偽りの死者 作:おぢさん
ホイットモアは一人、ベッドに座ってグラスを傾けていた。
呆然と。
倉庫で電灯を操作した時のような青い顔ではないが、生気が失われた表情は同じだった。
何か背負っていたものを下したかのようにも見える。
ノックが静寂を破った。
返事も待たずに扉が開く。
開けたのは、モーゼフ・ライト、照明技師だ。
「ここにいたのか」
ホイットモア、顔を上げる。
「何?」
モーゼフはビール瓶を片手にもっていた。
少し酔ってる。
「いやさ」
少し笑うモーゼフ。
「お前なら、ハリスンの死を喜ぶかと思ってた」
モーゼフの言葉に、ホイットモアのグラスを握る手に微妙に力が入った。
呼吸2回分の沈黙の後にホイットモアは不機嫌そうに口を開いた。
「どういう意味だ?」
「だってさ。 散々揉めてただろ」
モーゼフはビール瓶を持った手でホイットモアを指さす。
「お前、あの人に人生潰されたって何度も愚痴ってたじゃないか」
ホイットモアは目をつぶり、顔を左右に小さく振って見せる。
「そこまで仲が悪かったわけじゃない」
グラスを傾け、そして、モーゼフを見つめる。
「付き合いも長かったしな」
「ま。お前がやったとは思わんよ」
モーゼフは軽く笑う。
「お前の顔色を見てな。気になって様子を見に来たんだが、その様子じゃ大丈夫そうだな」
「なんだ、心配してくれたのか」
「お互い、付き合い長いからな。お休み」
モーゼフは扉を閉めて姿を消す。
立ち去る足音はすぐに聞こえなくなった。
ホイットモアはグラスを干してサイドテーブルに置き、そのままベッドの上にあおむけになった。
駐車場に止まっている車が放つ赤い光がカーテンの隙間から漏れてわずかに揺れている。
しばらくそのまま天井を見つめていたが、やがて起き上がり、寝るために着替えを始めた。
締め切ったガレージの中は、煌々と明かりが灯されて、暑いほどだった。
ハンニバルは葉巻を加えたまま、火も付けづに何かを考えこんでいる。
巨躯の黒人、バラカスは無言で両手に持ったダンベルを交互に上げ下げしている。
「何さ、ハンニバル。難しい顔しちゃって」
マードックがコロコロと表情を変えながら現れた。
「とっくにベッドメーキングは終わってるよ、夜更かしは体に毒だぜ?」
マードックの軽口にも反応を示さず、考え込んでいるハンニバル。
バラカスは3~4回、ダンベルを上げ下げして、反応を示さないハンニバルに視線を向けた。
「おい、ハンニバル」
バラカスが声をかけても考え続けるハンニバル。
「どうしちゃったのさ、ハンニバル? なにか変なものでも食べたのかい?」
マードックがハンニバルの顔を覗き込む。
ハンニバルは何を言ってるんだ、という表情をする。
「晩飯は、お前と同じものだったろ」
「あぁよかった。てっきり生きたまま固まっちまったかと思ったよ」
マードックがわざとらしく自分の胸をなでおろして見せる。
それを見ながら微笑するハンニバルが、ポケットからジッポーを取り出し、葉巻に火をつける。
「コング。ちょいと手伝ってくれ」
ハンニバルが指さしたのは、ガレージの奥に泊まっている、砂埃を被ったピックアップトラック。
「備えあれば憂いなしってね」
自信たっぷりに言うハンニバルを怪訝そうに見るマードック。
「備えって、何に備えるのさ?」
ハンニバルは手にした葉巻をすいっと動かす。
まるで車が走る様子をジェスチャーで示すかのように。
「逃げるには、足がいるだろ?」
「逃げるって、誰が逃げるっていうんだい?」
「こういう時、人間がやるこたぁだいたい決まってるんだよ」
マードックとバラカスは視線を交わしてからハンニバルを見た。
ハンニバルは自信ありげな顔をしている。
「おい、今からか?」
「そうだよコングの言うとおりだよ、ご近所迷惑になっちゃうよ?」
「ま。そう言いなさんなって」
ハンニバルは自信たっぷりに、ニヤリと笑った。