星彩メランコリー   作:五人囃子の太鼓

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 楽曲コード確認したら『needLe』の歌詞が使えないかも?




不夜城の星明かり

 

 

 その電話がかかってきたのはちょうど積んでいた本の一冊を読み終えた時のことだった。伏せていたスマホを手に取ると電話は咲希からだ。

「もしもし」

『もしもし、なーくん?』

「珍しいな、こんな時間にかけてくるの」

 時刻は午後九時過ぎ。電話をかけてくるにしては遅い時間帯だ。

『なーくんに伝えなきゃいけないことがあって…ごめん、迷惑だったかな』

「それは別にいいけど」

 わかりやすいほど元気がない声。聴きなれないそのトーンが心臓に絡みつくようで息が詰まる。

『……』

 言いづらいことなのか、咲希は言い淀んだまま一向に話を切り出さない。重苦しい沈黙が肺を満たして声を出すことすら億劫になるけれど、いつまでもこうしているわけにもいかない。通話を切ってしまいたい衝動と闘いながら口を開く。

「そういえば前の日曜、司先輩とばったり会ってご飯食べたんだけど──」

 迷子の雫さんと出会ったことや司先輩のうかつな一言がきっかけで粛清されかけたことを話すと電話の向こうから小さな笑い声が聞こえてきた。

『雫さん、しほちゃんのこと大好きだもんね』

「司先輩も咲希に彼氏とかできたら大泣きしそうな気がする」

『確かに!』

 雫さんといい司先輩といい、兄弟というかもはや親目線というか。愛情は伝わるのだけれど。ただ司先輩は咲希のお相手をどうこうしようとはせず、あくまで祝福するだろう。そのあたりの差は兄妹と姉妹の違いゆえなのか。

『……ありがと、なーくん』

 ひとしきり笑った後の咲希は穏やかな声だった。

『あのね、ほなちゃんをバンドに誘うの、やめることにしたんだ』

「……」

『ほなちゃんには、今の友達を大切にしてほしかった、から…』

 ほつれかけた明るさから滲む切なさを慰撫する言葉を、僕は持ち合わせていなかった。

 

 眠れない夜、なんとはなしにベランダに出る。瞬く星とは対照的に月には雲がかかっている。その狭間から月光だけが漏れ出す様は雲のなかで何かが胎動しているようにも見える。

 咲希のことを思うと胸が締めつけられるような感覚がある。けれど同時に、少し安心していた。咲希が挫けてくれたことに。穂波が変わっていないことに。

 唇が歪む。

 ああ、度し難い。

 

 

 

 

 

「かんぱーい」

「ここ喫茶店ですけど」

 ティーカップを掲げる手塚さんにつっこみながら、一応アイスコーヒーのグラスを軽く持ち上げる。

 いつもと違って平日の放課後に呼び出されたかと思えば、メディア化の前祝いをしようということだった。ダメな大人の見本市のような手塚さんもさすがに夕方から未成年を居酒屋に連れていくのは自重してくれたらしく、場所は宮益坂付近の小洒落た喫茶店だ。

 注文したアップルパイを口に運ぶ。カラメリゼされた林檎の馥郁たる香り。酸味と甘味、ほろ苦さの絶妙なバランスにしっとりとした食感。

「うま」

「でしょ」

 祝い事で連れてくるだけあってすごく美味い。もう一つ頼んでもぺろりと平らげられそうなほどだった。

「ふぁ……」

「さっきからやたら眠そうだけど、大丈夫そ? 隈とかすごいよ?」

「だいじょぶです。……ところで、行きつけなんですかここ」

 木目調のレトロな雰囲気の店内を見回す。カウンターのほかにはテーブル席が二つしかなく、いたるところに小物が置かれている。入口の近くには漫画の入った本棚もあった。

 入店時の気さくな挨拶から察するに、髭を蓄えた柔和なマスターと手塚さんは知った仲らしい。

 けれどこの店は彼女の職場からは電車で数駅分の距離があるし、前に聞いた話では手塚さんは会社のすぐ側に住んでいるとのことだった。そんな店に店主と顔馴染みになるほど通っているというのはどういうわけなのか。

「窓際の席だと下校中の宮女のコがよく見えるんだ」

「……日頃の行いのせいで一瞬信じそうになりましたよ。嘘ですよね、それ」

「およ、その心は?」

「まともな社会人は高校生の下校時刻にここにいませんから」

 手塚さんが僕の知りうる限り最もダメな大人とはいえ、それは内面の話。仕事に関しては真面目な彼女がそれをほっぽり出してここへ来るわけがない。今日はこの集まりのために早めに仕事を切り上げたのだろう。

「そりゃそーだ」

 答え合わせの代わりに手塚さんは大きく頷いて、それから窓の外に視線を向ける。つられて外を見れば向かいの道を宮女の生徒が通り過ぎていくところだった。

「こう見えて宮女だったんだよ、あたし」

「嘘ですよね?」

「ホントなんだなーこれが」

 宮女はお嬢様学校と言われるほどの学舎だ。そんなところから何をどうすればこんなのが生まれるのか。

「まあ学生生活はそんなに関係なくて、放課後よくここに来てたって話なんだけど」

「手塚さんは小説家を目指していてね。一時期は毎日のようにここで原稿用紙に齧り付いていたんだよ」

 数メートルと離れていないカウンターの向こうからマスターの声が届く。他にお客もいないからか、マスターも随分リラックスしている。

「言っとくけど、まだ諦めてないからね」

「作家になることを、ですか?」

 そう尋ねれば手塚さんは大きく頷いた。

「大体君みたいに最初から小説家一本でやってく人なんて例外中の例外だから。こちとらどうにかこうにか書き上げたモンを同僚に死ぬほどダメ出しされてるんよ」

「そこまで酷評されるのもどうなんですかね、編集として」

 書くのと読むのでは勝手が違うだろうというのはわかるけれど。

「ともかく、諦めなけりゃ結果が付いてくるとは言えないけどさ、諦めたらそこで試合終了ってコト」

 

 

 支払いは手塚さんが持ってくれるという話だったのだが、カードで払おうとしたところ限度額を超えていた。現金では手持ちが足りなかったらしく、結局自分の分は払うことになった。本人曰くなんでもカードで払う癖がついているのと、今月ソシャゲに廃課金したことが原因なのだとか。せっかくいいことを言っていたのに、格好のつかない人だ。

 店をあとにして駅の方へ歩く。日は落ちかけていて東の空から急速に夜が迫っている。見上げた空には今日も星が輝いていた。

 

 その時、聞きなれた声が聞こえて足を止める。

 少し離れた視線の先、四人の少女たちが星を見ていた。こちらには背を向けていて、顔を窺い知ることはできない。肩を並べて星を指差すその姿は映画のワンシーンのようで。写真なんてほとんど撮らないのに、いい画になりそうだ、なんて思った。

 その日は夕食に手を付けず、床に着いた。体が重くて、頭の中に消しゴムをかけられたように意識がおぼろげだった。

 それなのに、ついぞ眠ることはできなかった。

 

 

 

 

 体が重い。この間から満足に睡眠をとれない状態が続いているせいだ。眠気はあるのにやけに目が冴えて、意識を閉じようと悪戦苦闘しているうちに朝が来る。そのくせ授業中には堅い机の上だろうが突っ伏して眠ってしまう。おかげで内容がろくに入ってこない。睡眠不足もさることながら、生活リズムが逆転しつつあることで倦怠感が消えない。あるいは何かの病気かもしれない。

 いつも以上に重い学校用のリュックを背負いながらなんとか家の前にたどり着くと、玄関の前に人影があった。

「穂波……」

「あ、おかえりなさい」

 手持ち無沙汰気味に植木の前にしゃがみこんでいた穂波がこちらを向いて立ち上がった。

「奏多くん、体調が悪いの?」

「大丈夫……上がってくれ」

 夕暮れの我が家には誰もいない。両親が帰宅するにはまだ時間があって、兄のことは知らないが、たぶん大学かバイトだろう。雨戸の閉まったリビングは薄暗く、そのままソファに倒れこんでしまいたかった。

「部屋で待っててくれ。お茶いれてくる」

「ううん、わたしがいれるから奏多くんは自分のお布団で横になってて」

 リビングの明かりをつけて隣のキッチンに入っていく穂波に抗う気力もなく、部屋を目指して階段を上る。布団をきっちり敷くのも面倒で、敷布団だけを広げて身を沈めた。背中が布団に根を張って、起き上がれそうにない。

 ほどなくして穂波は麦茶の入ったコップ二つをお盆にのせて部屋に入ってきた。出されたものを飲まないわけにはいかないからどうにか体を半分ほど起こすと、二つのコップのうちストローを差した方を口元に差し出された。ストローの先をくわえて三分の一ほど吸ってから離す。一連の流れでも穂波は嫌な顔ひとつせず麦茶の残ったコップをお盆と一緒に勉強机の上に置いた。

「熱は……なさそうかな」

「そんなことより、用があるんじゃないか」

 前髪を分けて額に手を当ててくる穂波に本題を促す。体の力が抜けて、まぶたが重くなり始めた。用件があるなら早く済ませてしまいたい。枕元で正座している穂波を見上げる。

「今日は、奏多くんにわたしの話を聞いてほしかったの」

「……」

 部屋の窓からいつの間にか射し込んだ斜陽が穂波を包んでいた。西日を浴びて輝く藍玉のような瞳。

「聞いて、くれるかな」

「……うん」

 そっと目を閉じた。

 

 周りから頼られて愚痴を聞いていたこと。

 八方美人と揶揄されていじめられたこと。

 陰口の対象が一歌にまで及んだこと。

 みんなと距離をとったこと。

「わたしは自分が傷つくのが怖くて、逃げてたんだ。だからあの時も奏多くんに打ち明けられなかった。……同じように嫌われるのが怖かったから」

「……」

 僕が穂波たちの異常に気付いた時、穂波と志歩に直接事情を訊こうとしたことがあった。けれど穂波の場合、ほとんどなにも聞かないうちに泣き出して、僕はそれ以上訊くのをやめた。

「けど本当は、誰かに聞いてほしかったんだと思う」

 気づいていた。その上で見て見ぬふりをしていた。利用してすらいた。そうすれば誰も幸せにならなかったから。一緒に堕ちていけたから。

「ありがとう、隣にいてくれて」

 やめろ。

 話してくれなかったくせに。結局最初に打ち明けたのは咲希たちだったくせに。僕が救いになっていたみたいな言い方は。

「……」

「……奏多くん?」

 いらへはない。

「もう……」

 頬を軽く押し込まれる感覚があった。

 それから母親が帰ってくるまで、穂波はずっとそこにいた。

 

 満月はいつも、記憶のなかの明るさを更新し続ける。そんなことはとうにわかっていたはずなのに。

 夜空に浮かぶ孔のような月はどうしようもなく眩かった。

 

 

 

「ねぇねぇしほちゃん、ライブってどうすればできるのかな?」

 久しぶりに──といってもこの前もそうだったのだけど──四人一緒に帰っていると、咲希がそんな疑問を口にした。

「デモ音源を録ってライブハウス側に聴いてもらったり、チケットノルマをこなしたり……あと、もう少しやれる曲を増やしたいかな」

「そっかぁ。やっぱりすぐにはできないよね」

 志歩の言葉に肩を落とす咲希を見て思わずといった風に穂波が笑みをこぼした。

「張り切ってるね、咲希ちゃん」

「うん! ミクちゃんとのライブ、すっごく楽しかったから!」

 あの日、セカイの星空の下で私たちの想いが通じ合った日。私たちはあの教室で最高の演奏をした。思い出して顔がほころんだのは私だけじゃなかった。

「それに──アタシたちの歌、なーくんにも早く聴いてもらいたいもん」

 静かで力強い咲希の言葉が、さくりと私の胸に突き立った。

「いっちゃん、覚えてる? アタシたちがはじめてセカイに行った日に、ミクちゃんから聞いたこと」

「それは……」

 ミクの言葉が脳裏をよぎる。

 本人がいないのに奏多のことを勝手に話せない、なんて言って深くは教えてくれなかったけれど。

「奏多はセカイを受け入れてないんだって、ミクは言ってた」

「……なにそれ、どういうこと?」

「私にもわからない。けど、そのせいで奏多はセカイに来られないんだって、そう言ってた」

 漠然として捉えきれなかったモノが今この瞬間に形を持とうとしている。

 奏多は最後までセカイには来なかった。『Untitled』自体は奏多のスマホに現れたようだったけど、奏多はそれを再生しなかったみたいだし、私のスマホを使って再生したときはなぜか二人ともセカイには行けなかった。

「きっとなーくんはアタシたちに隠してることがあるんだと思う」

 咲希の言葉が私のなかで渦巻く不安の輪郭をなぞるみたいに耳に響いた。

「でも奏多くんって、そういうことは聞いても教えてくれないんじゃないかな」

 私と同じ不安に苛まれているのだろう。二の腕をさするような仕草をする穂波の意見は、けれど的を射ていた。

 奏多はあれで頑ななところがある。形式として謝ってはいても、内心まったく折れていないなんてことも少なくない。そんな奏多が一度言わないと決めたことに関して簡単に口を割るとは思えなかった。

「うん、アタシもそう思う」

「だったら──」

「だから、歌で伝えたいの。アタシたちの想い」

 すぐには言葉が出なかった。

 奏多の前で演奏するところを想像して、それで奏多の本音を聞き出せるのかとか、そもそも私たちの歌が奏多の心に響くのかとか、そんなことを考える。

 正直言って奏多が表情を変えるところは想像がつかない。思えば笑顔も泣き顔も、怒った顔もずいぶんと見ていなかった。そんなことにも気づかないほど、奏多のことが見えていなかったなんて。歯がゆくて唇をかみしめたくなる。

 けれど。

「やってみよう」

 私たちの想いを奏多にぶつけたい。それで、私たちの歌を好きになってほしい。

 また五人で一緒にいたい。

 それが、私たちの本当の想いだ。

「そういうことなら、こういうのはどう?」

 志歩の提案に、私たちは揃って頷いた。

 

 

 

 

 





 最近ずっと『モア!ジャンプ!モア!』の練習してます。桃井さんかわいいね。

 次回でメインストーリー最後です。
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