1000字くらい書いて放置してたのに手をつけたら筆の進むこと。
次も早めに投稿できればいいな
むかしむかし、あるところにモンタギュー家とキャピュレット家という対立する二つの名家がありました。両家の人間は召使いに至るまでお互いを敵視しており、街で顔を合わせればあわや殺し合いに発展するほどでした。
ある夜、キャピュレット家の当主からそうとは知らないままに晩餐会へ招かれたモンタギュー家のロミオはキャピュレット家の娘、ジュリエットと出会い恋に落ちます。ジュリエットもまたロミオに心を奪われ、彼がモンタギュー家の人間であることを嘆きました。
「ああ、ロミオ! あなたはなぜロミオなの?」
その言葉にバルコニーに立つジュリエットを庭から見上げていたロミオが姿を現します。指先を触れ合わせることも叶わない距離で二人は互いに愛を誓い、神父の力を借りて秘密裏に婚姻を結びました。
その直後、キャピュレット家のティボルトがロミオの前に現れて彼の無礼を糾弾し、決闘を迫りました。ロミオは穏便に場を収めようとしましたが、しびれを切らした親友のマキューシオが剣を抜き、返り討ちにあって命を落としてしまいます。逆上したロミオは再び現れたティボルトと闘い、殺してしまいました。これが原因でロミオは追放されてしまいます。
一方、ロミオと引き裂かれ悲しみに暮れていたジュリエットは両親から半ば強制的にパリスという青年貴族との縁談を取り付けられてしまいます。ジュリエットが助けを求めて神父の下を訪ねると、神父は一定時間心臓を止めて仮死状態になる薬を手渡します。薬を飲んだジュリエットが死を偽装すれば、ロミオを手紙で呼び戻して駆け落ちできる可能性があるというのです。ジュリエットは神父の策を実行することに決め、自室で薬を飲みました。
ロミオは従者からジュリエットが亡くなったとの報せを受け、彼女の隣で死にたいとキャピュレット家の墓所へ向かいます。神父の計画を記した手紙はロミオには届かなかったのです。墓所に到着したロミオは墓荒らしと誤解して自身を捕えようとするパリスと闘い、やむなく殺してしまいました。ジュリエットの亡骸と対面したロミオは毒薬を飲み、彼女に口づけして息絶えます。目を覚ましたジュリエットは嘆き悲しみ、ロミオに口づけすると短剣を胸に刺して彼の遺体に折り重なるように息を引き取りました。
神父から事のあらましを聞いた両家は改心し、このような悲劇を二度と繰り返さぬよう手を取り合うのでした。
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原作準拠とはいうものの、演劇というものは普通にやればかなりの時間がかかるわけで。それに足る持ち時間もなければやり遂げるだけのノウハウもないというのが実情である。必然脚本は原作より薄くなる。
細かい役の割り当てや練習のために台本の作成は急務だった。授業が始まる前の朝の時間帯、学校のパソコンを使ってセリフを打ち込んでいく。
人が死ぬ場面は必要最低限を残して端折り、その分配役も削る。恋愛面に焦点を当てて主役の二人を中心に話を組み立てれば必要不可欠なのはバルコニーのシーンとクライマックスだけだ。
「正直、茶番だよな」
人の増えてきた教室の喧騒に紛れる程度の、決して大きくはない声。その出所を探れば教室の後ろで二、三人の男子が固まっている。
「加賀と三浦の仲を応援しようっていうのが見え見えだしさ」
「仕事が少ない分バランスはとれてると思うけど」
その二人の名前には聞き覚えがあった。
曰く、平成のラブコメから飛び出してきた主人公。青春の甘酸っぱさの権化。漫画の如き両片思いの恋模様はクラスの見世物としてもっぱらの評判だ。近頃は三浦さんの方に転校の話が出ていて、クラスでは二人の関係やいかに、という話題で持ちきりである。そして二人は暫定で劇の主役をそれぞれ務めることになっていた。
察するに、ダシに使われたということなのだろう。あの二人をくっつけようとクラスが結託して文化祭の出し物を決めた。なんともまあ呆れた結束力である。
パソコンを閉じて、眉間を揉む。一限目を放り出してセカイに籠もってしまいたかった。
「十六夜君、ちょっといいか?」
一瞬狸寝入りを決め込もうと思ったけれど、声の主が担任であることはすぐにわかった。わざわざ渡り廊下の方まで連れ出されてから、用件を告げられる。
「文化祭の劇なんだけど、少し内容をマイルドにしてもらえないか」
「はあ」
「『ロミオとジュリエット』、私も読んでみたんだが、内容が過激というか……クラスのみんなで決めた演目とはいえ、一般の人も観るわけだし」
なるべく苦言にならないよう気をつけている、というのは言葉尻から伝わってきた。教室から遠ざけたのはクラスのやる気を削がないためだろう。台本を作る前からあらすじを確認していることといい、真面目な人だ。
「最初からそのつもりだったので、大丈夫です」
鳩が豆鉄砲を食ったような担任に会釈して歩き出す。教室には戻らないまま、階段を上っていく。屋上の鉄扉の前で曲を再生する直前、予鈴が鳴った。
問題が発生したのは文化祭当日を週末に控えたある日のことだった。
「うお! 松木、お前その足どうしたんだよ⁉」
教室中に響く声とともに小さな動揺が伝播していくのを感じた。手元の本から目線を上げると、教室の入口に松葉杖をついているクラスメイトの姿があった。
「日曜の練習で捻挫してちゃってさ。……悪い、文化祭前なのに」
サッカー部に所属するそのクラスメイトは演者組のひとりとして舞台に上がることになっていた。口ぶりからして完治には時間がかかるのだろう。読みかけのページに視線を戻す。
「マジか……ってことは代役探さなきゃ、だよな」
「でも本番までもう時間ないし、ほかにセリフ覚えてる人なんて……」
中心となって話を聞いていた実行委員の言葉がそこで途切れる。迫る足音も気にすることなくページをめくる。
「十六夜、ちょっといいかな?」
面と向かっての呼びかけを無視するほど往生際は悪くない。
残念ながらと言うべきか、喜ばしいことにと言うべきか。怪我をしたクラスメイトに合わせて仕立てられた衣装は背格好の近い僕にぴったりだった。
ロレンス神父は対立する家柄にあるロミオとジュリエットの結婚を秘密裏に支える協力者という役柄だ。神父らしく主役の二人を導く存在で、望まぬ婚姻から逃れるためジュリエットに仮死状態になる薬を渡すのもこのロレンスである。
そこそこに出番のある人物だけにセリフも多い。自分が書いたとはいえ台本を丸暗記しているわけではないから半分程度はアドリブになる。台本を暗記している役者陣は上手く対応できず、教室での簡単なリハーサルは散々な出来だった。本番までにはなんとか形になる、と思いたい。
「……」
喉が渇いていた。さんざんセリフの練習をしたために水筒は空になっている。自販機で水を買って口に含む。味気ないというのは、きっと水を買った人間の感想としては的外れだ。そもそも水には味が無い。けれど、どうしてかそう思った。
逢魔時の空の下を歩き続ける。家路を逸れて、気の赴くままに。夕食に入るレストランを吟味するように、視線を巡らせながら。
『奏多、大丈夫?』
仕事帰りのサラリーマン、宵の口の空、人気のない公園。
ともかくどうにかして気を紛らわせようと辺りを見回していると、スマホから気遣わしげな声が聞こえてくる。
「大丈夫だよ、ミクさん」
『……ううん。いつもの奏多なら、まずはどういう意味かわからないってとぼけるはずだよ』
その分析は正しい。他ならぬ僕自身がそう納得してしまったからこそ、一瞬余計な沈黙が生まれる。ミクさんの追及をどう躱したものかと思考を回転させて──
「奏多ー!」
横合いから指向性スピーカーのような声が強く鼓膜を震わせた。
「ほら、奏多の分だ」
「ありがとうございます……よかったんですか? ご馳走になって」
薄い包装紙から伝わるたい焼きの熱を持て余してそんなことを尋ねると、司先輩は鷹揚に頷いた。
「咲希から聞いたが、最近は文化祭の準備で忙しいんだろう? 先輩からのささやかな労い、というやつだ!」
「『ロミオとジュリエット』をするんだよね! あたしたちも観に行っていいかな?」
司先輩の後ろから鳳さんが顔を出した。どうも歩いているうちにフェニックスワンダーランドの近くまで来ていたようで、稽古帰りの四人が勢揃いしていた。
「それはいいけど……期待に応えられるかは正直微妙というか」
「何かトラブルでもあったのかい?」
「それもあります」
演者に欠員が出てそれを補うために急遽白羽の矢が立ったこと、今日の練習がうまくいかなかったことを説明する。
「流石に音楽ほどじゃないけど、演技もそんなに得意じゃないんですよね」
セリフが覚えられないとか、あからさまに棒読みとか、そういうことはない。ただ、自分が起こした文章以上のことを演技で表現できない。それは僕にとって納得のいく演技とは言えなかった。
「確かに、司くんから君の演技について聞いたことはなかったね」
「……『それも』ってことは、他にも理由があるの?」
「もうひとつはシンプルに演目の問題です」
鳳さんが知っているかはわからないが、『ロミオとジュリエット』はハイテンションで観に行くようなストーリーじゃない。対外的に、というのもそうだが、高校生活の思い出としては担任が心配するのも当然といえば当然だ。
「本当に、なんで『ロミオとジュリエット』にしたんだか。恋愛モノなら『シンデレラ』なり『眠り姫』なり、なんでもよかったろうに」
「その口ぶり……もしや、奏多が演目を決めたわけではないのか?」
「僕ひとりの作品ならいざ知らず、
ただ、『ロミオとジュリエット』は僕の創作活動に大きな影響をもたらした作品であることは事実だ。
やり場のない感情が対流しながら膨らんでいくあの感覚。
心を震わせるという点で、それは確かに感動だった。そういう感動の形もあるのだと知った。
けれど残念ながら僕の受けた感銘について理解を得られた経験は多くない。一歌たちが言うには「どうしてそんなに楽しそうなのかわからない」らしい。小学生の頃の咲希にいたっては後味の悪い結末に泣き出してしまった。
満天の星空も悪夢のような悲劇も関係なく、ただ美しいものに心惹かれる。それはきっと瑕疵なのだろう。夜空に浮かぶ、あの月の隈のように。
「自分の嗜好が多少ズレてる自覚はありますから」
「……ショーに誘った時、乗り気でなかったのも同じ理由かい?」
軽く肩をすくめたままに、金色の瞳を見遣る。楽し気な薄笑いは鳴りを潜め、幾分か引き締まった顔つきだった。
「そんな話オレは初耳なんだが⁉」
「この前会った時に少しね。その時の十六夜くんは、少なくとも僕の目にはあまり積極的ではないように見えたんだ」
「……仕方ないでしょう。僕の作風じゃ、どう考えてもフェニランには合いませんよ」
好きなように書いた結果ビターエンドになることが多いというだけで、別に最初からそれを狙っているわけではないけれど。それが自分の作風だと言われれば否定はできない。鳳さん風に言えば、まったくもってわんだほいじゃない。むしろその対極と言っていい。
「奏多の言いたいことはわかった」
「ええ。残念ですけど、ショーのお誘いは──」
「ならば、奏多のやりたいショーを見せてくれ!」
脈絡のない言葉に目を瞬かせる。少しも翳らない明るさで司先輩は続けた。
「奏多の言い分はつまり、今はできないということだろう? オレは世界をあまねく照らすスターになる男! いずれワンダーステージを飛び出してショーをすることもあるだろう。その時のために、お前の作るショーを観てみたい。無論、クラス全体で作り上げるショーなのだからなにもかも奏多の思い通りというわけにはいかないだろうが」
それは星に手をかざすような、どこまでもまっすぐな想い。
「……あんまり、こういう言い方はしたくないんですけど」
歓迎すべき提案だということはわかっている。これほど熱心に誘われて、応えたい気持ちがないと言えば嘘になる。
けれど、そんなあなただからこそ。
「できるんですか? 司先輩に」
「任せておけ!」
出会った時と同じ、眩いばかりの笑顔で司先輩は笑った。
先輩にして同好の士。初めて色彩を分かち合った人。
「……いいですよ」
笑う。
臆面もなく僕の宙で踊ると宣った一番星に、見せつけてやろう。
とびっきりの、無明の世界を。
「期待してますよ、司先輩」
「ひぃっ」
鳳さんが小さく鳴いた。
歌えないという縛りのせいでビビバスとの絡みをなかなか作れないのが悔しい。メンタル的には一番合ってるはずなのに。