星彩メランコリー   作:五人囃子の太鼓

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 プロセカにわかです。対戦よろしくお願いします



流れ星は燃え尽きて

 

 

 小さい頃からずっと仲のいい友達がいた。

 

 その一人がバンドをやってみたいと言い出して、練習を始めた日。とはいっても僕自身は楽器を鳴らすことはしなかったのだけど。

 というのも、僕は音楽全般に関する才能というものがないどころかマイナスの域にまで達している。音楽の授業で教師にやんわりと合唱の輪から追い出されることも少なくなくて、それは楽器に関しても似たようなものだった。それを自覚していたために演奏の方は自分から固辞し、ほかの四人の練習を聴くことに徹することにしたのだ。

 流星群を見たのはその練習の帰り道。満足気な四人の一歩後ろを歩いていた時のことだった。当時の自分は流星群の正体が塵の粒ということを本かなにかで読んで知っていたけれど、そんな余計な知識はあの光景を目にした途端にするりと指先から抜け落ちていった。

 その夜、星に願ったことが二つある。

 

 ひとつはこの先も五人で仲良く過ごせること。

 

 もうひとつは、音楽の才能が少しでもマシになること。

 

 

 

 星空の下で、そんな昔のことを思い出した。今日はやたらと星が多くて落ち着かない気分になる。緞帳のようないつもの夜空の方が僕の好みだ。

 一条の軌跡が空を過る。それは願いを唱える暇なぞ与えんとばかりに一瞬で燃え尽きて。

 手元の文庫本に視線を戻す。読みかけだったそれは栞を使わず指で留めていたために、わずかに指の脂が滲んでしまっている。スラックスで手を拭いた後で、またページをめくりつつ歩き出した。

 

 

 

 

 

 午前七時、まだ日の低い、影に沈んだ住宅街を抜けていく。駅前にそびえる背の高いビルが日光を反射して水面のようにきらめく。朝の静寂も相まって川底を歩いている気分になる。通りに出て自動車の駆動音が耳に入るまでのわずかな静けさを噛みしめる。

 駅が近づいた時、堅い靴底を鳴らす雑踏に混じって信号を待つ見知った顔を見つける。声をかける前に、相手もこちらに気が付いた。

「おはよう、なーくん!」

「おはよう。早いな」

「久しぶりの学校だって思ったら、なんだか目が覚めちゃった」

 そう言って咲希ははじけるような笑顔を見せた。目的地は違えど方向は同じなので連れだって駅へと歩き出す。

「なーくんこそ早いけど、いつもこの時間?」

「癖になってるんだよ、早めに行動するの」

「昔からそうだよね。いっちゃんたちと待ち合わせするときだって、いつもなーくんが一番だったもん」

 楽しそうに目を細める咲希。僕はともかく本当に久しぶりに会う友達もいるだろう。こうして思い出をなぞりながら今日という日を心待ちにしていたのかもしれない。

 雲ひとつなく澄み渡った空に軽い眩暈を覚えて、少し足がふらついた。

「なーくん?」

 一瞬立ち止まったこちらを咲希が不思議そうに振り返る。そんな表情にさえ、どこか微笑みをたたえている。まるで未だにあの星空の下にいるかのようだと思う。

「なんでもない」

 抜けるような青空の下をまた二人並んで歩き始める。友達みたいに雑談を交わしながら。

 

 

 

 

 三城高校は男女共学の全日制都立高校であり、このあたりの公立としてはそこそこの進学校と言われている。

 それはさておき、三城に限らずほとんどの高校では音楽、美術、書道の三つからひとつ選択して受講することになっている。当初僕は書道を選んだのだが、新学期からほどなく書道担当の教師が家庭の事情でその席を空けてしまう。これによって書道選択の生徒は一時的に他の二つに振り分けられる運びとなった。

 あくまで一時的な措置だと考えていたのだろう。希望を取らず適当に振り分けた学校側の対応も分からなくはない。音楽教師の対応も悪かった。授業だけなら口パクで誤魔化せたものを、間の悪いことに成績評価のための実技テストを書道から来た生徒も含め全員で行うとのたまったのだ。

 結果は言うまでもなく惨敗。マンガのように聴く者を失神させたり、吐き気を煽ることこそなかったものの、聞くに耐えかねた同級生の中には耳を塞ぐ者もいた。美術に移そうにもあまりに露骨な上に、希望を聞かず振り分けた手前一人だけ特別扱いするのもよろしくない。結局学校、もとい音楽教師は出席さえすればこちらの行動に文句を言わないことにしたらしかった。

 未だに戻らない書道教師のせいで今日もまた音楽教室に駆り出される。幸いと言っていいのか、最近の授業は合唱ではなくクラシックギターだった。とはいえチャンネルを変えただけでクオリティまで変わるわけでもない。弦を押さえる指が追いつかず、コードになり損ねた不協和音が入り混じる。テンポなんてあったものじゃない。指板から手を放して膝にのせたギターに体重を預けた。

 ギターに関しては授業なりに真面目に取り組んでいる自負はある。それでも本職からしてみれば付け焼き刃もいいところだろうが。総じて見れば初心者の域すら出ない練習量だ。それにしたってまったく向上の兆しが見えないのだから始末に負えない。

 弦を押さえることなくストロークすると簡素な音色がやけに響く気がした。

 

 

 

 

 部活には入っていないから、放課後にはすぐに帰途につくことにしている。駅を出て家路を歩いていると今朝に続いて見覚えのある後ろ姿が目に入った。

「穂波」

「あ…奏多くん」

 かすかに揺れた声を取り繕うように微笑む穂波にならって気付かないふりをして歩み寄る。時間帯から察するに穂波も学校の帰り道のようだった。並んで歩いていても珍しく会話はない。沈黙が苦ではないタイプの僕はあまり気にしないけれど、やや重苦しい雰囲気なのは間違いない。

 お互いになにも言わないまま街を歩いていると、地面に小さな染みが生じた。染みはひとつ、またひとつと数を増やし、やがて勢いを増していく。

 僕がリュックサックに常備している折りたたみ傘を広げても、穂波は傘を取り出す様子がない。雨に気付いていないはずがないのに、首を差し出すようにうなだれている。

「か、奏多くん⁉︎」

 肩を寄せて折りたたみ傘に入れてやると穂波は目を見開いてこちらを見る。が、思ったより近かったのかすぐに顔を逸らされた。気にせず前を向いたまま、穂波の歩幅に注意して歩く。雨粒のカーテンの内側、肩の触れ合う距離では互いの息遣いさえ耳に届く。

 俯きがちな彼女の様子と咲希が復帰したことを考えれば、推測は難しくない。もうかなり以前から穂波と、それに志歩は幼馴染を避けている。きっと今日はぎくしゃくしたやり取りがあったのだろう。学校の違う僕とはいくらかまともな会話があるけれど、理由までは知らない。

 夕立は通り雨だったらしく、帰り道が分かれるころには止んでいた。晴れ間から傾き始めた日がのぞき、時々水たまりに反射して目を灼いた。

「ありがとう、奏多くん」

「どういたしまして」

 穂波に背を向けて歩き出す。胸ポケットからワイヤレスイヤホンを取り出して、耳に装着する。自分でやるのはともかく聴く分にはむしろ好きだと言える。動画アプリが一大メディアとして幅を利かせる昨今、音楽は無料で楽しめる数少ない娯楽のひとつなのだ。

「…、奏多くん」

「──何か言った?」

 片方のイヤホンを外して振り返る。今日初めて正面から穂波と向かい合う。いつも通りの調子で、青みがかった目をまっすぐに見据える。

 瞳が揺れる。その視線が僕の目に弾かれるようにして彷徨う。

「…ううん、なんでもない」

「そっか」

 踵を返して我が家を目指す。足並みを揃える必要がなくなって、歩くペースが速くなる。傘をさしていたとはいえ、折り畳み傘を二人で使っていたから足元はかなり濡れてしまっていた。踏み出す度に水を吸った靴下の嫌な感触が足に伝わる。付け直したイヤホンから軽快なポップスが流れて、世界の呼び声をジャックした。

 

 

 

 

 未成年の行動は二十二時を境に大きく制限される。塾の授業が終わるのもちょうどそれくらいの時間帯だし、高校生は二十二時以降のアルバイトを法律で禁止されている。まっすぐ家に帰らなければ補導の憂き目に遭うことだろう。つまり何が言いたいかと言えば、塾からの帰路ではバイト帰りの知り合いと出会すことが間々あるということだ。

 ベースを担いだ背に向けて自転車のベルを鳴らすこと三回。振り返ることも立ち止まることもしない人影に追いついて隣に並ぶ。

「うす」

「ん」

 夜道での遭遇も慣れたもので志歩の挨拶は短い。最初に背後から驚かせてしまって以来、ベルを鳴らしてから声をかけるようにしているけれど、それはそれで面白みに欠けるような気はする。次はこっそり近づいて驚かせるのもいいかもしれない。

 終わりゆく一日を振り返り、他愛のない雑談を交わす。

「今日音楽の授業でギターやったんだ。クラシックだけど」

「奏多、音楽選択にしたの?」

「不本意ながら、成り行きで」

 目を丸くする志歩に軽く肩をすくめて見せる。僕の音痴加減は周囲に知れ渡って久しいが、なかでもそれを一番理解している志歩にしてみれば意外も意外といったところだろう。一時期音痴を克服しようと四苦八苦していた僕に志歩は付き合ってくれていた。最終的にはどうにもならないと僕が諦めてしまったのだけれど。

「それで、志歩の凄さを実感した」

「…急になに?」

「ずっとベースに打ち込んでるから。まあ音楽に限らずだけど、何かひとつのことを努力し続けるってスタンスの人は尊敬できるって話」

 僕が途中で諦めただけで、さらに血の滲むような努力を続ければ普通に歌えるようになる日が来るのかもしれない。

 けれど、挫折とか絶望とか、そういうありふれた困難と闘い続けるのは誰にでもできることではない。そうでなくても日夜研鑽を積む志歩は僕なんかとは比べ物にならないくらいの挫折を味わってきただろうに。

「そんなの、奏多だってそうでしょ。小説書いてるんだし」

「いや、それは趣味が高じてというか…正直努力したって実感ないし」

 本当に、音楽の分の才能がごっそり削られて文才に割り振られでもしたのだろうか。趣味で書いたネット小説があそこまで評価されるようになるというのは逆に怖い。評価されること自体はうれしくはあるけども。

「…もし私が奏多と同じくらい演奏ができなかったら」

 不意に聞こえた志歩の声は意味が音に遅れてやってきたかのようで、すぐに意味を飲み込むことが難しかった。

「それでもベースを続けられたと思う?」

「…ああ」

 言葉の意味を咀嚼して、いくらかの間を置いた後で頷く。等間隔の街灯が、こちらを向いた志歩の顔を途切れ途切れに照らした。穂波といい志歩といい、今日は随分感傷的になっているような気がする。久しぶりに咲希に対面したことを考えれば別に妙なことでもないのだろうけど。

「諦められないから、志歩は。好きなこと」

「…!」

 好きこそものの上手なれ、なんて言葉があるように、たとえ下手でも『好き』を原動力に進み続けた末に結果が付いてくる──こともある。志歩が僕と同じレベルだったとしても、諦めることはないだろう。僕とは違って。

 会話の流れとはいえ、らしくもなく実がありそうな話をしてしまった。押している自転車を挟んだ反対に視線をやると、志歩はいつの間にか顔を背けている。

「耳赤い」

「うるさい」

 志歩の拳が両手のふさがった僕の脇腹を打つ。反射的に声をあげたものの、それほど力は入っていなかった。

 と、じゃれているところにポケットのスマホが震える。確認してみれば咲希からで、放課後に一歌と遊びにいったという旨のメッセージとともにタピオカミルクティーを片手に携えた二人のツーショットが送られてきた。

「…っ」

 水を打ったように会話が止まる。自転車のチェーンが小刻みに鳴る。通りの方でバイクがエンジンをふかす音がけたたましく響いている。

「おやすみ」

 そう言って別れた時の志歩の背中は少しだけ遠かった。

 

 

 

 

 それを見つけたのは下校途中の電車の中だった。

 日常的に音楽を聴くとはいえ、それは無料の動画アプリで充分事足りる程度のもの。ちょくちょく広告が挟まるのが難点といえば難点ではあるが、一曲フルで聴くくらいの尺なら動画の途中で広告が入ることはない。曲が中断されないなら我慢できる範囲だ。他のストリーミングを使うこともない。

 アニソン、ポップス、ロック、たまにジャズ。どちらかといえばアップテンポな曲調が好みだけれど、ジャンル自体にあまりこだわりはない。ともかく、動画アプリは履歴を洗って似たようなジャンルがおすすめするのだけど。

「"Untitled"…?」

 サムネイルも投稿者のアイコンも白紙。本来表示される投稿者のユーザー名や動画の再生時間すらない。極めつけに動画名は『Untitled(無題)』。スマホの画面設定が白主体なせいで動画名だけが浮かんでいるように見える。得体の知れないその動画のサムネイルをしばらく吟味する。どれだけ眺めたところでまっさらなキャンバスには文字も画も浮かんでこない。見慣れた街並みが視界の端を流れていく。

 サムネイルの横にある縦の三点リーダーを押して、「興味なし」をタップする。『Untitled』の文字が消えて、スクロールしてきた下の動画がその空白を埋めた。改めておすすめに挙がったロックを流す。ほとんど同時に隣の線路を走る電車とすれ違う。乾いたスネアと疾走感のあるギターが世界の息吹をかき消した。

 

 

 

 

 

「見つけられるといいね。一歌たちの、本当の想い」

 ミク曰く「セカイ」という名の不思議な教室。私たちの想いから生まれた場所。

「私たちの…」

 改めてそう言葉にして、ふと首を傾げる。私と咲希と志歩と穂波。このセカイに集まったのはその四人。でも、もう一人。

「ねえミク、奏多はここには来ないの?」

「あ、ホントだ!」

 急なことで頭がパニックになっていたせいで頭から抜けていたけれど、私たち四人が来たのに奏多が来ないのは考えてみれば不自然だ。隣にいた咲希もそう思ったみたいだった。

 尋ねてから言葉が足りなかったかなと思う。ミクが当たり前のように私たちの名前を知っていたから、奏多のことも知っているものとして話してしまった。

「えっと、奏多っていうのは私たちの幼馴染の男の子で──」

「大丈夫、わかるよ」

 ミクは私を制して大きく頷いた。けれど、最初に顔を合わせたときから柔らかだった彼女の表情に初めて影が差した。

「奏多はこのセカイには来られないんだ」

「え…」

「なーくんだけ、どうして⁉」

 咲希の疑問にミクは口ごもってしまう。それが何かすごく不吉なことに思えて、私は知らないうちに自分の拳を強く握っていた。

「奏多は、このセカイを拒んでいるから」

 私たちの想いというのがどんなものかは、まだ分かっていないけれど。

 言いづらそうに答えたミクを見て、奏多がいないことがとても恐ろしいことのように感じた。

 

 

 

 

 





十六夜 奏多
身長:168cm
趣味:読書 執筆活動
特技:読み聞かせ
苦手なこと:音楽関連全般

話の都合で新しい学校を生やしました。

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