事をだまし切ったのよ」
ジェシカは微笑んだ。
「結構有名な話しよ」
マイケルがフランクを見る。
イタリア人は恥ずかしそうに、うつむいて額を搔いていた。
ハンニバルは葉巻の煙を吐いた。
バーラウンジには二人だけが残っていた。
「お前とフランク、ただの知り合いには見えんがな」
ネッドはグラスを揺らした。
「ああ、昔ね」
軽い調子だった。
まるで昔の撮影現場の失敗談でも語るように。
「彼とグルになって判事を騙したことがあるんだ」
ハンニバルの葉巻が止まる。
「……なんだって?」
「バリバリにカメラの前に立ってた頃の話さ」
ネッドは笑う。
「もっとも、彼はいまだにその話をしたがらないけどね」
「詳しく聞こうか」
ネッドは肩をすくめた。
「大げさに話すようなもんじゃないよ」
少しだけ笑みが消える。
「ある女性がいたんだ」
ネッドは静かに話し始めた。
「事情が重なってね。人を殺した」
ハンニバルは黙って聞いている。
「本人は知らなかったが、彼女にはもう時間がほとんど残されていなかった」
ネッドは間をとるようにグラスに軽く口をつける。
「だから私が真犯人を演じた。本職だからね」
「お前、正気か?」
「当時はそう思ったんだよ」
ネッドは苦笑した。
「ところがさ」
グラスを持ち上げ、かざすようにして向こうを見る。
見ているのは、過去か。
「凄腕の弁護士が出てきた」
ハンニバルが笑う。
「敵に回したのか」
「違うよ」
ネッドも笑う。
「巻き込むのが大変だった」
「なんでだ?」
ネッドは呆れたような顔になる。
「なにせ、その弁護士ときたら無実の人間しか弁護しないんだ」
ハンニバルの眉が上がる。
「こっちは判事たちを騙そうとしてる」
ネッドは続けた。
「なのに開口一番――」
そこで声色を変える。
「"なぜ真犯人をかばうんです?"」
ハンニバルが吹き出す。
「見抜かれてたのか」
「完全にね」
ネッドは肩をすくめた。
「私の演技なんて五分も持たなかった」
「当然だな」
「ああ、当然すぎて困ったよ」
ネッドは笑った。
「だから私はお願いしたんだ、私が犯人じゃないことを証明するのは、しばらく待ってくれってね」
グラスを干す。
「フランクの人生でも、たぶん最も説明の面倒な事件だったと思うよ」
ハンニバルは数秒黙ったあと笑い出した。
「なるほど」
葉巻の煙を吐く。
「そりゃフランクが嫌がるわけだ」
ネッドは空になったグラスを掲げた。